いさき
2026-05-18 23:15:15
3480文字
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「鎖の待ち人」

もめきざ ブロマンス
軟禁匁


 城の地下、人気がなく静かな場所をキザミは躊躇いなく奥へと進んだ。地面を削った階段を下るほどに冷たい空気が漂い、少しの肌寒さを感じた。
 突き当たりでキザミは持っていたランタンを掲げた。小部屋のようになったそこは、仄かな灯りに照らされた小綺麗な空間が広がっていた。

「よう、元気にしてるか」

 ちょうど真ん中に黒いマントを被った人のような塊が蹲っていた。塊はキザミの声に不満そうな顔を上げた。

「元気に見えますか」

 その返事にキザミはくすくすと笑う。

「ぴんぴんしてる」
「こんなの付けられて元気なはずがないじゃないですか」

 男は、じゃら、と足首に繋がる鎖を見せた。鉄格子こそないものの、ここは牢屋のようなものだった。

「お前なら抜けられるだろ」
「壊してもいいんですか」
「バレたらめちゃくちゃ怒られるわな」

 笑うキザミに対して、男は大きな溜め息を吐いた。大人しく座り直して、フードを目深に引っ張る。
 キザミは男に向かい合うように腰を下ろした。

「そもそもお前が全然言うこと聞こうとしないからだろ」
「僕が単独行動なのはいつものことじゃないですか」
「みんな心配してんだぜ」
「全部きちんと話してるのに」
「その内容が全然信じられないようなのばっかりだからだろ」

 この鎖に繋がれた黒い塊——匁は、元は渋谷からの内偵であったが、ブレイド率いる新宿が渋谷を下した今では同じ仲間となった。しかし、もともと個人での行動が多かったからか人を惑わすような言動も多く、その性質は今も変わらない。鞘姫や刀鬼からはある程度信頼されているようだが、その他の鬼からは随分と嫌われている。

「嘘はついてませんよ」

 匁は千代田戦で負けた時、鞘姫とブレイドの前で刀鬼に頭を押さえつけられながら土下座させられた。何度も裏切る匁を許して欲しいと共に頭を下げた刀鬼に免じて、匁は「二度と嘘をつかないこと」を約束させられていた。

「ま、そうかもしれねぇけど」

 しかし約束ほど形のないものはない。
 城の地下の最奥、匁にじゃらじゃらと繋がる鎖を眺める。

「そのザマじゃあ何も言えねえよな」
「はは」

 つまり匁はもう何度も欺いては叱られ、遂に拘束までされてしまっている状況なのである。
 へらっと笑う匁には呆れて言葉も出ない。

「嘘はついてませんよ、貴方には」
「へえ、信じとく」
「ありがとうございます」

 鞘姫や刀鬼すら匁のことをもう庇いきれず、ブレイドは匁を優秀だとは認めるものの信用はできないと告げ、鎖に繋いだ。
 匁の手元には盟刀がある。形だけの拘束なことは誰が見ても明らかではあった。
 キザミは匁と新宿で一緒に過ごした縁があった。間者として潜入していたことも、その後殺されそうになったことも受け入れて、キザミは度々こうして鎖に繋がれた匁の話相手になっていた。




 それは派手な花火だった。
 国盗りの戦争なのだからひとりひとりが皆命をかけて戦っていた。盟刀の力で相手を下し、国の王になるのだと、皆が必死に戦って。勝ちはした、相手を下しはしたのだが、最後の最後に相手が大きな花火を打ち上げた。
 その置き土産は城が崩壊するほどの大きなものであった。

 匁はきっとひとりで抜け出している、とブレイドは言った。他の者も匁の身の軽さを悪い意味で信用していた。あいつなら勝手に脱出しているだろうと。誰も匁の心配をしていない中、キザミはひとり崩壊する城へと走っていった。

 キザミは振動でどう崩れるかわからない壁の間を慎重に駆けた。辿り着いた地下へ続く階段を進むが、途中で瓦礫に埋もれていて呆然と立ち尽くした。他の道は、どこかなかったか。焦る頭に余裕はなく、辺りへの注意を少しばかり怠った。気付いた時には体が投げ出されるように後ろへ飛んで、先ほどまで自分が立っていた場所が瓦礫に埋まるのを、キザミは尻餅をついて眺めた。
 どこかから飛び出てきた黒いマントがキザミを包んで体を引いたのだった。

「貴方、何してるんですかこんなところで!」
「匁、お前、無事で……

 砂埃で白く汚れたマントに身を包んだ匁が荒い声を掛ける。キザミは驚きと安心で目を見張った。匁にはそれが呆けているように見え、更に声を荒げた。

「はあ!? 貴方が今まさに無事じゃなくなるところだったんですけど!」
「お前が! 鎖、抜けられないかと思って助けに来てやったんだろ!」
「馬鹿なんですかホントに!」

 匁は、ふぅーと、溜め息とも息継ぎともとれない大きな息を吐いた。

「今僕が死ねば、剣主なんて邪魔な柵を無くして流水死命だけを所持できるチャンスじゃないですか! 見殺しにすべきところを……っ!」
「馬鹿はお前だろ!」

 キザミは動かない頭なりに流石にカチンときて、声を張り上げた。

「誰もお前が死ぬことなんて望んでねえんだよ!」

 皆が匁を心配していなかったのは、匁の能力を信用してのことだ。匁ならどんな窮地もひとりで抜け出せる。言葉や態度は信用ならないが、実力だけはある男だと。
 それをまるで、どうやって処分しようかと見計らっていたかのような言い方をして。

「何度言っても危険なところにばかり進んで首突っ込む馬鹿なお前でも、危ない目に遭わないように大事に囲ってたんだ! 死なせるわけないだろ!」
「そんな甘い考えが馬鹿だって言って……! っもう!」

 匁がキザミを抱いて引き寄せた。地下が大きく揺れる。地上の建物が崩れたのかもしれない。
 匁はキザミの肩を抱いた。

「貴方に嘘をついたことなんてないという僕の言葉を、貴方は信じると言ったこと、忘れたんですか」

 パラパラと小さな石が隙間から落ちてくるのを、匁が二人の上にマントを広げて凌ぐ。

「こんなところ、すぐにでも抜け出せた。しなかったのはなぜだと思いますか」

 皆の信用通り、匁には鎖なんて意味がなかった。それでも、キザミが地下を訪れる度に匁はそこに座っていた。

「貴方の側は、居心地がいいんですよ」

 匁は抱いたキザミの肩を一層強く抱きしめた。周りの騒音がなければ、キザミがどう言葉にしていいかわからない声を飲み込んだことがバレてしまったかもしれない。
 続いた揺れが落ち着いて、匁は二人で被ったマントを払いながら立ち上がった。

「なに阿呆な面してるんですか。ここもすぐ崩れます、早く」
「っ、ああ」

 キザミが来た道を今度は二人でなんとか戻る。キザミの先を走る匁の足首には千切った鎖がまだじゃらじゃらと揺れていた。




「えっ匁、本当にまだいたのか」

 崩れゆく城から、時折瓦礫に打たれて脱出してきた匁とキザミに、ブレイドは驚きの声を掛けた。
 埃まみれの砂だらけ、煤にも塗れて、キザミの服は薄黒く、匁のマントは真っ白になっていた。服に乗った砂や煤をぱんぱんと叩き落としながら、キザミは匁の足元を見た。確かめるように自分の腰の極楽天女を握ると、キザミは声を張った。

「匁の鎖は俺が壊した」

 驚く面々に紛れて、匁もキザミの顔を覗いた。お前が驚いた反応をすると意味ないだろ、と思いながらキザミは続ける。

「だから言っただろ、匁は約束を破らないって」

 でも鎖を壊して自力で脱出したのには変わりないのに。そう言いたげな匁の顔を、しっしっ、と心の中の手で払う。
 ブレイドはしばらく考える素振りをしてから頭を下げた。

「匁、お前はもっと芯のないやつだと思っていた。悪かったな、無事で良かった」

 匁はその様子を黙って見下ろした。何か言いたそうに唇が開いたのを見て、キザミは慌てて匁の肩へ腕を回した。おかげで閉じた唇からは、また関係を拗らせる種を蒔かずに済んだ。

「匁は、もう嘘を吐かないし、約束も守る。そうだろ?」
「はじめからそう言」
「うるせえ」
「痛っ」

 軽いゲンコツを一発。匁は大袈裟に頭を押さえて訴えるが、キザミは知らん振りをしてブレイドへ胸を張る。

「だから心配することなんかない。まだ心配だっていうなら俺が側で見張っててやる」
「貴方が僕の見張りだなんて、鎖の方がまだ役に立ちそうですね」
……やっぱり鎖に繋ぐぞお前」

 キザミと匁がぎゃーぎゃーと言い合う様子を、ブレイドは生温く見守った。その後ろでツルギが鞘姫に半歩近付いて呟いた。

「匁って、キザミとはよく話すよね」
「気付いてないのは当人達だけということですね」