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まう
2026-05-19 01:06:04
2162文字
Public
ysp症候群
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【しるし】
みぶりんみぶ。
ピアスの話。
「これ」
「うん?」
龍胆くんが無造作に差し出してきたビニール袋を、ひとまず受け取る。どこにでもあるチェーンのドラッグストアの袋だ。龍胆くんは僕に袋を渡したあと、キッチンの方へ向かった。特にお使いを頼んだ覚えはないなと思いつつ、中身を見てみる。
ミネラルウォーターが二本、煙草の箱が一つと、コンドームの箱。そして最後に見慣れないもの。
「
……
龍胆くん?」
「なんだよ」
顔を上げるとキッチンから何かを持って戻って来た龍胆くんが、僕の横のソファに腰を下ろす。
「これ、実物は初めて持ったかもしれないなぁ」
「へぇ。ま、そりゃそうか」
手のひらでくるくると回してみる。十センチ程度のプラスチックパッケージのそれは室内の光で安っぽく反射した。
「こんなもの、どうするんだい?」
ピアッサーと書かれたそれを龍胆くんの方へ向ければ、「ハ」と空気を揺らす笑みが漏れた。赤い色が、面白がって光る。
「どうもなにも、穴開ける以外にそれの使い道あるか?」
「どうかな。僕が知らないだけであるかもしれないよ」
「ある訳ねーだろ」
龍胆くんが再度笑う。彼の手元には小ぶりのビニール袋が握られている。ころ、と、微かな音がする。さっきキッチンから持ってきたのは、この氷だ。
「まさかと思うけど、僕に開けろって言わないよね?」
「まぁおまえが自分の耳に開けたいっつーなら止めないけど、今回は違う」
「んー、それじゃあなんだろうか?」
彼が言わんとしていることは分かったけれど、敢えてはぐらかしてみる。僕がはぐらかしているだなんてお見通しなのも分かっている。でも、こういうときの龍胆くんは、ちょっとびっくりするくらい可愛い人になる。だから、それが見たくてわざとやる。案の定、いたずらっ子のような、意地悪するみたいな、そんな表情をする。
ほら、そういう顔してくれるからやめられない。
龍胆くんはピアッサーを持っている僕の手を掴み、自分の左耳にそれを当てた。
「開けろよ」
いつもしているピアスが外されていた。耳たぶにひとつ、小さな点だけが見える。掴まれた右手首から、龍胆くんの体温が伝ってくる。熱い。
「僕が?」
「そう」
細められた両目に釘付けになった。目を逸らせないまま、さてどうしようかななんて考えるけれど、手首から伝わる熱は熱くなるばかりだし、どこから発生しているのか分からない熱が体中をぐるぐると回っているようだった。多分、それは龍胆くんも同じ。見つめる目が、溶けてしまいそうなほど熱すぎるから。
「一応聞くけれど、こういうのって病院で開けてもらう方がいいんじゃないのかな?」
「べつに耳たぶなら問題ねーよ。こっち、安ピンで開けたし」
「それはなんとも
……
セオリー通りすぎるねえ」
「流石に安ピンで刺せとは言わねえって。それにほら、ちゃんと冷やすしな」
龍胆くんが持っていた氷の袋を持ち上げる。このまま時間が経ったら、体温で全て溶けてしまうかもしれない。
手の甲でそっと耳朶を撫でると、龍胆くんの喉がきゅうと鳴る。右耳にはいつものピアスがついたままだ。だからこそ余計に、左耳の無防備さが際立っていた。ピアスを外しているのなんて何度も見ているはずなのに。
「君の肌に傷をつけるのは気が引けるなぁ」
「今更一つ増えたところであんまり変わんねーよ。それに」
「うん?」
「おまえが開けなきゃ意味がない」
存外真剣な眼差しに目を奪われた。彼がそれを許すなら、僕は断る理由がないに決まっている。
ピアッサーのパッケージを開け、無機質なプラスチックを取り出した。はじめて触るものだしと思い、悠長に説明書を読もうとしたら龍胆くんが呆れ顔で止めてくる。こうすればいいから、なんて適当な説明しかしてくれない。その間、雑に氷で耳たぶを冷やしているけれど本当にそんな感じでいいんだろうかなんて思ってしまう。そんなに痛くないというのは聞いたことがあるが、針を刺して穴を開けるんだからそれなりに痛みはあるんじゃないだろうか?
「どこがいいのかな」
「おまえが好きなとこ」
「ふむ」
冷やして真っ赤になっている耳たぶを掴む。一つ目の位置を見ながらどこがいいのか考えていると、顔を背けている龍胆くんが「早くしろよ」と声を上げた。ちょうど前髪で隠れてしまって見えないけれど、この耳は冷やして赤くなっているだけではないのかもしれない。自分でも不思議なくらい心臓がどくどくと鳴っている。
「いくよ」
「おう」
ぱちん。
思っていたよりもチープな音がして、一瞬のうちに彼の身体に穴が開く。数秒前まで存在しなかったそこには、小さな石が無色に煌めいていた。
「君がそんなにあからさまなのが好きだなんて知らなかったな」
「なんのことだかわかんねーなぁ」
開けたばかりのそこを撫でると龍胆くんが満足そうに笑った。
「僕も、いつか君に開けてもらおうかな」
「いつか、ね」
「まぁそうだね、あと三十年後くらいに」
「は、気の長え話だな」
「予約は今から入れておいた方がいいだろう?」
「あっそ。じゃあ楽しみにしておこうか」
「ふふ。どこがいいか、考えておいてよ。君の好きなところにしてもらうから」
「はいはい」
氷はいつの間にか、溶けていた。
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