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ポほ
2026-05-21 00:17:33
5826文字
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オトメビギナー
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このままでいいのかな
第5話
作中の時系列では同じ日の出来事でも場面が違うなら話数を区切ることを覚えた
身体計測の後、廊下での会話はまだ続いていた。
「月城くん、安心していいよ。女の子同士だし、着替えとかトイレとか、月城くんが一緒にいない時は私がちゃんと一緒にいるからね」
「え?」
宗真がきょとんとする。
(樹のやつ、まさか名取さんに本当のこと言ってないよな
……
?)
「ほら、樹ちゃんってちょっと危なっかしいし?」
「ま、まあ
……
確かに?」
宗真は苦笑した。
(そんなわけないか)
「頼もしいな、名取さん」
「でしょ?」
冗談っぽく笑う名取。
そのやり取りを聞きながら、宗真はふと考える。
(
……
いや、頼もしいのはほんとなんだけど)
女子更衣室。女子トイレ。女子同士の会話。
そういう“男の自分は入れない場所”へ、樹が自然に入っていく。
(樹は、それでいいのか
……
?)
自分でもうまく説明できない違和感だった。
だが、樹の方は別の意味で胸がざわついていた。
(名取さん、完全に“女友達”として接してくれてる
……
)
優しくて、気遣ってくれて。それが嬉しい。
嬉しいからこそ
――
罪悪感があった。
(
……
俺、本当は男なのに)
騙している。
そんな感覚が、名取に助けられる度に強くなっていく。
(やっぱり、名取さんにはちゃんと言った方が
……
)
そこまで考えて。樹はすぐに、その考えから逃げた。
(いや、無理無理無理! 絶対引かれるって!きっと
……
嫌われちゃう)
想像しただけで胃が痛くなる。そして、反射的に別の考えに飛びついていた。
(
……
男に戻れば)
それなら。
宗真とも、前みたいに堂々と一緒にいられる。名取に罪悪感を抱く必要もない。女子更衣室で変に緊張することもない。
(そ、そうだよ。コン太郎見つけて、元に戻れば全部解決じゃん
……
!)
放課後。樹は、例の神社の壊れた祠の前にしゃがみ込んでいた。
春の風が、ひゅう、と境内を吹き抜ける。人の気配は全くなかった。
(あの時
……
どうしたっけ)
目の前の祠は、相変わらず斜めに傾いたままだ。木材はひび割れ、屋根も一部が崩れている。
(自分を変えたいって願って、風が吹いて、転けて
……
そのまま祠を壊しちゃって
……
)
あの日のことを思い返す。
気弱で、何も言えなくて、宗真の後ろに隠れてばかりの、そんな自分を変えたかったはずなのに
――
。
(自分を変えたいっていっても、こんな風になっちゃって
……
)
スカートの裾をぎゅっと握る。
(しかも理由が、“名取さんにウソつきたくないから”って
……
)
思い出すのは、先程のことだった。
“女の子同士だから任せてね”と笑った名取。 その言葉に、安心した反面、胸の奥がちくりと痛んだ。
名取は優しい。 だからこそ、自分が騙しているみたいで苦しかった。
(宗真にも、前より守ってもらってる感じするし
……
むしろ悪化してないか
……
?)
男だった頃より、誰かに助けられてばかりだ。
宗真。 名取。 真冬。
自分ひとりでは、何もできていない気がする。
(
……
男に戻れたら)
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
男に戻れたら、名取に隠し事をしなくて済む。 宗真とも、変に周りを気にせず一緒にいられる。
(
……
ほんと、情けないな。俺)
苦笑しながら、樹は視線を落とした。
その時だった。
(
……
そういえば)
ふと、あることを思い出す。
コン太郎。
あのやかましくて、ふざけてばかりで、勝手に人を女の子にした元凶。
あれ以来、一度も姿を見ていない。
(コン太郎が出てきてびっくりして
……
あの時壊した祠も、そのままにしてきちゃったし
……
)
樹は壊れた祠へそっと手を伸ばした。
よく見ると、木片は雨風に晒され、以前よりも傷んでいる。
(せ、せめてそれだけは直さないと!)
コン太郎のことを心配している
――
というより。
自分が壊したものを、放置したままにしていたことが、なんだか急に気まずくなったのだ。
樹は制服の袖をまくると、散らばった木片を拾い集め始めた。
すると。
「
……
あんた、それ直すつもりかい?」
不意に、後ろからしわがれた声がした。
樹はびくりと肩を震わせ、慌てて振り返った。
石段の下に、小柄な老婆が立っていた。
白髪混じりの髪を後ろで束ね、曲がった腰を杖で支えている。小柄な身体つきとは裏腹に、その目だけは妙に鋭かった。
「す、すみません! 勝手に触って
……
!」
反射的に頭を下げる。
すると老婆は、ふむ、と鼻を鳴らした。
「別に
ごしゃいどらん
怒っとらん
よ。壊したまま放っとぐよりはマシだがらね」
(この人
……
?しゃべり方、ひいばあちゃんに似てるな)
樹が戸惑っていると、老婆の方が先に口を開いた。
「ん? 春休みにも来てだ男の子さ似でるど思ったげど
……
よぐ見だら
似でねぁーね
似てないね
」
「えっと
……
」
(その時は“まだ”男だった、なんて説明するのも
……
)
「おらはこの神社の管理してんだ。まあ、神主ってほど立派なもんでもねぁーがね」
老婆はそう言って、壊れた祠を見上げた。
「
……
それにしても、なんで急にこいな場所の祠なんて気になったんだい?おらはこごさ毎日来るども、おめの顔は初めでだ」
「うっ
……
」
痛いところを突かれ、樹は気まずそうに視線を逸らした。
「その
……
色々あって
……
」
「色々、ねぇ」
老婆はじっと樹を見る。
その視線に、樹はなぜか落ち着かなくなった。
「
……
おめ、まさがあれ見だんじゃねぁーべね」
「え?」
「狐の子供、とが」
その瞬間、樹の心臓がどくりと跳ねた。
「し、知ってるんですか!?」
思わず身を乗り出す。
だが老婆は、樹の反応を見ても特に驚いた様子はなかった。ただ、小さくため息をつくだけだった。
「やっぱし出ですまったが
……
」
「出た、って
……
」
「昔がれえんだよ、あれは」
風が吹く。
木々がざわりと揺れ、境内に古びた葉の擦れる音が広がった。老婆はゆっくりと壊れた祠へ近づき、その屋根にそっと触れる。
「見だ目ごそそれらしい
……
神さま気取りで、人の願いにづげ込む厄介者だ」
樹の喉が、ごくりと鳴った。
「
……
ここにいたのって、神様じゃないんですか?」
「神さま?」
老婆は鼻で笑った。
「あいなもん、神なわげあるがい」
その言葉は、樹が思っていた以上にはっきりとしていた。
「人ば化がして、勝手さ振り回して、面白がっとるばりだっちゃ。昔がら時々、“願い叶える狐”みでぇに言われで近づぐ子もいるげど
……
ろぐなごどにならん」
樹は思わず、自分の胸元をぎゅっと押さえた。
女の子になった身体。
最初は、ただ混乱していた。
けれど今は
――
。
(
……
俺)
宗真と一緒にいたい。
名取に嫌われたくない。
女の子のままでも、いいかもしれない。
そんなことまで考え始めている。
それって、本当に“自分の意思”なのだろうか。
「
……
あの」
樹は恐る恐る口を開いた。
「もし、その狐がいなくなったら
……
願ってしまった人は
……
どうなるんでしょう?」
老婆は少し黙った。
風に揺れる木々の音だけが、しばらく境内に響く。
やがて老婆は、樹の顔をまっすぐ見た。
「さでねぇ」
「え
……
」
「ただ
――
あれは、“人の願い”勝手さ膨らます類のもんだ」
老婆の声が、少しだけ低くなる。
「んだがら気ぃづげな。いづの間にが、“自分が何願っとったのが”分がらんなる」
老婆は、ふう、と小さく息を吐いた。
それから、どこか諦めたような目で樹を見た。
「ま、それも願った人次第みだいなどごろもあるども。
……
まさが、おめ、この祠壊してすまったんじゃねぁーべね?」
「え、えっと、その
……
」
樹は視線を泳がせたあと、観念したように肩を落とした。
「
……
実は、そうなんです。急に風が吹いて、足を滑らせてしまって
……
。ご、ごめんなさい! 絶対弁償しますから
……
!」
慌てて頭を下げる。
けれど、老婆は怒鳴るでもなく、ただ静かに頷いた。
「
……
そうがい。よぐ正直さ話してけだね」
そして意外なことに、こう続けた。
「おらは、おめがわりいどは思わん」
「え
……
?」
樹は顔を上げる。
老婆は壊れた祠を見つめながら、ゆっくりと言った。
「狐はな。強い願いたがいだ人来るの、待ぢ構えでる節あるんだ。わざど祠壊すように導ぐ
……
なんて話も、昔がら聞いだごどある」
「
……
!」
樹の背筋がひやりとした。
(風が吹いたのも、地面が濡れてたのも
……
俺みたいなやつが来るのを待って、封印を解かせるように仕向けてたってことか
……
?)
思っていた以上にタチが悪い。
ただの悪ふざけ好きな怪異
――
では済まない気がしてきた。
老婆は、ちらりと樹を見る。
「ま、それだげ、おめの願いが強がったっつーごどだな」
「
……
」
「にしても、狐起ごすぐらいの願い事が
……
一体どいなごどだったんだべねぇ?」
「え、えーと
……
」
樹は思わずたじろいだ。
“変わりたい”と思った。
弱い自分を。守られてばかりの自分を。
宗真の隣にいるには情けなさすぎる自分を。
“女の子になりたい”などと願ったわけではない。
……
いや、本当にそうだったのか?
コン太郎の言葉が頭をよぎる。
『樹が思う、宗真の理想の女の子像が今のキミ
……
とか?』
(そんなわけないだろ
……
)
そう思いたいのに、否定しきれない自分もいた。
「
……
言えない、です」
消え入りそうな声でそう答えると、老婆は「んだべなぁ」とだけ返した。
まるで、最初から無理に聞き出す気などなかったみたいに。
春の風が、境内を吹き抜ける。
壊れた祠の屋根が、ぎし、と小さく軋んだ。
樹はその音を聞きながら、無意識に胸元を押さえていた。
(
……
俺、どうしたいんだろ)
樹は、思い切って口を開いた。
「
……
願い事を、取り消すのって
……
どうしたらいいんですか?」
老婆は杖をつきながら、壊れた祠を見上げる。
「祠、元さ戻して、狐こごさ連れでぐればいい」
そこで、ふと何かに気づいたように眉をひそめた。
「
……
ん!? 札、真っ二づに
……
こりゃ、
らずもねぇ
とんでもない
かもしれんなぁ」
「え、まずいんですか!?」
樹は思わず身を乗り出した。
老婆は困ったように頭を掻く。
「この札書いだ坊さん、今海外旅行中でなぁ
……
帰ってくるの、来年どが言ってだっけなぁ」
(お坊さんなのに海外に
……
!?)
思わずツッコミそうになる。
だが、そんな場合ではなかった。
「それに今、狐はなじょしてんだ?」
「えっと
……
なんだか、ちょっと願いを叶えるのに疲れた? みたいで、一昨日からいないんです
……
」
「んだがぁ
……
」
老婆は小さく唸る。
「そもそも狐戻らんこどには、まだ祠さ閉じ込めるのも難しいしなぁ
……
」
(どうやったらコン太郎が戻ってくるのかも分からないし、札も壊れてて、書ける人もいない
……
)
しかも。
(あいつが素直に祠に戻ってくれるとも思えない
……
)
樹はだんだん頭が痛くなってきた。
(
……
詰みでは?)
そんな樹の顔を見て、老婆はふっと目を細めた。
「普通はな。願った者が、ある程度満だされだら
……
狐もまた眠りにづぐもんなんだ」
「
……
え?」
「もしかしたら、今狐消えだのは、そのせいなんでねぁーが?」
その言葉に、樹の思考が止まる。
満たされた。
――
自分が?
「ちょ、ちょっと待ってください!」
樹は半ば叫ぶように言った。
「そしたら俺は
……
!」
女の子の姿。名取との関係。宗真と並んで撮った写真。
“このままでもいいかもしれない”と思ってしまった自分。
全部が頭の中を駆け巡る。
「
……
一生、このままってことですか!?」
老婆の言葉に、樹はへなへなと力が抜けそうになった。
「もぞこいんでも、そうするすかねぁーな。んでも
――
おめ、自分でどごが“これでいい”って思ってんでねぁーが? そでねがったら、狐は消えでねぁーし
……
」
「そ、そんなぁ
……
」
思わず情けない声が漏れる。
(でも
……
そうかもしれない)
宗真に守られている感じがしても、嫌じゃなかった。 むしろ少し安心していた。
今の見た目だって
――
もし宗真が好きだと言ってくれるなら、それでもいいかもしれない、とまで思ってしまった。
名取だって、もし自分が“情けない男”のままだったら、こんなふうに話しかけてはくれなかったかもしれない。 もし本当のことを知ったら、怒るだろうか。気持ち悪いと思われるだろうか。
(そっか
……
これは、俺が望んでたことなんだ
……
?)
そんな考えが胸の中に沈みかけた、その時だった。
「ねー樹。なんで知らないおねーさんと話してんの?」
「は?」
聞き慣れた軽い声に、樹は勢いよく振り返った。
「ここ、空気悪いし帰ろうよ。ボクPTSDなっちゃうよ」
「え、コン太郎!?」
いつの間にか、狐耳の子供が祠の上にちょこんと座っていた。 いつも通りのへらへらした顔だ。
樹は思わず駆け寄る。
「も、戻ってきたの!?」
老婆も目を細める。
「もしかして、狐帰ってぎだのがい?」
「そ、そうみたいです
……
? なんで戻ってきたの?」
「や、あんだけのことして疲れたんだから、そら寝るでしょ。そこは人間と同じだよ、癪だけど」
コン太郎は気怠そうに欠伸をした。
その姿を見た瞬間、樹の胸から一気に力が抜ける。
「よ、よかった
……
!」
(とりあえず、首の皮一枚繋がった
……
!)
樹は思わずコン太郎を抱きしめようと両腕を伸ばす。だが当然のように身体はすり抜け、樹は盛大によろめいた。
「ちょ、何? 抱きしめようったってキミはボクに触れないじゃん」
「う、うるさい!」
顔を赤くして怒鳴る樹を見て、老婆は小さく笑った。
「一応、その坊さんの連絡先は教えどぐがら。聞ぎでえごどあれば、まだ来なさい。今度はおぢゃもお菓子も出してけっから」
「ありがとうございます
……
!」
深く頭を下げる樹。
その横で、コン太郎は嫌そうに顔をしかめていた。
「え〜、またここ来るの? ボクほんとこの神社苦手なんだけど」
「自業自得だろ!」
樹のツッコミが、夕暮れの境内に響いた。
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