マエバ・セイボスキー
2026-05-17 23:55:55
2572文字
Public パーバソ
 

カウントダウン

船長の誕生日にプレゼントを悩みまくる彼氏のはなし。
現パロ。

時計、カフスとタイピン、旅行、花束、家の鍵、財布、スーツ、名刺ケース、コニャック、茶葉にティーセット……過去の誕生日ではありとあらゆるものを贈ってきた。
彼はきっとまたか、などとは思わないだろうが、それでも出来れば目新しいものを贈りたい。恋人である自分の独りよがりだとはわかっていても、パーシヴァルは頭を悩ませずにはいられなかった。
ここ数ヶ月、ずっと悩み続けている。
もういっそわからなくなって、何か欲しいものはあるかと直接尋ねたところ、困ったように笑って「君がいてくれたらそれで」と言われてしまった。控えめな笑顔の、なんと可憐なことだろう。パーシヴァルはその顔にたまらなくなって、思わずキスを贈った。
彼は時折自分を強欲だと言うが、その実酷く無欲な人だと思う。
彼は自由と海を愛し、それさえ満たされたらあとはもう、何も求めないのだ。そのうえしっかりと自分というものがある人だから、欲しいものは己の力で手に入れてしまう。パーシヴァルが彼より持っているものなんて、多少の財産と身長くらいなものなのに。溢れんばかりの彼への愛だけは負けない自信があるものの、今はそのおかげで苦しんでいる。
大きくため息をつきながら、パーシヴァルは芝生の上に伸ばした脚をゆっくりと組み替えた。
パラソルが、強い五月の陽射しを遮っている。
「パーシヴァル卿、何を重たいため息をついているのですか」
友人が、気遣わしげに(見える顔で)尋ねる。
この邸宅の主であるサー・ガウェインは、妹御から紅茶のおかわりを注がれながらテーブルの上に両肘をついた。
「恋人の誕生日が来週なんだが、贈り物が決まらなくて」
困ったと再びため息をつく。
その横から、友人のトリスタン卿が自分が持参したクッキーに手を伸ばしながら首を傾げる。絹のような赤い髪が、さらさらと揺れた。
「確か少し年下の男性でしたね? 時計が良いのでは」
「贈ったことがあるんだ」
「ふむ、ではスーツなど、はもう間に合わないですかね」
「今からでは間に合わないのもそうだが、それもあげたことがある」
「なるほど、では……
二人は、あれこれとアイデアを出してくれたが、やはりどれもあげたことの有るものだった。途中ガウェインが「船は」と言い出したので「一度あげようとして嫌がられた」と伝える。
「船も車も馬も別荘も嫌だと」
その言葉に、ガウェインの妹であるガレスが深く頷く。
「一般的に、そういったものは過剰におもわれますね」
「そうなんだ、絶対にいやだといわれたことと、彼はもう船も車も自分で所有していて」
ここにいる者達は、自分たちが特権階級である自覚がある。
先祖代々の大きな邸宅に住み、こうして平日だというのに庭にパラソルを出してお茶の時間をすごしているのだから、自覚があってしかるべきだ。勿論、そういう教育も受けてきた。
家格の近い者同士であれば船だろうと車だろうと問題無いが、そうでなければ過剰になる。それくらいは、パーシヴァルにも理解ができる。
故に、過剰にならず、純粋に喜ばれるものは何かと常に頭を悩ませているのだ。
三人寄れば、というぐらいだから何か良い考えがあるかと思い、卿の茶会に参加を決めたが、やはり名案は浮かばないのだろうか。
こうしている間に、刻一刻と誕生日は近づいてきている。
このままでは、当日花束と他にはなにもありません、という情けない事態になってしまう。
さてどうしたものかと、うんうん唸っていると、それまで黙っていた男がティーカップから顔を上げた。
「指輪はもう贈ったんだろうな」
当然、と。
「ゆびわ」
「ああ、知っている限り、もう10年近く付き合っているだろう? 当然それは」
パーシヴァルは、目を丸く見開いて紫色のジャケットが似合う年上の友人を見つめた。
「ただ今までの話題にでていないようだったからな、まさかとはおもうが」
……指輪」
「パーシヴァル卿?」
パーシヴァルは無意識に唇を撫でた。
指輪は、贈ったことがない。
付き合いだしてすぐのころ、そういうのはまだ早いよね、と早々に釘をさされそれ以来候補から外してしまっていた。
けれど、あれから何年も経っている。
当時「まだ早い」だったとしても、今はどうだろうか。
「ランスロット卿」
「うん?」
「やはり貴方は素晴らしい慧眼の持ち主だ」
立ち上がり、彼の手をしっかりと握りしめる。
「ありがとう、そうします。そうなれば早速手配に。ここで失礼する」
きょとんとする友人の手を一度しかと握りしめてから放し、パーシヴァルは足早に庭を抜けた。
残されたランスロットは、もしかすると友人の人生を左右する一言を放ってしまったのではないかと、苦笑いを紅茶で流し込んでいた。

指輪。
そうだ。贈ったことがない。
それでも、彼の美しい指に、パーシヴァルの贈った指輪がはまっていたらどんなに素晴らしいことだろうかと、考えたことは何度もあった。
結婚という契約で、彼を縛りたくはない。それでも、結婚という贈り物を彼に捧げることはひどく甘やかな予感に満ちている気がした。
彼のために、新しいものを準備するには、時間が足りない。
けれど、サイズを彼の指に合わせる時間くらいならあるはずだ。
パーシヴァルの家で代々当主の妻がつける、ブルーダイヤの指輪がある。
歴史に磨かれ、重厚な色をした金の地に大きな石が一粒のったシンプルなもの。幸いに、男性が付けたとしても、そこまで違和感はないだろう。
あの指輪ならサイズを直すだけで良い。地金が厚いから、男性の指に合わせてある程度は伸ばせるはずだ。
勿論それとは別に、シンプルなペアリングも用意しよう。石のないものであれば、特注しなくても良い。
信号は赤。パーシヴァルは、店に向かう車の中でポケットに忍ばせたベルベットのケースに指を這わせた。
……よし」
当然、断られる可能性だってある。
あるが、パーシヴァルはこれと決めたら頑固な自覚もあった。
花束と、指輪。そして愛のことば。
将来を誓う覚悟なんてとっくに出来ている。
パーシヴァルは、もういちどよし、と呟いて、アクセルを踏んだ。

バーソロミュー・ロバーツが、恋人から一世一代のプロポーズをうけるまでのカウントダウンがはじまったのであった。