葵月
2026-05-17 00:00:00
1176文字
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ワンライ:2026.05.17 【オーケストラコンサート】・【誤算】

#王最版深夜の一本勝負 のお題をお借りして、ワンライの練習をしました。こちらでこっそり投稿させていただきます。

王馬くんは“いつから”見つめられることを許していたんでしょうかね?

眠らぬキミの演奏会


ゆりかごのように揺れるロッキングチェア。特徴的な花弁型の蓄音機。ずっしりと重く鈍く光る真鍮の灰皿。これらは全て『探偵と言えばこれだよね!』と僕の許可無く彼がここに持ち込んだものだ。
彼が想像している探偵像が少し古いのは本好きの僕の影響であればいいと淡い期待を抱いて、肌触りのいいブランケットと銘柄も分からない煙草を置いて、少しだけこの部屋を彼の理想に近づける。

いつからかキミの足音が聞こえると資料棚の一角へと向かい、薄い背表紙の上で指を振るようになった。
式典で聞いたことのある曲や歌うようにピアノを弾く彼女から教えてもらった曲をひとつひとつなぞった後、結局いつもと同じレコードを掴む。

よく喋るキミがこの曲が流れている間だけは、ゆりかごに揺られながら静かな呼吸を奏でるから。星明かりの下、僕だけの演奏会を聴きながら白い肌に伸びるまつ毛の影をただ見つめるだけのこの時間が、少しでも長く続きますようにと。そう願いを込めて今日も僕は針を落とす。


そんな日常にようやく慣れてきた頃。
この蓄音機を見た企業調査の常連客に『この楽団のコンサートは音楽好きなら必ずハマりますよ』と2枚のチケットを無理やり握らされた。
せっかくなら……と1枚差し出してみたものの、すぐに夢の世界へと飛び立ってしまうキミには酷くつまらない初デートの誘いだったと思い直し、その手を引っ込めることにした。なのに、僕の手をパシッと掴んでから「プロの子守唄なんて初めてだよ!」と冒涜にも程があるセリフを吐いて笑うキミに、僕は1拍呼吸が遅れた。


いつものように「探偵と言えばこれだよねー」とキミが器用に飾り付けた青い蝶ネクタイを身につけて、ふたり並んで会場へと足を運ぶ。ホールに入ってすぐ、2階の影に隠れるように薄暗い席に深く座り込んだ。


……王馬くんと、事務所じゃない場所にいる。
それも、僕らしくも、キミらしくもない、場所。初めてのデートに、初めての空気。
酷く落ち着かない心を深く深く息を吸って整えていると、芯のあるひとつの音が響き、開幕を知らせた。


卒業式を彷彿とさせる曲はあの日の僕らを思い出させ、そっと隣の王馬くんを覗き見る。


そこには高級な子守唄を前に、頬杖をついてじっとステージを見つめる王馬くんがいて──


いつもと同じように閉じられた口は、優しい呼吸を続けているのに。
いつもの影は姿を見せず、いつもと違う黒いスーツを纏って。
あげた前髪から覗く瞳はスポットライトのオレンジ色を含み、紫色と交わって鮮やかな輝きを放っていて──その輝きが一瞬だけ僕を照らす。


……ずるいなぁ。ほんと。


今一番隣で見つめているのは、見つめることを許されているのは、僕なんだって気付いた時。

キミが全ての音を奪っていったんだ。