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まきわ
2026-05-13 20:32:12
6298文字
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クロリン
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花の祝い
遅れに遅れた後輩君誕生日記念話です
多分界前くらい
オズパパのお墓について超捏造しましたのでよろしく(?
ふっ、とたった今意識が宿ったような気がした。
辺りを見回すとなんだかミルク色の靄がかかったようにぼんやりとしていてどこにいるのかはっきりしない。
不思議に思って首を傾げる動作をしたつもりになった。
すると目の前に木の小さなテーブルが現れた。
いや、もしかしたらずっとあったものに今気づいただけなのかも。
とにかくそのテーブルの上には小さくて可愛らしいホールケーキがちょこんと乗っていた。
美味しそう、嬉しい、という気分が湧きあがった。
食べていいのだろうか。一人で?
そう疑問に思った時だった。
『リィン』
女性と思われる優しい声に名前を呼ばれた。
そうだ、自分はずっとその名前で、この声に呼ばれていたんだ。
声のした方を振り仰ぐ前に声と同じくらいに優しい温もりが上から降りてきてリィンの頭に触れた。
『リィン、お誕生日おめでとう』
喜びを滲ませた声でそう言われて、そして頭に乗せられた温もりがゆっくりと髪を撫でる。
この人の手で撫でられているのだ、と認識するとすぐ横に黒髪の女性の姿が浮かび上がった。
長い髪を編んで垂らした、夜空色の瞳の女の人。
リィンの成長を心から喜んで祝ってくれている想いがその瞳に満ちている。
『
…
きっとあっという間に大きくなるのね。私の大切なリィン
…
』
女性は愛おしげに瞳を揺らすと両腕をリィンに向けて伸ばした。
抱き止めてくれるのだと理解してリィンはその胸に飛び込もうと脚に力を入れた
……
。
「
……
あ」
目が覚めて、夢を見ていたと察すると同時に涙が頬を流れて行った。
枕がわずかに濡れたのを感じながらリィンはゆっくりと上半身を起こして目元を拭った。
「カーシャ母さん
…
?」
夢で見た女性は間違いなくかつて月冥鏡で見た実の母だった。
(どうしてあんな夢を
…
?)
窓を見ると、明け方近くのようだ。
朝稽古をするから起床の時間も近い。
「
…
そっか、今日誕生日だ
…
」
明日はパーティしますからね!と生徒達に念を押されたのを思い出す。
Ⅶ組の仲間も都合がつく者は来てくれる予定になっていたし、そうでない者もプレゼントを贈ったから、と連絡が来ていた。
それにしたって、実の母を夢に見たことなどなかった。
「
…
母さん
…
」
育ててくれたシュバルツァーの父母に当然不満などなく、実の父母と同じく間違いなく自分の両親だと思っている。
ただ月冥鏡で両親がどんなふうに自分を愛してくれたのかの片鱗を知って、そして最後に実の父と親子らしいと言えそうな会話を交わせたことで、これまで感じていなかった思慕を実の両親にも感じるようになったのは事実だ。
それにしたって、どうして今になって。
「誕生日
…
祝ってくれてた
…
んだろうな」
あれがただの夢なのか、奥底に沈んでもう思い出せない記憶が夢に現れたのかはわからない。
それでもきっと毎年祝って、成長を喜んでくれていただろうことは確信できた。
「
………
」
リィンはベッドから降りると寝巻のままで姿見の前に立った。
明けきらない薄闇の中ですっかり大人になった青年の姿が鏡に映る。
きっともう母の身長は追い越しただろうから、上から撫でられるということはないだろう。
「
……
うん」
鏡の向こうの自分に何か言われたわけではないけれど一つ頷いて、リィンは今日休暇を取ることを決めた。
5月の爽やかな風が吹き渡っていってリィンの髪を揺らす。
風の去っていった方を振り返ると帝都の雄大な街並みが望めた。
ここは帝都から少し離れた丘の上。
霊園とも違うこの丘に、ひっそりとギリアス・オズボーンの墓が建てられていた。
死後
…
といってもリィンに心臓を譲った後から彼は不死者だったわけだが
…
黄昏が終わった後の彼の立場を鑑みて公に葬ることで墓に対して冒涜的な行為が加えられる可能性を配慮して密かに、名前すら刻まない小さな墓がここに作られた。
ここに墓があることを知っているのは『子供達』を筆頭としたごくごく一部である。
そして埋葬場所がわからなかったカーシャ・オズボーンも併せてそこに祀られている。
どちらも遺体はそこにないものの、遺された者達が彼らを追想する拠り所としての墓だった。
墓碑には『偉大なる父と、彼の愛した優しき妻が安らかに眠る場所として』とだけ刻まれている。
本当に穏やかで優しい場所だから、激動の一生を生きた二人が安らかに過ごす場所としてふさわしいとリィンも思っていた。
「
…
久しぶり。間が空いてしまってすまない」
墓の前に持ってきた小さな花束を供えて跪く。
「今日、誕生日なんだ。
…
って知ってるよな。この後学院の皆がパーティをしてくれるんだってさ。プレゼントももうたくさん届いてて。本当、恵まれてるよな」
愛してくれて、想ってくれて、その想いを色んな形で向けてくれる想いの一つ一つにリィンは心から感謝していた。
「なのに
……
」
リィンは俯いた。
言葉の先を促すように風に揺らされて花束がかさかさと音をたてる。
「二人にも
…
ギリアス父さんとカーシャ母さんにも祝ってほしいって、そう思ってしまったんだ。それでここに来たんだ
…
。はは、もう大人なのに情けないな」
無理に笑みを浮かべようとして顔が歪んだのがわかった。
また涙が頬を伝っていって慌ててそれを拭う。
たまに顔を見せてそれが泣き顔では二人は安らぐどころではあるまい。
(でも
…
もう、祝ってもらうことはできない。ここに来たって
…
)
それが喪うということだと、今になって急に実感してしまったのだ。
例え女神の元で祝ってくれていたとしても、リィンにはそれを感じ取る術がない。
それがどうしようもなく切なくてたまらなかった。
「
……
っおれ」
何かを吐き出そうとした瞬間、ふわりと何かが頭に乗せられた。
夢の中の出来事が咄嗟に浮かんで咄嗟に勢いよく振り返る。
その瞬間頭に乗せられたものががさ、と音をたてた。
「
……
え」
乗せられているのが手ではないことにそれで気付く。
そして振り返った先にあったのは二本の脚で、どう見ても男のものだ。
その脚を見れば、誰かくらいすぐにわかった。
「
……
クロウ、なんでここに」
色んな意味で心が追い付かなかったのもあって八つ当たりまじりのジト目で背後の青年を振り返りながら立ち上がる。
するとクロウはリィンの頭に乗せていた大きな花束を自分の肩に乗せ直して悠然と笑った。
「お前の誕生日だし帰るっつったじゃん」
「いやそれは知ってるけど
…
ここにいるってどうしてわかったんだ?」
パーティまでにはリーヴスに戻るつもりでいたから行先は誰にも言ってない。
ただ休みを取りたい旨を学院に連絡しただけだ。
「それがよー。ヘイムダル駅についたらなんかこっちの方が気になってな。ほらオレら黄昏の間眷属だったじゃん?あれがびみょーにまだ残ってんのか、近くに来るとなんとなくお前がいる方向が気になるんだよな」
それはなんとなくわかる気がする。
クロウが近づいてくると心がざわざわと湧きたつのだ。
「そういやこっちにはそれがあったな、と思って寄ってみたわけだ」
クロウは顎で、丘の上に一本だけ屹立している大きな木の根元に建つ墓を指し示した。
リィンはそれを横目で見て頷いた。
「
…
なるほど。それにしたって気配を消して近づかなくてもいいだろ」
拗ねた声で言うとクロウはへら、と軽い笑みを浮かべた。
「親子の時間を邪魔するのも野暮なんでな。ちなみに急に来たんで鉄血たちに土産はねーぞ。ま、心臓なかったとはいえ狙撃したオレに供え物なんざどっちもされたくねーだろが」
「
…
どうかな。あんまり気にしなさそうだ」
実際決戦前の会話を聞いた限りでも彼にわだかまりがある様子はなかったし、おそらく母もお互いの事情を理解してクロウを嫌うということもない気がした。
夫が気にしないのであれば、それを尊重するのだろうと。
「
…
ってじゃあその花束なんなんだ?」
「そりゃお前への誕生日プレゼントだろーが。あ、本体は別に用意してるぜ?でもほらこういうキザなのも似合っちまうだろ?」
一抱えほどもある花束を差し出しながらウインクして見せる様子は、まぁ確かに悔しい事に様になる。
なるのだが、いつもの振舞のせいでふざけているという印象の方が強くなる。
「
…
まぁ、ありがとう」
「ん」
かっこいいとは思ったのでコメントは避けてリィンは花束を受け取った。
満足そうに頷くとクロウは墓の前にしゃがみこんだ。
リィンも花束を抱えたままその隣に屈み込む。
すると花束が顔に近付いてふんわりと良い香りがした。
鼻を寄せて覗き込むと中にカードが差さっていた。
『ハッピーバースデイ リィン 大きくなれよ』
半ばふざけて書いたと思われるそのカードのメッセージを見てふっとリィンの頭に夢の中で聞いた言葉が蘇った。
『きっとあっという間に大きくなるのね』
「
……
っ」
こんなに自分は涙もろかったろうかと不思議になるくらいあっさりとまた涙が零れた。
それを抑えるかのようにリィンは隣のクロウの腕に頭を押し付けた。
「
…
どーした甘ったれ」
きっとここに着いた時点でリィンが泣いていることなどわかっていたのだろう。
全てを受け止める優しく低い声音は、夢の中の母のものとは違うけれど今の自分を支える大切な柱だった。
「
…
おれっ
…
誕生日
…
もう、父さんと母さんには祝ってもらえないんだなってっ
…
そうおも、思ったらせつなくて
…
ここに来たけど、でも声がきこえる、わけなく、て。でも
…
でも、クロウは今日も、このさきも、祝ってくれて、声が聞けるんだって思ったら、なんか、なん、かっ
…
」
嗚咽の方が大きくなってきて、リィンは縋るようにクロウの腕に抱きついた。
クロウは仕方なさそうに笑ってそれを受け止めて抱き締めてくれた。
大きな手が優しくリィンの頭を撫でる。
「そーだな。おかげさんで今年も来年もずっとお前の誕生日を祝えるしプレゼントもやれるぜ。なんでも言えよ、ミラがかからねぇもん限定で」
クロウの胸に顔を埋めながらリィンは笑みを零した。
「なん、だ、まだミラないのかっ
…
ふふっ
…
クロウはほんと、困ったやつだなっ
…
」
そうやって笑うと不思議なことに余計に涙が溢れてきて、リィンはただクロウの胸に頭を預けて嗚咽をあげ続けた。
鼻をすする音としゃくりあげる声だけが風に流れていく中でクロウはずっとリィンの頭を撫で続けてくれた。
「
…
ま、確かにな。見ててくれてんのかもしれねーし、誕生日が来たら祝ってくれてんのかもだがオレらにはわかんねぇよなぁ。黄昏の最中に死者の声を聞いたっつー話も聞いたがそういうのも常態じゃよくねーんだろうし」
「
……
うん」
ふと、そう呟くように言ったクロウが誰を思い浮かべているかわかる気がした。
クロウだって亡くした祖父が誕生日を祝ってくれる声を聞きたいだろう。
「祝えるのも、祝ってもらえんのも幸せなことなのかもな」
そう言ってクロウはリィンの腕をぽんと叩いて立ち上がらせた。
涙は収まってきたけれど、顔はちょっとひどいことになっているかもしれない。
そう思ったけれど、クロウが唇を重ねようと顔を近づけてきたのを拒否はしなかった。
「ん
……
」
春風と同じくらい優しく唇が重なる。
慰めるようでいて、痛みを分け合うようでもあったし、傍にある喜びを実感するようでもあった。
情熱的ではないけれど優しい口づけの感触をリィンはしばらく浸るように感じていた。
次の瞬間ごんっと何か鈍い音がした。
「いでぇっ!?」
「え」
驚いて顔を離す。
すると足元に胡桃大の木の実がころころと転がっていた。
どうやらこれが横の大木から落ちてきたらしい。
「い、でぇ~~!くっそー、おい絶対見てやがんぞ少なくともあのオッサン!」
「え。おっさん、って」
リィンは反射的に大木の横に建つ墓碑を見た。
当然そこに誰かいるわけもない。
「父さん
…
?」
呟いた瞬間大きく風が吹いて大木から薄桃色の花が舞い上がった。
間違いなく花など咲いていなかった。木には緑の葉しかついていなかったのだ。
それなのに辺り一面に降り注ぐ花吹雪には満ち満ちた祝いの想いを感じた。
声は聞こえない、それでも『おめでとう』という喜びと祝いの気持ちが花びらの一つ一つからあふれ出すように思えた。
「は、しっかり見てるみたいだぜ。そんでもって意外と伝わるもんだな」
同じ風を受けていたクロウが花吹雪を見上げながら言った。
「
……
うん。そう、みたいだ
…
」
風の暖かさは母の手の温もりを思い出させた。
きっと二人で、見てくれているのだろう。
しんみりと花吹雪を見つめていたが、見てくれているという事実と先程の自分達の行為を思い出してぱっとリィンは頬を染めた。
「
…
だ、だとしたらちょっと恥ずかしいことしちゃったぞ」
まさか両親の見ている前で口付けを交わしてしまうとは。
しかも結構長かった。
が、クロウはにやりと笑うとリィンの背に腕を回した。
「いいじゃねーか、幸せだって見せる方が孝行ってもんだろ。ほれちゅー」
「こ、こら」
抵抗になっていない程度の力でクロウの胸をリィンが押すと同時にまたしてもごんっという音が今度は立て続けに二つ響いた。
「~~~~、あのオッサン
…
!」
「どう考えてもクロウが悪いだろ」
呆れ混じりで頭を抱えて唸るクロウを見てからリィンは静かに、けれど先ほどより暖かに見える墓碑を見つめた。
(クレア中尉達に祝ってもらえた話を聞かせたら喜んでくれるかな)
もしかしたら皆して自分の誕生日にここに顔を出すようになるかもしれない。
きっとあの人はそれを喜ぶだろう。
「
…
あ、そうだ。それならクロウの誕生日にはジュライに行こう。お祖父さんに顔を見せないと」
「ええ
…
そう都合よくいくかよ?」
何も起こらなかった時の失望を想ってかクロウの目には珍しく若干の不安がよぎっていた。
「大丈夫さ、きっとそんな気がする」
「
…
ま、顔を見せにいくくらいはいいか。祖父さんにもお前との仲を見せつけてやらねーと不公平だしな」
「そんな公平はないから」
茶目っ気があったというクロウのお祖父さんなら目を瞠るような現象で祝ってくれるかもしれない。
喪うことは間違いなく埋めようのない断絶を生むことではあるのだろうし、そうならないに越したことはない。
けれど紡がれた想いは何かの形で繋がっているのもまた間違いないと今は思えた。
(それでも
…
)
リィンはクロウの腕に抱きつくようにして擦り寄った。
「そろそろ行こうか。どこかでランチでもしようか?それともパーティのご馳走が入らなくなっちゃうかな」
「ま、軽く茶でも飲んでリーヴス戻るか。じゃーなオッサン、嫁さんと仲良くな~」
「
…
また来るよ、父さん、母さん。
…
祝ってくれてありがとう」
声をかけて、ふと思い立ってクロウの頭に落ちてきた木の実を一つ拾った。
なんだか花吹雪は幻の様に消えてしまったが、これだけはしっかりと残っていたのでまるで誕生日プレゼントの様に思えたのだ。
クロウは仕方なさそうに笑っている。
木の実は大切にポケットに収めて、リィンは隣で微笑むクロウを見つめた。
「祝ってもらえたのはすごく嬉しいけど、クロウにはちゃんとこれからも隣で祝ってほしい。
…
よろしく頼む」
「へいへい。これからもよろしく頼むぜ相棒」
ぽん、と大きな手が頭に乗せられる。
その温もりが現実である幸せを噛み締めながらリィンはクロウと連れ立って帝都に向かって歩いて行った。
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