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Hizuki
2026-05-21 21:23:24
2874文字
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あんスタ[零薫他]
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魔王にかけるおまじない
【あんスタ】零薫。仕事の零とオフの薫のとある朝の話。同棲してる。格好いい朔間零は不在。時には頭が回らない朝だってある。
最近、朝一の現場のメイクの時間が少し短くなった。元々他人と比べて肌が白いことは自覚している。故に、そういった色の変化が表に出やすく、本当に体調が悪いわけではない、一過性のものであったとしても表に見えてしまうことが度々あった。映像や写真の写りに影響が出るようなものであれば、当然整える必要がある。その時間が不要になることが増えた、ということだ。
理由は至って簡単で、薫くんと共に暮らすようになったことにあった。一族の体質的なものもあって朝が苦手なことを理解してくれているから、何やかんやと言いながらも時間に間に合うギリギリまで寝かせておいてくれる。そこにはきちんと朝食を取る時間まで含まれている。もちろん、用意してくれるのは薫くんだ。「一人分も二人分もそう変わらないから」という言葉に甘えさせてもらっている。薫くんのおかげで昔よりも多少健全な生活を送れている分、仕事にもいい影響が及んでいる、というわけだ。
とはいえ、当然自分で用意しなければならない時もある。言うなれば、自分が朝一からの仕事で、薫くんがオフといった日だ。
ベッドサイドのテーブルに置いていたスマートフォンが起床時刻を知らせる音を立てた。それを止めて、まだ少し重い身体を起こした。隣で眠っている薫くんは音に気付いた様子もなく、静かに寝息を立てている。そっとベッドから出てキッチンに向かうと、インスタントコーヒーの粉をマグカップに入れて、一杯分の水を電気ケトルに入れてスイッチを付けた。食パンをトースターに入れて、タイマーのつまみを回す。気を緩めたらまた眠ってしまいそうな覚醒しきらない頭のまま、キッチンのキャビネットの端に浅くもたれかかった。沸いた湯をカップに注いでいると、今度はトースターが焼き上がりの音を知らせる。ドアを開けてみるも、香ばしい香りはなく、何故かパンは白いまま。キッチンをそのままにして寝室のドアを開けると、瞼を伏せたままの薫くんを軽く揺すった。
「
…
薫くん、申し訳ないんじゃが、起きてくれるかえ」
「ん~
…
?れぇくんどうしたの
…
?」
ぽやんとした可愛い寝起きの声。けれど、今はそれに聞き入っている場合ではない。
「トースターの調子が悪いようじゃ
…
」
用件を告げると、薫くんは軽く伸びをして寝室から出ていった。後を追って後ろから様子を窺っていると、ポンと手をトースターの上に置く。
「
…
あ~、これは焼けないねぇ
…
」
「理由が分かるのかえ?」
「だって差してるコンセント違うもん」
「え、コンセント?」
薫くんはそう言って、今差さっていたコンセントを抜いて、別のそれを差し込んだ。再度つまみを回せば、ゆっくりと中にオレンジ色の明かりが灯る。どうやら差していたのは電子レンジのものだったらしい。
「
…
すまぬ」
「い~え」
恥ずかしくなって思わず顔を薫くんから背ける。今度こそ本当に目が覚めた。そんな単純なことに気付かないとは、相当寝ぼけていたようだ。くすくすと薫くんの笑う声が聞こえる。
「ところでさ、このコーヒーもらっていい?」
「
…
構わぬけども、目が覚めてしまうのではないかえ?」
顔を手で覆って声にならない声で呻いていると、予想しなかった問いが飛んできた。自分が起こしてしまったとはいえ、オフであるならまだ眠っていても全く問題のない時間だ。それに、元々眠気覚ましのために自分用に作ったものだから、いつもより濃い目になっている。
「眠くなったら後で二度寝するから平気だよ。それに、このまま俺が作っちゃった方が早いでしょ?」
オフだからこそ時間を気にせずいつでも眠れる、というのも確かにそうであり、続けられた提案もまた事実だった。申し訳なく思いつつもありがたい申し出に首を縦に振る。
「
…
お願いしてもよいじゃろうか」
「了解、お任せあれ」
ウインク付きで返された返事に、おとなしくダイニングテーブルの椅子を引いた。二度目の湯を沸かす音の中に、何かを取り出すような細々とした別の音が混じる。コーヒーは自身のマグカップが薫くんの側にあることで、普段薫くんが使っているものに新しく淹れ直された。もう一度鳴ったトースターのドアが開けられたのか、ちゃんと焼けたパンのいい匂いがふわりと漂ってきた。目の前に置かれた皿は二つ。一つにはさっきのトーストが、もう一つの皿にはカリカリに焼かれたベーコンとスクランブルエッグ、彩りを兼ねたサラダが盛られている。手を合わせてからそれを平らげて、身支度を整えて鞄を肩にかけた。そろそろ家を出る時間が近付いていた。
「では、行ってくるぞい」
「あ。零くん、ちょっと待って」
仕事に必要なものは昨日の間に準備を済ませているから何も問題はない。リビングを出ようとした自分を呼び止めてきた薫くんを振り返って首を傾げれば、またくすりと笑ってみせる。
「寝癖、付いたままだよ」
ストレート寄りの薫くんと違って髪に癖がある分、あまりそういったものは目立たない方だと思う。それでも付いたままだというのなら、余程頑固で、自分では見えないところにあるのだろう。足音がわずかに遠くなった。自身の側に戻ってきた薫くんの手にはブラシが握られていた。直してくれる、ということらしい。
「何から何まですまぬの
…
」
スケジュールの合間の貴重なオフに薫くんの手を煩わせていることが情けなくなる。昨日だって帰りは遅かったというのに、自分が朝から起こしてしまっている。眠くなったら寝ると言ってはいたけれど、また別のものになるだろう。
「ううん、これは俺だけの特権だからいいの」
だというのに、自身の髪にブラシを通す薫くんの声はどこか嬉しそうで。確かにこんな様は薫くんにしか見せたことがない。いや、恋人である薫くんだからこそ見せられる、というのが正しい。それを『自身だけの特権』と言い換えてくれる彼の優しさに甘えている。
「
…
はい、直ったよ」
「ありがとう、薫くん」
最後に頭をひと撫でして薫くんが言った。あまり自分が撫でられる側になることはないから、少しばかり新鮮に感じられる。テーブルにブラシを置いた薫くんはそのまま玄関まで見送りに来てくれた。
「
…
朝からしょんぼりしてる零くんに、元気が出るおまじない」
くい、と上着の裾を引っ張られたかと思うと、ふっと柔らかいものが頬に触れた。
「こっちは帰ってきてからね」
目を瞬かせている自身の唇にそっと指が添えられる。そういうおまじないなら口に直接がいい、と言おうとしたところ、先手を打たれて思わず自分の手に力を込めた。
「
…
終わったらすぐに帰ってくるからの」
「ふふ。それじゃ、行ってらっしゃい」
笑顔で手を振ってくれている薫くんをドアの内側に隠してから、深呼吸を一つ。いたずらっぽい笑みも重ねられて、頭も完全に切り替わった。今日の仕事を完璧に早く終えて、薫くんの元に帰ることだけを考える。今朝のお礼のおみやげも帰りに見てこようと決めて、ゆっくりと歩き出した。
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