最果て(棚樫オーハ)
2026-05-21 21:50:26
7431文字
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冬司のようで実際は彰冬→司→←類な話

タイトルのまま。
結果的に類司/彰冬になるけれど、冬司の間に他の人とは違う二人だけのステージがあるイメージ。

ストーリー:夜に偶然であった冬司が工場夜景を見た後にホテルのダブルベッドで並んで寝る話

見ての通り、コネライに脳を焼かれ続けている人間から噴き出したぐちゃぐちゃの妄想。

 公園で練習した帰り道、シブヤの交差点で司に会った。夜も既に21時を回っている頃だった。

 先輩、どちらへ──特段意味のない質問だった。ただこんな時間に家とは反対方向へ歩いているのが気になった、それだけの質問だった。

「突然だが、景色が見たくてな。湾岸まで出ようかと思ったんだ」
「今からですか? 帰りは……
「ああ、帰りの事は考えないようにしてるんだ。あれこれ心配しては楽しめんだろう?
 とにかく湾岸まで行って景色を堪能する。決まっているのはそれだけだ。明日は休みだしな」
 そう言ってニッと笑う。

 その笑みが普段と違って見えたのは、時間帯のせいだったのかも知れない。
 その笑みに意味を見出そうとしてしまったのは、一週間の疲労が、この金曜夜に全身を浸らせたからかも知れない。

「俺も、行ってもいいでしょうか」
 考えるより先に言葉が出た。
 司は目を見開き、数度瞬きをした。すぐに困ったように眉を下げ、首を斜めに傾けた。
……帰れないかも知れんぞ」
「構いません。家には連絡しますし」
 司と一緒だという時点で何の問題もない。絶対の信頼があるのだから。
 けれども表情は明るいものではなかった。司の事だから、巻き込んでしまったのではないかと憂惧したのだろう。

「湾岸と言っても都内じゃないぞ。近場ではあるが、県外まで出るつもりだったのだが……
「お供させてください。
 あ、お一人の方が良ければ遠慮しますが……
 物思いに耽る時間が欲しい可能性を失念していた。差し出がましい真似をしてしまったか、無責任な言葉への後悔がふつふつと上ってきた。

「いいや、むしろありがたい。だがちょっとした旅となるから覚悟するんだぞ。
 とは言え無理は禁物だ。疲れたらすぐ言ってくれ」
……はい! あ、持っていくものはありますか? 俺、本当に着の身着のままで……
「いいや、特に無い。向こうにもコンビニくらいはあるだろうしな」


 家族にメッセージを送ってから、二人並んで歩き出した。
 混雑した金曜夜の交差点だが、人波の中、司だけはぼんやり光っているように見えた。幼い頃のように手など繋がなくとも、着いていくのは容易だ。そうでなくても司は時折振り返って、冬弥の姿を確認していた。

 辿り着いた駅。改札を通って、端のホームへ。行き先は特に聞いていないが、使う路線で何となくは分かる。恐らく工場夜景が有名な地帯だろうが、きらびやかな夜景が目的なわけではなさそうだ。
 電車はすぐに到着した。特段言葉も無く車内に乗り込んで、ガラガラの座席に並んで座る。
 電車が揺れる度に司は身体を斜めに倒していたが、本人は無意識なのだろう。それを見ているのが何となく心地よくて、冬弥も真似をして、揺れにあわせて身体を斜めに倒した。
 ほんの少し、眠くなったような気がした。


 電車を乗り継いで到着したのは、やはり工業地帯だった。駅を降りて徒歩数分、湾に掛かる大きな橋から広がる景色に身を委ねる。夜更けにも関わらず煙を上げ続ける無機質な集合体。航空障害灯がドクンドクンと光を打ち放ち、湾に映った夜景が微かに揺れていた。
 司は欄干に手を添えながら、コンビナートをぐるりと見渡した。夜の景色は眩いほどだが、普段は輝いている司の瞳を明るく照らすことはなかった。

「壮観だな」
「ええ、とても綺麗です」
「雄大な自然と言うのも美しいが、壮大な人工物と言うのも違った美しさがあるな。
 だが人の手が入ったからこそのもの寂しさと言うのか……静かで、虚しいような感覚を受ける」
……そうですね。人工物だからこその光ですが、今は手を入れているはずの人の姿が見えないと言うのも寂しい気がします」
「そうだな」

 それきり口を閉じて、二人でコンビナートを眺めていた。時々、思い出したように何でもない会話を交わす。家族の事や仲間の事……そこに類の名前が出ない事が気になった。いつもなら真っ先に出るはずなのに。
 かく言う冬弥も、彰人の名前を出せなかった。出してしまったらこの時間が終わってしまう気がして。変わらずドクンと光る赤いランプに鼓動が重なる。ドクン、ドクン──リズムは余計な思考を巡らせた……


 告白は、彰人からだった。
 たぶん二人は惹かれ合っていた。今に始まった事ではなく、隣に立ったその瞬間から、彰人と冬弥の中には普通の友情では無い何かが芽生えていたのだろう。
 彰人の手が触れる度、全身が熱を帯びるようになったのはいつからか。最初は不埒な反応を見せる自分自身を嫌悪した。彰人はそんなつもりもないのに──ずっとそう思っていた。
 
 けれども昨日、彰人は伝えてくれた。小さい箱にゲストとして呼ばれたライブの後、昂ぶって触れた手を離さず、冬弥の目を見て。
 内で燻っていた想いを真っ直ぐに伝える彰人は綺麗だった。ただ純粋に嬉しくて──顔を赤くする彰人が少し可愛らしくて──すぐにでもその手を握り返したい、そう思ったはずだった。

 即答出来なかったのは、男同士だからという理由ではないことを、深く理解している。


「大丈夫か?」
 遠くを見る冬弥を引き戻したのは司の声だった。
「ええ……すみません、ぼうっとしていました」
「こんな時間だしな。練習もあって疲れたのだろう。
 お腹空いてないか? 何か食べに行くか」
 家に帰れる電車は無いが、今なら大きな駅になら出られるだろうと続ける。
 夜を明かす覚悟はしていたものの、確かにここを拠点にかまえる勇気はない。若者がたむろしていると、付近の住民に不安を与える可能性も僅かにだが存在しているし、警察沙汰などもってのほかだ。
 そうですね、出ましょうか。そう言って駅に向かう。
 その道中でビジネスホテルを予約すると言って、司はスマホを操作し始めた。ダブルの部屋しか空いていないと言っていたが、構わない旨を伝えた。──俺はソファでも椅子でもいい。うっすら影を纏う司先輩が休めればいいのだから。



「値段の割に綺麗だが……狭いな」
 チェックイン後の一言だ。部屋にはベッドが一つ、小さなテーブルと椅子が一つ。風呂もトイレもあって清潔感もあるのだから、一夜を明かすには十分過ぎるくらいだ。
 ただとにかく狭い。床で寝ようにも、寝るための床が殆ど無く、部屋の大半はベッドに占められていたのだから。
「俺、ネットカフェか何かに行きます」
「何を言ってる。元々オレは寝る事など考えてなかったからな。出るならオレが出よう。
 だがまあ、ベッド自体が小さいわけでもないしな、二人で寝られんことも無いだろう。」
「ですが、変に寝て、大事な先輩の身体を痛めてしまっては俺の気が済みません」
「むしろオレの寝相はあまり良くないらしいから、冬弥に迷惑を掛けてしまう気が……
「いえ、それは構わないです」

 うーんと唸っていても何も進まない。冬弥は司に促されてシャワーを浴びに行った。当然着替えなんて無いが、幸いにも部屋着はあったため、寝るにはそれを着ればいい。
 温度の不安定なホテルのシャワーは、時折熱湯を噴き出した。
「あつっ」
 思わず声を漏らしてからハッとする。司に聞こえていたら恥ずかしい。そんな事を一々気にする人では無いのは分かっているが……

──彰人だったら、笑いながらも心配そうに『おいおい、大丈夫か』なんて言うのだろうか──

 浮かんだ顔を消すように、ボディーソープのポンプを押した。


・・・


 シャワーから出ると、司はコンビニで買ったお菓子をつまんでいた。小さなテーブルに所狭しとスナックやクッキーを並べる。ちょうど小腹が減る時間だから仕方ない。
「お先に失礼しました。先輩、どうぞ」
「ああ、行ってくる。
 この辺のものは適当に食べてくれ。寝ていても良いからな」
「あ、はい。ありがとうございます」
 ベッド問題が解決しない今、寝るわけにはいかない。先ほどコンビニでアイスコーヒーを買っておいたから、それを飲む予定だ。

 司は部屋着を抱えてシャワー室に消えて行った。すれ違い際、目がいつもより赤く見えたのは、単に夜も遅いからだろうか。
 それが涙の跡などと認めたくはなかった。


 椅子に座ってチルド容器タイプのアイスコーヒーにストローを刺し、一口。本当はホットで飲みたかったが、コンビニに寄った時点では湯沸かしがあるかも分からなかった。けれどもアイスもなかなか美味しい。風呂上がりの身体にアイスコーヒーの深めのコクが染み渡ってきた。

 ──ブー、ブー……

 ベッドでスマホが震え出す。冬弥のではない、充電器に挿さる司のスマホだった。
 見るつもりは無かったが、光る画面を目が認識してしまう。『神代類』、その名前と共に、満面の笑みを浮かべた類の画像が表示されていた。

 思わず目を逸らす。視線の先には壁掛時計があり、時計の針は頂点を回っていた。
 今日の司から類の話が出なかった事を思い出し、同時に目を赤くした司の顔が浮かんできた。それを踏まえて音のする方を再度見る。スマホの振動音が不穏な空気を醸し出すが、蓋を開けてみれば単なる事務連絡かもしれない。
 そんな事を考えている間に、やがて振動音は止んでいた。留守電に切り替わった様子はなかったため、諦めて切ったのだろう。

 そう言えば自分のスマホはしばらく見てもいなかった。冬弥は思い出してスマホを取り出す。二つあるコンセントに充電器を挿してから、画面のロックを外した。
 メッセージアプリに通知バッジが付いていて、画面上部の通知には『彰人』の名前。何となく開くのを躊躇う。それこそただの事務連絡かも知れないが、もし事務連絡だったとしても、何故か落胆するビジョンが見えた。

「冬弥、寝ていなかったのか」
 メッセージを開く前に司の声がしたため、思わず画面をロックしてしまった。後ろめたい事など無いはずなのに。
「ええ。コーヒーを飲んでいました」
「んん? 眠れなくなってしまうのではないか」
「案外平気ですよ。それに、飲みたくなってしまったので」
 司はベッドに腰を掛けながら「飲みたくなったなら仕方ないな」と笑った。

「そういえば、司先輩のスマホが鳴っていました。しばらく止まなかったので電話かと……
「おお、そうか。
 ……あぁ、そうだな、電話だったみたいだ。明日掛けるとしよう。教えてくれて感謝する」
 冬弥には相手が誰であるか分かってはいたが、それ以上追求しなかった。ホテルの暗めの照明が司に更なる影を落とし、しっとりした前髪がほの暗さを助長させていたのだから、尚更。


 とろりとした眠気に襲われたのはその数分後だ。急に疲労が雪崩のように脳を覆い、抗えない気怠さに、思わず椅子に深く寄りかかった。
 寝るなら布団にしろ、そんな言葉が聞こえたと思う。何も考えられずにベッドに横たわりながら、先輩も布団で寝てください、などとやんわりとした強要の言葉を出していた。無防備に置かれた手の上に、冬弥は自分の手を重ねた。逃げられなくなったからか、司は冬弥の隣に寝転がり、冬弥が想像していたよりもずっと眠そうな目を向けた。

 さっきの電話、神代先輩でしたよね。
 口に出すはずの無かった言葉だったが、声となって司に届いてしまったようだ。すみません、見るつもりはなかったのですが……これはたぶん、意思を持って声に出していたと思う。
「ああ、類からだった。
 ……冬弥は、彰人と仲良くやっているか」
 狙った一言なのか、無意識な日常会話なのか。いずれにせよその一言は、眠くなった肢体を目覚めさせるのに十分だった。カフェインがようやく全身を巡ったと言うのも、目の覚める原因だったのだろう。
 ぱちりと瞼を開く。視界に入った司はほとんど眠っているようだった。冬弥の方に身体を向けて、いつもはしゃんと伸びた背を猫のように丸めている。投げ出された手はゆったりとしたグーを作り、唇はうっすら開いていた。

 そうだ、質問をされていたのだと気付いて、慌てて口を開く。
「え、と……そうですね、仲は良いです」
「ん? 何かあったのか」
 半開きだった目が一瞬大きく開く。すぐに先ほどと同じように、眠たげな半開きに戻った。
「あ、いえ……
 どう答えたものか。無論、告白をされたなどと言うつもりはない。相談に乗ってほしい気持ちはあるが、彰人の気持ちを考えると、個人名を出さないとしても難しいだろう。

「とにかく今日はお疲れのようですし、寝ましょうか」
「それもそうだな。電気消すぞ」
 司はヘッドボードにある消灯ボタンを押した。
 フットランプだけが仄かに灯っていたが、互いの顔はもう見えなくなっていた。


 天井を見ながら眠気を待つが、先ほどをピークに、どこかへ去ってしまったようだ。身体は疲れているはずなのに、入眠が出来ない。
 空調がぼおっと低く唸っている。
 窓から見える航空障害灯が規則的な鼓動を打ち続けている。
 司からはすうっと息が聞こえるが、まだ眠りに落ちてはいないようだった。

……冬弥」
 密やかな声だった。起きているかを確かめようとしたのかも知れない。
「どうかされましたか」
 冬弥も声を潜めながら返した。司の方を向こうと身体を撚ると、冬弥の手に、投げ出された司の手が当たった。引っ込めようかと思ったが、司があまりにも動かないため、触れたままで止まった。

 司は、数度躊躇うように口を開いては閉じていた。
 ようやく息を小さく吸い込み、紡いだ言葉を無理やり押し出し始めた。
……キスをしてしまったんだ」
「キス……ですか……?」
「ああ。どうしてそうなったのかは、自分でもよく分からんのだが……止められなかった。したいと思ってしまった」
 まるで罪の告白だ。眠たげな声の中に懺悔が交じる。
 どうやって、どっちから、何故そうなったのか……浮かび上がる余計な言葉は、単純な興味もあったのかもしれないが、冬弥はそれらを飲み込んだ。
 ただ『誰と』と言う疑問だけは出なかった。スマホ画面に表示されていた名前が、すっと脳に流れてきたのだから。
 司の罪の告白への返事はしなかった。解決策を求めた言葉ではないのは確かだし、自分も懺悔をするなら今しかない、そう思ったのだから。

……俺、告白をされたんです」
「冬弥はモテるだろうからな」
「そうではなくて……あの、自分でも、ずっと大切に思っていたはずの人からの告白だったんです。
 嬉しいはずなのに、即答できなくて……それに……
 司は黙って聞いていた。数度、首をうんうんと縦に動かしながら。

「それに、何故か……何故だが司先輩の顔が出て来てしまって……
 もし正式に付き合う事になれば、きっと司先輩は誰よりも喜んでくださると思うんです。そんな先輩だからこそ、尊敬していますし、進展があれば報告もしたい、そう思っているのですが……

 胸が痛い。胸だけじゃない、眠気もあいまって、全身が痺れて頭がズキンと軋む。

「どうしてか……苦しくなってしまうんです。
 先ほど、キスをしたと聞いた時もそうでした。何か──大事なものを失くしてしまったかのような……

 触れる手、指先まで痺れてきた。たまらずに司の手を握る。
 目の奥で航空障害灯が光る。実際に見えているわけではないが、ずっと、一定のリズムを刻み続けていた。
「と……うや……
 呟く声は普段より随分細い。部屋内の乾いた空気が、二人の間だけ湿っぽさを持つ。
「司先輩……

 絡まる視線。瞼を閉じて鼻先を寄せたら口づけを交わしてしまえる距離。密室の滞留した空気が二人を近づけて唆す。司が瞼を閉じたのは、単に眠気で重くなっただけかも知れない。

 脳の端でドクン、ドクンと打つ、航空障害灯。その赤色に彰人の後ろ姿が浮かんできた。
 照れたように、恥ずかしがるように、少し後悔するように、どこか幸せそうに──冬弥へと想いを伝える姿。嬉しくて愛おしくて、抱き締めたいと手を泳がせて。それなのに、出来なかった。すぐに想いを返せなかった。
 今はそれが、とてつもなく苦しい。

「彰人は──」
 突然、頭の中に浮かんでいた名前が司の口から出てきた。
「彰人はきっと、お前を大事にしてくれるだろうな」
「え……
「違っていたらすまん。ただそう思ったんだ。
 弟のように大事に想っている冬弥を、任せられる相手は誰かと考えていたら、まず先に彰人が浮かんだんだ」
 顔がカッと熱を持つ。『弟のように』そのワードが宙に広がり、どっと降り注いできた。

「あ、あの……俺も……
「なんだ」
「司先輩には神代先輩が必要だと思っています。もちろん、神代先輩にも、司先輩が必要だと……
 名前なんて出していなかったのに、つい口をついてしまった。
 司は、類の名前を出したことは気にしていないようだった。

「そうか。
 ……ありがとう」
 司は笑っていた。眠そうにとろりとした瞳を向けながらも、薄くニッと微笑む。
 愛おしいとは思ったが、先ほどの湿った熱っぽさはもう無かった。
 瞼を閉じると脳内に黒いカーテンが広がり、おやすみなさいの一言すら出せないまま、薄闇へと呑まれていった。



・・・



 翌日の昼には、自宅へ帰ってきていた。
 睡眠不足気味の気怠さはあるものの、頭はむしろスッキリしている。気分も軽いのは、奥に詰まっていた苦しさを吐き出したからだろう。

 司とは自宅付近で分かれた。昨晩のような影の掛かった表情はもう無く、終始笑顔を見せていた。その表情は、冬弥が昔からよく知るものだった。
 今頃昨晩の着信を返しているかも知れない。冬弥の知らない顔で、通話相手と話しているかも知れない。そう思ってももう、胸の奥は痛みを訴えなかった。


 冬弥は自室のソファに座り、スマホ画面を見た。
 メッセージアプリの一番上、普段からよくやり取りをする名前をタップして、音声通話ボタンを押した。

 数秒の待機音楽。すぐに『何だ?』の声がした。

「この間の返事をしたいんだ。
 彰人、俺は──」