5/13がカクテルの日……という情報を入手し書いた(当日には間に合わなかった)お話。20歳を迎えたΔヒナイチに、Δドラルク隊長と二人っきりでバーに行ってほしい……という願望で書きました。ずるい大人は果たしてどちらか。(初出:2026年5月16日)
桜が少しずつ咲き始めた新横浜の街。私は駅近くのホテル、その最上階に来ていた。目の前のカウンターには三角形のカクテルグラスにオレンジ色の液体、そして隣には……吸血鬼対策課のドラルク隊長。隊長を真似てグラスを持ちあげる。触れるか触れないかの距離まで隊長のグラスが近づき、そして離れた。
「遅くなっちゃったけれど、誕生日おめでとう」
「……ありがとう、隊長」
笑みを作って、液体を口に運ぶ。スクリュードライバーという名前のカクテルだそうだが、味はちょっと変わったオレンジジュースと変わらず、案外スルスルと飲めてしまった。早くも空になったグラスをカウンターに置き、白いカクテルをゆっくり飲む隊長をぼおっと見つめる。薄明かりの中、お酒を飲み込む度に上下する隊長の喉仏。その動きに私がどれだけどきどきしているか、きっと隊長は気づいていない。好きなものを頼みなさい、奢りだからと隊長から渡されたメニューに視線を落とす。
私は少し後悔していた。誕生日プレゼントの希望を訊いてくれた隊長に対して、「大人っぽいことがしたい」と随分と曖昧でかつ子供っぽいリクエストをしてしまったことに。その時はきっと、自分では気づかないうちに二十歳を迎えることに舞い上がっていたのだろう。退治人としての活動にも慣れてきたし、これで名実ともに一人前と名乗ってもいいのかもと、そう思っていた。けれども現実はそう甘くない。三月に入ってから立て続けに発生した退治依頼は、とても一人ではこなせないものばかり。結局ギルドの面々には随分迷惑をかけたし、「気負うのはお前の悪いクセだ」と拳さんにも窘められてしまった。
自分の不甲斐なさを痛感する場面が続くと、現場で顔を合わせても隊長と会話が続かない。幸か不幸かパトロールの報告のために吸血鬼対策課に行っても隊長とはすれ違うばかりで、そのままずるずると時間が過ぎていた。誕生日当日にRINEでお祝いの言葉はもらっていたが、プレゼントをせがむなんてことは今の私に到底できない。このまま有耶無耶に無くなっても構わない──そう思っていた矢先に、隊長からお誘いのRINEが届いたのだ。覚えていてくれたんだという嬉しさはもちろんある。けれども、この空間にふさわしい自分であるか、そして理想の大人を体現するドラルク隊長の横にこうして座っていても良いのかという自問には、明るい返事を返せそうにない。
「隊長と同じカクテルを」
「もう顔が赤いよ、ヒナイチ君。このお酒は度数が強すぎるから止めておきなさい」
お兄さんも下戸だもんね、と言って隊長は笑う。「なんでも奢る」って言ってたのに、と思わず口をついて出る言葉はやっぱり大人げない。麦わら帽子を被って鶴見川の土手を駆け回ってた時から、隊長にはお世話になっている。下等吸血鬼の退治に首を突っ込もうとして捕まったことも幾度となくあった。今更この口調を変えることもできない。……例えこの恋心を自覚していたとしても。
「……じゃあ最初の一杯みたいに隊長が選んでくれ」
白手袋に包まれた薄い掌に、ぐいとメニューを押しつける。こういう時希美さんやフランチェスカならどう振る舞うのだろう。事前にこういう場でのマナーを教わるべきだったか、しかし教わったとしてもできるとはまた別の話だ。退治人活動だってそうじゃないか。ギルドの皆に散々教わっているのに、未だにできてないことばかりだ。こんな私のこと、隊長はただのひよっこ退治人としか思ってないんだろうな。カウンターの向こう側に消えていく空のグラスを目で追い、ため息が出そうになるのを我慢する。
「ケン君から聞いたんだけどね」
いつの間にか注文は済んでいたらしい。三分の一ほど残ったカクテルグラスを揺らしながら、隊長は呟くように話し始める。
「ヒナイチ君、最近随分頑張っていたんだって? 毎日退治依頼を受けて、昼も射撃練習してるって聞いたよ。ちゃんと眠れているかい?」
射撃の練習のこと、誰にも言ってないのに。拳さんはともかく、隊長にまで伝わっているなんて。じいとこちらを見つめてくる隊長の視線が気恥ずかしく、思わず顔を逸らしてしまう。
「頑張っている……わけではない。最近ミスをしてしまって……取り返そうと思って、それで」
「それを『頑張っている』って言うんじゃないかい?」
ああ、この人はいつも優しい言葉をかけてくれる。私がこんなに天邪鬼な態度をとっているのに、眉をひそめる素振りも見せない。安堵するべきなのに、自分が隊長にとって大したことない存在なんだという悲観的な思考が、幸せな時間の邪魔をする。
「ヒナイチ君。弱音を吐かないのが大人だと思ってたら、大間違いだ。吸対隊長というオトナな私が普段どれだけ悪態をつきながら仕事しているか、君だってよく知っているだろう? 何度上から降ってくる無茶振りに涙し、ロナルド君の奇行に音を上げたか!」
「それは……そうだが……」
本当にあのゴリラ吸血鬼には困ったものだ、今日だって邪魔が入らないようにたらふく食べさせてジョンに寝かしつけをお願いしたんだから。そう言って隊長はグラスに残っていたカクテルを飲み干す。上手く言葉を返せずにいると、バーテンダーが新しい飲み物を差し出してきた。先ほどよりも大きなグラス、細かい気泡がぽつぽつと浮かぶ緑色の液体にバニラアイスが浮かび、その頂点には艶のあるさくらんぼ。どこからどう見てもクリームソーダだ。ほらやっぱり、隊長は私のことを子供扱いしている。当然のことに顔を曇らせる困った私に、ドラルク隊長はくすりと笑って見せる。
「リキュールが少し入っているから、立派なオトナの飲みものだ。それにね、大人にも子供っぽい時があってもいいのさ。現に私だって」
隊長の手元にも、同じ色のクリームソーダが運ばれる。さっきまでのカクテルとは全く雰囲気が違うのに、やけに似合うのが不思議だ。私の側には更に小皿が置かれる。その上に載っていたものを見て、思わずあっと声が出てしまう。
「これ、隊長の焼くクッキーに似てる」
隣に座る隊長の目が見開かれる。私とクッキーを交互に見て、そして口元を抑えてくすくすと笑い始めた。
「見ただけで分かるなんて、ヒナイチ君はすごいね。それ、本当に私が焼いたんだよ」
「……え、隊長が?」
「私がお店にお願いしたんだ。ちょっとしたサプライズのつもりで……ほら、最近振る舞えてなかったし、頑張っているヒナイチ君にご褒美と思ってね。あと……私が作ったもののお祝いがないというのも、なんだか癪だったし。ささ、クリームソーダと一緒に召し上がれ」
促され、いつものようにクッキーを頬張る。……少ししょっぱいけど、やっぱり大好きな隊長のクッキーの味だ。さくさくしていて、甘くて、美味しくて、なんだか酷く安心する。丁寧に一枚を食べきったころ、ようやく自分の目から涙があふれ出ていたことに気づいた。
「……え、なんで、私、泣いて……」
「あー良かった、やっと泣いてくれた。こういう時はね、甘い物食べてちゃんと泣いたほうがすっきりするから……って、ちょっと、ヒナイチ君⁉」
迷惑だろうなとか、子供っぽい振る舞いだろうなとか、そういうことはもうどうでも良い。ただただ、ドラルク隊長にしがみついて、泣きたかった。お酒のせいだと誤魔化してでも、今は目の前の人に甘えたいと思ってしまったのだ。
「ごめんなさい、隊長。……ちょっとだけ、こうさせてくれ」
くぐもった声でそれだけ伝えて、真っ白なジャケットに顔を埋める。不意に頭に温かな重みを感じ見上げれば、頬をわずかに赤く染めた隊長と目が合った。金色の瞳が揺れている様に、どうしようもない罪悪感とわずかな満足感がこみ上げてしまう。
──やっぱりまだ、私は大人になれそうにないな。ずっとこのままで、なんて願ってしまうのだから。
炭酸の抜けていくクリームソーダを横目に、私は好きな人の胸で泣く。溶けたアイスからさくらんぼがこぼれ落ちるまで。
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