cookbofuji
2026-05-15 10:13:02
12200文字
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デク先生のスキャンダルを追えっ!!!!

プロヒ✖️教師の轟出ですが、モブ女生徒視点です。
雄英高校の新聞部モブ女子生徒がデク先生のスキャンダルを掴むために尾行するけど、思ったのとは違うスキャンダルだった話。

 優しく丁寧で面倒見が良くって、生徒思いでいつも笑顔。怒る時もあるけれど、それは生徒たちのため。この雄英高校で大人気の先生、それが。
……デク先生ってなーんか、あやしいんだよねぇ。完璧すぎるって言うかさ」
 机の上に開いたノートに校内新聞のテーマの候補を何個かさらさらと書いていく。来月の校内新聞──今年度最後の三月号を発行するためにはそろそろ紙面構成を決めておかなきゃいけない。それはわかってる。だけど、私の頭の中はデク先生でいっぱいだった。今年の春に新任で入ったデク先生は雄英高校のOBだ。それもすごく有名な。あの英雄の緑谷出久が教師になって雄英に帰って来たと学校中が大騒ぎだった。あの大戦での『緑谷出久』のイメージしかなかったけど、実際に会った『デク先生』は穏やかで素朴、そして何より優しい人だった。物腰が柔らかくて、いつでも生徒たちのために一生懸命なデク先生はあっという間に人気ナンバーワン教師に上り詰めたのだった。
 私の呟きを聞きつけた後輩が「またか」というような顔をした。つるりとしたおでこにぎゅっと皺が寄る。わざとらしくため息までつく始末だ。
「まーた部長がデク先生に因縁つけてる……どこが怪しいんですか。素敵な先生じゃないですか! 私たち普通科の生徒にも気さくに話しかけてくれるし」
「いや、素敵なのはわかるよ? でもなんかさ、そこにスキャンダルの香りがするっていうか、さぁ!」
 座っていた椅子の背中におもいきり寄りかかる。ガタン、と小さな音がした。……なんとなく反抗的に聞こえるのは、気のせいだろうか。椅子までデク先生のファンらしい。
「スキャンダルって? 優しそうに見えて実は……みたいなことですか?」
 少しの沈黙のあと、後輩はぶんぶんと大きく首を振った。どうやら自分で言ったことを自分で想像していたらしい。
「いやいや、デク先生に限ってそんなのありえないでしょ!」
 甘いな。後輩に見せつけるように、ちっちっちと人差し指をダンスさせた。
「そういうのより、みんなが喜びそうなスキャンダルあるっしょ」
「えー……例えば?」
 胡乱な目つきの後輩の前に持っていたシャーペンをずいっと突きつける。私の迫力に押されたのか、後輩はごくり、と唾を飲み込んだ。
「女とか!」
…………
 私の推理を聞いて、一瞬だけぽかんとしていた後輩が急にお腹を抱えて笑い出した。 
「えっー、ない、ないですよ! デク先生に限って! 失礼だけどそういうの縁遠そうじゃないですかぁ。なんかすっごい初心な感じがしません⁉︎  あのデク先生に女⁉︎  我が新聞部が誇るスクープの鬼の部長もとうとう焼きが回りましたねぇ〜」
「なっ、なによ! スクープを嗅ぎつけるカンがあんたはまだ弱いだけでしょ! ある、絶対あるって!」
「またまた〜。部長、ムキになってますね?」
「そんなことないって! あんた、本当に気づかないの? デク先生ってふとした拍子に変な空気を醸し出すんだって」
「変な空気とか言われても全然わかんないですけど」
「だから、こう……なんかピンクの空気っていうか……そう! 色気? みたいなの!」
「はぁ……? 私、そんなの感じたことないですけど」
「だからあんたはカンが弱いんだって! よし、決めたっ」
……すご〜く嫌な予感がするから聞きたくないです」
 じとっとした目で見てくる後輩のことは華麗に無視をして、バンと机に両手を叩きつけながら立ち上がった。
「次の校内新聞でデク先生を特集する! もしスクープを掴めたら、それも書いちゃる!」
 ふんっ、と私が鼻から息を吐き出すのと、後輩が呆れたようなため息を吐くのはほぼ同時だった。
……別に止めないですけど。でも、先生に迷惑かけるようなことだけはしないでくださいよ」
 当たり前でしょっ、と返したけど、後輩は大きなため息をつくだけだった。くっ、見てなさいよ。絶対にスクープを掴んでやるんだからっ。

 調査の基本は足────つまり、尾行。
 ということで私は今、学校の校門近くに潜んでデク先生が出てくるのを待っている。遠くから観察できるように双眼鏡も用意済みだ。よし、準備万端。あとはデク先生が出てくるのを待つだけ……なんだけど。
 ちら、と腕時計を見る。現在の時刻は十八時。生徒はとっくに帰宅していないといけない時間だ。もし私がここにいるのがバレたら反省文コース間違いなし。絶対に見つかるわけにはいかない。だからデク先生に早く出てきてほしいんだけど、……全然出てこないじゃない!
「デク先生〜、何してるんですか。早く出て来てくださいよぉ」
 手を擦り合わせながら息を吹きかける。吐き出した息が白く濁ってモヤになった。 二月末の今、この時間でも冷え込みは厳しい。防寒グッズは持って来たけど、ずっと屋外にいると身体が冷え込んでしまう。
「うぅぅ……このままじゃ風邪をひいちゃう。デク先生、お願いだから早く出て来てください!」
 寒さを紛らすために擦り合わせた手のひらを、そのままお祈りポーズにシフトさせる。なむなむなむ〜、とデタラメなお経を唱えてみた。
 だけど、そんな私の祈りも虚しく、デク先生が出て来たのはそれから二時間後の二十時を過ぎた頃だった。

 やっと出てきたデク先生はスーツの上に濃紺のブルゾンを羽織ってリュックを背負っていた。校門の脇に隠れる私には気づかず、駅の方へとまっすぐに歩いていく。
「なるほど。デク先生はリュック派、と。……それにしても、あの黄色いリュックはちょっとボロボロすぎない? ずいぶん昔から使ってそうだけど、お気に入りなのかな」
 ノートにすらすらとペンを走らせて、調査メモを書きつけていく。
 ちら、とデク先生へと目をやると、先生の動きに合わせながら深緑の髪がぴょこぴょこ動いているのが見えた。ちょうど良い目印があるじゃない! デク先生との距離をあけつつ、ふわふわ動く髪から目を離さないようにして尾行を開始した。
「おっと、意外に歩きが速いな!」
 すたすたと歩いて行ってしまうデク先生を見失わないように、私も慌てて歩くスピードを上げた。……尾行に気づかれてる、ってことはないとは思うけど。あの感じは何か用事があるような気がする。用事──もしかして、デート⁉︎
 トクダネの予感に胸がどきどきと高鳴っていく。あぁ、スクープ! 待ってて、スクープ! 私が捕まえてあげるから!
 ……なんてバカなことを考えているうちに、デク先生はあっという間に雄英高校の最寄り駅へと到着していた。
「まずい、同じ電車に乗れないと尾行が出来なくなる!」
 ダッシュで駅の改札をくぐりぬけ、遠目にデク先生の姿を確認する。よかった、まだ居た。ほっとしたせいでほろりと息がこぼれた。デク先生が乗っている車両のいちばん端っこに飛び乗って、遠目でじっと観察する。デク先生はしきりに自分の手首──おそらく腕時計──に目をやっていた。
「やっぱり何か用事があるんだ」
 ししし、と悪い笑みを浮かべる。ごめん、デク先生! 私のことはスクープを追う悪女って呼んで。デク先生がぱっと顔をあげた。私の視線を感じ取ったのか、きょろきょろとあたりを見回している。その仕草がなんだかあどけなくって──。
「うーん、同じクラスにいても違和感なさすぎるんだけど」
 デク先生、ベビーフェイスすぎない? 可愛いから、ヤカラに絡まれたりしないか心配だよ。ちらりと車内に目を向ける。まだ二十一時前だけど、酔っている人もちらほら居るみたいだ。平日のこんな時間に電車に乗ったことないから知らなかった。デク先生、気をつけてくださいよ。本当の学生の私が言うのもなんだけどさ。
 そんな私の心配なんか、なんのその。特に電車の中でトラブルが起こることはなく、デク先生は雄英の最寄り駅から六つ先の駅で無事に電車を降りた。

「先生はこの駅に住んでるのかな?」
 降りた駅はいたって普通の住宅街だった。一応、駅名を調査ノートにメモする。もちろん、さすがに校内新聞には載せない。プライバシーの侵害だからね。前を見ると、さっきと同じようにぴょこぴょこと動く緑の髪が見える。
「街の様子からして、ここに用事があるようにも思えないよねぇ。あ、でも誰かの家を訪ねるっていう可能性はあるかも!」
 駅前にはちょっとした商業施設があったけど、ちょっと歩いたらもう閑静な住宅街って感じだ。『家』以外にいくところは無さそうだった。
「あっ、コンビニに寄るんだ⁉︎」
 デク先生が通り沿いのコンビニに入っていった。すーっと自動ドアに吸い込まれていく。さすがに店内で鉢合わせたらまずいので、遠くから双眼鏡で観察することにした。てっきり夕飯でも買うのかと思ったデク先生だけど、店内に入ってすぐに窓側の雑誌コーナーに立ち寄っていた。雑誌コーナーを行ったり来たり、うろうろしている。
「何か探してる?」
 お目当ての物が見つからないらしい。デク先生はいちばん手前に陳列されている雑誌をひょいっと持ち上げて後ろに隠れていないか探し出した。髪と同じ色の緑の眉毛がしょんぼりと垂れ下がっている。
「かわいそうだけど、なんかかわ、」
 私がひとりごとをぽつん、と呟いたと同時にデク先生が満面の笑みを浮かべた。お目当ての雑誌が見つかったみたい。ゆるんだ頬の浮くそばかすがとんでもなく可愛らしい。
「嘘でしょ、あれで成人男性ってマジか」
 呆然とする私をよそにデク先生はレジへと直行した。どうやらこのコンビニには雑誌を買うためだけに寄ったみたいだ。先生がコンビニから出てくる。……両腕で雑誌を抱きしめた格好で。双眼鏡で見てるせいで、先生の頬がうっすら赤いのも見えてしまった。
……デク先生、かわいすぎない?」
 変な扉を開いてしまいそうで怖い。
 余計なことを考えないように、調査に専念しよう。先生の顔がゆるみまくってる原因のあの雑誌、あれは一体なんの雑誌だ。双眼鏡のリングをぐりぐりと回し、倍率を上げる。ズームした結果、分かったのは赤文字系の女性ファッション誌ということだった。
「せ、先生がファッション誌? 好きなモデルでもいるの?」
 そう思って尾行しながら、スマホでその雑誌を調べる。大学生から二十代の働く女性に人気の雑誌で、大学生読モみうちゃん、人気インフルエンサーりこちゃん、新しく専属モデルになった、のあちゃんがいるらしい。ホームページにはキラキラした今風の三人が可愛い服に身を包んだ姿がこれでもかと映っていた。……この誰かのファンってこと?
「デク先生の好みがこの三人みたいな女性だったらなんかショックかも。いや、別にいいんだけどね、なんかさ──あっ!」
 スマホの画面をスクロールしているうちに今月号の特集のところで気になる文字を見つけた。
「『話題の人を大解剖!のコーナーは女性人気も高いヒーロー、ショート!』だって! 『お仕事から恋愛までざっくりメスを入れちゃいます♡』ってなんかアオリが怖いけど、気になる。まだ売ってたら買ってみようかな」
 デク先生だってもしかしたらショート目当てに買ったのかも! 確か雄英の同級生だったと思うし。うん、きっとそう! さっきの笑顔が元クラスメイトの活躍を目にした時の顔ってことで! 私は自分で自分を納得させると、デク先生の尾行に意識を戻した。

「先生はまさかここに住んでるの?」
 目の前にあるのは、吹けば飛んでしまいそうなうら寂しいアパートだった。というか、言葉を選ばずに言うならばボロアパートだ。電灯が少ないせいで、あたりは薄暗い。それが余計にボロさに拍車をかけているような気もする。アパート前の電信柱の影に隠れて、デク先生の様子を窺い見る。先生はカンカン、と音を鳴らして金属性の外階段を登っていた。二階に住んでいるらしい。なんでわかるのかって言うと、このアパートは二階建てだから。
……教師って給料に見合わないっていうもんなぁ」
 でもまさかここまで貧乏だとは思ってなかった。頭の中に担任教師の顔がぽわ〜んと浮かんでくる。うん、先生を困らせるのはやめよう。デク先生はいちばん端っこの部屋の前まで歩くと、ポケットに手をやってゴソゴソし出した。たぶん、鍵を探しているんだろう。そのあと、すぐにバタン、と音がしてドアが閉まった。
「あ〜、先生もうお部屋に入っちゃった。……特にスクープらしいスクープなかった、けど」
 トクダネの匂いは私の勘違いだったんだろうか。後輩の「ほら見ろ」って顔が見えるようだ。くっ、まだ諦めない! 誰か尋ねてくるかもしれないじゃん⁉︎
「よし、二十二時半まで粘ってみよう」
 それ以上はさすがに無理だ。私も家に帰らないと。親には部活の取材とは言ってあるし、今までも遅くなることはあったけど、さすがに高校生で午前様はまずすぎる。……今もじゅうぶん、まずい時間ではあるけど。
「それに、ここ暗くて……ちょっと怖いんだよね」
 きょろ、とあたりを見回す。来た道を少しだけ戻ったところに電灯があったので、その下で待つことにした。それでも暗い。今の頼りはこの電灯とデク先生の家の灯りだけだった。歩きもせずただ立っている状況のせいで、忘れていた寒さが蘇ってくる。校門前で待っていた時よりも身体の芯が冷えてしまっていた。
「はぁ、さむ……もう誰も来る気配ないし帰、」
「なぁ〜んでこんあとこおにジョシコーセーがいるんだぁ?」
 突然かけられた大きな声に肩がぎくりと震えた。ぱっと振り向くと、酒の缶を持ったおじさんがこっちへと歩いてくるのが見える。ふらふらとおぼつかない足取りを見ると、酔いはだいぶ深そうだ。
……ちょっと、用事がありまして。もう帰ります」
 酔っ払いを刺激しないようにへらっと笑う。これでやり過ごせればいいんだけど。
「えぇ〜、かえるのぉ〜? いっしょにのもうよぉ〜」
 真っ赤な顔でアルコールくさい息を吐き出す。何言ってんだ、こっちは未成年だぞ。
「いえ、あの。もう帰るんで」
 これはもうここから立ち去ったほうがいい。そう判断して、おじさんの横を足早に通り過ぎようとした。
 ──なのに。
「まぁまぁ、もうちょっとおはなししよーって」
 ぐっと手首を掴まれてしまった。
「ちょっと、離してください!」
「あぁ〜? なんだぁ〜? おはなししようって言ってるだけだろぉ」
 おじさんが苛立ったような声をあげる。ろれつが回ってないくせに、力は強い──振りほどけない!
「離して、って!」
「お〜い、そういう態度はないだろぉ〜」
 おじさんがぐっと身を近づけてくる。振り解いて逃げたいのに、足が凍りついたみたいに動かなかった。
「っ、きゃ、」
 声をあげた瞬間、私の声に重なるように何かの音が音がした。硬くて軽い、パキンて音。そして気づいたら、凍っていたのは私の足じゃなくて、おじさんの足だった。しかも物理的に。
「っ、つめてぇっ」
「なにしてんだ」
 男の人の低い声が夜の住宅街に響く。静かだけど圧倒されるような不思議な力のある声だった。
「な、なにもしてねぇよぉ〜、こんなところにジョシコーセーがいたからよ。あぶねぇとおもってこえかけてただけだろぉ」
 絶対違う。何言ってんだ、このおっさん。
「女子高生?」
 そう言っておじさんの後ろにいた背の高い男の人が私の顔を見た。キャップを深くかぶっているけど、その左側のやけどの痕が彼が誰かを教えてくれた。
「っ、ショート!」
 思わず大声で名前を呼んでしまって、あわてて口をふさぐ。コスチュームを着ていないっていうことは、今のショートはきっとプライベートだ。たまたま通りかかって救けてくれたんだろう──ん、たまたま、通りかかる? ショートもこの辺に住んでるってこと? 事務所このあたりだったっけな。
「その制服……雄英生か? こんな時間にこんなとこで何やってんだ」
 鋭い指摘にぎくり、と肩が震える。ま、まずい。「デク先生を尾行してました⭐︎」なんて言えるわけない。
「す、すみません。部活動で取材をしていたんですけど、迷ってしまって」
「部活中か。迷っちまったならしょうがねぇけど、こんな遅くに暗いとこにいたら危ねぇだろ」
「は、はいっ」
「なぁ〜、もぉいいだろぉ。おれはしんぱいでこえかけただけだってぇ」
 おじさんが腕をぶんぶんを振った。そのせいで私の手までぶらぶら揺れる。まだ手首を掴まれたままだったことを思い出した。
「ちょ、ちょっと! そっちこそもう離してくださいよ!」
「わかったって! はなすよ、はなすから! この足のやつ、なんとかしてくれよぉ」
 おじさんはショートに懇願しだした。でもそこはプロヒーロー。頑として譲らなかった。
「だめだ。お前は警察に引き渡す。見たところ、だいぶ酒に酔ってるみたいだからな。お前のためにもそのほうが良いだろ」
「そんなぁ〜」 
 おじさんががっくりと肩を落とした時、カンカンと金属音が響いた。音のした方に顔を向けると、デク先生が外階段を飛び降りるように駆け降りてくるところだった。
「とどろきくん⁉︎ 何かあったの⁉︎」
 一直線に私たちのところへ走って来たデク先生が、少しも息を荒げずに声を出す。……すごい、さすがヒーロー科の教師は鍛え方が違う。
「こいつが、この女子生徒にちょっかい出してたんだ。雄英生だぞ」
「えぇっ、生徒って──あ、きみは確か普通科の三年生の!」
 デク先生、私のこと知ってたんだ。なんだか嬉しい。
 ……でもそんなことを喜んでる場合じゃなかった。デク先生がいかにも『先生』らしい顔で私のことをじぃっと見つめてきたからだ。
「あー、あの。えっと、新聞部の取材で……
「取材ってこんな時間に?」
 先生が鋭い瞳で私を見る。さっきショートに話したのと同じ言い訳をしちゃえばいいのに。なんでだろう、私の口からは「あ〜」とか「え〜」みたいな音しか出ていかなかった。もしかして、デク先生は嘘をつけなくさせる個性でも持っているんだろうか。私の怪しい挙動を見て、デク先生の瞳がどんどん厳しくなる。こ、怖い。気のせいか、あたりの温度がぐんぐん下がっていくみたいに感じる。もちろん、ショートのせいじゃない。あとで調査ノートに『デク先生は優しいけど、怒るとマジで怖い』って書いておかないと。
 気まずい空気を誤魔化すみたいにうろちょろと目をさまよわせていたら、ショートと目が合った。藁にもすがる思いで「助けてください」と念を送る。切れ長の瞳がまるく見開かれ──ふっと細まった。わ、笑われた。私の顔が必死すぎたのかもしれない。
「緑谷、あのな。取材でこの辺に来て、どうやら迷っちまったらしいんだ」
「えっ、そうなの?」
 ショートが出してくれた助け舟に全力で乗るべく、ぶんぶんと首を縦に振る。
「そっ、そうです!」
「でもいくら迷ったからってこんな時間まで……スマホとか持ってなかったの?」
「い、いや、あの、えっと、そのですねっ」
「まぁ、想定外の事態でパニックになることもあるからな。夜だと余計に焦るよな」
 デク先生の鋭い指摘でせっかく乗った船から落ちかけていた私をショートが引き揚げてくれた。さっきと同じように力一杯首を振る。まるで赤べこのようだ。
「焦って正常な判断が出来なくなる……まぁそういうこともある、かぁ。もし迷った先でスマホの充電が切れちゃったりすると、コンビニを探して充電器を買うのも難しいもんな。この辺は住宅街でわりと入り組んでるから、確かに可能性は高そうだ。それに、」
 デク先生が急にブツブツ呟き出した。な、なんか怖い。声かけて良いのかわからない。でもショートは全く気にした様子もなく声をかけていた。さすが元クラスメイト。
「緑谷、俺はこいつを警察に連れて行く」
「えぇ〜、そんなぁ〜!」
 ショートが大きな手でおじさんの腕をガシッと掴む。おじさんの足にまとわりついていたはずの氷はいつの間にかなくなり、代わりにズボンがぐっしょりと濡れていた。ショートが氷を溶かしたんだろう。……寒そ。この寒空の下、あの状態で歩くのはなかなかにキツいかもしれない。おじさんに脅かされた心がちょっとだけスッとした。そのまま、視線をショートへ向けると、私が見ていることに気づいたショートがくすりと笑った。電灯の明かりを跳ね返し、水色の瞳がいたずらに光っている。……これは、もしかしたら確信犯かも。おじさんは、そのままずるずるとショートに引きずられていった。
「とどろきくんっ、僕はこの子を家まで送って行くから!」
 デク先生の声にショートが振り返る。いつの間にか出ていたお月様がその顔を白く照らしていた。
「あぁ。……またあとでな」
 そう言って、おじさんを掴んでない方の手をさっとあげて爽やかに笑う。いかにもヒーローって感じだった。つまり、ものすごくかっこいい。ふと隣にいるデク先生を見て──思わず、声がもれた。
「えっ」
 お月様のせいで先生の顔がよく見えたからかもしれない。頬がうっすらと赤い。こんな顔、だっきもどこかで──そうだ! コンビニから出てきた時だ! 雑誌を腕に抱えていたあの時と同じ顔! デク先生は赤い顔でぼうっとショートの後ろ姿を見ていた。
……せんせい?」
 声をかけると、先生は我に帰ったように動き出した。フリーズした後に再起動したパソコンみたい。
「じゃあ、送って行くからね」
 にこ、っと笑った先生の頬はまだ少し赤かった。

「その格好じゃ寒いでしょ」
 帰ろうとした矢先に私がくしゃみをしたからだろう。デク先生は私を連れて自分のアパートまで戻った。
「この状況できみを外で待たせるわけにいかないからね。ここで待ってて」
 そう言って私をお家に入れてくれた。って言っても、もちろん玄関までだけど。デク先生は部屋の中へと入っていった。上着を探しに行ったんだろう。しん、と静かになった玄関先。
 ……ひと様の家の中をじろじろ見るなんて失礼なのは百も承知なんだけど。先生、すみません! 家探しなんてことはしないから、ちょっとだけ玄関周りの様子を見させてください。そう、見えている範囲だけでいいので! そう心の中でデク先生に断りを入れて、きょろきょろとあたりを見回す。玄関に並んだ靴は黒い革靴に赤いスニーカー。スニーカーはかなり履き込んでいそうだ。リュックも年季が入っていたし、デク先生はお気に入りのものを長く使うタイプなのかもしれない。カバンからノートを取り出して、さっとメモをする。ちなみに、私が妄想していたみたいな女性もののパンプスなんかは影すらなかった。
 シューズボックスの上も簡素だ。お花とか雑貨屋で売ってそうなおしゃれな飾り物とか、そんな女性の置きそうな物は皆無だった。代わりに写真立てがふたつ置かれていた。ひとつは集合写真。雄英の制服を身に纏ったデク先生や今ではプロヒーローのクラスメイトたちが卒業証書を持って楽しそうに笑っている。素敵な写真だ。
そして、もうひとつは────……

「ごめんね、待った?」

「あっ、いえ」
 声をかけられてハッと意識を戻す。ぼんやりした私の様子を見てデク先生は眉を下げた。
「疲れちゃったよね、早くお家に帰ろう。これ、上着。羽織って」
 手に持っていた上着をふわりと私の肩にかけてくれる。ばさりとキャメルの布が舞い上がり、良い匂いが私をくるんだ。
……いいにおい」
「あはは、本当? でも、おじさん臭いって言われなくて良かったな」
 へへ、と可愛く笑うデク先生のどこを見たら『おじさん』なんて言葉が出てくるんだろうか。
「じゃあ、行こうか」
 デク先生がガチャリ、とドアノブを回す。ドアが開いてお月様が顔を見せてくれた。白い光に照らされながら、二人してカンカンと音をさせて外階段を降りる。
「お家はどのへん?」
 駅名を答えると、先生は短く「わかった」とだけ答えた。並んで駅まで歩く。ちらりと腕時計に目を走らせると、時刻は二十三時半。こんな時間なこともあり、他に歩いている人は誰もいなかった。
「きみの家に電話しておいたからね」
「えっ!」
「当たり前でしょ。こんな時間までお子さんが帰って来なかったら親御さんはものすごく心配してるはずだよ」
……
 デク先生の厳しい声音が私の罪悪感を募らせた。さっきのおじさん事件があったせいで、帰る時間が大幅に遅れてしまった。家に帰る頃には〇時を過ぎている気がする。ずっとスマホを見ていなかったけど、お母さんからの着信履歴がものすごいことになってそうだ。
……お母さん、何か言ってましたか」
「心配してたよ、きみのこと。送っていきますって言ったら安心してた」
 家に帰ったら雷が落ちるのを覚悟しよう。自分のせいだけど、この後のことを考えるとひどく憂鬱だった。でもデク先生はさらに憂鬱になるような爆弾を投下してくれた。
「明日、きみの担任の先生に報告するからね」
「えぇっ!」
「これも、当たり前。学校外で生徒が問題に巻き込まれたら校長と教頭と、担任の先生には報告しないと」
「えぇぇぇぇ〜〜〜〜〜。根津校長にながぁ〜〜いお説教されちゃったらどうするんですか」
「ははっ、反省文書かされたり謹慎になるよりは良いんじゃない?」
 デク先生がおもしろそうに笑った。意外だった。こんなふうに生徒をからかったりするんだなって。でも、なんとなく面白くない。
「うぅぅ〜。他人事だと思って! いいんだ、私、デク先生の秘密知ってるもん!」
「え、秘密って僕の? そんなのないよ?」
 デク先生がおっきい目をきょとんとさせて、不思議そうに首を傾げた。その仕草もあざとくて、なんならわざとやってんのか? って思っちゃうくらい。くそ、言ってやる。爆弾を私も投下してやるぞ。
「先生さ、」
「うん?」
 よく聞くがいい、これが私の今日一日の調査結果だ!
「ショートのこと好きなんでしょ」
「えっ」 
 デク先生の緑の瞳がまんまるくなった。次の瞬間、ボッと火がついたみたいに顔じゅうが真っ赤に染まる。
「えっ、なななななんでっ、い、いや、す、好きだよ⁉︎ と、とととともだちだし!」
 あー、そういう反応? でもそんなんじゃ誤魔化されないよ、証拠は上がってるんだから。
「嘘ばっかり。私、知ってるんだ。ショートが特集されてた雑誌を買ってコンビニから出てきた時も、さっきショートのこと見てた時も、玄関に飾ってあったふたりのツーショット写真でも、デク先生はいっつも真っ赤になってる」
「ざっ、⁉︎ えっ、なっ、なんで、知って、」
 しどろもどろになっている先生に満足して、ふふっと笑う。
「デク先生、ごめんなさい。実は今日の取材っていうのはデク先生の取材だったんです。謎に包まれたデク先生について知りたくて勝手に尾行してました!」
 勢いのまま、全てを白状する。デク先生は呆気にとられたように口をぽかんとあけていた。
「取材……謎に包まれたって……
「本当は女でもいるんじゃないかって思ったんだけど」
「おっ、おんなぁっ⁉︎」
 デク先生の顔に再び火がついた。ボン、って音が聞こえそうだ。ついでに、声も上擦っている。……後輩の言う通り、初心っぽいっていうのは合ってるのかもしれない。
「女じゃなくて『男』でしたね」
 ふふふ、と見せつけるように笑うと、デク先生は目を逸らして頭をガシガシと掻いた。
……まいったなぁ」
 なんだかとっても居心地が悪そうだ。
「ふふ、誰にも言いませんよ、大丈夫です! 今日は色々とご迷惑をおかけしてしまいましたし」
 そう言うと、デク先生がじろっと私を見た。その目が後輩のジト目に似ていて面白い。先生がふぅっと息を吐く。まるで『降参』と言っているみたいに聞こえた。
「わかったよ。 いい? きみと僕の、」
 すっと、人差し指を唇の前に持っていく。その流れるような仕草を自然と目で追ってしまった。

「────秘密だよ?」

 いたずらっぽくウィンクするデク先生は、やっぱりあざといと思ったのだった。


 ◇


「部長、なんですか、これ!」
「なんですかって何が?」 
「これですよ、次の校内新聞! ゲラ読みましたけど、デク先生の記事、スクープでもなんでもないじゃないですか!」
 後輩が人差し指で刷ったばかりのゲラをびしびしと指差す。紙に穴が開きそうな勢いだ。
「そう? れっきとしたスクープじゃない?」
「どこが⁉︎ 『デク先生の好きな食べ物はカツ丼、黄色いリュックと赤いスニーカーがお気に入り、たまには赤文字系ファッション雑誌を読むことも。雄英時代の友達とは今でも仲良しで頻繁に会っている』って、これのどこがスクープなんです⁉︎ 本人へのインタビューですぐにでも聞けそうなことばっかですけど!」
 後輩の言葉にぽん、と手を打つ。
「そっか! インタビューって手があったわ」
「ぶ、ぶちょう? どうしちゃったんですか〜? スクープを追い求めすぎておかしくなっちゃいました?」
 後輩が本気で心配そうな目で私を見つめてくる。ごめん、この件についてはどうしても言えないんだ。約束しちゃったからね。ふっと頭にあの時のチャーミングな笑顔が浮かび上がる。夜のひっそりとした月明かりの下、こどものような顔で笑うのがアンバランスで──なんだか少しだけ色っぽかった。
「あっ、まだ書いてないことあった!」
「今度こそ本当のスクープですか⁉︎」
「デク先生のウィンクはあざと可愛いが過ぎるので一見の価値あり、と」
「え〜〜⁉︎ それのどこがスクープなんです⁉︎」
「立派なスクープでしょ。みんなが知らないことを広く知らしめるのが新聞の役割なんだから!」
 そう言って片目をつむってパチリ、とウィンクする。
 デク先生ほど可愛くは出来ないけどね!