霊媒師の存在は古くからあり、そういうものがあることも、言ってしまえば周知の事実である。しかしそう言ったものはやんわりと遠避けられたり、隠されたりする傾向もある。わざわざそういうものの存在を、誰も人に教えたりしない。ただ必要になった場合、どこからともなく現れる。
しかし今は情報社会。そしてそういう側の者も、自ら情報を発信する時代である。例えば霊能チャンネルと言えば、今ではネットの動画配信サイトを経由した、素人の投稿が、少し前までは主流だったかもしれない。それどころか今では、いわゆるプロの人間が、仕事の広告としてチャンネル開設をするものの、下手すると動画投稿の利益の方が馬鹿にならない。逆に言えば、依頼されずとも自ら心霊スポットに赴き除霊しなければ、逆に仕事が来ないと言えるのかもしれない。フリーランスが実践ありきなのはいつの時代も変わらないが、宣伝のつもりが正規の収入源になり得るのだ。
ただ、多くの心霊チャンネルはなんちゃってであり、せいぜい他人の肝試しの記録だ。動画サイトを見ている人間には、他人のホームビデオが楽しいものもいるし、ただのホームビデオを面白おかしく編集する工夫のできる人間もいる。
少し前ならテレビで心霊番組なんかが、とある特定の季節になると特集で組まれたりする。だからといって信用できるというわけでもないだろう、なんちゃってあり、やらせあり、現代に及ばずとも合成技術だってあった。怖いものとは、劣化させて不確かにした方が怖いのだから、加工編集なんて汚くてなんぼである。
「ここにいる霊は三人だろう?」
この番組は季節特集ではなく、通年で抑えてある。生放送ではないので、撮った映像がどうなるか、まだ分からないが。
「白いワンピースの女、ボサボサ髪の男、それから」
少年は指を上に向けた。
「さっきから足を引き摺りながら銃を打ち鳴らしてる兵士。」
その場の全員が天井を見上げた。
「二階にいる。ずっと。」
「で、でも、この家に階段なんて……!」
そう、この廃れた家屋に階段はない。しかし外観から見た限り、二階建ての構造だった。それに事前の情報、噂では、幽霊の数は男と女が一人ずつだ。特徴も、今彼が言った前者と一致する。
「ぶち壊すか、壁?」
転がっていた家財の中から椅子を拾い上げ、少年が小柄な体でそれを振りかぶり、何もない壁に向かって叩き付けた。
ぱらぱらと崩れる壁の中、確かに階段があった。
「お見事。」
彼の保護者がにこやかに言う。それを彼は呆れたように見返す。
この二人の関係が、未だによく掴めずにいた。
霊能少年に依頼して、各地のホラースポットで心霊体験の記録と取材をさせてもらってここにいる。しかし、取材対象は本当にこの少年だけで良かったのだろうか。保護者のこの男にも霊感が、まさか。最初の取材や事前調査ではそんなこと一言も。
霊能少年はさっさと階段を登って二階に行ってしまう。彼の保護者は何が可笑しいのか、にこやかにこちらを待って、先に行くようにエスコートに似た仕草をとっている。埒があかないので自分も階段の上に向かう。
階段の先は、一階と同じような一見なんの変哲もない一般的な家屋のデザインが広がっていた。雨戸が閉められ暗いが、登ってきた階段が壁に塞がれていたという事実さえなければ、ただの廃屋だ。
「記者さん。」
一つの部屋から少年が呼ぶので、そちらに向かう。
部屋の中も、特筆すべき点は見当たらない。少年は、そこで拾った何かをこちらに差し出してきたので、小さなそれを、片手の掌で受け取る。
それは一つの弾丸のように見えた。勿論本物か分からない。しかし。
「こーら。そういうものを、無闇に触れさせてはいけませんよ。」
「えっ?」
後からやってきた少年の保護者が嗜めるように、しかし揶揄うように言うので、思わず受け取ったそれを放り投げてしまった。
「いや、あれならもう大丈夫だから。」
「そ、そう……?」
逆に少年の方が、男を嗜めるように見遣る。けれど、あれならと言うことは、実際大丈夫じゃない場合もあるということだろうか。
「あっ」
急いで放り投げてしまった弾丸のようなものを探す。カンと勢い良く床を弾いて何処かへ転がってしまったそれを。
「……もう見付からないと思う。」
少年が静かに呟くように落とす。思わずそんなと落ち込んだ。貴重な取材資料が。
「で、ここはどうすればよろしいのでしたっけ、記者さん?」
「ああ、そうだ。管理会社の方は、除霊を希望されています。」
番組企画としてホラースポットを募集し、その場の管理者に連絡をとり、取材撮影の了承が得られて、今ここにいることが許可されている。
「それが叶えば壁を壊したことを怒られなくて済みますってよ。」
「……分かった。」
家屋の破壊は、まあ、除霊の代償と伝えよう。そうだ、何も間違っていない。
少年は部屋の窓を開け放った。外から強い光が入り込んでくる。そうだ、家屋の中が薄暗いから忘れていたが、今はまだ昼間だった。心霊番組としては雰囲気が欲しいが、少年を夜中に外出させるのは良くない。
少年は別の部屋にも行って、二階の窓を全て開けた。暖かい日差しと、心地よい風が入り込んでくる。
まるでホラースポットなのが嘘のように清々しい空気感となったので、呆気にとられていると、二階の窓を全て開け終えた少年が、あっさり階段を降りていった。慌てて後に続く。一階では、いつの間に移動したのか、彼の保護者が一階も同じように窓を開けていっていた。
廃屋の中はすっかり明るく、淀みも感じられなかった。
「しかし残念ですねえ。」
「え?」
保護者の男がさらっと言う。
「幽霊が出るとした方が、それ目当てで売れるのに。」
「いやでも、自宅で心霊現象が起こったら、せっかく家に帰っても、落ち着かないのでは?」
「確かに自宅ならそうかもしれませんね。ですからもっとお店とか、お宿とか。」
「な、なるほど……?」
事故物件を嫌うような地方では、考えないような発想だ。
暫くそうして家の中に光と風を取り込んでいたが、日が暮れる前にそれらはまた全て閉じられた。
「これで除霊、完了……?家自体を壊そうとしても、重機が故障したり、担当者が様々な事情で何度も変わったり、企業内でウイルスが流行したりしたのに……。」
「二階のあの人が一番古くて色が濃かったから。」
少年はそう言う。独特の表現だと思った。古いはまだ分かるが、色が濃いとは。
「はらへった……。」
少年は、元気のない声でそう言った。その様子はあどけなく、霊能少年としてではなく、その年齢に見合った特有のものだった。
「では、これで今日の企画は終了ですね。お夕飯食べに行きましょうか。記者さんもぜひご一緒に。」
彼の保護者がそう締め括り、少年の空腹を満たそうと、こちらにも誘いを掛けてくれる。
「はい、では、ぜひ!管理会社さんに報告してから合流しようと思うので、どうかお先に。」
そうして、食事の店を彼らに任せ、管理会社に報告をした。除霊ができたと知れて、先方は喜んでいた。しかしまあ、今はそれも上部だけだろう。何せ幽霊がいるいないの確認など、不可能なのだから。後はあの場所での幽霊の目撃例がなくなり、幽霊スポットとしての噂がなくなって初めて、実績として、いわゆる除霊が済んだと扱われる。みえないものをみえると悪評を立てるのは、それをなくすよりも難しい。
「あ!」
少年が幽霊を指して言った、色が濃いという言葉で、一つ思い出したことがある。少し前に流行った幽霊の絵のシリーズがあり、それは作者が依頼人に憑いている霊なんだか守護霊なんだかを描いたものだと言う話で、幽霊、つまり絵によって、色の濃淡に幅のあるシリーズだった。インタビューで、何故絵によってこうも明瞭さを変えたのかと問われた芸術家は「それが幽霊の濃さだから」と答えた。そして、最も濃く、最も暗く、最も激しく描かれた絵の依頼主は、シリーズの完結を前に謎の死を遂げ、芸術家はシリーズの完結を境に、姿を消したらしい。
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