私の腕を引いた彼の纏う香水は、甘く、重く、包み込むように広がる香りだった。くらくらと嗅覚から脳を支配されるような感覚。慈愛に満ちた表情に溶かされてしまいそうで、少しの恐怖と理性が私に警告する。
──これは毒だ、と。
「大丈夫、大丈夫ですよ……きみは何も悪くない」
「おれにすがっても、良いんだよ」
それは悪魔のような囁きだった。
それは天使のような微笑だった。
彼は私のことなど何にも考えてないというのに。
彼は私への興味など一厘も持っていないのに。
私に甘く囁く。
彼は私を、堕落へと、誘う。
絡み取られた指、すべすべと触れているだけで心地の良い肌、蕩けるような眼差し。少し高い体温、少しの乱れもない心拍、それから甘い甘い口付け。
重なる肌があまりに私を狂わせるから、どうしようもなく堕とされるだけなのだ。ふと脳裏を過ぎっていく『許されないこと』も、彼は容易く許してしまうのだろう。どうなったって構わないから。
助けて、赦して、救ってほしいと悲鳴をあげていた心が死んでしまいそうなほど満たされる。
ねえ、あなたにとって私は何ですか?
人間にさえ、なれていないのではないですか?
甘く痺れる思考が何回か試行回数を重ねたところでその問への答えは返ってくることはない。舌が絡んで、纏う香水の白檀が鼻腔を犯す。どうせ死ぬなら幸せの絶頂に死にたいな、つらいことは嫌だから。
絡められた指を首まで誘導する。何の躊躇いもなく絞められる首に、想像以上に安堵している自分がいた。
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