平熱
2026-05-16 23:19:55
1570文字
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REFLECTION

☔️弟×兄です
この二次創作においては恋愛や挿入行為を前提とした関係ではありませんが、無数の可能性を持たせるというカップリング観でこの表記にしています
⚠️本編前軸(一希さんの病気発覚前)を想定
⚠️一希さんの家族まわり、礼二のキャリアなどすべて捏造

「ランドセルって何色がいいんだろうな」
 礼二は顔を上げて正面に座る兄を見た。一希は温泉卵の黄身を箸で割っていた。一希が注文した月見そば(温)は、礼二が勤務する大学病院の食堂で一番安いメニューだった。学部生からの人気は高いが、具のないそれを礼二は食べたことがない。一希は食欲があまり無いのだろうか。そんなことを考えながら生姜焼きを飲み込めば、値段相応のべたつきが口に残る。
「知らん」
「オイ、ちょっとは話聞いてくれよ」
「私に育児の助言ができると思うのか」
「助言っつーかさ、第三者の意見?」
 麺を啜った一希は、落ちてきた前髪を左手で耳にかけた。わざわざ平日の昼に時間を作っている状況だけ見れば、案外悩んでいるのかもしれない。しかし礼二は、この兄がそんな深刻さを持った男だと思えなかった。付け合わせのキャベツの千切りを口に運ぶと、一希は勝手に話を始める。
「今のランドセルってオレらの頃と違ってスゲー種類があってさ。だからオレは子に好きなやつを選んでほしいんだけど、奥さんに反対されちゃって。なんか流行り物とか安いやつになったら可哀想だから親側で決めたいんだって。揉めてんだよなー」
「ランドセルを使う子供の自主性を重んじるのが妥当では? というかまだそんな年齢じゃないだろう」
「いーや、それがランドセル選びってもう始まってんだよ。でもやっぱ礼二もそう思う?」
 だよなー、と言って一希はお冷を煽った。今日は季節外れの夏日らしい。第一ボタンを開けたビジネスシャツから伸びた首を反らして、嚥下によって繰り返される律動に、どことなくおぼつかないような感覚を覚える。やはり少し痩せただろうか。
「奥さんが言ってるのもママ友からのアドバイスみたいだし、そういうの考えると蔑ろにはしにくくて悩む。ランドセルの色でイジメとか? まあ、そんなん起きたらオレ学校に乗り込んでボコボコにするけどな」
「おい」
「しねーよ、半分冗談」
 その半分はどこからどこの範囲を示すのか、礼二は一希の学生時代を思うと冗談と思えなかった。
 それにしても。
 今の話が事実であるならば、学校という場所は、それを構成する教員や生徒、あるいは時代までもがどれほど異なっても、その体質は変化しないのだという気持ちになる。
 一希の子に会ったとき、一希に似ていると思った。一希のように生きていくといい、と思った。
……話を聞いた上でもう一度言うが、私は力になれない。兄貴も私をあてにしているわけじゃないだろう」
 玉ねぎとわかめの味噌汁の残りを飲み、紙ナプキンで唇を押さえて顔を上げる。一希は呆れ混じりの表情で、でもなぜか嬉しそうに笑う。
「そうだけどさ。だって、礼二はどんなときも自分の意見を持ってるやつだから」
……
 お冷を飲もうとして、もう中身が入っていないことに気づいた一希がグラスに中途半端に手を添える。どの飲食店にも置いてあるような、何の変哲もないアクリルのグラスを通った光は、彼が指を滑らす仕草できらきらと変化した。
 礼二は突然心が落ち着かなくなって、その光から目を逸らした。
「そろそろ行くわ。付き合ってくれてありがとうな」
……ああ。あなた、今から戻って間に合うのか?」
「今日はお迎えがあるから午後休みにした。なんか園の都合で閉まるらしい」
 食堂を出ると、初夏とは思えない日差しが目に痛かった。
 前を歩く一希の背中は、こんなに細かっただろうか。
 家族のために帰ろうとする兄を引き留めたい気持ちに駆られて、瞬間、言葉が喉に詰まってしまう。
 振り返った一希が目を細めていつものように笑えば、何を言いたかったのか、礼二はわからなくなってしまった。
「礼二は仕事頑張れよー」
 手を振る一希に控えめに右手を挙げて、礼二は病棟へと戻った。