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みすず
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創作
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ふゆみず
西瓜。
「独り暮らしだっていうのに親戚が三玉も送ってきましてねえ
……
俺は優しいのでお前たちに上げます。ノルマは一人ひと玉です。以上、解散」
やれやれと大仰に首を振る店長がくれたのはひと抱えもあるような大玉西瓜で、その緑と黒の縞々を見た水樹が目を輝かせるのに冬人は小さく吹き出した。
果物というのは独り暮らしをしていると食べる機会が少なくなりがちだ。食べて喜ぶ瞬間を共有したい相手もおらず、日々を粛々と過ごす間に季節は巡り、単純に価格にたじろいでいる間に旬も過ぎてしまうというもの。どういうわけで店長の親戚が彼に大玉西瓜を三つも送ったのか意図は不明だが、そのおこぼれに与った冬人と水樹はほくほくとした顔で盥へ水を張り、そこに西瓜を浮かべた。流石に一人でひと玉食べるのは厳しいため、まずは半分こして食べる予定である。
「真夏だったら海に行って西瓜割りするのも楽しそうだよね」
「暑くなってきたけど、海はまだ早そうだよね。そう考えるとこの西瓜も随分と前倒しだな
……
」
「ふふふ。冬人さん、知っていますか」
ぴっと人差し指を立てながら口角を上げる水樹に、冬人は傾聴の姿勢を取る。
「初物を食べるときは西を向いて笑うそうです。東を向いてという地方もあるみたいだけど」
続けて水樹から方角を訊かれた冬人は西はこちらだと指を指す。丁度窓があったので、カーテンを引けばまだ真夏の色とは違う青空が見えた。
「おお、いいですね。種飛ばし
……
は下に人がいたら困るよね」
「そうだね
……
ベランダでするくらいならいいけど」
「浪漫が
……
!」
「もうひと玉あるから、それは別のところで食べようか」
「うん。西瓜ゼリー作ったり、くり抜いて他の果物と一緒に炭酸に入れたりしたいですね」
うんうんと予定を立てる水樹が「そろそろ冷えたかな」と水で冷やされる西瓜を撫でる。軽く叩けばぽんぽんと張りのある音がした。
「そういえば、穴開けてそこにウォッカの瓶を突き刺して作る、ウォッカ西瓜なるものがあるそうですよ」
「やめようね」
「ふふ、大人の味過ぎるよね」
くすくす笑う水樹が「そろそろ切ろ!」と張り切るので、冬人は盥から西瓜を引き上げて、水樹が渡してくれるキッチンペーパーで軽く水気を拭き取る。
俎板に置いて片手で押さえながら包丁を持てば、水樹からの熱い声援が背中にかかる。ふたりで半分こすることになっているので、平等に切るには自分ではまだ経験値が足りないと水樹は言っていた。大きさが不揃いになれば互いに大きいほうを相手に食べさせようとするのだろうな、と想像して冬人の目は穏やかに細くなる。
「じゃあ、切るよ」
「いざ!」
「ふふ。いざ」
大きなものを切る際、ひと息に切れずに一旦包丁を持ち上げてしまうひともいるけれど、伊達に調理師免許を持ってレストランで働いていない冬人は包丁が西瓜の三分の二まで深々と刺さってからも、引くことなくそのまま西瓜を真っ二つにした。おかげで西瓜の断面はつるつるのぴかぴか。水樹がわっと歓声を上げる。
「夢の半分西瓜、これは浪漫の塊ですよ」
「大玉だしね。早々できることじゃないなあ」
温くならないうちに、と水樹と並んで窓際に向かい、冬人は半分こにした西瓜を抱えてスプーンを構える。果物用のスプーンなどという気の利いたものはないため、冬人と水樹の片手にあるのはカレースプーンだ。用が為せればまあ、いいだろう。
「いただきます!」
「いただきます」
声を揃えて赤い果肉へ突き立てたスプーン。じゅわ、と染み出す果汁とふうわりと漂う甘味の混じった青い香り。口に含んで咀嚼すればしゃくしゃくじゃぶじゃぶと心地良い歯応えに果汁が溢れ、口の中へ広がった。
「わっはっは!」
小さな声で美味しいと呟きかけていた水樹が、はっとした顔をして笑い声を上げる。
「これで僕も無病息災というわけです。ささ、冬人さんもどうぞ」
いざやいざやと後押しされた冬人は、照れくささを隠せていない表情でぎこちなく笑い声を上げる。気持ちとしてはテーマパークのキャストと並んで写真を撮るよう促されたときと酷似していた。俗っぽくいえばキャラじゃないのだ。
けれども、この気恥ずかしさも水樹と過ごした思い出の一部として懐かしむようになるのだと、彼と沢山の経験を積んできた冬人は知っている。
「ねえねえ、冬人さん。今年も蛍見に行こうよ」
「いいね。前に行ったのとは別のところにする?」
「悩みますね
……
温泉付きというのはとても素敵だったので
……
」
むむっと悩む水樹が西瓜の種をスプーンの先で除けている。
「あれ、冬人さんのお皿は種が少ないね」
冬人が見ているのに気づいたか、水樹がきょとんとするので冬人は「ああ
……
」と曖昧な返事をしてから、観念したように答える。
「面倒で除け損ねた種は食べちゃうんだよね」
水樹がそっとスプーンを置いて、両手の先で口元を押さえる。淑女が「まあ!」と驚きの声を上げるときのような仕草に吹き出せば、水樹は気遣うような視線を冬人の腹へと向けた。
「お臍から芽が出ちゃうよ」
「二十年以上出てないなあ」
「そんなに昔から種を
……
? 冬人さん、変なところで大雑把だねえ
……
」
しげしげと見つめられると気まずい。視線を逸らしながら西瓜を口に運んだ冬人は、つい癖で混じっていた種を噛み砕いてしまう。水樹が「まあ!」の仕草をする。
「
……
西瓜の種って美味しかったりする?」
「いや、特には。除けるなら除けたほうがいいよ」
「うん。ふふ、冬人さんとの夏も何回目かになるのに、まだ知らないところがあったんだなあ」
楽しそうに笑う水樹はちゃかちゃかと器用な手つきで種を除けて、瑞々しい西瓜を口に運ぶ。
きっと西瓜に埋まった種のように、この先も互いの知らないところを見つけることがあるのだろう。それは西瓜の種のように煩わしいものではなくて、むしろ砂浜で見つける貝殻やビーチグラスのように楽しみなもの。
「もっと暑くなったら海にも行こうか」
「うん。イルカを見たいと思っていましてね、調べているところなのですが冬人さんは如何でしょう」
「いいと思うよ。船で見る? 潜って見る?」
「ええとですねえ」
水樹の見せてくるスマホを覗き込み、冬人はこの夏もきっと発見が沢山あるのだろうと思いながら目を細める。
西瓜はまだ半分しか食べていない。始まったばかりで序盤も序盤の夏は、きっとやることが沢山ある。
「水樹くん。今度、アルバム買いに行こうか」
「お、いいですね。僕の手元のも心許なくなっていたところなんだよね」
何冊目かになるアルバムはひと夏でどれだけ埋まるだろう。
楽しみだな、と笑って掬った西瓜。そのぴかぴかした断面に青空が薄っすらと反射していた。
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