遊悟
2026-05-16 01:47:35
4323文字
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とある男の独白

遊悟が過去について一人語りしているだけのお話

【とある死刑囚の独白】

 ―――何がいけなかったのか、未だに分からない。
 物心ついた頃から、「組織の思うままに動かねば、衣食住を取り上げられる」生活だった。
 教えて貰ったことを憶えなければ、「隠れる部分があるだけマシ」な服しか与えられなかった。
 やってみせろと言われたことがやれなければ、飯を食わせて貰えなかった。
 オトナの言うことに少しでも反抗すれば、ふきさらしの中庭で夜を過ごさねばならなかった。
 だから、すべて言われたとおりにしてきた。
 毒の知識を、人を誑かすすべを憶え。
 人の命を奪う手段を会得し。
 組織に忠実であり続けた。
 だって、「そうしなければ、自分が生きていけないから」。
 だって、それが「悪いこと」だなんて、誰も教えてはくれなかったから。
 ちょっとでも落ちこぼれたヤツは、言うことを聞かないヤツは、いつの間にか姿を消していた。
 彼らがどんな運命をたどったのか、実際この目で見たわけではない。だから、断言はできずとも、自ずと察せられた。
 だから、余計なことは考えず、ただ目の前に出されたモノにだけしがみついていた。

 ―――辛くなかったのか、と後に尋ねられた。
 辛いの定義がよく分からないが、不幸ではなかった、と思う。
 なぜなら、俺には仲間がいたから。
 ひとつの任務を一緒に受領する、仲間チームメンバーが。
 みな俺よりも大きくて、立派で、有能だった。
 組織の命令を忠実にこなし、オトナたちともうまく渡り合っていた。
『なんだ、また飯抜きか。俺らのカワイイおチビちゃんは、ま~た失敗したのか?』
『しょうがねぇな。俺らが代わりに「やって」きてやるよ。
 おチビちゃんは、甘い菓子でも食いながら、良い子にして、俺らの帰りを待ってな』
 なぜ俺を可愛がってくれたのかは未だに分からない。
 ただ単に、気まぐれだったのかもしれない。あるいは、チーム内最年少に対する哀れみだったのかもしれない。
 それでも、「俺に優しくしてくれた」、その事実が何よりも重要だった。
 例え見せかけや偽りだったとしても、いい。だって、見せかけだけかもしれなくても、そんな風にしてくれたのは、彼らだけだったから。

 ―――運命の日。
 その後の運命を決定づけたあの日のことは、今でも昨日のように思い出せる。
 いつもと同じように任務を受け。
 いつもと同じように仲間と出撃して。
 そうして―――向かった先で、化け物と……怪異と、遭遇した。
『せめておチビちゃんだけでも……“シェーレ”だけでも逃がせ!』
 俺らのり方が通用しない存在。それを察知した仲間の動きは速かった。
 一番最年長がしんがりを務め、年の順に足止めを引き受けていった。
 一番俺と年の近い仲間が俺の手を引き、必死に走って逃げて。
 あともう少しで外へ出れる。逃げられる。
 そう思った瞬間、仲間が俺の手を離した。
……すい!』
 ドンと強く身体を押された。転がるようにして俺の身体が外へ出た、次の瞬間。
 建物が、鈍い音を立てて崩れていった。
 それまで俺がいた建物が―――つまり仲間がいる建物が!

 その後暫くの記憶は曖昧だ。
 自分では呆然としていた、ように記憶している。
 けれど、後に聞いた話では、「肘から先だけ残された腕の隣で、半狂乱になって崩壊した建物を掘り起こそうとしていた」らしい。
 ただ、誰かが俺を抱きしめて、「もういい。君は十分頑張ったわ。あなたのこと、仲間から託されたの。だから……後は私に任せて、あなたもう休みなさい」と言っていたことだけは朧気ながらに憶えている。



 ―――死刑判決。
 化け物―――怪異の手から逃れた救出された俺を待っていたのは、非情な現実だった。
 仲間と死に別れて。そのまま警察サツに捕まって、取り調べを受けた。
 彼らの言い分だと、俺が今までしてきたことは「万死に値する」らしい。
 じゃあ、仲間たちなんて、もっとそうってことで。
 俺は、自分のことだけは素直に吐いて、仲間については何ひとつ口を割らなかった。
 だって、彼らは、他の人たちから見れば大罪人であろうとも、俺にとってはかけがえのない―――誰ひとり失いたくなかった人たちなのだ。
 そんな大切な仲間を売るようなマネ、できるはずがなかった。
 例え、俺が口を割らなかろうが、罪状は割れていようとも。
 例え、その仲間が、もう死んでしまっているのだとしても……
 更生の余地なし、今まで殺した人間の数も多い。
 ゆえに、死刑。
 まあ、俺としても、弁明する気にもなれなかったし、それでいいとさえ思っていた。
 だって、「そうしなければ生きて来れなかった」ということはつまり、「俺の人生は罪でできている」ということだから。
 だったら、もう、どうでもい。
 俺が生きることが罪だというなら、間違いだというのなら、もう終わりにしてくれ、と。
 心は凪いでいた。
 刑場に向かうときも、あまりにも静かすぎて、刑務官の人を不安にさせたくらいだった。
 でも、俺としては、どちらかといえば嬉しかったんだ。
 悪いことをしたヤツは全員地獄へ落ちると教えて貰った。
 なら、仲間が先に落ちて待ってることだろう。
 はやく俺もその後を追わなきゃ、って。
 このあとものすごく痛くて苦しくて辛いことが待ち受けているけれど、その先に―――死の向こう側に、あの人たちがいるのなら、それでいいやって。
 よしんば、ただ「終わる」だけだとしても、もう何も考えずに済むのなら、それでいいや、って……



 ―――しかし、現実はそう優しくなかった。
 蘇ってしまった。
 たしかに絞首刑は執行されたのに、俺は生き返ってしまった。
 『死後蘇生』とかいうらしい。
 √能力者―――心や体に何らかの『欠落』を抱えていて、幾つも世界を移動できる力を持ち、不思議な力を……√能力を行使できる者。その√能力者の異能力のひとつに「死亡しても、時間をかけて元の状態に蘇生してしまう」というものがあり、そのせいで俺は蘇生してしまった、らしい。
 何度刑死させても、何度でも蘇生する。
 俺が√能力者である限り、永遠のいたちごっこになるだけらしく。
 結果……
「私のこと、憶えているかしら?
 私は、敷島怜那れいな。警視庁の異能捜査官のひとりよ」
 怪異に襲われ、仲間を失い、半狂乱になっていた俺を救ってくれた女の人。
 その人が、俺を更生させ―――最終的に、警視庁の異能捜査官とするための教官になった。
「私は、あなたを更生させるための教官に任命されたの。
 いい? 神崎翠という暗殺者は、たった今、死んだわ。
 あなたはたった今から、別の人間として生きるのよ」
 これは決定事項だから、NOとは言わせないけど、と。
 有無を言わせぬ迫力で、女は……怜那はそう言った。
……年齢? いやね。女性に聞くもんじゃないわよ。でも、あなたよりはちょっと年上よ」
 だから、敬いなさい?
 そんな軽口を叩きながら、俺に握手を求めるように、手を差し出してきたのだ。
「じゃあ、改めて。
 今日からみっちりしごくから、覚悟なさい?
 ―――五百住遊悟くん」



【とある捜査官見習いの独白】

 俺は五百住遊悟という名の、「警視庁の異能捜査官の見習い」的な立場の男になった。
 この世界の真実、√能力とそれを行使する能力者のこと、Ankerという護るべき存在、そして、インビジブルと簒奪者……
 この世界に秘められていた真実についてだけでなく、俺の知らなかった日常生活について―――そう、例えば俺は、自分ひとりじゃロクに買い物すらできなかった―――も、怜那から教わった。
 もちろん、座学だけじゃない。彼女の後ろをくっついて周り、√能力の発動のさせ方、簒奪者との戦い……そういった実践的なモンも、学んでいった。

「やぁね。そんな年齢じゃないのに、子供ができたみたい!」
 玲奈はそんな風に笑ってた。仕事終わりに、キンキンに冷えた缶ビールを飲みながら。
 子供扱いするなと口答えすると、額を小突かれたものだった。
「何言ってるの。図体ばかりでっかくて、見た目だけは小綺麗でも、中身はお子ちゃまのくせに」
 砂糖をたっぷり溶かしたイチゴオレを啜る俺を見て、怜那はおかしそうに笑ってたっけ。
……いい? いずれあなたも独り立ちする。スタンドアロンで捜査できるよう、私がしごいてるんだから」
 元死刑囚がひとりで活動していいのかよ? と俺がぼやけば、ゲンコツが落ちてきた。
「今、私の目の前にいる男は五百住遊悟。いいわね?」
 ―――神崎翠死刑になった。仲間と一緒に、己が使命に殉じたの。憶えておきなさい。
 ついでのように、でも、俺に気遣うように、そう付け足して。
 俺に使いどころなんてないだろうにと呟けば、怜那は首を横に振った。
「あなたをどう扱うかなんて……どう扱えば上手くコトが回るかなんて、お偉いサンが考えるからいいのよ。それが、給料たんまりもらってる人の役割だから、いいの」
 難しく考えることなんてないわ、なんて言いながら、ビールをあおってた。
「あなたはバカなんだから、難しく考えるだけムダよ。
 直感の赴くままに生きなさい。きっとその方が上手くいくわ」
 酒で熱くなった手を俺の頭に置いて、怜那は乱雑になでまわす。
 ……酒臭いぞ、玲奈、なんて。
 喉まで出かかって、でも、飲み込んだ。
 なんか、嫌じゃなかったから。
 そうやって頭をなでられているのは、なんか胸がむずかゆくて、頬があつくなって、でも、嫌だなんて1mmも思わなかったから。
「ああ、そうだ」
 もののついでのように、怜那は自分がつけていたイヤーカフの片方を外した。
「これ、遊悟にあげるわ」
 俺の左耳をひっぱると、イヤーカフをすっと差し込んで装着した。
「私とお揃い」
 怜那の右耳に残されたイヤーカフ。それを指でトントンと叩いて見せながら、彼女は優しく笑う。
「いい? ―――もう人を殺してはダメよ。約束ね。
 指切りげんまんより、こっちの方が憶えていられるでしょう?」
 俺の左耳に憩う銀のカフ。それが輝いている限り、もう二度と過ちは犯すな、と怜那は言った。
「あなたはこれから、正義の捜査官として生きていくの。ゆめゆめ、忘れてはいけないわよ」
 約束を交わした。
 でも結局―――俺は未だに、善悪の判断が、正義と悪の違いが、よく分からないままでいる欠落している