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つき
2026-05-19 12:45:45
17190文字
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帰る場所を奪われた僕らは。
おとぎ話パロ?です(全年齢)
スランプに何度も陥りながら1年掛かったので、色々矛盾があるかもです。
2周年神家のカドスト未読です。
全然活かせなかったのでなくても読めると思いますが、大雑把な設定
悪魔と呼ばれて捨てられた麗 (魔法使い)(血筋上の王子さま)
身代わり王子さま 神家 (八千代の息子)
グランマ 八千代 (魔法使い)
地面に強く打ち付ける雨と激しい雷鳴。城の中に響くのは、赤ん坊の産声と従者たちの喚く声。
なんて気味の悪い髪の色。
まるで悪魔のようだ。
この子は『悪魔』だ。
悪魔が生まれた。
『悪魔の住処』に返さなければ。
皆、悪魔に殺されてしまう。
◇◇
「イッテキマス」
「ウララ、イッテラッシャイ〜!」
街の外れの森の奥深くに、一人と一羽が暮らす木造の小屋がひとつ。まるで太陽から隠れるように、高い木々に囲まれている。長い蔓に覆われた窓は光が差し込む隙間すらもない。
魔法使い見習いの『麗』とおしゃべりなオウム『レア』はここで何年も暮らしている。
『悪魔』と呼ばれた麗は、この辺りでは少し名の知れた魔法使いの八千代に育てられた。物心がつく頃には、小さな火を起こしたり、簡単な薬が作れるように教育された。まだ甘えたい年の頃、八千代の厳しい指導が辛くてベッドで一人泣いた夜もあったが、こんな簡単なこともできない自分への苛立ちや悔しさにすぐに変わっていった。
今思えば、一人でも生きていけるように、生活に困らない程度のことは全て教えようと、八千代も必死だったのだ。きっと、そう長くないことは本人が一番よく分かっていたのだろう。麗から見た八千代は、世界が終わっても図太く生き残りそうだと思っていたが、5年前に病気であっさり亡くなった。
師が居なくなっても、八千代が遺した本に記された魔法や魔術の数は膨大で、自分で読み解きながら試行錯誤していると、毎日があっという間に過ぎていく。寂しい、などの感情はなかった。森の中で一人で野垂れ死んで、野生の獣の餌にでもなっていたであろう人生に比べたら、天と地ほどの差がある。
それに、騒がしい八千代がいなくなった後に迷い込んできたオウムのレアが八千代と同じくらいかそれ以上に騒がしくて、以前と変わらず小屋の中は賑やかだった。
◇◇
「やっと晴れたな」
「ハレタ、ハレタ♪」
ドアを開けた麗は、木々の隙間から空を見上げた。昨日までの激しい雨風が嘘のように晴れた空から、光が差し込んでいた。蒸発した雨水の匂いが鼻を掠める。
「イッテキマス」
「ウララ、イッテラッシャイ〜!」
行って来ますと言う相手がレアだけになっても、麗の習慣は変わらなかった。『行って来ます』は無事に家に帰って来るためのおまじないだという八千代の教えを守っている。黙って家を出ようものなら、容赦なく尻を蹴られた。あのババアなら地獄からでも蹴り飛ばしてきそうだな、と懐かしい痛みを思い出す。
「
……
っと」
ぬかるんだ地面に足が取られて縺れる。当然補整などされていないこの辺りの地面は、晴れていても歩きにくい。木々の隙間から差し込む日差しを反射する水溜まりが鬱陶しい。帰る頃には乾いていることを願いながら、大きく一歩踏み出して跨いだ。
鬱蒼とした森を抜けて、腰ほどまである草むらをかき分けていく。人目を避けるため、道なき道を進む。水が滴る植物の間を縫って行くうちに水分を吸い込んだ服がじっとりと重みを増していく。
麗は雨が嫌いだった。小屋から出られないことも、小屋の前に出来る水溜まりも、こうして服に絡みついてくる雨水も、全てが鬱陶しい。それに、心がざわつくのだ。この感情に名前をつけるならば、おそらく不安とか焦燥とか、そういう類のものだろう。麗は、それらに蓋をするように胸の当たりをぎゅっとひと握りして、心のざわつきを雨への苛立ちに変えた。
人の手が加えられた砂利道に出ると、目的地は近い。木々を伐採し作られた道は日当たりが良い。日差しが直接麗を照りつけると、生まれつき色素の薄い菫色の髪はキラキラと光を反射した。目立たないように、誰にも見つからないように、フードを目深に被って隠した。
河原に着いた麗は育ちきったハーブや木の実を手際よく採取していく。時々近くに寄って来る鳥やリスたちに食べ頃の木の実を分けてやることも、麗の楽しみのひとつだった。言葉は分からないが、自分に懐く動物たちのことが好きだった。言葉を話す人間は自分を悪魔だと罵る。だからできるだけ、人間とは関わらないようにしていた。
空がオレンジ色に染まり始めた頃、水辺を撫でた風が麗の頬を冷やす。来た時は空っぽだった布袋もずっしりと重くなっていた。
長時間座り込んで凝り固まった身体を伸ばしながら、周りを見渡せば木々の奥はもう太陽の光が殆ど届かない闇に包まれていた。
(そろそろ帰るか)
「──君、なにしてるの?」
背後から聞こえる声に驚いて、足が竦む。数歩後ろ、手を伸ばせば届きそうな距離、容易に攻撃を仕掛けられる距離に誰かがいる。どう逃げるべきか、思案しながら振り返ると、背後の男はにこやかに微笑んでいた。
「えっと、もう暗くなるし、危ないから。良かったら送るよ」
男は目が合ったまま、笑顔で一歩近付いてくるが、麗は睨みつけたまま、近付かれた分よりも大きく一歩距離をとる。
「オレに関わるな」
麗はこの男を知っていた。麗だけではない。この国に住んでいれば誰もが知っている男だった。
「どうしててめえみたいな身分のやつが一人でここにいるんだよ。王子サマ」
「あー、うん
……
。それより、いつもここにいるの? 何集めてたの?」
王子は歯切れの悪い返事と共に表情が暗くなったかと思えば、またすぐにパッと明るく笑って、麗に質問を投げかける。
「てめえ、警戒心とかねえのかよ」
「えっと、実は、少し前から君の事見てて」
フードをより目深に被り直して、睨み続ける麗とは反対に、王子はにこやかに話を続けた。
「ほら、さっき、鳥に餌あげてただろ? 動物に優しい人に悪い人はいないから」
いつから見られていたのか、麗は全く分からなかった。常に周囲を警戒しているので、人の気配に敏感な方だ。それなのに、気付けなかったのは、気配を消していたとしか思えない。
「
……
いいから、オレに近寄るんじゃねえ」
麗は目を細めて、更に威嚇するように睨みつけたが、王子は怯むことなく人懐っこい笑顔を浮かべたまま麗を見つめる。
「君と話がしたいんだ」
どうしたら諦めてくれるのか、今ここで背中を向けて逃げ出した瞬間、攻撃されるかも知れない。麗にとってこの男は、得体の知れないもの、恐怖の対象でしかなかった。この場の切り抜け方を何とか考えなければ、と思考を巡らせる。その間も、王子はにこにこと人の良さそうな笑顔を崩さない。数秒か数分かこうしていると、動物の足音が近付く気配がした。
「
…
...馬か?」
「あ、やばい。帰らなきゃ」
一頭ではない。複数の馬の蹄の音。心当たりがあるらしい男は、音がする方へと走り出す。これ以上誰かに見つかる訳にはいかない麗も反対の方向へと踏み出した。
「またな! あと俺の名前、神家だから。神家って呼んで!」
身を隠した木々の隙間から振り返ると、両手を大きく振る神家が見えた。
「
……
はぁ? なんなんだよ。マジで」
『またな』と言われたが、二度と会う訳がない。聞いてもいないのに教えてきた名前を呼ぶ事もない。まるで昨日までの嵐のような勢いの男だった。それでいて、太陽のように眩しく笑うこの男は、自分とは一生交わることの無い人種だと思った。
◇◇
麗が生まれた街の反対、西にある小さな街。魔法使いや呪い師が多い西の街は、八千代の知り合いが多く住んでいる。『悪魔』への偏見も少なく、麗が安心して歩ける数少ない場所のひとつだった。
ある意味安心して歩けないのだが。
「麗ちゃん、久しぶりね!」
そう声を掛けてくるのは一人だけではない。熟れたトマトだの、今朝にわとりが産んだ卵だの、『たくさんあって困るから貰って欲しい』と八千代の知り合いが次々に声を掛けてくる。八千代が亡くなった後も変わらず続いていた。
「アリガトウゴザイマス
……
」
お礼を言って受け取っていくと、空っぽだった鞄がずっしり重くなる。荷物が重くて歩けなくなってしまう前に、必要なものを揃えてさっさと帰ろうと、鞄を背負い直した。
ふと目の前に立ち止まる影。見上げた先には、神家がいた。
「
……
」
「あ、会えた」
麗は思わず目を見開く。昨日と時間も場所も全く違う。なのに、正面からばったり、神家に出くわしたのだ。構う必要も挨拶をする必要もない。舌打ちをひとつ零して、神家の横を通り抜ける。
「あっ!待って、君の名前!教えてよ」
背後から聞こえる声。これ以上騒がれても面倒だと、振り返って睨みつけた。
「軽々しく教えられねえんだよ」
「そっか。じゃあさ、いつか俺のこと信用できたら教えてよ」
聞こえないふりをして前へ進む。二度と会いたくないと思いながらも、心のどこかで、また会ってしまうような予感がしていた。
「
……
そんないつか一生来ねえよ、タコ」
◇◇
日差しが入りにくいこの小屋では、時間の感覚がなくなる。時計は置いてあるが、好きな時間に寝て起きているので、昼夜が逆転することも珍しくない。昨晩遅くまで八千代が遺した本を読んでいた麗は、昼過ぎに目覚めた。まだはっきりとしない頭で、ランプに火を灯すと、部屋の中が優しい橙色で照らされる。ベッドの上で起き上がって、今日の予定を組み立てる。昨晩読んだ本の魔法の実践と、部屋の掃除と、それから
……
とベッドの上で考えていると入口のドアがトントンと揺れる。今日は風が強いのか、とドアを一瞥し、再び今日の予定を考え始めた。
──トントン。
再び、ドアが揺れる。先ほどよりもしっかりとドアをノックする音が響いた。誰かが尋ねて来ることなど、麗が一人になってから一度もなかった。寝惚けていた意識を叩き起して、念のために鍵を確認しようとドアに近付く。
「こんにちは!」
まるで夜のような小屋の中とは正反対の明るい声。この声の主を麗は知っていた。
(......神家か)
どうしてここが分かったのか。返事をしなければ、物音を立てなければバレないだろうと、息を潜めて、鍵を確認してドアから離れる。
「こんにちは〜!」
トントンと再びノックをする音と、いないのかな、という呟き。そのうち諦めて帰るだろうと思い、あくびすらも噛み殺して、早く帰れと祈った。
「ドチラサマ〜?」
「! 俺、神家って言います!」
「カミヤ、イラッシャイ〜!」
「おい、レア!」
「あっ、えっと。君に会いたくて、来ちゃいました!」
チッ、と舌打ちひとつ。渋々ドアを開けると、お邪魔します!と言いながらするりと内側に入り込む。入っていいなんて言ってない、という隙もなかった。
「ここまでどうやって来たんだよ」
神家は目をきょろきょろさせて一瞬考える素振りを見せたが、すぐに人の良さそうな笑顔を浮かべて、麗の手を握った。
「それより、入れてくれてありがと」
「
……
!」
神家に両手を包み込むように掴まれた麗は、あまりに突然のことで、振り払うはずの手も文句を言うはずの口も動かず、久しぶりに人の体温を感じている手をただ見ていることしかできなかった。
「俺のこと、少しは信用してくれた?」
神家に顔をのぞき込まれて、ハッとする。少し汗ばんだ手を振り払った。
「......んな訳ねえだろ」
「ウララ!」
「っ!レア黙れ!」
「ウララ?......もしかして、君の名前?」
「ウルワシイウララ!」
「麗、かあ
……
うらら。麗
……
」
噛み締めるように何度も呟く声が耳に入る度にむず痒くて、イライラして、神家の口を塞ぎたい気持ちになる。顔が赤くなっているだろうと自分でも分かるくらいに、じわじわと熱を持ち始めている。
「気安く呼ぶんじゃねえ」
「麗。
……
うん。すごくいい名前!
……
痛っ!!」
うるせえ、黙れ、という言葉よりも先に足が出た。
◇◇
「お前、また来たんか」
「来たらだめ?」
「駄目に決まってんだろ」
あの日以来、毎日毎日神家はここに訪れた。魔法を教えて欲しい、素材採取を手伝いたい。食料を持ってきた。など、色んな口実をつけて。
すっかり定位置となったソファの端に腰掛けた神家に「もう来るな」と言えば、まるで捨てられた子犬のように耳もしっぽも垂れ下げて、今にも泣きそうな顔で麗を見る。
「だいたいてめーみたいな身分のヤツがこんな所にいたら、誘拐罪かなんかで捕まるのはオレの方だろ」
「それは
……
!俺が、なんとか
……
」
根付いた習慣を覆すのは難しいことくらい、神家も分かっているだろう。悪魔として捨てられた麗と王子として育てられた神家。一般論で言えばどちらが悪いかなんて、火を見るより明らかで。この状況が露見した時、捕まるだけで済めば御の字、ほぼ確実に麗は処刑される。
それを分かりながら、易々と神家を家に入れている麗もどうかしている自覚はあった。
「......いくらお前でも、どうにもなんねえよ」
随分と神家に絆されてしまったことにも気付いている。久しぶりに人と話せて、人の温もりを感じて、浮かれてしまったのだろう。認めたくないが、こうして神家が尋ねてくることが嫌ではない。嫌なら居留守を使えばいい、入ってこられないように結界だって張れる、なのにそれをしないのは。
「わかんないよ」
神家の声にいつの間にか俯いていた顔を上げる。いつもより凛とした力強い声。珍しく真面目な顔をして、まっすぐ見つめてくる視線が痛い。
「やってみなきゃわかんないじゃん?」
「デキル、デキル!」
「あはは、レアは俺の味方だ」
神家とレアが仲良く笑っている様子を眺めながら、どうしてもそうは思えない麗は眉間の皺を深くした。
◇◇
今日も当たり前のように押しかけてきた神家と、初めて出会った河原へ向かう。この道のりにもすっかり慣れた神家の後を追うのは、一人で進むよりも随分楽だった。神家が通った後はほんの少し道が開けるのだ。
河原に着くと、心地良い風が吹いていた。神家に出会った頃は緑一色だったこの辺りも、色とりどりの花が咲いている。
心地よい風と暖かな日差しが、ふと懐かしい記憶を呼び起こす。毎年、この時期になると八千代と探していた花があった。本で見せられていた薄紫色の花を咲かせる花。『どんな願いも呪いも叶えることができる』と、八千代が言っていた。そんなものある訳がない、と思いながらも、八千代がいなくなっても探し続けた。咲くならこのあたりだと言っていたが、これだけ探しても見つからないのだから、その花が実在するのかも疑っていたが、探すことは止められなかった。
「うーらら!」
間の抜けた神家の声に、数年前の記憶をなぞっていた思考が呼び戻される。麗は返事をしないまま、声のした方に向かう。川の近くの1本だけ高く伸びた木の下の日陰に神家はいた。
「でけえ声で呼ぶな、タコ」
「ごめん、ごめん」
「全然反省してねえだろ」
「綺麗な花見つけてさ、早く麗に見て欲しくて」
そう言って神家が手のひらで指した先には、薄紫色の蕾を付けた花が木漏れ日を浴びていた。時々優しい風に吹かれて、真ん丸に膨らんだ蕾を揺らしている。
「これ
……
」
しゃがみ込んで近くで見ても、本で見たあの花と同じ葉の形をしていて、間違いない。
「綺麗だよね。もう少しで咲きそう」
麗は、まるで壊れ物に触れるような手つきで、それを撫でる。いつもよりも穏やかな表情で、心做しか微笑んでいるようにも見えた。それを見た神家も柔らかく微笑む。
「麗が嬉しそうで、良かった」
「......悪いかよ」
「もしかして、どんな願いも叶う!とか?」
「そんなもの、ある訳ねえだろ」
「そっか〜」
麗の目的は、願いや呪いではない。生まれつきのこの髪色と同じ色をした花が咲くところが見てみたかったのだ。忌み嫌われたこの髪の色が麗は好きだったから。
「どんな花が咲くの?」
「知らねえ」
「麗も知らないんだ。じゃあまた見に来なきゃ」
「てめーも来る前提かよ」
「俺が見付けたし?」
そう言われては何も返せない麗は、風に吹かれて揺れる蕾をただ見つめていた。
「それに、綺麗なものは麗と一緒に見たいなあ」
どうして、神家はこんなにも自分を構うのか。出会った時からずっと抱えている疑問を口にできないまま、好きにしろ、と吐き出した。
◇◇
昨日摘んだばかりのローズマリーを大きめのポットに入れて、たっぷりお湯を注ぐ。1人用のポットは奥に追いやられていて、取り出すのが面倒だった。それに、きっと今日も。
「麗、おはよう!」
ぼんやりと神家の顔を浮かべたのと同時に、勢いよく開いたドアから、本物の神家が入ってくる。
「静かに開けろっていつも言ってんだろ」
「ごめん、ごめん」
「オハヨー、オハヨー」
「レアおはよ!麗、ハーブティー淹れてる?」
「いいから黙って座ってろ」
「いい匂いするな〜と思って」
神家は深呼吸をするように空気を吸い込んで、定位置の2人がけのソファに座った。
ポットとお湯で温めたカップ2つ、はちみつを乗せたトレイをテーブルに置くと、麗もソファに座った。神家と反対側の肘掛に寄りかかるようにして、広くないソファの上、こぶし2つ分の隙間を開ける。
神家が2人分のカップにハーブティーを注ぐと、ローズマリーの香りが部屋中を満たす。添えたはちみつをスプーンで掬ってハーブティーに溶かしながら、神家は口を開いた。
「ね、麗。俺の話、聞いてくれる?」
カップに口をつけていた麗は黙って視線だけを向ける。
「俺、昔ここに住んでたんだ」
「
……
は?住んでた?ここに?」
「うん、俺も八千代さんに育てられてた」
麗は今ハーブティーを口に含んでいなくて良かったと思った。噎せずに済んだ。混乱しかけた思考を落ち着かせようと、ローズマリーの香りを吸い込む。
「麗がここに連れてこられた時に、入れ替わったんだ」
「入れ、替わった
……
」
「俺もまだ小さかったしよく覚えてなかったんだけど」
神家は甘いハーブティーをひとくち飲むと、カップをテーブルに置いた。
「たまたまこの近くを通ることがあってさ、懐かしいなーって思って、お城から出たことないはずなのにどうしてだろうって」
麗は神家の言う事ひとつひとつを、ハーブティーと一緒にゆっくりと飲み込んでいく。
「この辺をあちこち歩いてるうちに、麗を見付けたんだ。それで、あの時の子だ、って思い出した」
それからずっと、近くに来る度に麗を探して、見付けては遠くから様子を眺めていたのだと、神家は話した。
「それで、一番聞いて欲しいのはここから」
座り直した神家は、身体ごと麗に向ける。ちらりと視線だけを向けた麗が見た神家は真剣な顔をしていて、思わず手元の空になったカップの底を見つめる。
「麗。ずっと前から、麗が好き」
神家から向けられた真っ直ぐな言葉は、飲み込むことも受け止めることもできないまま、ぐるぐると頭の中を回る。
「本当は、ずっと遠くから見てるだけで良かった。良かったはずなのに」
ソファが軋む。空けておいたこぶし2つ分の隙間に神家の手が置かれたのが見えた。
「
……
もう、我慢できないよ。ずっと、麗と一緒にいたい」
ばくばくと心臓が激しく脈打つ。これ以上この話題を続けてはいけない、と。
──おい、変なこと言ってんじゃねえ。
そう言おうと、神家に顔を向けると視界が暗くなる。程なくして、口唇に感じる柔らかい感触。
「......は?」
ゴト、と音を立てて手にしていたカップが床に転がるのと同時に、神家を突き飛ばしていた。
「おま、っ今、何して...」
ふざけんな。訳わかんねえ。混乱する頭と滲む視界。つぅ、と涙が頬を伝う感触。
「麗、ごめん......」
視界が滲んで、神家がどんな顔をしているのか見えない。目から溢れる涙の理由も分からなかった。
「俺は、こういう意味で、麗が好きって伝えたくて」
今された事への驚きと、咀嚼しきれない神家の話全てが理解できず、ただただ涙が溢れる。
「泣くほど嫌だったなら、もう、しないから」
「泣く
……
?嫌とか、お前が、全部、訳分かんねえ」
「俺は、麗のことが好き」
「......触んな」
絞り出した声が震える。止まらない涙をこれ以上神家に見られたくなかった。
「もうここに、来るんじゃねえ」
神家がどんな顔をしているかは見えない。ただ、静かに頷いた事だけは分かった。
「
……
もうオレに近寄るな」
◇◇
神家を追い返した後の記憶が全くない。ベッドで目覚めた時の瞼の重みとじんじんと痛む頭が、泣いていた事実を思い知らせる。泣いた理由は今でも分からない。今、胸が苦しい理由も。外は雨が降っていて、余計に気が滅入った。
あの日以来、神家がここに来ることはなかった。きっと今日も来ない。今日だけじゃない。たぶん、もうずっと。
清々する。はずなのに、頭に浮かぶのは神家のことばかりで、今日も雨の音を聞きながら、前に神家と一緒に収穫した薬草をすり鉢でゴリゴリとすり潰していた。
「ウララ、サミシイ?」
「うるせー、黙れ」
「ソンナイイカタ、シチャダメッ!」
「......っ」
寂しい訳がない。寂しい、なんて感情はとっくになくなったと思っていた。
騒がしい奴が来なくなって1日目。やけに静かに感じるのは、耳が騒がしさに慣れたせい。2日目は雨が激しくドアを叩きつける音がノックに聞こえて、思わずドアを開けた。3日、4日と日を重ねれば、元の静かさになれるだろうと思った。思っていたのに。
神家の騒がしい声も、眩しい笑顔も、......触れた口唇の感覚も、何もかも忘れられない所か今も鮮明に思い出せる。
「なんなんだよ。クソ」
心の中に、土足でズカズカと上がり込んで、好き勝手に踏み荒らして、もう踏んでいないところがないくらいに足跡を刻んだ。
『麗が好き』
最後に聞いた神家の言葉は、しっかりと脳内で再生される。
「好きって、なんなんだよ..
…
.」
まだ神家の口唇の感覚を覚えている口を手の甲で拭って、すり潰し終えた薬草を袋に詰めた。
そうだ、雨だから。雨のせいでこんなに気分が落ち込むのだ。窓の外はザアザアと音がするほどの雨が降っている。
「......そういえばあの花」
あの日神家が見つけた花。とっくに咲いている頃ではあるが、この雨では流されてしまったかもしれない。嫌な予感が過ぎりながらも、上着を羽織り、外へ出た。
「レア、行ってくる」
「イッテラッシャイ!」
雨が降る中、辿り着いた河原は晴れた日の穏やかさの面影も感じられない程に、濁った水が勢いよく流れている。あの花が咲いていた場所も、すっかり水に埋もれていた。
「やっぱり流されたか......」
見つけたことだけでも収穫だった。諦めて帰ろうと周囲を見渡した時、川から少し離れた木の傍に横たわる人影に気付く。生きているのかも分からないそれを、普段だったら気にせず通り過ぎるのに。見覚えのある姿に心臓が大きく跳ねた。気付けば駆け寄って、姿を確かめていた。出来れば勘違いであって欲しかったが、麗の思った通り神家だった。近くで見た神家は、服も身体もずぶ濡れで、青白い顔でぐったりとしている。
「おい...
…
!」
握りしめた手は氷のように冷たい。僅かに胸が上下していて、生きていることは分かった。何度か呼びかけると、ゆっくりと瞼が開く。
「......っ、うら、ら...?」
「てめえ、何してんだよ」
「雨強かったから、昨日見に来て」
「昨日からここにいるのかよ。バカか」
「花、」
そう言って差し出してきたのは、この間一緒に見つけたまだ蕾だった花。菫色と桜色のグラデーションの花弁を大きく広げていた。
「摘んで、いいのか、分かんなかったけど」
流されちゃいそうだったから、とほとんど吐息のように掠れた声で話す神家を見て、怒る気も失せる。
「うらら、みたいで、すごくきれい」
「
……
っ!んな事言ってる場合じゃねえだろ」
「うららが、楽しみにしてた、から」
「だからって、バカじゃねえの
……
」
神家は、花と麗を交互に見た後、良かったと呟いて目を閉じた。
「っおい!かっ
……
かみ、っ神家!起きろ!」
一度も呼んだことがない呼び慣れない名前を呼ぶ。今度は何度呼び掛けても、ぴくりとも動かない。いつも太陽みたいに笑う顔は、ただ静かに目を閉じている。冷えきった身体を抱きしめると、僅かながら感じる呼吸と心音。
どうにかしなければ。きっとまだ助かる。とにかく温かい場所へ運ばなければ。
「無駄に、でけえんだよ」
自分より少し大きい身体の神家を背負い、草むらをかき分けて進む。雨水を吸い込んだ服が重くて、動きにくい。やっぱり雨は大嫌いだ。と心の底から思った。
今季はもう使わないだろうと掃除してあった暖炉に火を付けた。服を着替えさせて毛布に包んでベッドに寝かせると、神家の顔色は少しばかり良くなったように見えた。呼吸も落ち着いているが、麗が時々呼んでみても反応はなく、まだ目覚めそうになかった。
こいつはこんな所にいてはいけない。オレなんかと一緒にいていい人間ではない。来るな、と言っても来る。だからこんなことになったのだ、と自分を責め続ける。
原因が自分にあるのなら、神家から自分の存在を消せば、本来の居場所で幸せに暮らし続けることができるだろう。神家にはそれが相応しいし、二度とこんな危険な目に遭うこともない。
「
……
もうオレに近寄るなって、言っただろ」
神家が守った花。『どんな願いも呪いも叶う』というこの花なら、それができるかもしれない。
麗は、神家の記憶から自分の存在を消すことが、神家の幸せだと心から思い、願った。
花弁を煮詰めて作った液体。八千代が遺したメモを見て作った薬が本当に効くのかは分からない。それでも何もしないよりはずっといい。縋るような気持ちでメモ通りに作った。
未だ目覚めることのない神家に、それを飲ませようと両頬を掴んで口を開かせる。頬から手に伝わる体温が温かくて、安心した。
開かせた口に目掛けて、薬液を入れたグラスを傾ける。無意識に滲んだ涙で視界が揺れる。狙いが定まらない。早く飲ませなければ、と思うのに手が震えて言うことを聞かない。
「クソ
……
っ」
麗は震える手でグラスの中の温かい薬液を口に含んで、神家に口付けた。神家の口の中へ薬液を押し流す。間もなく、神家の喉がこくりと動いたのを確認すると、もう一度だけ口付けた。
「
……
さよなら、神家」
──・・・・
◇◇
早朝、雨は上がり太陽が登り始めた頃、まだ目覚めない神家を連れ出す。きっとすぐに通りがかりの人が見つけてくれるだろう、と街からほど近い草むらに寝かせた。運悪く誰にも見つからなかったとしても、もうじき目を覚ます。
目を覚ましたその時は、きっともう。
「王子
…
...!?」
複数人の足音が近付いてくる。思ったよりも見つかるのが早かった。麗はフードを深く被り直して、神家から離れた。
「貴様、王子に何を」
「なんもしてねえよ。こいつが森ん中で倒れてたから運んだだけだ」
「もしかして、こいつ、森に棲む悪魔か」
ジャキ、っと銃が構えられた音。銃口はこちらに向けられている。ぼんやりしていれば、確実に撃ち殺される。
「そんなに大事なら、逃げ出さないように縛っておけばいいだろ」
麗はそう言い捨てて、とにかく走った。『悪魔とは関わらない』が最優先だと言われている。きっと誰も追いかけてはこない。それでも、ただひたすら走った。一刻も早く、神家から離れなければ。
──そうだ。あんな奴、ちゃんと首輪を付けて飼い犬らしくぬくぬく暮らしていればいい。もう、二度と。あんなところに来ないように。
……
二度と、会わないように。
「
……
っは、二度と、っそのツラ見せんな。クソが」
全力で走って、息を切らしながら零れた言葉は風の音にかき消される。瞬きと共に零れた涙は降り始めた雨に混ざった。
「
……
お前と、出会わなきゃ良かった」
こんな気持ち、知りたくなかった。胸がズキズキ痛むのは、走っていることだけが理由ではないことに気付かないふりをして、ぬかるみで転ばないように、ただひたすらに走った。
雨は大っ嫌いだ。
◇◇
「う、らら
……
?」
薄らと目を開くと、寝室の見慣れた天井。一人で寝るには広すぎていつも寂しさを混じる寝台の上、ふかふかの布団に神家は包まれていた。
「
……
うらら」
先程呟いた『言葉』を繰り返す。一体なんの言葉だったか。どこで聞いたのかも思い出せないが、この言葉を呟くと心がぽかぽかと温かくなる。
「綺麗な言葉だな」
ごろりと寝返りを打つと、ベッドサイドの花瓶に飾られた菫色と桜色のグラデーションの花が目に入った。
「この花......すごく綺麗」
外はまだ暗い。心地良い気持ちのまま、二度寝をしようと目を閉じたところに慌ただしく従者たちが入ってきた。
数日間帰らなかったこと、昨日道端で倒れているところを運ばれて今やっと目覚めた、と神家は説明を受けたが、この数日間何をしていたのか、何のために黙って一人でここを出たのか、思い出そうと考えても、白く靄がかかって思い出せない。ズキズキと痛む頭を抱えて横たわる。ふわふわの枕に包まれるとすぐに眠気が襲い、意識が途切れた。
◇◇
この国では最近、名医でも治せない流行り病が流行っている。数日間高熱に魘され、運が悪ければ命を落とす。周りに伝染さないよう隔離され、ひとり寂しく死んでいくのは辛いだろうな、と思っていた。どうやら、神家もそれのせいで寝込んでいたということにされているらしい。
得体の知れないものは恐ろしい。不安を和らげるには、誰もがわかる理由が必要だった。いつしか、その病の原因は悪魔のせいだ、と言われるようになった。
「悪魔、狩り
…
」
森の中に悪魔が棲む『悪魔の住処』というものがある。その元凶を焼き払い、国に平和を取り戻すという計画。それを、王位継承者として箔をつけるために、王子である神家が行うという話で進んでいる。
そんなことで本当に病がなくなるとは思えなかったが、これで国の皆が安心してくれるのなら、と神家は引き受けたのだった。
翌朝、陽も昇らない時間にお城を出る。馬に跨り、先頭を進む兵士長の後をただ着いて行くだけの道のり、小さい頃にお城を抜け出して遊んでいた記憶が蘇る。
「懐かしいな」
──ここの木の茂みをかき分けて進むと、川があって。
「
……
っ」
ズキズキと頭が痛んで、思い出を辿る思考が中断された。最近、頻繁に起きる頭痛に、またかと思いながら深く息を吐いた。
それから間もなく、一行は『悪魔の住処』に着いた。手入れもされていない外観から、神家は人が住んでいるとは思わなかった。手渡された燃え上がる松明を、蔓に覆われた小屋に投げれば、あっという間に燃えてしまうだろう。
ただ投げればいい。たったそれだけのこと。なのに、足が竦む。松明を握りしめた手が動かない。
「王子、早く」
仲間の視線を痛いほど感じる。兵士長に急かされてやっと一歩踏み出せた。
「国の皆のために」
──そう。皆のために。
まるで錆び付いたかのように重い腕を振り上げて松明を投げると、真っ赤な炎が小さな小屋を包む。思った通り、あっという間に火が広がった。パチパチと音を立てて燃える小屋。ごうごうと燃え滾る赤い炎を眺めていると、ふと頭の中に聞こえる声。
『
…
...もうオレに近寄るなって、言っただろ』
声と共に思い出されたのは、今目の前で燃えている小屋の中の景色と神家が最後に見た麗だった。意識はあるのに、冷えきった身体を動かせなかった。温かい麗の口唇が触れて、温かいものを飲ませてくれた。
『
……
さよなら、神家』
オレも好きだった。
と、麗が言っていたのを確かに聞いた。今すぐ麗を抱きしめたいのに、身体は全く言うことを聞かなかった。
──嫌だ、さよならしたくない。
「うら
……
ッ!」
外で絶対に名前を呼ぶんじゃねえ、ときつく叱られたことを思い出した神家は言葉を飲み込む。名前を呼ぶことすら許されない。この状況を見ていることしか出来ない自分にどうしようもなく苛立つのに、燃え盛る炎の前に立ち尽くすしか出来なかった。
「
……
ッ、」
強く噛み締めた口の中に鉄の味が広がる。頬を伝う水分で泣いていることに気付く。
──あの時、麗は俺の命を救ってくれたのに。麗のことを忘れていた挙句、この手で、麗を殺した。
「
……
っ、ああぁああああッ!!!!!」
全身で感じる燃える炎の熱さ。今すぐここへ飛び込んで、麗を救いたい。走り出そうと足を踏み出そうにも1歩も動けない。両側から従者に押さえ込まれていることに気付いた。喉が焼けるように痛い。それでもただ、叫ぶことしか出来なかった。
◇◇
──俺はこの手で、麗を殺した。
その事実は消えることなく、神家に重くのしかかる。目を閉じて眠りに着けば、夢の中で麗と楽しく過ごした日々を繰り返すことが出来たから、1日の殆どを寝台で過ごしていた。
ベッドサイドに飾られた麗の髪と同じ色をした花は、目覚めた日から変わらずに咲き続けている。
「......麗に見せなきゃ」
太陽が天辺を過ぎた頃、やっと寝台から抜け出して向かう先は、麗が過ごしていた小屋が燃えた跡地。補整されていない道なき道を迷うことなく進む。何度も通った道の先にあるのは、何も残っていない焼け野原。
持ってきた花をそっと置いて、両手を合わせる。自分には、「ごめん」も「会いたい」も、言う資格がない。でも、
「......っ、会いたい。あいたいよ、うらら」
ぽろぽろと零れる涙が止まらない。誰もいない森の中、神家はただひとり嗚咽を漏らしていた。
「好きだよ、麗......」
「てめえ、んなところで何してんだよ」
背後から聞き覚えのある声がする。どくり、と心臓が跳ねた。ゆっくりと振り返ると、持ってきた花と同じ色の髪がきらきらと日差しを反射する。
「え
…
?う、らら
……
?」
「相変わらず、鬱陶しいな」
初めて出会った時と同じローブを纏い、あの時と何も変わらっていない麗が神家を見下ろしていた。
「あ、足、ある
…
?」
「はぁ?てめえはオレが幽霊かなんかだと思ってんのか」
お尻に感じる懐かしい痛み。麗の片足が浮いていて、それに蹴られたんだと気付く。
「俺、とうとう死んだ?」
舌打ちからの大きなため息。神家が聞き慣れたそれはとても懐かしくて愛おしくて。
「てめえも、オレも、死んでねえわ」
砂利を踏みしめる音。麗が一歩踏み出して、座り込んだ神家の横にしゃがむ。
「レアがここは危ないから移動しろって」
「
……
レアが?」
「危ないから街に出ろ、って騒ぐからレア連れてここから離れてた」
「そっか、あの時はもう誰もいなかったんだ
……
」
「
……
でも、オレはこのまま殺されても、それでも構わない、死んでも構わないって思ってた」
麗は地面に置かれた花を指先で弄びながら、ぽつりぽつりと話す。
「もう何も、後悔はない。そう思ったのに」
二人分のお茶を淹れたポットも、二人で並んで座ったソファも、神家のことを忘れさせてくれなかった。と独り言のように呟いた。
「お前にもう一度だけ、会えたら、
……
ッ!」
神家は、もう我慢できなかった。遠慮などしない。思い切り麗に抱きつくと、二人で地面に転がった。
「う、らら、っ麗
……
また会えて、良かった」
大好き、と泣きながら繰り返す神家の頭と背中には、麗の手がそっと添えられていた。
「──で、少しは落ち着いたかよ」
いい加減どけ、と退かされて起き上がった神家は、未だ鼻をすすりながら頷く。立ち上がってローブに付いた土や草を払い落としている麗を見上げると、木漏れ日を浴びた髪がキラキラと透けるような光を纏っていて、心の底から綺麗だなと思った。
「ねえ、麗」
「なんだよ」
「俺、もう帰るところも居場所もなくてさ。もう居るんだよね、代わりの王子が。だから俺は用無しって訳」
眉間に皺を寄せて、まるで心配そうに見下ろしてくる麗を見て、こういう優しいところが好きなんだよなあ、と改めて思う。自然と口角が上がって、にこにこと麗を見つめ返した。
「笑って話すことじゃないだろ」
「あんなところ、こっちから出ていきたいくらいだった」
「......そうかよ」
風が麗の前髪を揺らして、眉間の皺がほんの少し和らいでいるのが見えた。ふわりと、二人の間を通り抜けた風に乗って、神家の手元に麗の髪と同じ色をした花が転がってくる。
──もしも、どんな願いでも叶うのなら、ほんの少し力を貸してほしい。
そう願いながら花を握って、麗の手を取って跪く。麗は一瞬大きく目を見開いたが、手は振り払われなかった。
「麗といると、俺が俺でいられる。俺の人生を麗の隣でやり直したい」
「......は?
……
それ、お前、何言って......っ」
まるでプロポーズだ、と気付いたのは真っ赤になった麗を見てからだった。でも、これは本心であり、今伝えなければならないことだから、目を逸らさずに伝える。
「麗と、ずっと一緒にいたい。俺、麗の相棒になりたいんだ」
伝えたいことは伝えた。あとは麗の気持ちを聞きたいと願って、神家は握りしめた花を差し出す。
「......結局、花如きじゃ願いは叶わねえんだな」
麗の言った言葉の意味を考える間もなく、麗の手に引かれるように立ち上がると、持っていた花を奪われた。
「てめえの願いを叶えるのは、魔法使いのオレだ」
「それって
……
」
「お前の気が済むまで、付き合ってやる」
「......夢じゃ、ないよね?」
「夢だと思うんなら、早く目え覚ませや」
視界が暗くなって、口唇にふにゃりと柔らかい感触と温もり。瞬きを数回した後、視界が明るくなって麗の顔が鮮明に見えるようになっていく。
「......う、らら、今の、」
「キスで起こすのは
王子様
てめえ
の役割だろうが」
強い口調からは想像できない程に潤んだ目と視線が噛み合う。真っ赤に染った頬と耳をじっと見つめていると、ぷいと顔を逸らされた。
「麗
……
!」
勢いのまま抱きしめた麗ごとまた地面に倒れ込む。
「い、ってえな。また汚れるだろ。犬みてえにじゃれやがって」
「ごめん、ごめん。麗が大好きだーって気持ちが溢れちゃって」
神家が腕を緩めると、麗は転がって抜け出す。起き上がらない様子を見て、隣に神家も寝転んだ。木々の隙間から澄んだ空がよく見える。
「これからは、二人で自由に暮らそうな」
「......レアも忘れんな」
「もちろん」
ふと触れた手。神家がそっと小指を絡ませると、麗も同じようにそっと握り返した。
◇◇
街の外れの森の奥深く。八千代の昔からの知り合いが建てた二階建ての小さな家。木々の隙間から降り注ぐ太陽の日差しが窓から入り込む。
眠りから覚めた麗は、少しだけ怠い身体を起こして、窓を開けた。新緑の間を縫った爽やかな風が吹き込んで、部屋中に朝を届ける。
窓から見える庭は、色とりどりの花が咲いていて、麗が魔法に使うもの以外の植物たちも身を寄せ合いながら、風に揺れている。主に手入れをしているのは神家で、今も水やりをしている姿が見える。水を浴びた葉がきらきらと反射する日差しが眩しくて、麗はあと少し、神家の仕事が終わるまでは、とベッドに横になった。
新しい家を建てるなら西の街に住んだらどうかと言われたが、麗は八千代と過ごしたこの森に住み続けることを選んだ。何も不便はない。建ててもらった家は、自然の中に馴染む木造で、日当たりも良く、前の小屋よりも住みやすい環境になった。
以前よりも広くなった家には、麗とレアと、そして神家がいる。
「今日もいい天気だな〜」
朝の日課の水やりを終えた神家は、如雨露を持ったまま大きく伸びをする。ちらり、と2階の寝室に目を向けると、しっかりと閉じていたはずの窓が開いて、白いカーテンが風で揺らめいているのが見えた。自然と口角が上がるのを感じながら、如雨露を片付けて家に入る。
「レア!麗、起きたみたい」
「ウララ、オハヨー!」
「うん。オハヨーしに行こ」
玄関を入ってすぐにあるケージを開けると、レアは軽く羽ばたいて肩に止まる。ずっしりと感じる重さに、おやつ減らした方がいいって麗に言わないとなと思いながら、階段を1段飛ばしで上がった。
「麗!おはよう。今日天気いいし、ちょっと走りに行かない?身体鈍っちゃってさあ。
……
って麗?」
ベッドに寝転んだまま起き上がらない麗は、不機嫌そうな顔で神家を睨んでいた。
「体力が有り余ってんのはてめえだけだ、タコ」
昨夜のことを思い出して、麗はベッドから『起き上がれない』のだと気付いた神家はベッドに腰掛ける。
「ごめんな。昨日、ちょっと張り切りすぎたかも」
「うるせえ。それ以上何か言ったらぶっ飛ばす」
「ウルセー、ウルセー」
「あはは、レアにも怒られた」
肩に乗っていたレアは2階にあるレア専用の止まり木に移ると、グー、グーと言って目を閉じた。
「ね、麗。今しあわせ?」
「
……
どうだろうな」
そう言って目をとじた麗は穏やかに微笑んでいて、その表情が答えだった。込み上げる嬉しさが抑えきれない神家は、軽い口付けを落とす。
「俺も幸せ」
「も、ってなんだよ
……
」
麗は頬をほんのり赤く染めて、ごろりと反対側を向いてしまう。
「俺のお姫様は、キスでも起きてくれないかあ」
「誰がお姫様だ。寝言は寝て言え」
「じゃあ俺も一眠りしようかな」
神家はベッドに入り込んで、麗を背中からぎゅっと抱きしめた。
日当たりの良い静かな部屋の中。ひらひらとカーテンがはためく音と二人分の寝息だけが聞こえていた。
魔法使いの『麗』とおしゃべりなオウム『レア』 、魔法使いの相棒の『神家』。
二人と一羽は末永く幸せに暮らしましたとさ。
「メデタシ、メデタシ♪」
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