まきわ
2026-05-16 12:18:54
4948文字
Public クロリン
 

ファーストキスをもう一度

学院時代&大団円直後のクロリン
ファーストキスに関する話ですが、どっちのシーンも特に付き合ってないです(?

なんの気もなしに、その物陰を覗き込んだリィンはその瞬間「しまった」と思った。
そういうことに疎いリィンでも一瞬でそこにいた二人の関係性が察せられるほど明らかなシーンに遭遇してしまったのだ。
グラウンドの片隅にある倉庫の物陰で一組の男女が唇を重ねていた。
それを見て、その上二人が同じ学生なのだから恋人関係以外の関係性を想像する方がひねくれているというものだろう。
リィンは驚きのあまり数秒固まってしまい、しっかりその様子を目に焼き付けてしまった後に慌てて目を逸らしてその場を静かに立ち去った。
(キス、してるとこなんて初めて見た)
読んだ小説にキスシーンが入っていたことなどはあるが、光景としてはっきり見たのは初めてだった。
もちろん両親が親愛の情を込めて頬にキスし合うのは見たことがあるが、恋人同士の口づけは何か違う濃密さを持っていた。
(どんな感じなんだろう)
リィンはほとんど無意識で自分の唇に触れた。
恋人がいるという状況すら想像もできないのにキスを交わす自分やその感覚など雲の上の出来事のようだ。
(幸せなのかな気持ち、よかったりするんだろうか)
そんなことを考えてリィンは慌てて頭を振った。
(な、何を考えてるんだ俺は)
それでも今見た光景の鮮烈さが与えた衝撃は大きくて、頭から離れない。
あんな風に顔を近づけて恥ずかしくならないだろうか。
目の前に好きな人の顔が来るのだ。
考えただけで……
そう思った瞬間、何故かリィンの頭に間近に迫ったクロウの顔が浮かんだ。
途端、顔が耳まで真っ赤になって全身が熱くなる。
「な、なんでクロウがっ
そういう関係でもないし、そんな風になるはずもない。
けれどそんな風にはなりえないと考えた瞬間ずしんと心が重くなる。
(どうしちゃったんだ俺)
リィンはゆるゆると頭を振ってからまた歩き出した。
すると間の悪い事に正面から今一番気まずい相手が現れた。
「よ、巡回中か?」
「クロウ
なんとなく視線を合わせづらく感じて、顔を見れば唇に視線が行ってしまいそうで、リィンはクロウの胸元辺りに視線を向けた。
ところがクロウはそんなリィンを見て、眉を寄せてから近くまで来て顔を覗きこんできた。
「なんだ、お前顔赤くねぇか。熱でもあるんじゃねぇだろうな」
どこか心配そうな響きのこもる声音とともにクロウの手が伸びてきてリィンの額に触れた。
先ほど妙な意識のしかたをしたばかりだったからリィンはクロウの体温を感じただけでかっと体が熱くなった。
「だ、大丈夫っ」
もつれた口調でそう言って避けるように後ろに一歩下がる。
敏いクロウに怪訝そうな顔を向けられてリィンは慌てて倉庫裏の方に視線を向けた。
「その、あそこでちょっと見るべきじゃないものを見てしまって
はっきりとキスという言葉を口にする勇気が持てずに妙に意味深な言い方になってしまった。
けれどクロウはそれだけで察したようでにやりと笑みを浮かべた。
「ははーん。あそこ割とカップルのたまり場だしなぁ。初心なお前には刺激が強かったか。んで?真っ最中なとこでも見ちまったか」
「う、うん。その、キス、の
なんとか言葉にすると、やっぱり恥ずかしくて顔が熱くなる。
が、なぜかクロウは呆れた顔をした。
キスだけでその有様かよ。ったく思った以上の初心さだな」
子供扱いされた気がしてリィンは思わずむっとした顔を見せた。
「しょうがないだろ、縁がないんだから。この先もあるかわからないし」
「お前はあるだろ」
あっさりと返されてリィンはきょとんと首を傾げた。
「なんでそう思うんだ?」
「なんでってそりゃお前の周りよりどりみどりだろうが」
クロウは珍しく少し困ったようにそう返した。
確かに男女共に友人には魅力的な人達が多いとは思う。
「その人達が俺を好きになるかは別問題じゃないか?」
首を傾げたままそう聞くとクロウは露骨に呆れを含んだため息をついた。
「ほんとお前はまぁいいけどな。とにかくその内縁があんだろ」
年上であるクロウに取りなすように改めてそう言われても自分にそれが訪れるという想像が湧かなかった。
リィンが納得していないのを見て取ったのかクロウは宥めるようにリィンの肩をぽんと叩いた。
「誰だって経験するまではそんなもんだって。意外とあっさりその瞬間てのは来るもんだぜ」
クロウの言い回しがリィンの心に少し引っかかった。
どうしても気になってその引っ掛かりを衝動のままに言葉にした。
クロウはしたこと、あるのか?」
リィンは何故だかその事実にショックを受けた。
先を越されていると思ったわけではない。
クロウが誰かと唇を重ねたことがあるという事実が妙に心を引っ搔いていく。
するとクロウは自嘲に見えるような、複雑な笑みを浮かべながら眉を寄せた。
さーな。秘密」
「秘密ってなんだ。ずるいぞ」
「ずるいもなんだよ」
クロウはおかしそうに笑って間近からリィンの顔を覗き込んだ。
「んな無防備な顔でそんなこと聞いてるとワルいオニイサンにファーストキス奪われちまうぞ」
「え」
反射的にぱっとリィンの顔が赤くなった。
それはクロウがする、ということだろうか。
リィンはクロウの薄い唇から目が離せなくなって目を見開いてじっとクロウを見つめた。
クロウは、俺にキス、できるのか?」
クロウはわずかに目を瞠ってから、ふっと妖しげな笑みを浮かべた。
さぁな。秘密」
言いながら左手の人差し指と中指を揃えて立ててリィンの唇にキスをするように触れさせた。
キスされたわけではないのに体が熱くなって、ほんの少しだけキスがどんなものか想像できた気がした。


「あー……
気持ちのいい風が流れて行って、リィンは逆にアルコールで熱くなった頭を強く意識した。
カレイジャスの甲板の柵に、らしくもなく背中を丸めるようにして寄り掛かりながらリィンはカップに残ったビールを飲みほした。
「その辺にしとけよ、いくら祝杯ったって顔赤いぞ」
すぐ隣からリィンとは真逆に酔いをほとんど感じさせない声が聞こえてリィンは億劫そうに視線を上げた。
確かに言われるまでもなく頭が気怠くぼーっとしていて思考が鈍い。
黄昏と相克を奇跡的な結末で終わらせることのできたリィン達Ⅶ組はカレイジャスに戻った後全員で大盛り上がりの祝杯をあげたところだった。
色んな人に祝福の言葉をかけられてひとしきり喜んだ後風に当たりたくなって甲板に出た。
すると先客としてクロウがここにいたので横に並んで、ぼんやり持ち出してきたカップのビールを飲んでいたというわけだ。
……昔のこと、思い出してた」
少し舌の回りが怪しいなと思いながらそう言うとクロウは問うような視線を向けてきた。
結局教えてくれなかったよな。キスしたことあるのか」
あの会話を覚えているかはわからなかったけど、クロウは一瞬視線を彷徨わせた後気まずそうに眉を寄せた。
「あ、あー、あー
「俺はしたぞ。あの後」
当てつけの様にそう言うと、クロウは一瞬目を瞠って、それからなんだか怒ったような笑みを浮かべた。
へえ。いつ?」
クロウらしく一瞬で感情を押し込めたようで低くそう聞かれて、リィンは背中を伸ばしてクロウと視線を合わせた。
結局身長は追い付かなかった。
もう伸びることはないだろうから少し悔しい気持ちと、彼の紅い瞳でこうして見下ろされるのが嫌じゃなかったので追い付かなくてよかったという気持ちの両方があった。
リィンはクロウの感情を探るように瞳の奥をじっと見上げた。
「煌魔城の後カレイジャスにクロウのい、遺体、を寝かせたんだ。その時に、した。冷たくて、せつなくて、苦しいばかりで何も嬉しくなかった」
たどたどしくそう伝えきると、クロウは本当になんともいえない表情を見せた。
それこそ苦しそうな、気まずそうな、でもどこか嬉しそうでもあるような。
が、その表情も一瞬で消えてクロウは頭を抱えて唸った。
ったく、お前はほんと退路を塞いできやがるよなぁ」
別に迫ってないだろ」
それ以外は?」
「ないよ。それきりだ。する気も特に起きなかったし、そういうことになった相手もいない。色々それどころじゃなかったし」
恋愛で心を埋める気にはならなかったし、そうこうしてる内にジークフリードに出会った。
「ったぁく
呆れているような困っているようなクロウの様子に少し不安になってリィンはちらりと隣を見た。
気持ち悪かったか?」
別にそうは思わねぇけどよ」
クロウはまた自分の額に手のひらを当ててため息をつくと柵から背中を離してリィンの目の前に立った。
そしてリィンの背後の柵を掴んで顔を近づける。
「責任、取ってほしーか」
どくんと心臓が高鳴ったけれど、それを表に出すのが癪だったからリィンは懸命に冷静さを保ってクロウを見つめ返した。
指はいらないぞ」
「へー、そうか?」
クロウは挑戦的な笑みを浮かべると左手のグローブを取って親指でリィンの唇に触れた。
「ちょ、くろっ
抗議しようと口を開いたらそこにクロウの指が侵入してきた。
「んっ
クロウの指は遠慮なく口の中に入り込んできてリィンの舌に触れた。
指の腹で舌を撫でられると、背筋にびりっとするような刺激が走った。
「ふぁっ
アルコールで鈍ったようでいて敏感になった舌を器用に狭い口の中で動くクロウの指で撫でられると頭が痺れるような快感を感じてしまう。
次第に酔いも手伝って恥ずかしさよりももっと快楽を得たい気持ちが上回り、リィンは自ら舌をクロウの指に押し付けて、求めるように吸い付いた。
「クク、えっろ」
クロウの言葉に顔が熱くなった瞬間、指は濡れた音をたてて引き抜かれた。
荒くなった息を整えつつ、座り込みたくなるのをこらえてクロウを睨んだ。
「くろっんっ」
またしても抗議の声は塞がれてしまった。
今度はクロウ自身の唇で。
リィンの頬に手を添えてクロウは深く唇を重ねてきた。
二年前とは違う、温もりのある唇と時折感じる吐息の気配に思わずリィンの瞳からは涙が溢れた。
クロウは指で涙を拭ってやりながら何度か吸い付くように軽く唇を重ねて、顔を離した。
リィンは自分が耳まで真っ赤になっていることを自覚しながらも、もう感情のままに振舞うことに抵抗を感じなくなった。
クロウの腰に両腕を回して体を近づけて、ねだるような目でクロウを見上げた。
こんなのだけじゃないだろ。もっと、全部教えてくれ。クロウの知ってるキスの仕方全部
クロウはリィンの頬に手を当てたまま考え込むように唸った。
「いやでもなぁ。これ以上するとなんか勃ちそうで」
「はっ!?」
思わず視線をクロウの下半身に向けてしまう。
もちろん今はなんの異常(?)も見られない。
「さすがにここじゃアレだろ?まぁお前が気にしねーっつーならオレもやぶさかでは
「する!気にする!い、いい、ここではいいから!」
クロウは楽しそうに笑みを零すともう一度軽く口づけた。
「前のやつは忘れてこっちを初めてにしろよ」
どうかな。まだ、足りないかも」
甘えた視線を向けるとクロウは予想外に優しい瞳で見つめ返してきた。
「ほんと、甘ったれめ」
言いながら、今度は深く口付ける。
刻み込むようにリィンはその感触に浸った。
(ああ全然違うなあの時と。あったかくて、幸せで、気持ち良くて、それから
ねむい
「は!?」
重力に負けるようにリィンの体がずるずると崩れ落ちていったので慌ててクロウはそれを抱き止めた。
「おやしゅみ
「おいこら!それアリか!?おまっ、ここで寝るなって!」
すやすやと気持ちよさそうな寝息をたて始めたリィンは満たされた穏やかな寝顔でクロウの腕の中に収まっている。
クロウは大きく深いため息をついた後、諦めた顔をしてリィンを寝室に運ぶべく抱え上げた。

目覚めた後、リィンは酔った自分の行動を思い出してしばらくクロウの顔をまともに見られなくなったのであった