鈴若鈴と戸弟・幻が"美醜"と"強さ"をキーに重ねられている構図めちゃめちゃうつくしくて最高で良きだな、というメモ 若様に他人に惚れるって概念あるの重要だし鈴若鈴似たもの同士でキャワなんだよな
…幻戦から立ち直った鈴にこそ、若は惚れるんだろうな
…真のうつくしさ、心の強さに惹かれてさ
…
※追記)よく見たらスレッドにもつづけてたのでそれも貼っておきます。
田中まで読んだのですけれど、田中、取り乱してくれてセンキューな
……という気持ちが強いっすねやっぱり 田中にプライドあったら田中生きてないからなぁ 過去の自分という一種の"若さ(青さ)"が今なお同じであることの再確認、そのキーマンが幻なのがさーーー戸弟と縁深い相手であり同じく老いをおそれる戸弟に対して老いを受け入れる存在であるのがね
…
つよさとは、という問いかけで表現されるのが心なんですよね 若も鈴も幻の心の強さに負けた同志であって、やはり、そこで田中が戸弟の前でメンタルでまけたぶん生きてるエッセンスが効いてるよね 鈴にとって戸=非・老いの象徴は、強さで。
田中が、強さとは若さだ、と錯誤した理由はそこにあるんじゃないかと(戸の転生理由は知らないだろうけど、人間だったことくらいは妖怪は知ってるのかなと)老いるまえにしぬとすら言う鈴の中にあるのは自身への陶酔ではなく、あくまで戸弟の踏襲なんよね すぐ老いる人間の儚さへの陶酔ですらある
戸弟とちがうなにか、なにかしらのつよさを、田中=青さから脱却したつもりのそれでも未だ肉体の若いままの鈴が自分も若くして伝説的に得られたのだという自負にすり替える 何百年も、何千年も、老いるまで修行せずとも戸を超えられた、と その理由を、鈴は立ち直り発憤するメンタルにみたのかなと
そのリベンジ魂が若の怨念&復讐の念と呼応して惹かれあったのが鈴若鈴なんだろーなと リベンジ魂で自分はつよくなれた、だから自分(たち)のこころは気高くうつくしい それで伝説をつくったあと、のこるものは、出来事である 出来事のつながりや広がりというストーリーだけがただ残ればいい
登場人物の輪郭は語り部によってうつろいゆくものであって、鈴は、それでいい その意味で鈴は紛れもなく御伽話になりたくて、燃料がうつくしいリベンジ魂だから、裏御伽の主人公になるつもりだった 若と出会って鈴に生じた心境の変化は、そこなんじゃないかと 若の存在は鈴に稲妻走らせたと思う
若と出会って鈴が思ったのは、これだ!、という感覚とインスピレーションなんじゃないかな 裏御伽、これこそが、戸を超えるための唯一の方法だ、とさえ思ったかもしれない お互いに共鳴しあって力を増幅しあった鈴若鈴尊いなーーー 長くなった!
あひる、は鈴木が自分は美しい白鳥ではなく紛れもないあひるの子だったのだなぁ、という心境から出た言葉かもしれないなぁと思った
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