yammyzakkoku
2026-05-21 11:39:23
3422文字
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間借り(※夢小説)

猫を拾う話です

 酸性雨が降る夜に猫を拾った。
 ネコ、といっても厳密には猫の姿をした罪人……つまるところは元人間。
 なので四つ足で歩かないし、にゃあにゃあ愛らしく鳴いたりしないし、あたしに媚を売ったりもしない。
 猫は日がな、馬鹿みたいに大きな図体をベッドの上に放り投げて眠る。ついでにいびきがうるさくて、いつも酒臭い。
 換気ついでに窓を開けると、猫がブランケットを巻き込んでベッドの隅に丸まった。ばさ、と翼が動いて赤い羽根がそこらじゅうに落ちる。
 頭が割れそうなほど痛い、昨日飲んだ安物のアルコールがまだ残っているんだろう。たぶん。それは猫も同じようであくびついでに吐き出した息はつんと刺激的で酒臭かった。
 
「ね、仕事行くからお見送りしてよ〜」
「いやだ」
 猫はドスの効いた低い声でそう呟いた。眉間に深く刻まれた皺が不機嫌だとこちらに訴えかけて憚らない。
 黒猫の尻尾がたしたし、と不機嫌を訴えるようにベッドを叩いた。
……起きろったら」
……いやだ」
 
 猫は頭からブランケットを被ると、器用に手だけ出して中指を立てる。黄色い肉球の愛らしさとは程遠いジェスチャーに顔を顰める。
 あたしは猫を起こすのを諦めると、身支度を整えて外に出た。
「棚の下のお酒、飲まないでよ」
 返事はもちろんない。部屋の奥から大きないびきが聞こえてくる。どうか仕事から帰ってくる前に、あの黒猫がいなくなっていますように。あたしはそう祈って扉を閉めた。
 
 ※
 
 ルームメイトがいなくなるのはそう珍しいことじゃなかった。あの子が働いている区画は地獄でも指折りの治安の悪さだったし、本人だっていつ後ろから刺されてもおかしくないようなアバズレだった。
 あの子は食べ方が汚くて口を開けて笑うとシンナーでかけた歯が見えて見窄らしかったし、ヤクの離脱症状でしょっちゅう部屋のものを壊した。
 正直言って快適な生活を営む上でのルームメイトとしちゃ最低もいいとこだった。けれど、どうしても起き上がれなくて仕事に行けない日に私の背中を撫でてくれたのはあの子だけ。あの子だけだったんだよ。
 
 あの子がいつもみたいに仕事場で怪我したって聞いた時、しばらくしたらまた戻ってくるって思ってた。でもその日、たまたま運悪くあの子は天使たちが現れる道を通りがかかって、標的にされて胸を槍で貫かれてほんとうに死んでしまった。
 あたしはふと、それが無性に寂しくて悲しくてたまらなくなって、空っぽの部屋でわんわん泣いて、泣き疲れて眠った後仕事に行った。なんかしてないと気が狂いそうだったから仕事に行ったけど、案の定ろくに動けなくて周りの人たちを怒らせてしまった。
「今日はもう帰りなさい」なんて上辺だけの優しい言葉をかけられて職場を放り出されてたあと、あたしはその辺の売人からヤクを買った。おどろくなかれ、地獄では適当なヤクが自動販売機で売っている。
 これでもキメて、広くなった部屋でガンガン音楽でもかけて踊ったら少しは気分が晴れるだろうってそう思っただけ。
 とぼとぼと歩いてたら雨が降ってきて、あたしはますます惨めったらしく最低な気分になった。
 
 その時だった。
 
 あたしはゴミ溜めに寝っ転がる猫を見つけた。猫は殴られたのか口の端が切れて血を流していて、そしてなぜか服を着ていない。
 そういえばこの辺には大きいカジノがあるから、そこで負けた奴が身包み剥がされてここに捨てられたんだろう、とあたしは一人勝手に納得する。
「ねこちゃぁん……
 あたしは膝を折って、そのゴミに塗れた猫に顔を近づけた。猫の背中には大きな羽根が生えていて、真っ赤できれいだけど、ボロボロでとても空を飛べるようには見えない。猫の口元からは微かな呼吸音がしたので、どうやら息はしているみたいだ。
「おきて、猫ちゃん」
 あたしは彼(彼女かも)の肩を軽く揺さぶった。その拍子にちょっとごみが崩れて服が汚れたけど構うもんか。
「あ゛?」
「あたしの家、ここの近くなんだ。おいでよ」
……あ゛、あ゛ー……?」
 あの子とは似ても似つかない唸るみたいな声だった。
「雨で溶けたくないでしょ、ね。」
……あ゛ぁ、」
 猫の目はどこかぼんやりしていて、たぶんだけどここがどこであたしが誰なのかもよくわかってなさそうだった。
 立つように促すとふらふらとあたしの後ろについてくる。肩は貸してあげなくても大丈夫そうでよかった。
 こうしてあたしは自動追尾機能のついた猫を家に招き入れた。
 
 
 あたしの住む部屋からそのゴミ捨て場までは歩いて3分もかからなかった。猫がちんたら歩くから5分もかかっちゃったけど。
 アパートに着いたあたしは散らかった部屋にそのまま荷物を放り投げる。
「足拭くから入っちゃダメ……ってああ!」
 猫は相当限界だったのか、そのまま玄関の靴が置いてあるところにうずくまってしまった。(うちは靴は脱ぐ派なのだ
 )
……ぅ゛」
 猫は徐に口当たりを押さえると、そのまま一瞬息を止めておもむろに下を向いて、いっきに胃の中身を放出した。
 
「ちょっと、嘘でしょ⁉︎」
 あたしが叫んでももう遅い。玄関に酸っぱい匂いが立ち込めて、そのまま惨状になる。ああ、最悪。
 猫はといえば全部を出し切ってスッキリしたのか、また玄関に倒れてしまう。
 残されたのはあたしと、ゲロ。ちょっと泣きそうだった。
 
 ※ ※
 いいニュースと悪いニュース,どっちが聞きたい?
 いいニュースは幸いなことにほとんどの靴は靴箱に仕舞い込んでいたので被害を受けなかったってこと。お気に入りの履き古したヒールがダメになったけど、もともと踵がすり減っていてもう捨てようと思っていたからノーカン。
 悪いニュースはゲロが本当にくっさくて泣きながら掃除する羽目になったってこと。
 あたしは早くもこのでかい猫を拾ったことを後悔しかけていた。
 玄関をあらかた掃除し終えた頃にはすっかり夜になっていたけど、まだやることが残っている。
 
「猫ちゃん、お水飲める?」
「いらねえ……
「じゃ動ける?」
「ああ……
 この頃になってくると猫も少しずつ口を動かせるようになっていた。でもやっぱりどこか目が虚なので、酒以外の何かが残っているのかもしれない。
 あの子が酔い潰れて帰ってきた時や、客の返り血に塗れていた時もこうして温かいシャワーで流してやったっけ……
 血はタンパク質だから熱いシャワーを当てると凝固して落ちにくくなるって知らなくて、あの子に怒られたっけ。
 あたしがお湯を張った猫足のバスタブを指さすと、猫は首を傾げて辺りを見回した。
「猫ちゃん?」
……だれだお前」
「ひみつ、ほら。溺れないようにちゃんと寄りかかって……触られたくないところは自分で洗ってよ」
 猫みたいな姿をしてるからうっかり忘れそうだったけど、たぶん男の人だよなとぼんやり考える。
 手を動かしてるとだんだんざわついてた頭が冷静になってきて、あたしはこの状況がちょっとまずいんじゃないかなって思い始めていた。
 だけと今更引っ込めることもできなくて、あたしは無心でボディーソープを泡立てた。ケモノの悪魔ってシャンプーじゃなくてボディーソープで頭洗ってもいいのかな……
 ちらりと猫の方に目をやると彼は特に気にする様子もなく(もしくは顔に出ないように演技するのが上手いのかな)ざぶんとバスタブに浸っている。水に濡れて毛が張り付いた姿は使い古しの雑巾みたいでちょっと面白い。
「ちょっと触るよ」
「ん」
 猫はなんの抵抗もなくあたしに頭を寄せてくる。こういうの慣れてるんだろうな、と感じさせる動きだった。
 あの子はヒト型のつるっとした肌をしていたし、頭を洗おうとするとすごく嫌がった。触んないでよ! と思春期のティーンエイジャーみたいな金切り声をあげて、あたしの手を噛もうとする。
 していた、か。
 ひたひた、どうしようもない冷たさが胸に込み上げて泣きたくなる。石鹸の匂いが鼻の奥をつつく。
「おい、人の頭洗いながら泣くなよ」
「ごめんね……
……あとは自分でできるから」
「うん」
「ほら、擦るな。目が腫れるぞ」
「うん……
 なんであたしが慰められてるんだろう。あたしは首を傾げながら、バスルームを後にした。