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燈 ともしび
2026-05-18 22:43:15
2900文字
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ぎゆさね【接近】
ぎゆさね版ドロライお題:【遠出/運転】のおまけ
「お疲れ様」
静かに車が停まる。
俺が住むアパートはすぐそこだ。礼を言って車を降りれば五分もかからずに玄関まで着く。
仕事だったとはいえ行きも帰りも長距離を一人で運転し、なおかつ帰りは遠回りをしてまで俺に綺麗な夕焼けを見せてくれた男──冨岡は一切の下心も見せず、見返りも求めず、心に言語化出来ない何かだけを残して帰ろうとしていた。
落ち着かない。すげえ落ち着かない。
なんだ、その爽やかな笑みは。自分だけやり切った感出して笑ってんじゃねェよ。
脳内で八つ当たりという名の文句を垂れ流し、助手席のドアを開け。
「不死川?」
いつまでも降りようとしないので冨岡が不思議そうに呼びかけてくるまでそうして。
「冨岡」
「うん」
「そこの砂利のとこ、来客者用の駐車場だから停めろ」
「え
……
?」
「ここまで運転して貰っておいて手ぶらで帰すのは俺のポリシーに反するんだわ。コーヒーくらい淹れるから上がってけェ」
そうして冨岡を自宅に招き入れる展開になった。
自分で声をかけておいてなんだが、この展開は予想外だった。少なくとも今朝までは。
「おじゃま、します」
「はいどうぞォ」
言われた通りに車を停め、落ち着かない様子のまま冨岡は俺の家の玄関ドアを潜る。
「なんもねェんで、その椅子に座れ」
ソファーは狭くて置けないが、玄弥がよく遊びにくるのでリビングに椅子付きのテーブルセットは二人分座れるようにある。そのうちの一つを冨岡に進めると
「あの、不死川」
「なんだよ」
「申し訳ないが手洗いをしても良いだろうか」
「
……
そこの奥」
「ありがとう」
そわそわしていた冨岡は椅子に座る前に洗面所へと消えていった。
手洗い、俺もしてねぇな。いつもは帰宅時も一人だから無意識のうちに洗面所に行っていたのだが、今日は勝手が狂う。
冨岡の後ろ姿を見ながら今更なことを思って、でも今は冨岡が手洗い中なので先に部屋着に着替えることにした。これもいつものルーティンだ。
多分この時の俺は普段通りに振る舞うことで平常心を保とうとしていたのだと思う。なんせ先ほどから心がずっとザワザワしている。なんとか冨岡が戻ってくる前にいつも通りになりたかった。
部屋着を置きっぱなしにしている寝室のドアを開け、いつもよりゆっくり着替える。初め、前後を間違えていたので着替え直した。いつもならあり得ないことだ。落ち着け、と自分に言い聞かせる。
……
が、顔が熱い。
だって、落ち着く訳がない。
冨岡がいきなりあんな思わせぶりなことを言ってくるのが悪い。
なんだあれ。綺麗な夕焼けだから俺に見せたかった、一緒に見たかったってなんだよ。そして俺もなんでこんなに動揺してんだァ。
ハァー、と長めのため息を吐き出す。
学生時代は彼女もいたし、いちいち思わせぶりで面倒な恋愛の駆け引きも面白いって思っていた時期もある。でもまさかこの歳になってこんな事になるとは思っていなかった。しかも相手は同僚の冨岡だ。なんなのだ、一体。
「不死川?」
あ、やべ。予定よりも寝室に篭りすぎたらしい。リビングに戻ってきた冨岡の呼びかける声が聞こえてきて慌てて戻る。
「悪い。そこ座っててくれ。俺も手を洗ってくる」
「うん」
何故か冨岡は嬉しそうな顔をしていた。
なんだ。分からない。でもまずは手洗いとうがいを終わらせねばと無心で石鹸で手を擦った。うがいを済ませてもまだ頬が熱かったので顔も水で洗う。
顔を上げると鏡越しに顔面びしょ濡れになった自分と目が合った。
予想出来ないことを楽しめる年齢はとっくに過ぎてんだよ。
「クソッタレ」
冨岡に聞こえないように静かに呟いた。
「ブラックで良いか?」
「ありがとう」
自分用にたくさん買い置きしているコーヒーのドリップパックをセットする。なんとなく冨岡には日本茶の方が似合う気がするが、今日はたくさんギャップ裏切りされたので敢えてコーヒーにした。
二人分淹れ終えてテーブルに戻ると冨岡は背筋を伸ばした綺麗な姿勢で座っている。
これはあれだ。実家にあった母さんと妹達用のあれ。雛人形。あれに似ている。
黒髪で切れ長の、世間的にイケメンと言われる綺麗な面。黙っていればイケメンなのに、なんて何度も言われてるのを聞いたことがある。俺もあの日まではそう思っていた。でも今はちょっと変わってきている。冨岡に対しての評価、印象が。
それは、もちろん良い方向に。
「今日は長いこと運転させて悪かったなァ」
「いや、俺は運転が好きだからそれは気にしないでくれ。元々、俺が車を出すと声をかけたのだし」
「うん、まァそうなんだけどよ」
駄目だ。会話のやり取りが続かない。ここ最近では冨岡と自然に話せるようになっていたのになんてことだ。
「不死川は」
「え?」
しばらく無言状態が続き、気まずさからコーヒーを飲んでいたら突然話しかけられた。
「家ではラフな格好なんだな」
「あ? ああ。流石に家の中でワイシャツにスラックスは着ねぇよ」
「しっかりしているなと感心したんだ。俺はいつもジャージだから」
確かに記憶の中の冨岡は色は違えどいつもジャージを着ている。体育教師だしイメージ通りだと思うが、ちょっとは気にしてんのかコイツも。
「不死川」
「んだよ」
「ジャージじゃない格好をしてきたら、不死川をまたドライブに誘っても許されるだろうか」
危うく飲んでいたコーヒーを吹き出すところだった。冨岡の顔面に向かって。ちょうど飲み終わっいて良かった。危ねぇ。
「
……
え?」
「今日の夕焼けは見せられたが、他にも見せたい景色がまだあるんだ。出来れば一緒に。駄目だろうか?」
え? は? 何言ってんだコイツ。
コーヒー噴射人間になりかけて動揺していたところにまた爆弾発言かよ。
冨岡を見る。
また笑っていた。
また、だ。さっきから意味が分からないが冨岡はずっと笑っている。嬉しそうに。幸せそうに。
「ひとつ叶うと欲が出る。俺は学園の外での不死川をたくさん見たくなってしまった。出来れば俺と一緒に綺麗な景色の中で立っているのが見たいと」
雛人形のようだと思った、冨岡の真っ黒な瞳が俺を捕まえる。俺はその目線から逃げられずに見つめ返すことしか出来ない。
「不公平なのは嫌だから先に言っておく。俺は不死川が好きだ。だからもっと近付きたい。まさかこうやって不死川のプライベートゾーンに入れて貰えるなんて思っていなかったからとても嬉しい」
冨岡からそう言われても俺は何も言葉が出ない。でも確実に顔は熱い。さっき水で冷やしたのは無駄だったらしい。
元々は性格の合わない同僚。
でも運転が上手くて誠実な性格をしていて、そのギャップに驚いて。
のほほんとしていそうに見えて、欲しいものを欲しいと言葉にする強引さもある。
だって、嫌じゃないから困る。
冨岡からこんなに真っ直ぐな好意を向けられて、嫌だと思わなかった自分が訳が分からなくて困っている。
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