憂依
2026-05-19 21:29:56
8876文字
Public さのぱち
 

名を呼ばれると、疼き出す(さのぱち)

現パロ社会人の後輩さの×先輩ぱち♀が付き合うところまで。
名前有りの永倉さんの元カレのモブが出ます
この数日後、初デートで原田君にベロチューされてお腹キュンキュンさせてしまい、自分からセックスに誘ってしまう永倉さんが書きたかったんだ。そこまでたどり着くのが長いよ
ちなみに、原田君は前の職場で女性関係のトラブルに巻き込まれて退職する羽目になったので、今は眼鏡と前髪で顔を隠して、わざと猫背になってやぼったい雰囲気の女子受け悪い言動をとっています。

3年付き合った恋人に別れを切り出された時は、やっぱりか、とあまり驚かなかった。
ここ数カ月はぎくしゃくしていたし、デートもほとんどしていない。メッセージアプリで最後にやりとりをしたのが一か月前と気付いた時には、流石に笑いそうになった。
「俺達、もう付き合って何年になるよ。三年だぞ。その間、俺らがセックスした回数分かるか? たった7回だ。あり得ねえだろ」
別れ際の元恋人のセリフが、全てを物語っていた。
俺はセックスがあまり好きではない。というより、正直苦手意識がある。
そのせいで、付き合ってからも「セックスするのは結婚してからじゃないと」と言い訳をつけてのらりくらりと避けていたが、それでもどうしてもと頼まれて仕方なくセックスをしたこともある。
七回とも、気持ちいいとか気持ちよくないとかより、嫌悪感が大きかった。身体に触れられるのもペニスを挿入されるのも気持ち悪くて、違和感が強くて、吐き気をこらえるのに必死で、早く終わってくれと思いながら恋人に抱かれていた。
そんな俺の態度は向こうにも伝わっていただろう。セックスをさせないことも相まって、恋人はどんどんとそっけなくなっていき、俺達の仲は冷えていった。
だから、別れを切り出されたことは仕方ないと思っている。
それでも、ショックではないと言えば嘘だ。元々、向こうからの熱烈なアタックで交際に至ったとはいえ、俺も割と好感を持てる相手だったのでOKしたのだし。性の不一致以外に不満はなかった。三年も付き合えば情も湧いてくる。お互いもうすぐ三十歳になるから、結婚だって視野に入れていたくらいだ。
だから、別れを告げられた日の夜は一人自宅でやけ酒したし、数日たっても別れのショックが顔をのぞかせて胸の内が重くなる。
それでも、仕事はきっちりしないとと思って、職場では何事もなかったかのように振る舞っていた。
ただ、おそらく巽の方から別れた話が伝わったのか、親しい社員には何人か話を振られてしまった。気を使わせまいと明るく振る舞い、いつもと変わらぬ態度で仕事をする。
そんな中、契約書の押印漏れを見つけて、押し直してもらおうと別フロアにある総務へ向かおうとしたが、エレベーターがなかなか来ない。総務は営業部の三つ上だ。仕方なく階段を使おうと階段室へのドアを開けて登ろうとしたら、

「はあ!? 巽、お前永倉さんと別れたの!? あんな美人でスタイルいい人なのになんで!」
「なんでって、あいつのいいところは見てくれだけって。実際付き合ってみたらマジで最悪だったわ。我儘だし自分勝手だし、こっちの意見は全く聞かねえし」

そんな、ありえない話をする元恋人……巽の声が聞こえてきた。
足が止まる。数名の話し声が聞こえてくることから、休憩時間でもないのに、皆でさぼっているのか。恐らく上の階の踊り場にいるだろうから姿は見えていないと思うが、こちらの足音にも気づかないほど、おしゃべりに夢中になっているようだった。

「ええ~? 永倉さんって職場ではめっちゃいい人なのに、恋人相手にはそんな感じなの? すげえ意外」
「そうなんだよ、マジで騙された。おまけに、全然ヤらせてくれねえの。あいつと三年くらい付き合ってたけど、ヤったの二桁も行かねえぞ」
「はあ!? 三年でそれはやばすぎだろ。お前よく我慢できたな」
「我慢出来るわけねえだろ。結婚前にそんなこと気軽にするべきじゃないとか言ってよお。何時代の人間かと思ったわ。おまけに、無理やりことに及ぼうとしたらガチで抵抗してきたんだぞ。マジ萎えるわ」
「ありえねえ~。あのデカパイとデカケツを好きにできるなんて羨ましいと思ってたら、お前そんなことになってたのかよ」
「巽、散々愚痴ってたもんなあ。そんで、次に狙いを定めたのが総務のおっぱいでかい新人ってわけか?」
「そうそう。あいつのいいところなんて胸と尻くらいで、デカいし威圧感は大きいし目つき悪いし、性格まじきっついのなんの。いつも自分の方が営業成績良いからって笠に着て、えっらそうにしやがって。それに比べて、今の彼女は小さくて大人しいしおしとやかだし、なにより気軽にヤらせてくれるからマジで最高だぜ」

ぎゃははは、と下品な嘲笑に、殴られた訳でもないのに胸のあたりが痛くなってくる。
というか、まだ別れて数日しかたってないのに、もう次の相手がいるのかよ。この話ぶりからして、俺と付き合ってた頃から浮気してたのか?
ふざけた態度と物言いに殴りたいくらい怒りが湧いてきて、それ以上に、自分がそんな風に思われていたことへの悲しみが大きかった。
そりゃあ、確かに俺は女にしては背が高いし、昔から鍛えてるせいでガタイもいいし、顔の傷のせいで強面だなんだと言われるし、笑ってないと目つきが鋭くて顔が怖く見えるとか怯えられることもも多いけどよ。それが全部わかってて告白してきたのはそっちだろうが。
大体、セックスを拒否した以外はむしろ俺の方がお前の我儘に散々付き合わされてきたのに、俺の方が我儘ってどういうことだよ。
もう終わった関係の相手の言葉なんて気にする必要はない、というのは分かっていても、心がじくじく痛むのは止められない。
これ以上この話を聞きたくない。俺の目的地はあいつらが話しをしているさらに上の階とはいえ、すぐにでもこの場を離れたかった。仕方ないが、引き返してエレベーターで昇るしかない。
……なのに、足が動かない。三年間の想いをぐちゃぐちゃに踏みつぶされたようで、悲しみとか悔しさとか虚しさがごちゃ混ぜになって、手にした書類を思わず握りつぶしそうになった。
そこへ、ガチャリと扉が開く音がして、

「ヤるだのヤらないだの、そんなクソみたいな話がしたいなら会社から出てってもらえませんかね」

聞き覚えのある声が、会話に割って入ってきた。

「あぁ? ……って、なんだ。経理のメガネ君じゃねえか」
「階段の外までアンタらの頭の悪い話し声が響いてましたよ。休憩時間でもないのに、こんなところで皆さんさぼって給料泥棒ですか」
(この声、原田……!?)

聞こえてきたのは、半年前に中途採用で入社したばかりの新人、原田左之助の声だった。
原田が所属する財務部は総務よりもさらに上のフロアなのに、なぜこんな所に?と疑問に思いつつ、手摺壁の間からこっそり様子をうかがう。予想通り、そこには巽と向かい合う猫背で眼鏡をかけた特徴的な赤毛の青年――原田が立っていた。

「いやいや、別にさぼってねえよ。ちょっと雑談してただけじゃねえか。いちいち目くじら立てんなよ」
「職場のど真ん中で大声で猥談してるのが、ただの雑談ですか。そんなに暇なら、ちゃんと毎月経費申請してくれないですかね? ……俺の記憶が確かなら、ここにいる全員、今月どころか何か月も申請が滞ってるメンバーばかりじゃないですか。やっぱり、類は友を呼ぶってことですか」
「あ゛あ?」
「んだとてめえ! 入ったばっかの新人が、調子乗ってんじゃねえぞ!?」

一気に雰囲気が険悪になり、巽が青筋を立てて原田の胸ぐらをつかみ上げる。
それはそうだろう。俺の知る限り、原田は殆ど無口で口数が少なく、仕事の時は必要最低限しか会話しないような奴だ。いつも長い前髪と眼鏡で顔を隠しているのも相まって、社内では何を考えているか分からない、不気味、近寄りがたい相手として認識されている。俺がもう少し他の奴ともコミュニケーションを取ったほうがいいと注意したこともあるが、それが聞き入れられたことはない。
そんな原田が明らかに敵意をもって皮肉を口にしているのだ。向こうからしたら、予想外の相手に喧嘩を売られて頭に血が上ったのだろう。
今にも殴りかからんという勢いの相手に対し、原田は気にも留めた様子もなく涼しい態度を取っている。
おいおい、流石に巽も本気で殴らないだろうが、大丈夫なのか? 原田の奴も、なんであんな相手を怒らせるようなことを言うんだよ。お前そんなキャラじゃねえだろ。

「あんたの場合は、経費どころか伝票の提出も溜まってるんだよ。毎回経理から催促しねえと伝票出さねえで、それでも社会人か? 他人に言われなきゃ何にもできねえのかよ。……そんな事務作業もまともにできないやつだから、永倉先輩にも営業成績で差をつけられまくるんだよ」
「こっの、言わせておけば……!」

原田の挑発にとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、巽が拳を振り上げた。周りも止めるつもりがないのか、ニヤニヤと笑いながら見ているだけだ。
まずい、と反射的に飛び出して止めようとした瞬間。
巽の振り上げた拳が放たれるよりも先に、原田の膝蹴りが容赦なく巽のみぞおちに叩きこまれた。

「ごふぉっ!?」
「!?」

あまりの早さに、俺も、取り巻き連中も言葉を失ってしまう。
巽の身体がバランスを崩して、苦悶の声を上げながらもんぞりかえる。それだけで、原田の蹴りの威力が察せられた。痛みからか腹を抑えて蹲りかけた巽に対し、原田は巽の顔面を鷲掴みにすると、そのまま軽々と宙にもちあげた。
いや、嘘だろ?
巽は俺と身長がそんなに変わらない。170cmは超えていたはずだ。それに、大学時代はラグビーをやっていたとかで今も身体はかなり鍛えられている。そんな相手を蹴り上げたうえに片腕一本で持ち上げるとか、あいつそんなに力あったのか?
大の大人を持ち上げる光景は、傍から見ていてもかなり恐ろしいものだった。巽も抵抗して足をじたばたと動かし、自分の顔を掴む手を放させようと腕を伸ばすが、原田はびくともしない。その様子に、周りにいた連中も怯えて距離を取り始めている。
……というか、原田って、いつも猫背だから気づかなかったが、結構背がデカくねえか?
今は巽を持ち上げているからか、普段は丸まっている背がまっすぐに伸びている。その背丈は周りにいるほかの社員よりも高く見えた。
時間にして30秒も立たずに、原田はすぐにその手を放した。突然下ろされた巽はその場に尻もちをつくが、呆然としたまま立ち上がれないようだった。
へたれ込んだまま怯える眼差しで自分を見上げる男を見下ろしながら、原田が静かに宣告する。

「人事にチクられたくなかったら、二度とさっきみたいな不快な会話をするんじゃねえぞ。……その前に、俺がてめえの頭を握りつぶしちまうかもしれねえけどなあ?」

ドスの聞いた低い声で有無を言わさぬ迫力で言い放つ。
すっかり気圧された巽は無言のままこくこくと頷くと、立ち上がって逃げるように階段を駆け下り……、あ。

「げっ、新八……! お前、今の話聞いて……

ちょうど、俺がいる方向へとやってきた。
俺の姿を目にした巽はただでさえ怯えた表情を更に青ざめさせる。まあ、散々俺に対する暴言を言いまくってたからなあ……。おまけに、こいつは俺に物理的に勝てないということを分かっているだろうし。
……気が付けば、先程まで感じた痛みや悲しみはすっかりどこかに消え去っていた。今はもう、この男に憐れみしか覚えていない。

「何のことだ? ……それより、お前はもう俺の恋人でもなんでもないんだから、名前で呼ぶの止めてくれねえか? 何だったら、俺の方が役職が上なんだから、ため口も止めてくれるとありがたいんだが」

わざと睨みつけながら告げれば、後ろをついてきた他の社員が小さく悲鳴を上げた。
おい。人を恐ろしいものを見るかのような目で見るのは止めてほしい。

「し、し、失礼しました……!!」

それだけ捨て台詞を履いて、恋人だった男は慌てて去っていった。巽と一緒にいた連中も、バツが悪そうに俺の横を通り過ぎて行く。
そのまま営業部のあるフロアに入っていった一行の後ろ姿に、ふんと鼻を鳴らす。俺も一発ぐらい殴っておけばよかったな。
そんなことを考えていると、原田がひょこりと顔をのぞかせてきた。

「大丈夫ですか、永倉先輩。……さっきのクソ話、聞いてましたよね」
「原田……。お前、気づいてたのか」
「気づいたのは途中からですけど。あいつが殴りかかろうとした時、こっちに近づこうとしてたのが見えたんで。……まあ、あんまり気にしない方がいいですよ。あいつが先輩の良さを全然分かってないだけですから」
「いや、もう気にしてねえよ。……ありがとうな、原田。ちょっとスカッとしたぜ」
……別に、大したことじゃないっすよ」

少し照れたように原田が視線を逸らす。
前髪と眼鏡のせいで表情はよく見えない。いつものように猫背で背中を丸めて佇む姿からは、とてもではないが先ほど大の男一人を軽々と持ち上げたとは思えない。

「けどよ、暴力沙汰は良くねえぞ。巽の奴が変に逆恨みして、お前にいちゃもんつけてくるかもしれねえし」
「ちゃんと対策は取ってます。スマホであいつらの会話の一部始終は録音しましたから」

ほら、とポケットからスマホを取り出すと、確かにその画面には録音中の文字が表示されていた。なんとも抜け目がないやつである。
業務もいつも卒がないと思っているが、仕事に関係ないところまで発揮されてるあたり、こいつやっぱめっちゃ優秀だよな。本人はあんまり目立つのが好きではないみたいだが。

「そもそも、なんであんな絡み方したんだ。あんな言い方すれば、巽が怒るのなんてわかるだろうが。お前なら、もっとうまく場を切り抜けられただろ」

そう。俺が一番気になったのはそこだった。
原田は空気が読めるし、なんでも卒なくこなせる。それが、明らかにわざと巽を怒らせるために食って掛かっていたのだ。その意図が分からない。
そもそも、普段から口数が少ない奴だから、階段を通る必要があったとしても、無言のまま通り過ぎれば巽は何も気にせず原田を通していただろう。
俺のことを想っての行動だろうが、原田がそこまでする理由はない筈だ。
そう思って聞いたのだが、原田は何故か、はあ、と小さくため息を吐いた。その吐息には呆れが混ざっているように感じて、む、とわずかに怒りが込み上げる。
こっちはお前を心配して言ってやってるのに!
たまらずしかりつけようとしたところで、原田は酷く不満そうに己の想いを吐き出した。

「あいつらが、あんまりにも永倉先輩のことを悪く言ってたんで。正直、俺も頭に血が上ってしまいました」
「え?」
「本当に、見る目がないというか、節穴過ぎるだろ。今が仕事中じゃなけりゃ、二度と立ち上がれないくらい全員ボコしてやったんですが」
…………

マジか。いや、ぼこぼこにするのは駄目だが、まさかここまで慕ってもらえているとは思わず、俺も思わず照れてしまう。
原田とは別部署だし、フロアも違うし、職場では経理関係でたまにやりとりをするくらいだ。
ただ、原田が入社して間もない頃、偶然昼飯の時に近くの定食屋で鉢合わせしてから、たまに昼食を一緒に取る間柄になっている。
とはいえ、別にお互い示し合わせているわけではないし、俺は営業の仕事で外回りが多いから、出先で昼食をとることも多い。タイミングがずれる時もあるし、一緒に食事と言っても一週間か二週間に一度あるかないかというくらいだ。
それに、一緒になっても原田のプライベートな話などほとんど聞けたためしがない。俺が話を振ってものらりくらりと躱されてしまうので、最近ではもう諦めて俺ばっかりが喋っている。
原田はきっと聞き上手なのだろう。自分の話はしないのに、相槌をいれたり、思った通りの反応を返してくれたり、時々茶々を入れてきたり、つっこんできたり。原田と話すのは凄く楽しかった。
一度、「もしパワハラだとか一人で飯を食いたいって思ってるなら、遠慮なく言ってくれていいからな?」と不安になって聞いたこともあるが、原田は「別に、迷惑じゃないっすよ」とあっさりと返されたので、嫌がられてはいないと思ってはいたが。
いつもは口数の少ない原田がやけに饒舌に語るせいもあって、俺はなんだか妙に気恥ずかしくなって、思わず視線を逸らしてしまった。心なしか、頬がちょっと熱くなってるかもしれない。

……そういえば、永倉先輩があのクソ野郎と別れたってことは、今フリーってことですよね」
「うおぅっ!?」

ひょいと、急に原田が俺の顔を覗き込んでくるものだから、不意打ちを喰らってたまらず飛びのいてしまう。急に顔を近づけるなよ! ビビるだろうが!
だが、驚く俺を尻目に、原田はとんでもないことを言い放った。

「それじゃあ、俺が彼氏に立候補してもいいですか?」

………………………………なん、だって?

「はあ!? きゅ、急に何を……
「急にじゃないですよ。俺、前から先輩のことが好きだったんです」

ぐい、と目と鼻の先まで顔を近づけられる。いつもは分かりにくい原田の表情が、今ははっきりと見えてしまう。
鋭い真剣なまなざしに、こいつ結構整った顔してるな……、なんて、現実逃避の思考が脳裏を過ぎていく。

「前からって、そんな気配、一つも……
「当たり前じゃないですか。彼氏がいる人にモーションかけたりしないですよ。でも、今は先輩がフリーなので、いくらでも口説いてよくなりましたから」

そっと、手を取られる。
囁く声が今まで聞いたこともないくらいに蕩けていて、ここが会社の中だというのも忘れそうになるくらい、原田の放つ甘い雰囲気に呑まれそうになってしまう。

「俺だったら、あんなクズと違って先輩を悲しませたりしないですよ。先輩が本当に我儘三昧だとしても、先輩のお願いならなんでも叶えてあげますから」
「いや、俺そんな我儘じゃねえからな!」
「はい。勿論、分かってます」

照れ隠し半分に衝動的に否定するも、原田は気にした様子もなく、むしろ、どこか楽しそうに肯定する。
顔が近い。互いの吐息が肌に触れる。心臓がどきどきと速度を上げていっているのが分かってしまう。きっと、自分の顔は真っ赤になっているだろう。
急に好きだと言われても、突然のことに頭が追い付かない。
さっき言ったように、原田とはまだ短い付き合いだし、あまり絡んだことがない。俺は原田のことをほとんど知らない。
けれど、原田と話すのは楽しい。一緒にいると安心するし、気も合うし、口数は少ないけど細かいところに気が利く。一緒に飯を食う時も、俺はいいって言ってるのに後輩だからとか言っていつも椅子を引いてくれるし、俺の分のお冷を注いでくれるし、俺が前にした話をちゃんと覚えててくれている。店員への態度が横柄じゃないし、道に迷った外人に声をかけられた時は面倒くさそうにしながらも丁寧に教えてあげてたし(俺がスマホで道を検索している間に、さっさと英語で受け答えしていた)、一度迷子の子供を見つけて俺が親を探そうとした時にも、やっぱり面倒くさそうにしながら付き合ってくれた。結構優しい奴だ。仕事も丁寧でレスポンスが早いからありがたいし、こうして見ると外見も悪くないし……
……あれ? もしかして、俺って結構原田のこと好きだったりするのか?

「まあ、無理にとは言いませんよ。先輩も別れたばっかりで、すぐに次の相手と付き合うって気持ちにならないでしょうし」

黙って俯いたままの俺にしびれを切らしたのか、原田は手を放すとゆっくりと距離を開け始めた。

「俺のこと、もっと知ってもらってからでも全然構いませんから。とりあえず、先輩の恋人の席を予約させてもらえれば、当面はそれでいいです」

いつもは無表情なのに、今は穏やかにほほ笑んでいるのが見て取れる。分かりやすく頬を緩めた男に、どうしようもなく愛おしさがこみあげてくる。
ああ、そもそも。
自分のためにあんなに怒ってくれた相手に、好感を抱くなというのが無理な話なのだ。

「それじゃあ、そろそろ戻らないといけないし俺はこの辺で。また今度、会社にいる時に一緒に昼飯食いましょう」

そう言って、原田はあっけなくこの場から立ち去ろうとする。
それがなんだか寂しくて、俺は思わず自分から原田の手を掴んでしまった。

「ま、待てよ!」
……どうかしましたか?」
「あ、あのだな……。その、いい、ぞ」
「いいって、何がです」
「だから……、こ、恋人にならないかって、奴」
………………………………え?」

たっぷり数秒の間を開けて、原田がポカンと口を開けている。まだうまく呑み込めていないのか、混乱した様子で疑問符を浮かべていた。
最初に言い出したのはお前だろうが! なんでそんな驚くんだよ!

「え、っと……。それは、つまり。永倉先輩が、俺の彼女になってくれる、という意味で?」
「だから、そうだって言ってるだろ!」
「いや、言ってはないですよ。後、あんまり社内で大声出すとうるさいです。……いいんですか、本当に」
「良いって言ってるだろうが! そう何度も言わせんじゃねえよ!」
「そうっすか……。いや、すみません、ちょっと……。やべえ、嬉しすぎて顔にやける」

口元を抑えながら、原田が笑みを噛み殺すかのように顔をゆがませている。
いつもは曲がっている背筋が、いつのまにかピンと伸びている。いや、やっぱりでかいなこいつ。
あまり表情を変えない原田だが、今日は色んな表情を見せてくれる。分かりやすく喜びを露わにしている姿は何とも珍しく、でかい図体に似合わずなんとも可愛らしいと感じてしまった。知らず知らずのうちに、俺も笑みが零れ落ちてしまう。
……やっぱり、俺は自分でも知らないうちに、この男をかなり好きになっているようだった。

「それじゃあ、これからよろしくな、原田」
……はい。よろしくおねがいします。永倉先輩」

差し出した手を、原田が静かに握り返す。
こうして、俺は原田とお付き合いを始めることになったのであった。