ENIGM(えに)
2026-05-16 21:54:01
1768文字
Public 29
 

【ブロ麺】彼へ拵えるもの

孤高の副産物(特技)が色を持った。
いつしか加えられた「彼のため」という隠し味。
麺さんは料理が特技ですが、特技と趣味は違うのだとするとどのような経緯で特技になったのかを考え、認めてみた短いお話です。

「意外とキッチンがすっきりしているよな」

 事の発端はブロッケンJr.の言葉からだ。中国、ラーメンマンの母屋に招かれたブロッケンJr.はキッチンをジッと見つめるなり、ぽろりと口にしたのだ。
 母屋には何度か訪れており、ラーメンマンが物に執着しないタイプが故に必要最低限の家具のみが配置されている、良く言えば洗練された部屋である事はブロッケンJr.にも分かっていた。
 しかし、彼の特技は「料理」である。ならば器具などにこだわりがあり、それなりに棚に物が詰まっていると想像するだろう。実際は真逆であったために若者の首を傾げさせたのだ。
「不思議な事はないだろう。使いやすさを追求した形だ」
「いやさ、あんたは料理が特技だろう?専用の調理器具とかあんのかなぁって」
 ブロッケンJr.はソファから立ち上がりキッチンに足を踏み入れる。これまでの彼は情人への配慮から此処への立ち入りを控えていた。特に禁じられていたわけではないが、なんとなく若い心に嫌われたくないなどと純朴な感情があったが為だ。
 入ってみると意外と手狭なキッチンに若年寄も加わって少しの窮屈さを感じる。すらりと長い指は関節がしっかりしており、竹のように美しいそれが若人の肩をポンポンと叩く。
「目新しい道具はあったか?」
 ラーメンマンの問いかけにブロッケンJr.は首を横に振る。寧ろ若者は思った、自身の邸宅のキッチンの方が揃っていると。
「ブロッケン、特技は趣味ならざるのだ」
 ぐるりとキッチンを見渡しながらラーメンマンが話し始める。
「趣味とは有限なる時間を費やしてでも嗜みたい事であり、特技とは限られた時間内で成し遂げる技術を示している。私は料理をする過程を楽しんでいるのではなく、それなりに美味いものを手早く提供できるただそれだけなのだ」
「そうは言っても、あんたの料理は手が込んだ物が多いぜ?決して早さだけをウリにしているようには感じられない」
 年上の過小評価ともとれる言い分に年下は納得がいかなかった。振る舞われる手料理はどれも味わい深く、素材が活きているのだ。時短料理なんて言葉では到底片付けられない。麹塵色の真っ直ぐな瞳に映された若年寄は観念した色を表情かおに浮かべる。
「ククッ敵わないな」
 ラーメンマンはキッチンカウンターにもたれ掛かると、細い目をブロッケンJr.に向けて語り始める。

 修行寺では身の回りを自身でこなす事も修行の一環であった。何十人といる修行僧はみな年端もいかぬ者ばかりで時には手を取り合う必要もあったのだ。食事の用意もその一つで、栄養ある食事をいかに早く、多く作れるかが問われたのだ。もちろん贅沢などはできず、山を駆け回って食材を集めていた。

 こうして身に付いた習慣は独り立ちしてから研ぎ澄まされ、効率よく美味い飯が作れるようになったと言う。ただ、ここ数年で変化があったとも伝承者はいう。
「クオリティや効率が全てではないと悟ったのだ。それを気づかせてくれたのはお前だ、ブロッケン」
「ッ!?俺ぇ?」
 静かに耳を傾けていた若者は、突然の名指しに声をひっくり返す。
「お前は飯を口に運ぶたびに舌を唸らせてくれる。自分の作る飯はある程度美味いと分かっていたが、改めて言葉にされると思うことがあった」
「え?な、なに!?俺、まずい事を言っちまったか!?」
 無駄な動きをしながら慌てふためく姿にラーメンマンは堪らず破顔する。
「お前は恋人だろ?」
 ほんのり高い温度で年上が発した言葉が狼狽する男を捕える。表情が青から赤に変化し、ぎこちない動きで無骨な手がラーメンマンの手を力強く掴む。
「こ、恋人だ!俺はあんたの恋人!!」
 一瞬にしてパァッと端正な顔が綻んだのは、互いの関係が仲間以上である事を再認識したからだ。それと言うのも、幾重に会話を重ねたとて、体を溶かしあったとて、いつこの関係に終止符が打たれるか分からぬ不安が付き纏うゆえ。
「恬淡な私でも、愛しい子が喜ぶ姿は見たいものだその為ならば多少の時間くらいかけるさ」
 ラーメンマンが照れくさそうに笑いかけると、逞しい腕がその体をガシッと抱きしめる。
「ありがとう、あんたの時間を俺にくれて」

 それ以上交わされる言葉はなく、2人は暫く余白に沈んだ。