望月 鏡翠
2026-05-14 16:01:01
1672文字
Public 日課
 

#2077 ハルカC 前編

#毎日最低800文字のSSを書く/#SS発表会_ハルカ


 まさか自分が勇者様に会う日が来るとは思いもせませんでした。
 この世界に勇者様がやってくるのは、実に百年ぶり二度目となります。
 私は案内役を仰せつかりました。ヌルヌルと申します。
 私たちの世界について知っていただくためにも、ぜひ百年前に世界を救った勇者様がどのように生きて何を成したのか、その足跡を見ていってください。
 百年前ここは魔物が蔓延る土地で、人々は身を守ることで精一杯で農作すらままならず、慢性的な食糧不足に苦しんでいました。人類の全てが飢えに苦しんでいたと言います。
 人々の生活の水準は今よりも悪くて、口にするにも悍ましい記録がいくつも残っています。勇者様は魔物の脅威を退け、世界に平和をもたらしてくれたのです。
 とても民に好かれておりました。
 国中を歩き回り、色々な土地で人を助けて言葉を交わしています。各地に私が知る以外にも、各地に民間伝承のような逸話が残っていますよ。気になるようなら、また集めて参ります。
 勇者学は細々と続いてきた学問なので、まだ取りこぼしが多いのです。お恥ずかしい話です。百年も立って今更と思われるかもしれませんね。
 実のところ、勇者学はそれほど大きな学問分野ではないのです。
 勇者の来訪に関して、私たち世界の側でできることはありません。心を尽くしたおもてなしをして、なるべく快適に過ごしていただく他ありませんし、どんな人が来るのかもわかりません。
 来るべき災厄に対して備えをし、勇者が来なくとも生きていける世界を作る。世界の関心ごとはそちらです。
 私もそれが間違いだとは思いません。むしろ正しいと思います。
 それでも、私は勇者学は無駄ではないと思っています。世界を救ってくれた人が、どんな人物だったのか。何を思ってこの世界を助けてくれたのか、それを知りたかったんです。
 でも、よかったです。今、こうして勇者様が来てくれたので、僕の学問は役に立ちました。勇者学をやっていなかったら、この役目に選ばれることもなかったと思いますから。
 前回の勇者様のことが気になりますか。是非、聞いて行ってください。こういうときしか披露するときがないんです。
 お名前はあなたと同じハルカ様だったのですよ。
 いえ、男性だったと聞いています。中庭に像があるので、こちらに。この方です。
 え? ええ。もちろんお名前は、ハルカ様で間違いありません。あ、でもこんな記録も残っています。本名は別の名前だったが、勇者様が強い希望でハルカにしたと。
 この像が作られたのは、勇者様の晩年です。最近のことだったので、当時のことを覚えている人もたくさんいますよ。勇者様はもうかなりお年を召していらしたのですが、強い希望でこの姿になりました。王宮に召喚されるので、魔法でお姿が残っていたのです。
 最も肉体が頑強なときの姿でもなく、このときの姿が選ばれた理由は誰も知らないのです。
 確か召喚された当初は言葉が通じなくて、苦労したと聞いています。旅をする中で言語も覚えていったのですが、召喚からそれまでの間に仕切りに口にされていたのが、ハルカという単語だったので、皆は彼の名前をハルカと呼ぶようになった。
 そういう経緯だと聞いています。
 言葉が通じるようになったので、誤解を解く機会はあったと思うのですが、どうしたのでしょうね。
 ハルカ様……あ、ええと、今のハルカ様はそういったことはないようですね。
 要領が悪いところがあった? まるで前の勇者様のことを知っているような口ぶりですね。知っている、のですか。百年前の勇者様を。
 いえ、すみません。疑うわけではなく、理解が追いつかなくて。
 この像はあなたの知り合いなのですね。生き別れたときと、瓜二つの見た目を。でもお名前は、違うのですね。そうですね、ハルカ様はハルカ様と名乗られました。
 つまり世界を越えると言うのはそのような大きな時間の隔たりを、生じうるような現象ということなのですね。少し待ってください。私はこれを書き留めたいと思います。