0.
《三年ぶりのニューアルバムは、噂の恋人との出会いや普段の生活も歌にしたとインタビューで語られていましたが——》
撮り溜めていたインタビュー動画を流しながら、これまた買い貯めていた雑誌を全てテーブルへ乗せる。忙しくて買ったままになっていたから、結構な数になってしまっていた。仕事に復帰してしばらくは生活リズムを戻すのに忙しく、感覚をようやく取り戻しはじめた今も、まだ余暇を見つけるのがちょっとだけ下手だ。久しぶりのまともに連続した休みなので、少しでも整理をしておきたい。
スクラップ用のファイルとカッターやペンを準備し、モーディスに関するページを切り取る。雑誌は嵩張るので電子でも買っているが、やっぱり見たい時に記事を一覧化できるのは大きい。
《曲の作り方はいつも通りだ》
雑誌を解体している途中で声が聞こえ、作業をしていた手を止める。この動画は休憩中に一度見た動画だったが、スマートフォンの小さな画面では「見た」ことにはならないだろう。
大型液晶に映る男は完璧なメイクとライティングで、普段の何十倍も輝いて見えた。綺麗だ。
一人暮らしの頃は仕事が忙しかったこともあるが、ラップトップとタブレットが主な動画視聴端末だった。今はパートナーが仕事のチェックをしたり、僕がライブ映像を頻繁に見るようになったので、動画配信サイトの動画も許される限りこの大型液晶で見ている。
実のところ、引越しに際して向こうが持ち込む家具を見た時は全てが過剰に感じたが、「仕事に必要だ」と言われて全てを飲み込んだ。だけど、今となっては、今までどうしてあんなに小さな画面で満足していたのかもうわからない。顔がアップになるたびに、睫毛の一本一本まではっきりと見える。この距離でカメラに映されても、何も違和感を覚えない美貌に驚嘆を禁じ得ない。溜め息が思わずこぼれた。
たかがインタビューを鑑賞するには過分な音響設備までオンにし、じっと画面を見つめて、一挙手一投足を観察する。以前は無意識に眺めていた短いインタビューの中身も、今の僕にはまるで神聖な啓示のように聞こえ、一言一句漏らさぬよう真剣に聞いていた。形のいい唇が低く美しい話し声を発するたび、じっと口許を見つめていることに気がついた。もし僕が正気を失っていたら、きっと画面にキスをしていただろう。勿論そんなことはしない。
今日は、朝から浮き足だっているのが事実だった。制服を着替える時間も惜しくて、シフト上がり次第、IDを外しただけで車に乗り込んだ。シフト違いの同僚たちは慌てて帰宅する僕に何かを察したような顔をしていたので、休み明けにはちょっと揶揄われるかもしれない。まあでも、甘んじて受け入れるべきだろう。僕だって同僚が有名人と付き合っていたら、変な詮索をするかもしれない。
憂鬱とムラつきを同時に抱えたまま画面を眺めていると、インタビューから新曲のMV撮影ダイジェストへと内容が変わる。
上裸の男が彩度の低い廃墟で、まるで雷の化身のように激しいマイクパフォーマンスで歌っている。時折こちらに向けられる挑発的な強い眼差しは、獲物を定めた肉食獣のように鋭く美しい。その耀く金の瞳が、真っ直ぐに僕の心臓を射抜いたような気がした。
その眼差しに胸が苦しくなり、思わず左胸をさすって息を吐く。それでも画面から目は逸らせなかった。何度も見た映像にも関わらず。
このMVが発表されてから、もう百回は見ている筈だ。今や曲中のシーン展開どころか、彼の首の角度まで完璧に覚えてしまっているのに、それでもまだ飽きない。見るたびに新たな発見があり、神秘的で新鮮な驚きと興奮を僕に与えてくれている。彼の眼差しや腕や指の所作のとてつもない美しさに、多分、見る度に脳を焼かれている。だから正確に捉えられずにいて、こんなに繰り返し見てしまっているのだろう。
彼の昔のライブやMVも散々見直したけれど、新曲が一番刺さっている理由は、ただ単にこれが僕と付き合ってから制作されたものだと知っているからだった。彼の唇が放つ、苛烈で婉曲的な信徒の祈りの言葉の全ては僕に向けられている。全てのインタビューを繋ぎ合わせる限り、そうだとしか思えなかった。あいつには気恥ずかしくて聞いてはなかったけど。
「……また見ているのか?」
呆れたため息が落ち、肩に手が置かれる。振り返った僕の唇に柔らかな感触が触れ、バスソープのいい匂いが鼻先をくすぐる。
少し湿ったままの髪が頬に触れる感触に思わず笑い、「またって?」と後頭部に手を置いて引き寄せる。ソファの背もたれを介してのキスは距離が遠い。そう考えながらキスを続けていると、舌を入れようとしたところで、聞き分けのない男をあしらうように顔を離される。ただし、片手をしっかりと握られていて、温度や感触を確かめるかのように、指がしっかりと絡められる。
「俺が帰って来る前にも散々見ていたのではないか? 感想をいちいち送ってきていただろう」
雑誌の切り抜きや道具が乱雑に散らばったテーブルに視線を向けたモーディスは、もう一度呆れた表情を見せた。なんとなく不愉快そうな表情は、多少の「照れ」が入っていることを知っている。
モーディスは僕の手を握ったまま隣に腰を下ろし、空いている片手でリモコンを手に取ると、無慈悲に液晶の電源を落とした。部屋の中に流れていた心臓を揺さぶるような低音が止まり、どうやら自分の心臓がかなり激しく脈打っていることにようやく気がついた。
「見たけど、小さな画面でしか見てないから、君を待つ間に見直すって言ったじゃないか」
モーディスは僕の答えがきにいらなかったのか、リモコンを弾いてテーブルの上を滑らせ、簡単には手の届かない距離まで飛ばしてしまった。なんとなくそれを視線で追ってから顔を戻すと、満足そうな表情のモーディスと目が合う。
一時間もの長風呂を終えた後のモーディスの頬は、興奮か期待かはたまたのぼせたのか、うっすらと上気していて、僕をじっと見つめる視線の熱っぽさに、ぞわりとうなじから背中にかけての産毛が総毛立つ感覚がした。
タンクトップとゆるいスウェットに身を包み、まだ髪を雑に少し高めの位置でくくったモーディスは僕の頬に手を添え、ぐっと顔を覗き込むように顔を近づけてくる。迫力のある美貌を至近距離で眺めるのにはまだ慣れていない。怯みそうになるのを耐えて、モーディスの腰に手を添え、服の裾から手をそっと忍び込ませた。モーディスの気を散らしたかったからだ。
右目と頬を彩る赤い刺青と金色の瞳のコントラストが綺麗で、無言で見つめてくるモーディスの表情はいつも以上に蠱惑的だった。
「それは本物を見るよりも大事なことなのか? 二ヶ月ぶりの、」
拗ねたように鼻を鳴らすモーディスの言葉を聞き終わる前に、唇を塞いだ。さっきお預けを食らったキスの続きがしたくてしょうがなかったからだ。
唇を何度か押し付けて、硬く閉ざされている隙間を舌でノックする。拗ねたモーディスがふい、と顔を逸らすのを後頭部を捕まえて戻す。両手で顔を引き寄せて何度もキスをする間、モーディスが何度も首を動かして「おい」だの「まだ言い足りない」だのぶつぶつと文句を言うのが聞こえた。
「そんなに拗ねないでくれよ。君が恋しかったんだ」
頑なに唇を開けてくれないモーディスの様子に、一度ご機嫌を取ることにした。片手で腰を抱き寄せ、もう片方の手でモーディスの手を持ち上げ、指先に口付ける。
「君を誰よりも愛してる。本当だ」
こういう、キザっぽいアプローチは意外とモーディスに刺さる。案の定、モーディスは瞳を揺らし、少しだけ申し訳なさそうな表情を一瞬だけ見せた。すぐに不機嫌そうな顔に隠されてしまったけれど、僕に見せてしまった時点で負けだ。畳み掛けるなら今しかない。
「お風呂に一緒に入ろうって言ったのに嫌だって言うし」
モーディスの爪先に何度もキスをして甘えたように言うと、モーディスが唇を結んだまま眉を寄せる。言い訳はこぼされなかったが、バツが悪いのだろう。一緒に入ってくれなかった理由を実際は察しているが、それには気づいていないフリをする。
モーディスの爪先に視線を落とし、まじまじとそれを見つめる。きちんと整えられた、商売道具のひとつである黒で彩られた爪がエナメルのようにぴかぴかと光っている。モーディスのこの爪先の黒が色っぽくて好きだった。
それに、モーディスがこんな風に、無防備に僕に手を触らせてくれることにいつも興奮してしまう。僕が大事な指に噛み付いたり、危害を加えるとはさらさら思っていない。その信頼が嬉しい。
指先に何度もキスをしていると、モーディスが「お前を拒絶したつもりも放置したつもりもなかった」と囁くように口にし、頬に小さく音を立ててキスをしてから、僕の胸を軽く押す。
大人しく倒されて肘をつくと、モーディスが興奮した様子で僕のボトムをずらしてくるのを手伝うために、腰を少し浮かせる。
「てっきり僕ばっかり君が恋しいのかと思った」
「そんな相手と同居はしない」
「っ、」
下着ごとずらされ、外気に晒される感覚に肩が震えた。勢いよく飛び出したそれにモーディスが瞳を細め、口角を吊り上げる。さっきまでキスをしていたモーディスの手が無遠慮に僕のものに触れ、満足そうな吐息が落ちる。
「期待しすぎだ。お預けを食らった犬のような顔をしているぞ」
摩りながらそんなことを言っているモーディスの声こそ、熱っぽく上擦っていた。
どっちが、と皮肉を口にした僕ににやりと笑ったモーディスも腰を浮かせて、スウェットから下着ごと長い足を抜く。僕も服を脱ごうとすると何故かそれを止められ、キスで唇を塞がれる。熱く濡れた舌が唇の隙間から侵入してくる感触に、後頭部をぐっと引き寄せて舌を吸った。
「ふ……、っ、」
舌を絡ませて数ヶ月ぶりのキスを味わっている間、モーディスは長い指に先走りを擦り付けて、僕のそれを扱いてくれていた。久しぶりに触れられたからだろう、射精感がすでに込み上げいてまずい。
「モーディス、それ以上触られるとまずい」
「何がだ」
キスの合間にモーディスの手を掴んで訴えてみるが、まあ、予想通り聞いてはもらえない。にちゅにちゅとわざと音が立つように扱いてくる手管に早々に陥落しそうだったが、早漏の誹りを受けたくはない。モーディスがそんな文句を言ったことは一度もないけど。
「出るから、」
「出せばいい」
「そう言うと思ったけど待ってくれ。君の、」
突然ぎゅっ、と根本を掴まれ、ひえっ、と情けない声が出た。
「……俺の?」
機嫌を損ねたのかと思ったが、顔をずっと寄せて僕を見つめるモーディスの瞳は、はしたない答えを期待するように濡れていた。
その顔が可愛くて、唇にちゅっ、と音を立ててキスをする。握られたままモーディスの腰から尻に手を回し、ぐっとハリのある触り心地のいい尻を掴む。
「君の中でイキたいんだ」
「ハッ!」
モーディスは僕の答えに満足したのか、声を上げて笑ったかと思うと、僕に服を脱がせる余裕も与えない。モーディスも脱いでくれたのは下半身だけで、上はまだ脱ぐ気がないらしい。
モーディスは僕の手を剥がさないまま、指を自分の後孔に入れて声を上げる。触ろうとそっと手を這わせたまま移動させていると、こら、と聞き分けのない犬を叱るように甘ったるい囁き声を上げた。その濡れた囁き声に、モーディスの快感が乗っていることに興奮する。
ステージの上で誰よりも眩しいライトに照らされ、幾対もの視線を受け止めている彼が、決してステージでは見せない表情と声だった(見せるわけがないし、こんな卑猥な姿を全世界に公開されても勿論困るのだが)。
「服なんか着なくてもよかったのに」
「お前がなにかしている様子だったから、っん、……は、気分ではないのかと思っただけだ」
渡された避妊具のパッケージを開け、後ろを弄っているモーディスを見上げながら摩る。
「君はこんなにしておいて?」
タンクトップの上からでもわかるほどツンと乳首が立っているし、見ないようにとなんとなく逸らしていたモーディスの性器も、期待するようにもう先端がとろとろと濡れている。くちくちと水音をさせながら、モーディスが後ろ手に自分の孔をいじっている姿に、一気に全身が発火したように熱くなっていた。
「どうして久しぶりの時ほど触らせてくれないんだ? 君が『風呂は一人で入らせろ』なんて言わなかったら、本当に一緒に入りたかったのに」
両手で腰を掴み、タンクトップを腹が見えるまで捲り上げる。親指で浮いた腹筋の筋をさすっていると、モーディスが熱い呼気を吐き、気持ちがよさそうに眉を寄せて震えた。敏感な体は数ヶ月禁欲でもしていたのか、風呂上がりにしたって熱く湿っていて触り心地が良い。
背中に腕を回して抱き寄せると、少し身を起こして、服の上から胸に吸い付き、鼻先を先端に何度も押し付ける。
「っん! おい……」
布に舌を押し付けて湿らせ、うっすらと透けたそこをぢゅーっ、と思いっきり吸い上げる。本当は直接舐めたかったが、たかが薄いタンクトップ一枚ですら、脱いで、と言うのは今は少し困難だ。脱いでくれる時間を待つのが僕も苦しい。
「そこはもういい。意趣返しをするな」
僕の頭を抱えてまるであやすように撫でてくる手つきは気に入らなかったが、モーディスに甘やかされるのは悪くない、と言うか、独占欲と幸福感で頭がバグりそうだった。彼のことが好きなファンの誰も、こんな風に恋人に接するモーディスの姿は知らないだろう。興奮と独占欲と多幸感で頭がどんどん煮えて行く。ぐらぐらと視界が揺れそうになり、落ち着け、と自分に言い聞かせた。
「離れている間、僕に抱かれたかった?」
腹に跨ったモーディスは後手に僕の性器に触れ、ニヤリと口角と目許を吊り上げる。
「ああ。早くお前にぶちこまれたくて仕方がなかった」
——ずるいだろ、そう言う下品な煽り言葉は。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.