燈 ともしび
2026-05-20 22:17:41
3811文字
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リクエスト⑨:ぎゆさね【藍】

現役軸の二人です。
リクエストありがとうございました☺️
リクエスト内容は最後に。

 柱が忙しいなんて知っている。
 普段の自分の生活を考えればすぐに分かること。それでも自由な時間を作ろうと思えば作れる。
 太陽の出ている昼間限定にはなるが、伊黒も甘露寺と食事に行ったりしているし、時透も俺と手合わせをしたりしている。そのくらいなら案外どうにでもなる。
 そんなの、知っている。
 だからこそ苛ついているのだ、いま。


 任務明け。お館様への報告を終えて馴染みの甘味処で一休みをしようとした。それだけだった。
 不意に視界の端っこに見慣れた黒髪が見えたから振り返って、そこにいたのはやっぱり冨岡で。
 でも一人ではなかったし、隊服姿ではなかったので声をかけなかった。鬼殺隊では変装して潜入捜査をすることもあるので隊服を着ている俺が迂闊に声を掛けるのは不味いと思い、見守るだけにしたのだ。
 少し離れた席に座る。
 冨岡の隣にいるのは小柄な女だった。隊士か。ある程度高位の隊士なら覚えているが、見覚えがないから階級が低いのかもしれない。おおかた若夫婦の設定にでもなっているのだろう。水柱である冨岡が組んでいるのなら妻役が階級の低い隊士でも問題ないだろうし。
 けれど、この女がやたらとうるさい。冨岡はいつも通りほとんど話さずに相槌程度しかしていないのに女だけが一方的に話している。
 話している内容もくだらないことばかり。やれ、あそこの風景が綺麗だの、こっちの茶屋が美味しかっただの。そんなの柱相手にする話かってのを延々と一方的に話し続けている。

「おはぎと茶をくれ」
「はいよ」
 聞き続けていたら苛つきが酷くなってきたので目を逸らしおはぎを頼む。ここのは大きくて食べ応えがあるのに餡子の甘味が控えめでとても美味しい。そんな美味しいものを食べたら少しはこの苛つきが治るかと思ったが、ひとつ食べ終えてもまだ女は冨岡に話し続けているからあやうくおはぎを握りつぶしてしまうところだった。
 なんなんだよ、あの女は。
 苛々する。大好きで美味しいおはぎを食べたのに、まだ苛々する。
 だって、冨岡は知っているはずなのだ。俺が今日、遠くの任務から戻ることを。
 そして俺も知っているのだ。冨岡が今日は非番なことを。
 さっきまでは急な任務が入ってしまったのかと思っていたが、女の話を聞く限り多分違う。冨岡は非番のままだ。その上であのうるさい女に付き合ってやっている。
 はァ? と思う。
「不死川の帰りを出迎えても良いか?」
 任務に行く前、そう言っていたのはテメエの方だったってのに。
 確かに俺も帰る前に一休みで甘味処に入ってしまったのは悪かったと思う。でもこっちには出血と疲れでふらついていたのでという大義名分がある。疲れてぼろぼろになってる姿より元気な姿でただいまを言いたかったんだよ、俺は。冨岡に。

 クソッタレが。

 握ったままだったおはぎを口に入れる。このおはぎに罪はない。だから美味しくいただく。少し苦味のある茶も飲み干した。餡子とよく合っている。相変わらず美味しい。
 でも、気持ちはちっとも晴れなかった。それどころか喉元に熱い何かが迫り上がってきそうで慌てて立ち上がる。
 クソッタレ。
 俺はこんなことで傷付いてなんてやらねェぞ。
 冨岡は隣の女と揃えたように同じ藍色の着物を着ていた。そのせいで遠目からは更に似合いの二人に見えていた。姿勢の良い男と小柄な女。どこからどう見ても似合いの二人だ。女がうるさいのなんてよくあることだ。

 クソッタレ。
 俺の帰りを出迎えてくれるんじゃなかったのかよ。
 口の中に苦味が残ったまま甘味処を後にする。冨岡の方は振り返れなかった。
 嘘つきは嫌いだ。
 約束していた水柱邸には行かなかった。

 真っ直ぐに自邸に戻ると、思っていたよりも早く俺が帰ってきたものだから隠達が慌てふためいていた。
「風柱様?!」
「え、食事も湯の支度も何も」
「いい、いい。自分でやるからお前たちはもう帰れ」
「そ、そんな訳には」
「いいっての。少し一人になりてぇんだ……疲れた」
 珍しく俺が弱音を吐いたものだから隠達は余計に慌てていたが、ぐいぐいと邸の外へと力技で押し出して帰した。
 鬼の風柱邸に勤めようってだけあって、うちに来る隠達は根性が座っている奴らが多くて密かに好ましく思っていた。けれど今日はその気遣いが辛い。喉元も目の奥も熱いのだ。何か少しでも優しくされたら決壊しそうだった。
 たかが冨岡のことくらいで情けねェな。自戒してもまだ目の奥がツンとする。

 だから嫌だったのだ。恋なんて。
 冨岡がとち狂って俺のことを好きだなんて言うから。
 俺が拒否してもなかなか諦めねえから。
 だから、俺が逆に諦めて折れたら……すごく幸せそうに笑うから。
 冨岡がそんな顔すんなら恋仲になるのも悪くねぇな、なんて俺までとち狂ってしまったのだ。

「嘘つき」
 おはぎと茶しか口にしていないが食欲は湧きそうにない。ならばと湯の支度をしていたが、下を向けばぽつりと涙がこぼれ落ちた。

 久しぶりに自分の家でのんびり湯に浸かるのは思っていたよりも心を落ち着かせた。
 物理的に冨岡から離れたのも良かったのかもしれないし、ここが自分のテリトリーなのも良いのかもしれない。湯に色々な感情も疲れも溶けていく。

 隠が浴衣はきちんと洗って用意してくれていたので、湯上がりに着慣れた浴衣で寛げばまた普段通りの俺に戻れるに違いない。
 少し軽くなった心と身体で湯船から出たが、そこに置いてあったはずの浴衣が見当たらない。何度辺りを見回してもない。
 けれど、浴衣を置いてあった場所には見慣れないものが置いてある。それは先ほど冨岡が着ていた着物によく似た藍色の浴衣だった。
 
「不死川」
 藍の浴衣を手に持ったまま立ち尽くしていると背後から声が掛けられる。
「招いた覚えはねェぞ」
 振り返らずに言えば、後ろから困ったような気配を感じる。
「思っていたよりも不死川の帰りが早かった。寛三郎がまた道に迷って知るのが遅くなった。慌てて自邸に戻ったが、隠達が来ていないと言うのでこちらに来たんだ」
 
 嘘つき。
 寛三郎じーさんのせいにすんじゃねェよ。単にテメエが女といちゃついてただけだろうが。
 怒鳴りつけたいのに口を開いたらまた熱いものが迫り上がってきそうで口を噤む。

「それ、着てみてくれないか?」

 これ? これってこのテメエが女と揃いのように着ていた藍のことか?

「最近評判になっている腕の良い職人が染めたものなんだ。この前、不死川がそろそろ浴衣を新調しようと思っていると言っていたから──」

 苛つきが治らなくて、まだ何か話していた冨岡を思いっきり柱に押し付けた。
「しな」
 そして、有無を言わさずに唇を重ねて黙らせた。それ以上聞きたくなかった。
 目の端に藍の着物を着た冨岡が目に入る。惨めで泣きたい。

 されるがままだった冨岡は俺のことを両腕で抱き返してきた。優しく、でも力強く。
 俺は馬鹿だからそれで力が抜ける。冨岡は俺と目を合わせて笑う。
「おかえり。不死川。会いたかった」
 ぎゅっと抱きしめられたら、もう怒ることも出来やしない。
「ただいま……クソッタレ」
 冨岡は「なんで?」と不思議そうな顔をしていた。

「目の保養だが、風邪を引く。着てくれ」
 少し落ち着いたころ、冨岡は手に待ったままだった浴衣を俺に着せてくる。嫌だったが着せられてしまったので仕方ない。
 最近こうだ。冨岡に触れられると力が抜ける。

「やっぱり似合う」
……女と揃いなのに?」
「え?」
「見てた。甘味処。テメエは女と揃いの着物着てたろうがァ」
「え?……ああ」
 力が抜けてるけど文句をぎゃんぎゃんと言えば冨岡はぽかんとして、でもすぐに嬉しそうに笑ってまた俺を抱きしめてきた。
「あれはその藍染め職人の娘さんだ。浴衣を仕上げるのに少し時間がかかるというから、その間だけ暇そうにしていた娘さんを甘味処へ連れて行っただけだ」
……は?」
「揃いもなにも、あの子は父親の染める藍が大好きでそれしか着ないらしい。俺が着ている着物もその職人が染めたものだからまあ揃いではあるが、不死川が疑うようなことは何もないぞ」
「っ、で、でもすげえ距離が近かった」
「まだ子どもなんだ。甘いものが好きらしいし、父親と俺が似ていると言っていたからはしゃいで余計に距離が近かったんだろう」
「はぁ? どう見ても子どもじゃねぇだろ!」
「まだ子どもだぞ。母親が南の生まれで身体の大きな女性らしく、あの子は同じ年齢の子に比べても身体が大きいらしい」

 どうしよう。穴があったら入りたい。
 でも自邸に穴を掘る訳にもいかず、仕方なく冨岡の胸に埋まることにした。

「不死川は可愛いな。色が白いから藍が肌によく映える」
……うるせえよ」
「はしゃいでいるんだ、俺も。まさか不死川が妬いてくれるなんて思わなかったから」
「本当にうるせえ」
「分かった。黙ろう。でも抱きしめるのは良いか?」
 ひたすらに嬉しそうな冨岡に先ほどとは別の意味で苛ついたが、それには黙って頷いておいた。



リクエスト:現役で非番にモブ♀️と一緒にいる義にもやもやする実。もちろん誤解でハッピーエンド