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hachika0311
2026-05-20 23:17:49
7267文字
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潜入!グエン=モーサ教団実態調査~斜陽の塔の破戒の神童~
幼少ツァーヴに意味のない拷問をされたい!
グエン=モーサ
……
旧王国後で《罪を裁く光》の名を冠する、閉鎖的な暗殺集団だ。孤児から育てた暗殺者を執行人と呼び、彼等の教義に反するものを始末する──勿論異端とされたのは彼等の方なので、標的は多い。魔王現象一号の出現からこちら、《女神》の扱いもあらゆる権力地図も大きく変化してしまった、それが理由でもあろう。極端に先鋭化して目的と手段を履き違えている
……
異端の指定を受けてその傾向はいや増したと言える。
さて、彼等が背教者と呼ぶところのひとつ、《遺光派》の区分を受けるカン・クシャージという宗派がある。《女神》の機能そのものを神秘の機構として扱い、その体現者たる《女神》は召喚の器であるとして《女神》そのものへの信仰をさほど重視していない
……
神殿の中では少数派の派閥ではあるが、《女神》の力の解析に乗り出す軍部からの支持はそれなりに厚い。この《正統派》の真逆と言っていい教義は当然ながらグエン=モーサの粛清対象であり、既に何人かの重鎮を喪っていた。
《遺光派》の発言力は軍部と神殿の力関係に大きく影響する。すなわち、グエン=モーサはカン・クシャージのみならず、愚かにも軍部の一部を敵に回したということだ。聖騎士団とは別の系統で動く諜報組織に命が下り、つまり、それが現在の私の仕事である。
組織規模と資金に関する内情調査。元の信者数、取り潰された神殿の規模と、その愚かしさの割に
……
それでも大規模とは言い難いにしろ、グエン=モーサは不相応な武力を見せることがある。彼等もまた軍の内部に入り込んでいるのかもしれない──要するに、資金の流れを探れということだ。
面倒な仕事である。
閉鎖的な組織に入り込むには時間が必要だし、孤児を育てるやり方を連綿と続けてきたならなおのこと。中枢の者はまた別だろうと推測していたが、思いの外『執行人』あがりが混じっているらしく、身内を装うことは困難だった。
よって、潜入任務とは名ばかりの「隠れながら情報を盗み持ち帰る」という原始的で危険な任務に選ばれたのが私という訳だ。戦闘の心得があり、いざとなれば死ぬことができる人材として。
気が重い訳ではない。否、常のことなので改めて感じる負荷はない。いつだって瞼の裏には死がちらついている。
しかし、洗脳を受けて育った狂信者が舵を取っているとなれば、先鋭化も宜なるかな。放っておいても組織としてはいずれ瓦解するだろうが、そのいずれを待つ余裕は人類にはない。それだけの話だ。
幸い、拠点に侵入するのは然程手こずらなかった。執行人たちが着る揃いの外套を被っていれば多少の擦れ違いはやり過ごせそうだが、多用はするべきではない。
建物には静謐な香の煙が漂っている。おおむね一般に神殿で焚かれるものと同様にきこえるが、グエン=モーサの『教育』内容からするとあまり吸い込みたくはない。離脱症状のあるようなものをこんな形で使うことはないだろうが
……
思考が鈍るだけでも致命的だ。
「おねーさん、どこから来たんスか?」
掠れたような高い声が背後から響く。
振り返ると、子どもが一人立っていた。
薄汚れた服から伸びる棒切れのような手足に枯草色の髪。半開きの口から覗く前歯は二本抜けている。乳歯の脱落ならば7、8歳
……
明らかに発育不全の手足を思えば2年は前後するかもしれない。そんなことはどうでもいい。
まったく存在を気取ることができなかった。
これがグエン=モーサの『教育』。あるいは、この香の
……
全身が緊張するのを瞬時に宥める必要があった。
「
…
それが来客への口の利き方だと教わっているのなら、間違いだから改めなさい」
低めた声色で返せば、子どもはこてんと首を傾げた。
「お客さん?」
愛らしい仕草ではある。瘦せ細った手足とこけた頬、尖った肩を無視することができれば。目だけがぎらついて、市井の路地裏に寝る孤児たちと大差ない。
ああー、と伸びる声は平坦で高い。子どもの靴はいささか大きく、爪先がへこんでいた。
「うーん、ここ、お客さんが入るとこじゃないっスよ。迷っちゃいました? オレ、案内しましょうか?」
へこんだ爪先を上下させながら、グエン=モーサの子どもは言った。歯抜けの発音、唾液のからむ舌足らずの甘えた響き。
えへら、と笑った顔に害意があるのかどうか、判じたところで意味がない。選択肢はこの子どもに付いて行くか、殺すか。
「そう、ではお願い」
私は前者を選んだ。後者はいつだって選択出来る。
出来なければ死ぬだけだ。
子どもに騙されているのは早晩に知れた。大きすぎる靴で音も立てずに、少しでもこちらが遅れれば振り返り後ろ向きで歩く。その割に「お客さんって久しぶりなんで、今日の食事は豪華かもしれないっスね」などとふやけた声で話し、そしてどうやら人に会わないようなルートを取っている。
殺すか、と思った矢先、子どもが小さな部屋の扉を開いた。簡素な
……
何もない部屋。明り取りの小さな窓と、それに嵌め込まれた木製の蓋が見える。
「
……
来客用には見えないけど、からかっているの?」
子どもは誤魔化すようにだらしなく笑い、靴の踵で扉をコツコツと鳴らした。
「うーん、でも、お客さんが来るなんて聞いてないんで、やっぱりこれで合ってますよね? お姉さんって歩き方が同業者だけどウチの人じゃないし」
「
…
同業者?」
「そうでしょ?」
殺そう。
懐に握ったナイフを額に叩き込む。少しばかり目を見開いて、子どもは下に落ちていった。避けた顔に蹴り込むために構えた左足を湿った手で撫でられる。
ガキの癖に膝ごと重心を落とす動きが堂に入っている。気配を消すだけではない、間違いなく戦闘訓練を受けた動きだ。そのまま左足を踏み込み右の踵を横腹に入れる。今度は入る。入るが、子どもの体はそのまま転がりきちんと体勢を立て直した。
……
子どもの暗殺者というのは珍しくない。人類の再生産は世界の大きな課題であるのと同時に、生まれたところで養育者が死んでいく機会が多すぎる。急激に狭まった生息域に人類は未だ慣れることなく争いに事欠かない。ましてやグエン=モーサだ、当然想定していたし、油断したつもりもない。
「びっくりしたー
…
」
子どもは何度か瞬きをして、立ち上がった。転がった拍子に脱いだのか片足が裸足になっている。潰れた爪。
「全然うまくできなかった、思ったより遅いんですもん」
「っぐ
…
」
左脛に痛みが走る。視線を向けなくてもわかる、ブーツを抜けて浅い傷が血を流していた。何か持っている
……
脱いだ靴か、何か。
「ダメっスよ、弱いのにこんなとこに来ちゃ」
心底心配そうな顔で言う。ナイフを心臓目掛けて投げ、それを弾く間に外套を追って投げつける。
「おわ」
その隙に下から腹を刺すべく一足で──近付いたところで、飛び跳ねた子どもに腕を踏まれ、その手が掴んだ外套が降ってくる。
顔を覆われるようなヘマはしない。そう思ったのに、子どもは身軽さに甘えて背後に回ったりはしなかった。その体重では体幹に組み付いても私を引き倒すことはできないと理解しているのだろう。その背中を狙った腕に座るように落ちてきて、首に甘えるように腕が絡む。ナイフに何か刺さった感触がする。片腕に勢いのついた体重が乗り、首の後ろを切られる前にもつれるように転がった。
馬乗りにされて見た地面にはナイフが見当たらない。転がる方向すら見越していた? こんな子どもが。
ここまで練度が高いとは。
「あれえ、武器手放しちゃダメってオレは教わりましたよ」
「っあ!」
両足、股関節のほど近くにナイフが刺さる。片方は子どもの靴を貫通したまま。短い悲鳴は天井に反響した。
子どもはよじ登るように体に乗り上げる。棒切れのように軽い体重が胸に乗っているだけなのに、骨の尖った踵で踏みつけられた腕は動かせない。すぐにでも振り払えそうなその体の下で藻掻けば、乳歯の抜けた子どもは「へへ、くすぐってえ」とだらしなく笑った。
「うーん、お姉さん、ウチの人たちと同じくらいには戦えるんだと思うんですけど
……
っていうのは、ウチの人たちがけっこう弱くって、オレが一番強いんで、へへ」
照れたような声。笑うたび枯草色の髪がはたはたと鳴る。
「みぃんな雑魚くて、困っちゃいますよね!」
この、クソガキ。
次の手段を目まぐるしく考える。幸か不幸か他の人間の気配はない。自分が気付けないだけかもしれない。足のナイフは太い血管を器用に避けている。
……
生還の見込みは?
こいつを殺さなければ、ない。自害をするにしても、情報の隠匿は? 何ができる?
「ああ、でも、オレって拷問のベンキョーはまだおとといはじめたばっかりなんで」
「う、ぐぅ」
自害の選択肢のためにわずかに開けた口に、外套の端が突っ込まれる。えへへ、と嫌になるほど子どもらしい声が笑った。
「予習復習! 手伝ってもらえます?」
……
このガキの言葉が本当なら。
拷問の手始めの宣言にしては、まず上出来と言える。
舌を噛もうとする度に体を刺されて遂げられない。十に届くかどうかの回数それを繰り返して、私の鎖骨は穴だらけになった。血塗れになり痛みに竦んだ舌をうまく噛むことができない。持っていた毒に伸ばせる手はない。こんな子どもに行動を支配されていることに屈辱と混乱が込み上げる。
「お姉さん、お名前は?」
「っぐ、くぅ」
傷口に指先を突っ込みながら、子どもは高らかに言った。口の中で血の味に胃液の味が混じる。
「んー? もう一回おっきな声で言ってみましょっか! さんはい」
「あがっ! ああ
……
あ、ぐ」
鎖骨の上の傷口から入り込んだ小さな指が、皮膚の下で喉に向かって潜る。痛みと気持ちの悪さに体が狂乱を起こすのをもはや気力だけで抑える。
「あれれ? まだ口動きますよね?」
言いながら口に指を突っ込んで、傷だらけの舌に爪を立ててくる。噛み付いて折ろうとすると即座に逃げた。気色の悪い味が残って気が狂いそうになる。
「う、うぐ、ふ、この、クソガキ
…
!」
「はい! なんスか? へへ、なんかみんなそう言うんですよね。あそっか、名乗ってないから教えてくれないんスね! オレの名前はツァーヴって言うんですけど」
「っひ、ぐ、う、あああ!」
「おわっ、おっきい声出さないでくださいよ、見つかっちゃう」
見つかっちゃう? 小さな手で鎖骨を勢いよく脱臼させながら、なにを、いや、こいつ
……
グエン=モーサの上役の指示でやっている訳じゃないのか?
「
……
っ、お前、何のつもりだ
…
!」
「? 言ったじゃないっスか、予習復習手伝ってほしいなって! でも勝手にこの部屋、あ、改悛室っていうんですけど、怒られるときに閉じ込められるとこ、ここに連れてきたのバレたら怒られちゃうかもなんで」
理解ができない。このガキは何を言っている?
特に意味もない暴力で私がこんな目に遭っているというのか? こんな、子どもに。
「そろそろお名前教えてくれないと
……
うーん、鼻の先っぽからちょっとずつ削ってみます? それか、喉をちょっぴりずつコレで撫でて、だんだん深くしてくとか? オレまだちっちゃいんで、こうやってると足先とか届かないんスよね」
子どもは照れ笑いをしながら血濡れのナイフをチラつかせる。
落ち着け。
考えろ。こいつが私の『仕事』に特に興味がないのなら、知った通りの劣悪な『教育』を受けるグエン=モーサの孤児であるなら、まだ
…
!
「名前、は
……
アンレット」
「アンレットお姉さん! へへ、なんでここにいるんスかー?」
子どもは
……
ツァーヴは、嬉しそうに笑って前のめりに顔を近づけてきた。薄汚れた髪が視界に降ってくる。
息を吸う。
「仕事だよ、お前と同じ
…
っ、はあ
……
昔から、飼われてる」
みっともなく声が震える。喉が不随意に痙攣しているせいだ。
それでもツァーヴは首を傾げた。
「飼われてる
……
、オレって飼われてるんですか?」
これでいい、これで少しは。
もう一度痛みに耐えて息を吸う。胸に乗った体重が肺に刺さる。痩せた子どもの尖った尻の骨がじくじくと食い込んでいる。
「そう、そうだ
……
痛みや薬物で言うことを聞かせるのも、食事を与えないのも、いいか、犬にも劣る扱いだ」
これがグエン=モーサの子どもなら、掴んだ情報から得た『教育』を受けた被害者ならば、まだ洗脳に染まりきっていない子どもなら。
じっと見つめてくる瞳に、できるだけ憐れむような顔を、痛みに歪んで自信はないが、できるかぎりの表情で続ける。
「お前、ツァーヴ
……
私と来たら、もう少し
……
マシな暮らしをさせてやれる
…
、だから」
「助けてほしい?」
べたり、と血まみれの手が血まみれの鎖骨に体重をかけてくる。身を乗り出している、その痛みに顔が歪む。
「ぐ、う
……
そうだ
…
!」
ツァーヴはゆっくりと瞬きをした。爬虫類のような大きな目をした子どもだ。痩せこけているせいで余計にぎらぎらと光るその目が、閉じて、ゆっくりと開いて、また照れたように笑う。
お願いだから。
「でもなあ、あのねアンレットお姉さん、オレ、ここのやつらの面倒みてやらなくちゃ」
呆れと遠慮が少しずつ混じったような声が、歯の抜けた子どもの口から聞こえる。期待とは違うその声に、何を言えばいいのか考えていた頭が止まる。
「嫌なやつらだし、ぜんぜん好きとかじゃないんですけど
……
でもあんまり雑魚くてかわいそうだし」
「は
…
?」
喉の痙攣が舌まで届き、押し出された胃液と血と唾液がどろりと口を這い出ていく。
こいつは何を言っているんだ。
奥歯がガチガチと鳴るのを止めることを試みてすぐに諦める。私は赤い唾が跳ねるままに叫んだ。
「ここの、グエン=モーサの連中は! お前を
……
大事になんか思ってない! 尽くす価値なんてない!」
もつれる舌が正確に発音をしたかはわからない。
子ども相手の交渉ならば明らかに失策である言葉を、なぜ発してしまったのかも。
気味の悪い子どもは「ふへへ」と空気の漏れるような笑い声を出し、血まみれの手で頬を撫でてきた。
「じゃあアンレットお姉さんは、そんなにオレのこと好き? 照れちゃうなあ」
頬を押されて、溢れた唾液をそのまま塗り付けられる。
この子どもは愚かなのではない。洗脳されているからここを裏切らないのでもない。
大事に思われていないことが裏切る理由になるのなら、同じように自分を好いていない私に付いて行く理由もないということ。
「ね、いっしょでしょ」
何についてか、ツァーヴは言って唇を噛むように笑った。
「じゃあ続きしましょうね! うーん、何聞こうかなあ
……
お姉さん、家族はいます?」
「あ
…
?」
「オレと同じならいないのかな? じゃあ~、好きな食べ物とか聞こうかなあ。オレは特にないです!」
「え? いや、何を
……
っが、あッ!あ、グ
…
」
笑いながらゆらゆらと体を揺すっている。小さい動きのはずなのに脳が揺れる。体中の傷が痛い!
「ほら教えてくださいよー、まだオレが下手なのかな?」
ナイフをちらつかせる手に怯えて、首を振る。乾き始めた血を感じる。痛い、痛い!
「そんなの
…
っ、ない
…
!」
「ホントかな~?」
「ん、っぐ、うぅ、ひ
…
」
「あ、じゃあ特別サービスで、オレのひみつも教えてあげますね!」
そう言ってツァーヴは、まだ無事な私の耳にくすくすと身をかがめて囁いてきた。
「オレ、《女神》さまってぜんぜんこれっぽっちも、信じてなくて
……
先生たちに言うと怒られちゃうから、ナイショですよ」
こいつは頭がおかしい。
ひっ、ひい、ひっ、と耳障りな呼吸音が自分からしている。
あんな『教育』を受けて、こんな化け物みたいなやつができあがるのか。おかしい。おかしい。おかしい、こいつは絶対におかしい
……
「はい、アンレットお姉さんの番! えっと、爪を剥ぐ道具がないんで、根元から削ぐかんじでいいですか? 上手にやればまた生えてくるかも。運だめしっスね」
するりと腕を取られて、その先の手に指が絡む。選ぶように順に爪を撫でられて、歯がガタガタと鳴った。考えの前に舌が痺れたように動く。
「さ、魚のスープ
…
」
子どものような声が出て、耐えられなくて、震えるたびに舌が痛くて、ずっと流れていた涙が水量を増した。
「あれえ、泣かないで。じゃあ次ですね、うーん」
「やめろ、やめ
……
こんな意味のない、ッひ、いや
…
!」
「だから意味ならありますよぉ、予習復習って言ったじゃないスか」
言いながら左手親指の先を削がれ、肺から押し出される熱い空気が喉を焼いていく。
「手伝ってくれますよね? お姉さん!」
かひゅ、と音が漏れる。
「へへ、お姉さんのこといっぱい教えてもらっちゃったなあ。オレの拷問どうでした? うまくできました?」
上出来だ、というべきだろう。もう疲れ切った脳がぼんやりと考える。
その問いが意味あるものであったなら、こいつは優秀な拷問官になれる。腕が動くなら拍手でもしてやるが、めちゃくちゃに筋肉を断たれた腕はもう痙攣すらしていない。あとは仕上げに殺されるだけ。
「あ、お姉さんのこといっぱい聞いたらなんか、殺すのかわいそうになっちゃったんで
……
逃げてもいいっスよ! じゃあオレいきますね、お祈りの時間に遅れると飯抜きの鞭打ちで」
……
は?
「いっしょにがんばっていきましょうね! オレとおんなじお姉さん」
小さな影はあっさりと扉を閉めて、足音もなく消えてしまった。
暗闇の中、少しも動かせない体が思い出したように痛み始めて、絶叫した。焼けたような喉からはかろうじて、掠れた吐息が散るだけだった。
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