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志庵
2026-05-16 19:54:57
3631文字
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Flawless【玲歩】
2026ビジュありがとうSSその1
歩くんのことが大好きでたまらない玲司くんのことをいつも可愛いと思っています
歩が髪を切った。
「おー、また随分
……
ばっさりいったな」
「ああ。首筋が少し、寒い」
「いきなりそんだけ切ったら、そりゃあな」
もうすぐ宣材写真の切り替えだからと、今日は美容室に行ってくると聞いたのは朝のこと。多少なり何かしら変えてくるだろうとは思っていたが、まさかこうも思い切りよく切ってくるとは予想だにしていなかった。首筋を覆っていた襟足は短く切られ、前髪のヘアスタイルも朝までとはまるきり変わっている。真夏ならともかく、今日のようにまだ少し肌寒い日もある四月の頭だと外気で肌が冷えるだろう。元々短髪であることの方が多かった歩だが、ここまで短いのは初めてではないだろうか。少なくとも、玲司は咄嗟に思い出せない。
お互い仕事柄こまめに切り揃えたり都度都度セットしたりはしているものの、二年も経てば少しずつ、元の長さからもじわじわと伸びてくる。最近の歩は襟足の先が軽く背にまでかかるようになって、家にいる間は一纏めにして結んでいることの方が多かった。風呂上がりにまだ濡れたそれを乾かしたり、そのまま梳って結んだりする無防備な時間が結構好きだったものだから、そんな機会ごとばっさりとなくなってしまったことは少し寂しい。
と言っても、歩が襟足を伸ばしていたのはこの二年ほどの間だけなのだけれども。
「なんだか懐かしい気がすんな。ていうか、新鮮?」
そう言って手を伸ばせば呆気ないほど簡単に、眩しいくらいの白いうなじへと触れられてしまった。指先の下で歩の身が軽く竦んで、けれどもすぐには振り払われない。
今日の歩はちょうど襟ぐりが広めのシャツを着ていることもあり、その細い首筋が少し心配になるほど露わになっていた。指先に触れる、肌の下に隠れた硬い骨の気配。なぞるように肌の上をつたわせても歩はじっとしている。
群青の髪のほとんどを右手に流した面差しはこれまでの綺麗な印象から一転、つんと鋭い雰囲気をまとっていて、一目には美しさよりも格好良さが勝った。歩が元々持つ硬質な雰囲気とも相まって硬く澄んだ鉱石のようだ。左側の額を晒す髪型はモデルの仕事やCDのジャケット写真であれば何度かしていることもあったので完全に目新しいというわけではないけれども、これからしばらく日常になるのだと思うとふっとそわつくものがある。
落ち着かないまま行き来する玲司の悪戯な指先を鬱陶しがりもせず、透明な青い瞳がただ、まじろぎもしないでこちらを見上げていた。身長差の分わずかに上目になった、その目元は凛と涼しい。真っ直ぐな目と目を合わせているとぐっと叫び出したくなるのにも似た衝動が込み上げてくる。
軽く頬の内側を噛んでみたって口寂しくなるだけだ。
「
……
えっと」
「なんだ」
「
…………
キス、してもいい
……
です、か」
「急に、どうした」
ぎこちなくなった玲司の伺いに歩はふっと吹き出す。途端表情がひとしずくの熱を孕んで柔らかく、人らしくなるのだから、堪らない気持ちになった。
ん、と短く息を吐いて歩がその白く薄い目蓋を下ろす。眠るビスクドールみたいに綺麗で端正で、人形なんかよりもずっと温度を持った優しい顔。頬の上に影を落とすまつ毛の一本一本まで数えられてしまいそうだ。幼子の寝顔のように安らかですらある歩の表情に、むずりと落ち着かなくなった口元を引き結ぶ。
指先を触れさせたままの手のひらでうなじを包めば、歩は静かに吐息を零した。親指の先が襟足に混ざる。もう一方の手を添えた頬はひんやりとして、温かい。
そっと顔を寄せて触れ合わせるだけのそれに、まるで初めてのことのように緊張した。
「ん
……
」
鼻から抜けるような声が閉じた目蓋の向こうから聞こえてくる。きちんと手入れをされた柔い歩のくちびるは微かに強ばる玲司のくちびるで容易くその形を変えた。ふに、と挟むように軽く啄むと、堅く閉ざされていたあわいが綻ぶ。着ているシャツの背にひっそりと縋られた気配がしてなめらかな肌の上で指先がすべった。
はっと零れた息が二人分の紅を濡らす。ただ熱を重ねているだけのことがじんと痺れるほど心地いい。ほんの今朝まであった柔らかな毛先の手触りの代わりに、手のひらに馴染んだ肌がそっと熱を上げていく。
手の中に、歩がいた。髪型を変えようとも変わらない小さな頭が玲司の手のひらの内側に収まっていて、玲司がするのと同じようにくちびるを食んで応えてくれる。体温が触れあい、滲み、混ざり合って、境目すら分からなくなりそうだ。
舌も絡めていないのに互いの息が上がっていく。いよいよ頭の奥がぼやけはじめたところで玲司は渋々口付けを止めて、二人の間に微かな隙間を開けた。歩の荒い息が口元を掠める。視覚を閉ざしている今、その感触は何よりも鮮明に玲司へと触れてくる。すり、と鼻先を擦り寄せ薄目を開くと、ほんの間近でまだ静かに震える目元がぼやけた。
視界の縁に濃緑の霞がある。玲司の前髪だ。一度は短くした玲司の髪も歩と同様随分と伸びてきたものだから、少し前から敢えて切らずに緩くウェーブをかけてセットしていた。そんな前髪が歩の鼻梁にたわんで、歩も、こそばゆそうに目蓋をあげる。
思わぬ近さで、思わぬ鮮やかさで青が滲むから、驚いた。
遮るものもないのだから当たり前なのに。
思わず顎を引くと、反動で額がこつんとぶつかる。しっとりとした肌の感触。今は額すら、少し寄せるだけで素肌同士が触れ合ってしまう。びっくりしたように目を丸くする歩の眦があどけなくて、可愛い。こんなにも、綺麗なのに。咄嗟にまた目を瞑ってみても瞼の裏には透明な残像が宿っている。思い描こうとしなくたって、いつだって。
ああ、と喉から、呻くような声が零れた。暗がりの向こうで実像がわらう。
「どうしたんだ、本当に」
「慣れねえ
……
」
歩の瞳の色も、その透明さも、何もかももう見慣れたと思っていた。物事を真っ直ぐに見つめる眼差しの力強さも、眩しさも、何もかもがずっと昔から好きで、好きで、たまらなくて、こんな何気のないことでまた、熱のように溢れてしまう。相方という立ち位置を手に入れてから八年、初めて名前で呼んで貰えた日からももう八年、恋人になってからだってそれなりに月日が経っているのに、「れいじ」と呆れたように笑む声にすら今は、心拍が跳ねてしまうから。
キスをするたびにこんな気持ちになっていたらこの身が持たない。心臓など、いくつあったって足りやしない。
「
……
ちょっと、時間かかるかも」
項垂れるように、頭を垂れるように顎を引いて、参ったと呻く。心の中のことを全部口にしてしまえばずいぶん今更だと笑うだろうか。笑われたって呆れられたって、それさえも恋しい。脈打つ鼓動は火照るくらいなのに、高鳴りがばれてしまう情けなさよりもいとおしさが勝る。
額を離し、けれども離れきれないで、重ねていたそこにくちびるを落とした。そっと触れる硬い感触は熱を持ったようにあつい。閉じた目蓋の裏側で歩はくすぐったそうに笑っている。
背中のシャツをそっと手放された気配に、身を引こうとして。
「それは、困る」
早めに慣れてくれ、と、囁いた腕が伸びてきた。
首の裏に回った手で引き寄せられて、わずか分だけ空いた距離を逆戻りする。ぎょっと瞠った視界いっぱいに青が占め、そのままぐんと吸い込まれそうになる。
歩とは反対に伸びたままにした玲司の襟足を細い指先が柔らかく乱した。玲司がそうしたのと同じように、首筋を歩の手が撫ぜる。あやすようにも、誘うようにも感じる手つきで。ぞくりと背筋が粟立って、その袂をなぞるように肌を這う手がくんと襟首を引いた。まだ眦に笑みの名残る花色が言葉もないまま瞬きを一つ。
「
……
あゆむ」
急に喉がひどく渇いて唾を飲み込むと、その音が耳奥で妙に大きく響いた。ばくばくと心臓が鳴っている。ぼやけてなお、青が眩しい。眩しいまま、玲司の目に飛び込んでくる。もう一度目蓋を閉じることも、目を逸らすこともできない。
「しないのか」
囁く声はささやかで、それでもこの距離では轟音を奏でる心音にすら搔き消されずに耳へと届いた。
何を
——
キスを。もっと、先のことを。
「
……
します」
「ああ」
「
…………
がんばります」
「そうしてくれ」
片言の玲司にくすりと笑って歩がそっと目を瞑る。ふっと瞳が隠れた代わりに薄く開いたくちびるから、細く白い歯が覗いている。まるで一歩を譲って、すべて明け渡すみたいな。
言葉が詰まる、喉が、詰まる。首筋に触れる歩の指が冷えていく
——
否、熱を上げているのは自分自身だと分かっていた。
瞼を閉ざした相貌は白い。目の間で
睡
ねむ
る儚い覆いが開き近くで青を覗くのはまだ慣れない、慣れないけれど
——
こうして隠されるのは、もっと惜しい。そんな身勝手を思いながら、呑み込むようにキスをした。
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