親父のピックアップトラックを譲り受けるまで、俺は多くの子供がそうであるように、毎朝黄色いスクールバスに揺られて通学していた。そのバスの中では知らない奴に声をかけられることも、因縁をつけられることも多かったから、俺は流行りのオーバーイヤーヘッドフォンをつけて、そういうのは全部無視して自分だけの世界に閉じこもっていた。
俺は変わり映えのしない景色を眺めながら、親父やお袋が昔聞いていた、古い歌を入れたMP3プレーヤーを聴きながら、ゼノはこういうくだらない経験をしたことなんてないんだろうなって思っていた。生まれながらのギフテッド、飛び級をして大学に行っている天才、いつかは世界を変える人間。でも、そういうところから一歩出てみれば俺みたいな奴らは結構な数いて、アメフト部の誰それが怪我をしたとか、それでレギュラーから陥落したとか、恋人にも捨てられたとか、そういうゴシップを聞く代わりに、音楽を友人にしていた。
だから、俺の学校までのルーティーンは、親父とお袋が昔聴いていた音楽だった。今でも、任務の合間に口にする鼻歌はそういうものだ。砂嵐の中で口ずさむのは、親父やお袋の思い出だった。さすがに隊長は古い歌が好きなんですか? と、部下に言われた時は、勝手に年をとった気分になったけれど。
でも、そのルーティーンが崩れた時が一度だけある。家に帰る途中のバスストップで、その時はまだ恋人じゃなかったゼノが俺を待っていた時は、まるで幻覚を見たような気になった。
俺はその時、なんでゼノがこんなとこに? って思った。というのも、俺達はその時ちょうど喧嘩とまでは行かないもののある程度の距離を置いていて(なんでかは忘れちまったが、多分お互いの時間が合わないとか、そういうくだらない理由だった気がする)、もうこのままあいつの危険な実験に付き合うことはないんじゃないかなんて、そんなことを考えていたからだ。
なのに、音楽を聞いていても、それだけの世界に閉じこもっていても、ゼノは光って見えた。敬虔なキリスト教徒が神を見るように
――いや、爆音で流していた音楽すら勝手に耳から遠ざかった。ゼノが窓から見えた瞬間、俺は咄嗟に立ち上がって、停車したバスストップで降りる生徒達に混じって、芝生の上に降り立った。するとゼノはいつものように笑い、まるで俺達が距離を置いていたことなんて忘れてしまったみたいに自然に、「さぁ、実験に行こう」と、俺を誘ったのだ。「スタン、君が必要なんだ」って、自尊心をくすぐりさえして。
――という話を散々ファックした後、寝物語にゼノにすると、彼はベッド脇のランプだけが光る薄暗い部屋で、疲れた様子でうとうととまばたきをしながら、「そういえばあの時君が聞いていたのは『愛こそすべて』だったっけ
……」とつぶやいた。俺は彼の聴力にも、記憶力にも単純に驚いたが、そういえばそんな音楽をヘッドフォンから流していた気もした。
ゼノと距離を置いていた理由も忘れているのに、音楽が頭の中に残っているなんて不思議だったが、確かあの歌の中では、ゴスペル・クワイヤのバックコーラスで響く中、ボーカルは僕に愛を教えて欲しい、愛がどんな温かいものなのかを感じさせて欲しいと繰り返していたのだった。そうだ、思い出した、俺はあの時、ようやく強くゼノが欲しいと思ったのだった。だから、歌詞を覚えていたのだろう。
「
……それで、あの歌みたいに僕に教えて欲しいのかい?」
「あんたの愛を? 俺はもう充分に
……」
「君が望む方法でいいって言ってるんだよ」
ゼノがいたずらっぽく笑い、俺の胸をそっと撫でる。それはかすかな愛撫のようにも思えて、俺はまたゼノにやられちまった、って思った。
なぁ、それってファックしたいってこと? それともキスとか、優しい言葉で済ますつもりなん? いや、俺の好きな方法は、あんたなら言わなくても分かってるか。
だから、俺達はまたキスをして、電気を消して、ぐちゃぐちゃになったシーツの上に寝転がった。正直心地良くはなかったが、それでも、あんたの愛を教えてもらうには、多分この方法が一番だろうから。
僕に愛を教えて欲しい、愛がどんな温かいものなのかを感じさせて欲しい。俺はもうその答えを知ってるけれど、俺をそれで包んでくれるんなら、何度だって聞きたい。ゼノの口から、肌から、心臓から、あんたを構成する全部から、俺はその答えを聞きたい。
俺はキスをする、ゼノは笑い、俺の肌をくすぐる。そうして、俺達はまたいつも通りのくだらない、それでいて切実なファックをする。懐かしい歌は、耳にまだ残っている。親父やお袋が鼻歌にしていた歌は、まだ耳に残っている。
◆感想いただけると嬉しいです!
https://wavebox.me/wave/xfx46a4nqxkbgstr/
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.