博士の家に初めて足を踏み入れた私は、家の中のあまりの素朴さに驚いた。応接間も座敷もなくて、玄関からすぐのところにある畳敷きの居間には古ぼけたちゃぶ台と大きな座布団が置かれているきりだ。
ここの地下にYouTube動画を撮影しているラボがあるなんて信じられない。もっとも、今日の博士はラボに入る気はないらしく、ちゃぶ台の上に専門書やノートを広げて何か難しそうな計算をしている。伏し目がちで眉間に皺を寄せて、それでも瞳には生き生きした光があって……レオ博士が研究について考えてる姿は本当に見飽きない。
見飽きない、けど。初めて自宅に来た彼女を放っておきすぎじゃないかなあ?そんな邪念が視線に混じってしまっていたのか、ふと博士がノートから顔を上げてこっちを見た。
「喉が渇いたらそっちのキッチン使って」
「ありがとう、博士は何か飲む?」
「水」
「……了解」
話のとっかかりになりにくいなあ。どこに何があるかとか聞きたいのに。
「ねえ、グラスどれを使ったらいい?」
「流しのラックにあるのはタローのだから、戸棚の中のにして」
「氷は入れる?」
「製氷機の中の氷は実験に使うんだ。隣のチルドルームにあるの入れてよ」
「コーヒーとかあったりするかな」
「流しの下の一番右の引き出し。ケトルはコンロに乗ってるのをそのまま使っていい。牛乳は……」
「もう博士が淹れてくれた方が早くない?」
たびたび調べ物に水を差すのが申し訳ないのも本音だけれど、それにかこつけてちょっと甘えたことを言ってみる。博士ってこういうの通じるタイプかな。もしかすると怒らせちゃったりして……。
こっそり居間の様子をうかがいに行くと、博士はお見通しとでも言うように、ちゃぶ台の向こうからこっちを見て笑っていた。
「早くこの家に慣れてもらった方が良いと思って。君、僕のお嫁さんになるだろ?」
本を見つめるときよりも悪戯っぽい金色の瞳が私をつかまえている。
2026/05/20
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