めめた
2026-05-19 22:01:44
4367文字
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焦る指先が空を切る(柳そじ)

習作です。柳→そじ
うんめ〜くんも色恋には鈍感だと思います。


 親しくなってから数ヶ月とはいえ、その数ヶ月で全国大会優勝まで共に過酷な特訓をしたのだ。今更先輩に恐縮したり、遠慮したりすることなんて無い。
「柳生先輩の様子、おかしいと思わない?」
 それでも何故か、南雲原中サッカー部のボスである雲明は、同級生の木曽路を呼び出して問いかけた。
「やっぱ雲明も気付いてる?」
 柳生とポジションの近い木曽路は、ただでさえ人の機敏に敏感だ。雲明の予想通り、木曽路も柳生の様子については思うところがあったらしい。
「なんか焦ってるっていうか……
……
 木曽路が言葉を続けると、雲明は顎に手を当てて思考をする。
「昼に会ったときはいつも通りだったけどなぁ」
「会ったの?」
「自販機でな〜。理科室行く途中だったみたい」
 二人で並んで選手の動きを眺めながら、昼間の事を思いだす。

 クラスメイトから新商品の事を聞いて、興味を惹かれた木曽路は2階の自動販売機へ赴き、その時ちょうど理科室へ向かう柳生らに出会った。
 『カステラプリンドリンク』という妙に甘そうな缶ドリンクを手にした木曽路は同級生に声をかけられて、感想を教えてくれと多く言われていた。
 よく振ってからプルタブを引き上げたところで、一際大きな体が木曽路に影をかけた。
「なんだそれ」
 木曽路が顔を上げたと同時に、手にしていた缶は奪い取られる。
「柳生先輩!」
 柳生と一緒に上がってきたのだろう二年生は先に行くぞと声をかけて、柳生はそれに短い返事で応えた。
「カステラプリン……? なんだこりゃ」
「新商品ですよ! 気になりますよね〜やっぱ!」
 木曽路の周りにいた同級生は学内の有名人の登場にざわついた。ファンクラブもあるんだったな、と木曽路は柳生の高い位置にある顔を見ながら改めて思う。
「フン……
 缶の中から漂う甘い香りを嗅いでから、柳生は腕を上げてドリンクを呷った。
「あ〜! ちょっと柳生先輩! 俺のドリンクですよ!!」
「あっま!」
 咄嗟に柳生の腕を掴んだ木曽路だったが、柳生の腕は降りてこない。
「なんだよ、一口ぐらい良いだろ」
 恨めしそうに木曽路に見られて、柳生はあっさりと缶を木曽路へ返す。先ほどと違い飲み口は濡れていて、柳生がしっかりドリンクを飲んだことがハッキリと見えた。
「じゃあな、寝るなよ」
 柳生は満足したのか、軽く手を振ってさっさと行ってしまった。余計なお世話を言い残して。
「も〜」
 木曽路は柳生の背中を見送りながら、手に戻ってきた缶を傾けた。口内にドリンクが流れ込んでくると同時に、強烈な甘みに満たされる。
「あっま!」
 ゴクリと一口飲み込んでから、直前と同じ感想を発した。

「雲明にはオススメかも!」
 冷たいうちになんとか飲みきった、記憶に新しい味を思い出しながら言う。
「ふうん……残りは木曽路が一人で飲んだの?」
「え? そうだけど……雲明も欲しかった?」
 木曽路が聞けば、それまでグラウンドを見ていた雲明は隣の木曽路に目を向けた。
「飲みかけは要らない」
「だと思った!」
 少し逸れた話を続けていると、渦中の柳生がこちらへと向かってくる。先ほどまで木曽路は柳生とペアで練習をしていたのだから、一人にしたままでは柳生も困ったのだろう。
「どうかしたのか雲明」
 長く話し込んでいるのが気になったのか、柳生は率直に聞いた。
「柳生先輩、調子悪いですか?」
 そんな柳生に、雲明も率直に問いかける。『カステラプリンドリンク』が悪いわけでは無いだろうが、慣れないものを飲んで気分が悪くなっているだとか、そんな可能性もある。隣の木曽路が元気そうなのは体質の違いだろう。
「いや……別に、悪くはねえな」
 柳生は自覚があったのか、居心地が悪そうに言った。それを雲明が見逃すはずもない。
 じっ、と雲明から見上げられた柳生は本当の事を言わなければこの視線からは逃れられないことが分かって、乱雑に頭をかいた。
「分かったよ! 明日にはなんとかする! それでいいだろ……!」
……わかりました」
「戻るぞ木曽路!」
 結局、柳生がどうしたのか、何があったのか雲明は知らされなかったが、柳生本人がすぐにでも解決できる事だと言うのだ。追及するのは本意ではない。
 雲明が納得すれば、柳生はさっさと木曽路を引っ張って去ってしまった。
「柳生先輩、本当に大丈夫なんですか?」
 腕を引かれて柳生とグラウンドに戻った木曽路は、明らかに動揺している柳生が心配だった。サッカー部に入ってから、柳生はいつも楽しそうにはしていた。しかし、予想も出来ない悩みだってあるだろう。
 木曽路は柳生に恩がある。フットボールフロンティアで情けない姿を見せ、話を聞いてもらった恩。桜咲も柳生も色んな意味で近寄りがたい存在に思われるが、蓋を開ければ面倒見の良い先輩なのだ。
 それでなくても、木曽路は仲間が暗い顔をするのが好きではない。力になれるならなりたいとも思う。
 木曽路を振り向いた柳生は、目を細めて見下ろした。口を開けて、そのまま力を無くしたように閉じて息だけを吐き出す。
「帰り、ちょっと付き合え」
 木曽路の腕を掴む力が僅かに強くなる。大きな身体な分、力加減が染み付いているのだろう。痛みはなかった。
「俺で良ければ!」
 木曽路は笑顔で応えた。力になれることがあるのだと分かったのが嬉しかったのだ。
 しかし、雲明には言えず自分には言えることなのかと、木曽路は首を傾げる。雲明本人に関する事なのか、考えても分かる事でもない。
 木曽路は一層やる気を出して、置きざりにしてしまったボールに足をかけた。

 どこかゆっくり話せるところは無いかと聞かれて、木曽路はタンクを提案した。以前皆で来たときには、柳生は居なかった。思えば、長いようで短い日々だったのだ。
「いいとこでしょ!」
「狭いな」
「ちょっと!」
 柳生の大きな身体には狭いのかもしれないが、そんな事を言えばうどん屋だって狭くなってしまう。世話になっている店主に失礼な態度はいただけない。木曽路だってここに来られなくなると困るのだ。
 幸い、店主は常連客とのお喋りに夢中なようだった。アイスティーの注文だけ済ませて、木曽路と柳生は向かい合って座った。
「お前に聞きたいんだが」
「なんでも聞いていいですよ!」
 真面目な顔で言った柳生へ気を使わせないようにと張り切って応えれば、一転して呆れたような顔に変わる。
「まあ良いか……
 木曽路の態度に思うことはあったが、柳生にはなにより優先しなければならない事がある。
 雲明に言った以上はここで解決しなければならないし、柳生だってあれ以上雲明に詰められるのはごめんだった。
「お前、恋したことあるか?」
「え……っ、えぇ!?」
 まさかの恋愛相談、とまでは声に出さず、木曽路は咄嗟に口を押さえた。
 あの人気者の、女子にもモテる柳生駿河から、恋愛相談受けている。木曽路はこの状況が急に不安になった。
「そ、それ本当に俺相手にする話ですか……? 忍原先輩とかのほうが向いてるんじゃ……
 負けん気の強い、これまた人気者の忍原の顔を脳裏に浮かべながら木曽路は言う。忍原も恋愛について話をしているのは聞いたことが無いが、女子同士なら話していたりするのでは無いだろうか。
「お前に聞いてんだよ」
 テーブルに置かれたアイスティーがひとりでに氷の音を鳴らした。
 柳生の目は真剣で、木曽路は少したじろいだ。試合中とも違う、切に答えを求める目。
「う〜ん……考えた事ないですね。知っての通り、俺の親は転勤族なんで」
 友達と楽しく過ごす。それを重視し続けた暮らしだった。それが果たされていたのかはさておき、次にいつ転校するかも分からない短い期間で恋愛する余裕など無かった。
 女子生徒が色めいた話をしていることは知っていて、手助けをすることはあれど自分がその立場になることは無い。
 なによりサッカーをしていたかった。恋をする、という意識がまるで無かったのだ。
「そうか」
 柳生は短く納得して、アイスティーに口をつけた。
「柳生先輩は恋してるんですか?」
 聞いたわりには同じことを聞き返されると思わなかったのか、ストローを咥えたまま目を見開いた。
 面白い話が聞けるかもしれない、と木曽路は口角を上げたが、柳生からは期待通りの答えは無かった。
「さあな」
 柳生は正面に木曽路を見据えながら、目を細めてはぐらかす。
「絶対してるやつじゃん!」
 柳生が好きになる人を想像しようとしたが、さっぱり思い浮かばない。校内では柳生のことを知らない人はほとんど居ないだろうから、告白したらすぐにでも付き合い始めるだろう。
 いやしかし、柳生のことだから年上の人かもしれない。大学生とか。
 などと、木曽路は正面の顔をしみじみと眺めながら妄想に耽る。
「ちゃんぽんでも食って帰るか。奢るぜ」
 喫茶店はもうすぐ閉店の時間だ。柳生のアイスティーが空になったのを見てから、木曽路も残りを飲み込んだ。
「マジ!? さっすがセレブ!」
「そんな高えもんでも無いだろ」
 そう言いながら、柳生は二人分の会計をさっさと済ませてしまった。話に付き合った礼、なのだろう。義理堅い柳生へ今更お金を渡すのも野暮な気がして、木曽路は最大限感謝が伝わるように礼を言うに留めた。
「柳生先輩が恋か〜」
「してるとは言ってねえ!」
「や〜上手く行きますよ! 柳生先輩かっこいいし!」
 木曽路の言葉は本心だった。身長が高くて筋肉質で、見慣れてしまったが目鼻立ちのはっきりとした美丈夫のはずだ。口は悪いが素直で面倒見が良く、情に厚くて義理堅い。
 良い人だ。と思う。
……木曽路」
 そんな本心がどこか気に障ったのか、柳生は眉を寄せて木曽路を見下ろしている。その目は何かを訴えているが、木曽路にはその真意は分からない。
「え……っと。柳生先輩? なんか怒ってます?」
 雰囲気を一変させた柳生に戸惑いながら、しかし飲まれないように問えば、大きな手が伸びてきて木曽路の頭を掴んだ。
「うわ! 暴力反対!」
「うっせーよ!」
 縛った髪が解れそうなほどにわしわしと頭をかき混ぜられて、木曽路はたたらを踏む。
「怒るこた無いが、呆れてはいるな」
 木曽路から手を離した柳生は静かに言った。
「俺はお前にしかこんな話してねえんだ。言いふらすなよ」
「俺ってそんな口軽いと思われてんの……? 言いませんよ!」
 調子良く木曽路が答えれば、柳生は盛大なため息を吐いた。
 信用無いなぁ、と木曽路が笑うのを、柳生はそれ以上咎めることは無かった。