現実を現在と過程するのであれば、夢は帰路だ。無意識に記録媒体から掬い上げた記憶が継ぎ接ぎに融合してかたちを得ているものが夢という帰路を構成している。そこにはあるのはただの過去と感情だけだ。未来等という不確定要素は存在しない。ただ回帰した時に湾曲した夢の中で生き続けるのは、反芻された自分自身の感情だ。
戻れないことを悔やんでは戻れたらいいのにと願い続けている。それはきっと、悪いことでは無いと思う。けれど、夢の内側の殆どは悪夢だ。いい夢等は此処数年では触れた試しが無かった。人間は繰り返し悪夢を見ては、反芻し、後悔を連ねて生きていく。ずっと、そういう生き方をしていた。
古びたプロジェクターのひかりが二人を照らしている。中古品で購入したものだった。再生されたビデオの中では物語が動き続けている。雨の降る世界で、世界の片隅で。「あいしている」と識らない人間が言った。次のことばは無かった。時間だけが経過していく。二人の時間はもう残されていなかった。何処か寂寞に濡れたことばだった。
一人が消えて、もう一人の人間が夢に滑落したところで映画は終了した。エンドロールが流れ始めて、ライトはふと。鑑賞中に静かだったビリーに視線を送る。星のひかりに似たイエローがプロジェクターのひかりと融合していた。「……こういうエンドって、何て言うんだっけか」とノイズの混じった声が聞こえた。
「多分、ビターエンドじゃないっすか?」
「そうそれ! それだよ!」
映画の内容的には重量のある話だった筈だが、ビリー自身は気分が落ち込んでいると言うことも無く。「……夢の中ではせめて幸せであってほしいよなぁ」と、残された側に願いを置いた。ライトの経験的に言えば半々というところだろうが、あの人間が夢の中で幸せである時間は少ない筈だ。「知能構造体って夢とか見るんすか?」と疑問がこぼれる。解っている末路より、其方の方に興味があった。
「あー……記録した記憶ならまあ何度かは。人間の夢よりは複雑じゃねぇけど」
「へえ……」
「なんだよ」
「あんたも帰ることがあるんだなと思って」
ライトがそう言うと、今度はビリーが「? 何処に?」と言った。それを受け止めることはしないまま。宙に放浪させた。言ったところで、思考回路と感情形成の違う生ではこの意味を理解はできないからだ。同じ人間であったとして、理解できるかは解らないが。
「何処っすかねぇ」
「揶揄ってんな?」
「いーえ、全く」
記憶というものは日々歪んでいく。ビデオテープに録画した映像も録音した声も記憶の中の生も全てが贋作と成り果てる。そこにあったのかと疑いたくなる程に、時間というものは残酷だ。色彩のある過去に帰っては、それが色褪せていくまで再生する。そこにあった筈の記憶に「まだ遺っている」と縋り付くのだ。──軈て、自分自身が亡霊と化すまで。
「パイセン、帰路には気を付けた方がいいっすよ」
「何の話だ……?」
「過去の亡霊に縋り付かれたら面倒でしょ」
「?????」
ビリーが「言ってる意味がわかんねぇんだけど」と解り易く此方を睥睨するようにひかりをほそくする。そうは言われてもライトは臓腑を晒すようなことは言いたくはないし、ライトが何かを言って、ビリーが遠慮してしまうのは嫌だった。とは言え、何も言わないというのは憚られる。機械で造られた手にゆびさきを這わせる。関節の部分に爪を少し引っかけると、躯が揺れた。
「こういうふうに手を塞いでくるかもしれないって、言ってんすよ」
過去に囚われ過ぎてしまえば何処にも行けなくなってしまう。ビリーがライトの名前を、半分だけ呼んで。「冗談っす」と、自分自身の声でそれを遮った。這わせて緩く絡ませたゆびさきを離していく。皮膚も温度も構造も違う手が、少しだけ動いた。
「あんたは、ひかりの中で生きててくださいね。ずっと」
プロジェクターのひかりしかない薄暗い世界で、離した指のかたちを見つめる。「つよいままでいてくださいよ」と重ねて祈った。祈りだった。呪いにならないといいと思う。呪いになってもいいと思う。矛盾している。ビリーが何かを言った。それに、酷く安堵する。
生者と死者と感情の境界線が交わるのは何時だって過去を反映させた夢の中だけだと、ライトは識っている。「それ」が生きている。まだそこにあると信じて、祈り続けて。どうか、そのままでいてくれと。きっと、あの映画の人間はこれからライトと同じように帰路に着くのだ。
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