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ゆうり
2026-05-15 23:31:00
2775文字
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掴まえて、離さないで。
縛られるの大の苦手なヘクがジェラ様には縛られたいと思っているのにジェラ様本人はヘクには自由でいて欲しいというお互い噛み合わせが合ってない部分を調節する短い話。事後だけどそれっぽいシーンは無いので全年齢。
「いま、なんて?」
ヘクターは自分の耳を疑った。
想いを通い合わせて、たった今肌をも重ね合わせた愛しい人の唇から落ちたその言葉に。
「ええと、だから、もし遠征先で寂しくなったら他の人と⋯ッんう⋯ぅ!」
それ以上を聞きたくなくてヘクターは自らの唇でその言葉の発生源を遮った。この人の⋯ジェラールの口からそんな台詞は聞きたくなかった。そんな事を言われるなど思いもしなかった。
これ以上の思いもしない言葉を投げ掛けられることの無いようにジェラールの口内を散々舐った後にやっと唇を離すとジェラールははくはくと足りない空気を取り入れる事に精一杯の状態だ。
今のうちにジェラールの考えを払拭させてしまわなければヘクターの方が耐えきれないと判断し、ジェラールの両肩を手で抑えて、目を合わせ、息を吐いてから告げる。
「他の人ってなんです?俺にはアンタだけですよね?アンタがこういう事する相手が他にいるかは知りませんけどアンタも俺の遠征中には他の男連れ込むとでも?」
自分で言って自分で落ち込むような事を口に出した事が良くなかった。思わずジェラールの抑えた肩をそのまま自らの方に寄せてぎゅうと抱き着く。事細かに確認した訳では無いし単にジェラールがまさかそんな事をするはずが無いというヘクターの漠然とした希望でしかなかったが、この体温を他の者にも与えているなどという恐怖を味わいたくはなかった。これまで特定の相手を作らず不特定多数と関係していたヘクターが貞操観念を語れる立場でもないという自覚はあったがそれはそれ、これはこれだ。
強く抱きしめられているジェラールがヘクターの腕の中でもぞりと動き話題とは真逆の無垢な表情を見せてくる。
おかしい、この人はさっき自分に抱かれてこの上なく艶っぽい顔も見せていたはずなのに。
何度抱いてもこの人のこういう所は全く変わらない。そんな人が自分が言った様な事をするわけが無い。と頭では分かっているのに不安に駆られてしまうのは何故なのか。
「しないよ。というより私が女性を連れ込む可能性は考えないのだな」
「その辺についてはアンタが妻帯しないと公言されてる理由からしてですね」
「ああ、まあその通りだけど⋯そうか、君に許すのだから私も許されてもいいのか」
「はあ!?んな事許すわけないでしょうが!!」
もう自分がどんな顔をしているかなんてなりふり構わずヘクターはジェラールの言い分を強く否定する他なかった。
そんなヘクターの内心を見越してか少し悪戯めいた笑みをジェラールが浮かべてくる。
「だからしないよ。私には、君だけ」
「⋯ホントですか?」
「疑い深いな。分かってる癖に」
ふふ、と妖艶に笑う今のジェラールからは想像もつかないがヘクターとどうこうなるまでは真に真っさらであった事はジェラール本人から聞いたし、その時は頭の中が真っ白になるほどの衝撃を受けたものだ。
第二皇子とはいえ婚姻による他家や他国との繋がりを求められ、長子ではなくとも男子としてのまた別の役割があるはずなのにと。
そう思うのにこの人が何も知らなかった事に優越感を覚えてしまう自分も居て、結局は男の本能が働くのかと1人頭を抱えた事すらある。
複雑な思いに駆られるヘクターを横目に見つつジェラールはシーツの上に寝転び、手近な所にあった枕を弄びながらぽつりと呟いた。
「そういった事は勿論学ばせてもらったけど私は自分の血を残そうという思いが希薄なのかな。それとも誰かを想う心が欠如しているのか⋯そうやって悩んでいた時期に君の事でも悩むようになったっけ」
「ああ⋯大人気なくアンタの事避けてた馬鹿がいましたね」
ヘクターにとって更に複雑な思いをさせられる案件だ。ジェラールの事はまだ少年と言われる頃から見知っていたが父や兄とは対称的な人物であり、盲目だったヘクターからしたら軽蔑の対象でしか無かった。帝国兵たちと違いあからさまに拒否感を示す男の事など恐怖だっただろう。
苦々しく思いつつヘクターがそう応えるとジェラールはただでさえ大きな瞳を零しそうなほどキョトリとさせてヘクターを見つめてくる。
「ん?どうかされました?なんか違ってます?」
何も間違っていないはずだ。
ジェラールの内面を見ようともせず、元からあった強さに気付きもせず、ジェラールと目を合わせるどころか姿すら見ようともしなかった男がいた事はヘクターが誰よりも承知している。今ではその柔らかさを知った紅茶のような色合いを目の端に入れただけでも追いかけてしまっているのが嘘のようだという事も一番自覚している。
ジェラールの反応にヘクターが疑問を感じていると突然ジェラールの両腕に抱き込まれてしまった。
「っわ、ぶ!な、なんです??」
「っ、ふふ!なんか、その頃の悩みも嘘みたいに無くなったんだなと思って」
「はあ⋯?まあオレも色々と嘘みたいだなと言うのは分からないでもないですけど⋯まさか、こんなに」
手放し難い存在が自分の腕の中にあるなんて。だからこそこの想いを曲げたくないし曲解もされたくないと思う。
役得と思い抱きついてきたジェラールの背に両腕を回してその胸元に顔を寄せながらこれだけは伝えておきたい事を告げる。
「貴方だけが俺の唯一の最愛なので、他は要らないんですよ。だからそんなつれない事言わないで、俺の事掴まえてといてください」
ね?と間近にあるジェラールの唇を軽く啄みながら尋ねるとふわりと綿のような柔らかな笑みが零れる。
身軽さを売りにする傭兵がこんな事を口にするなんて自分が一番信じられないし、同僚達が聞けばさぞや引く事だろうがなりふり構ってはいられない。もうこの温もりを手放す事など有り得ないのだから。
その想いが少しでも伝わりやすくなるようにと更にジェラールを強く抱きしめるとジェラールからもぎゅうと腕の力を強められた。
「こんなの、夢みたいだ。私が君の事を掴まえてて、いいの?君にはもっと」
「貴方以外は要らない」
今でこそ皇帝として整然たる姿を見せてはいるが根本は大して変わらないとはジェラール本人の弁だ。前ならこういった自己肯定感の低さにもヘクターなら腹を立てていた事だろうがジェラールの立場を考えればそれも致し方ない事と思うし、それに意図せず加担していた自分への猛省もある。
ただ過去の事はもう変えられないのだから、今の自分の想いを不器用に伝え続けるのみだ。
「オレにはアンタだけ。だから俺の事、離さないで」
ヘクターが心の底からの想いを恥ずかしげもなく吐露すれば、頬に、髪に、唇にジェラールからの軽い口付けが散らされる。
この甘やかな檻では足りないと思ってしまう自分も重症だと思いつつも降り続く幸福をただ享受するのだった。
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