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シェアハウスする話

一年限定でシェアハウスする香とアイスの話※冒頭だけ一発書き

「これで荷物ぜんぶな感じ?」
「うん」
 スーツケースがふたつ、それでアイスの荷物は終いだった。香も似たようなもので、バックパックひとつに雑に詰めた大きめのトートバッグだけ。
 引っ越し初日としてはがらんどうだったが、再出発としてはいいかもしれない。
 アイスはカーテンもついていない、まっさらな新居を一回りして戻ってきた。リフォーム済み築二十年のマンションの三階、居室は三つであとはキッチンと風呂トイレ付き。香にとってはかなり上等で、アイスにとっては窮屈だろう広さだ。家賃は折半ということになっている。
「ガスと電気は昨日開通してる。WiFiは今週中になんとかする的な」
「ありがと。大変だったでしょ」
「いーや、俺はなんとも。日本語できんのと保証人ついてたのが効いたっぽい的な」
「日本には感謝しなきゃね」
 アイスが云った。空港に入っていた服屋で買った量産の無地シャツにスラックスという格好。そうしていると、ごく普通の青年にしか見えない。

 二人暮らしをしてみたいと云い出したのはどちらだったか、通話中の雑談だったのは確かだ。
 自分たちはそれぞれ遠く離れた土地で暮らしていて、今後も同じ家に暮らすことはないのは地理的な遠さからわかっている。なんの利害関係も生じない、純粋なシェアハウスは魅力的に映った。
 単なる雑談が具体的な計画に変わるまではそうかからなかった。
 計画は秘密裏に、念入りに進められた。
 まず最初にしたのは長期休みの確保だった。ふだんは上司のもとで働いているが、国の化身には退職という概念が適用されない。それを盾にしてごねにごねまくって、香はいくつかの仕事と引き換えに丸一年と一か月の休暇を手に入れた。同様にアイスもどんなやり取りが交わされたのか、ともかくも休みは揃った。
 次はどこに住むかの問題だった。アイスはいっそ馴染みのないところに住みたいと云ったが、最低限身の安全が保証できる場所である必要はあった。いくつかの候補をピックアップしてから、日本のとある地方都市に決まった。気候が安定していて、ほどよく都会で、電車移動に困らない。決め手は日本の化身がことさら口が硬いことで信用が置けて、探りを入れたところ興味を持ってくれたからだった。おかげでこっそりと協力を得て、住居の保証人や人間としての身分証を用立ててもらった。
 細かな設定を詰めながら、最後に、痕跡を消した。上司から親しい国の化身まで、すべて。スマートフォンはまっさらなものを新調して一切連絡が取れないようにしたし、持ち物のほとんどは置いていく。皆には休暇でゆっくりするとだけ伝え、行き先は告げないでまんまと行方をくらました。香はわざわざ直通便でなく二度の乗り換えを挟んで入国していたし、アイスも遠回りをして到着していた。

「アイスのペットどうした的な? ほら、いつも連れてる鳥」
「パフィンならダンに預けてきたよ」
「バレねえ系?」
「バレてるかもね」
 アイスは荷を開けながらあっけらかんと云った。スーツケースの中身は大半がリコリスで埋まっていた。
「でもダンはなにも云わなかった。だってダンもさんざん引退したいって云ってて、まさか僕には駄目だって云うわけないもん。そこのところのプライベートに介入してきたことはないし」
「信頼してんのな」
 ちょっぴり羨ましさは覚えなくもなかったが、続けてアイスは兄対策は大変だった、とこぼした。スマートフォンの連絡先はともかくも、妖精に全面協力してもらって兄弟だからこそうっすらわかる繋がりを抹消し、さらに日本の神社に頼み込んでお祓いをしてもらったとか。そこまでしないと追いかけてくる兄はホラージャンルじゃなかろうか。
「香は?」
「俺? 元の住居引き払って、新しい住居に影武者置いて休暇満喫してるように見せかけてからダミーの足跡つけて海外旅行しにいって、追跡撒いていまはアフリカでバックパッカーしてる設定的な」
「なんかそういうスパイ映画みたいだね……
 そこまでするんだ、とアイスが呆れた顔をした。深入りされたくなく香は肩をすくめて話題を変えた。
「ところで、アイスこっちではどうする感じ?」
 よくぞ聞いてくれました、とアイスはカードを取り出す。
「日本の大学に通おうと思って。ただ枠取るの難しかったから、聴講生なんだけど」
「いいじゃん。学部は?」
「決まってないから適当にでっちあげる」
 大学名は香も聞いたことがなかったが、あまり目立つのもなんなので悪くない選択肢だろう。それでもアイスの外見は物凄く目立つだろうが。
「俺はバイトするつもり的な。アイス何がいいと思う系?」
「働くのは香でしょ」
「そうなんすけど、土日休みとか夜中に出てほしくないとかあるっしょ」
 むっと眉を寄せているアイスは、機嫌が悪くなっているのではなく考え込んでいるときの癖だ。香が辛抱強く待っていると、数分かけてようよう口を開いた。
……毎日帰ってきて。泊まりがけの仕事で会えなくなるのやだ」
「オーケー。じゃ、近所のなるべく近いとこにする的な」
「僕もバイトしていい?」
 いいんじゃね、と香は相槌をうつと、アイスは嬉しそうにした。楽しみは多いほうがいいし、めったにない経験ならなおさらだ。アイスがどんな仕事をするのか想像もつかないが。本屋バイトとかだろうか。
 ひと通りチェックの気が済んだらしいアイスが伸びをした。
「それじゃ、ごはん食べに行こ。ここなんにもないもの」
「あと買い出しなー。食料品、と冷蔵庫は絶対的な」
「家具も買ってこなきゃ」
「それはおいおいでいいっしょ」
「布団もないけど? 香はフローリングで寝たい?」
……一応、ブランケットはあります的な」
……しょうがないなあ。明日家具屋ね」
 立ち上がってそれぞれのスマートフォンと財布を持って、香は気づいてアイスに片割れを渡した。
「ほい、ここの鍵的な」
 ふたつの鍵を分け合って、アイスはくすぐったそうに笑い、軽くハイタッチした。
「これからよろしく、香」
「よろしく、アイス」

 一年限りの同居生活が始まる。