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____mugi1
2026-05-12 21:08:17
4293文字
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Undead
イト+ビリ(🔦+🔫) 2.8後の相互不理解の成れの果ての話
※ネタバレ注意
過去の否定と回避を聞いて──ああ、この機械の中で「それ」は死んだのだと思った。
無様に生き続けた願いが悪意も無く無遠慮に殺された。二度と願うことさえできなくなったそれは、何処にも行くことは無く、消えることができないまま、また心臓の裏側で燻っている。人間らしく願いに縋り付くおとこの行方は何時だって此処には存在しない。手に持っていた水が揺れる。──否、揺れているのでは無い。自分自身の手が微かに震えが伝導していた。
消失させることのできなかった感情の亡骸がまだ蘇生しようと足掻く愚かさに笑う。さっさと死んでしまえばいいのに、それができないからいままで願いをかかえて生き延びてしまったのだ。
赤いマフラーを纏った兵器である機械に戻って欲しいと願っていると同時に、いまを生きている生き方も好きだった。けれど、苛烈なひかりに灼かれたのは過去のおとこだった。機体に染み込む程のオイルと血の臭いと恐怖を纏ったおとこが好きだった。それを、自分自身の願望を他者のことばを借りて押し付けた。最低だった。
ビリーから連絡がきたのは、夜の残骸が朝に融けて三日が経過した日のことだった。泥酔するまでアルコールを煽る日々を繰り返し、無事に仕事を終了させ、仮住まいに戻っていた時に『話したいことがあんだけど』と送られてきて。少し、迷って『いいっすよ、家でいいですか』と返信をした。数時間後に、自分を殺したおとこが部屋にくるのだと思うと。一体どういう顔で何を話せばいいのか解らなかった。
何処かぎこちないまま二人は、此処数日会話という会話をしていない。殆ど毎日のようにノックノックでチャットを送り合っていたが、いまではそれさえ無かった。── 返信をしていなかったのはライトの方だと言うのに、被害者ぶって満足かと、心中で罵った。
いま、顔を合わせてしまえば。何を言ってしまうか自分自身でも解らなかった。癇癪のようなそれを呑み込んでは心臓に蓄積された感情の亡骸の処分に困り果てている。死んだそれらを完全に処分することができないのは、まだ未練が残っているからだ。理解している。だから、困り果てているのだ。 人間は蘇生することはできないくせに、感情だけは幾度も蘇生してしまうから。
灯りを付けることさえ億劫で、ただ日が暮れるのを背に浴びていた。二時間が経過し夕暮れが亡くなって、夜の香りが部屋全体を侵蝕している。床に転がったままの硝子瓶と缶を適当にゴミ袋に突っ込んだ。真っ暗闇の中で液晶画面が鋭くひかる。夜に埋めつくされた世界で、ひとつのひかりが『着いたぜ』と報せていた。動きたくなかった。脱力した手足に力を入れ、ソファから立ち上がって境界線に手をかけた。
開いたさきには、全く識らないおとこがいた。──否、識ってはいる。識らないのはもうずっと前からだ。人間でも無くシリオンでも無く、機械で構成されたおとこは「適当に何か買ってきたけど、よかったか?」と何時ものようにことばを紡いだ。ビニール袋の中にはライトがよく呑むアルコールと、つまみと、機械人専用のアルコールが入っている。
「
……
いくらですか? パイセンいま金無いでしょ、出しますよ」
「邂逅一番にスゲェ失礼だな!?」
「おにゅーのカッコに給料半年分注ぎ込んだって言ってましよね?」
「言ったけどよ
……
これくらいは買えるっての、いらねぇよ」
ビリーは此方を睥睨するようにひかりを動かして、溜息を吐きながら境界線を施錠した。真っ暗闇の部屋でそれはよく映えて見える。ようやく灯りを付けると「寝てたのか?」と聞かれ「まあ、そんなとこです」と言った。意識等あってないようなものだった。であれば、眠っていると同意義だろう。
人工的に明るくなった部屋を薄闇が緩和する。サングラスを装備したままでよかったと思う。二人してソファに腰をかけた。ローテーブルにビニール袋が着地し、ごとん、と。音を立てた。ビリーが「飯は? 食ったか?」と言った。「いや、まだです」と、応えると。アルコールの次によく購入するハンバーガーが置かれた。
「これ、好きだったよな」
「まあ、そこそこ
……
?」
「何で疑問形なんだよ」
正直、そんなことをよく憶えていたな、と。感心していた。一度もこのおとこの前で、好きだと言った憶えは無かった筈だ。誤魔化すように「ありがとうございます、いただきます」と礼を言って、硝子瓶を掴んだ。ビリーも同じように掴んで、蓋を開けた。
「お疲れ様です」
「おう、お疲れ」
二人は軽く乾杯をしてアルコールを煽った。生温い温度をしたハンバーガーの包装を開いて齧り付く。食事をして、ある程度話をしたあと。「──んで、あんたの言う話ってのは」と聞くと、ビリーの手が止まって。星のひかりに似たイエローが此方を捉えた。「あー
……
」と間延びした声を一緒に、アルコールと呑み干す。
「お前さ、ずっと避けてたろ。俺のこと」
聞こえたそれに喉が痙攣して、呼吸が停止した。「何言ってんすか、そんなことする筈無いでしょ」と、避けていた訳では無い直ぐに否定できればよかった。できなかった。それが間違いでは無く事実だったからだ。
「
……
たった三日連絡しなかっただけだろ、それに仕事が」
「そこまで忙しくは無かったって、姉御から聞いてっけど」
用意周到過ぎて舌打ちをしたくなったが、我慢した。第一、たかがその程度の話でわざわざ此処まで足を運ぶ必要も無い筈だ。名前を呼ばれる。まるで、解答を急かされているようだった。「そうっすね、すみませんでした」と謝罪すると、ビリーは「謝って欲しい訳じゃねぇよ、理由が聞きてぇだけだ」と返した。
「しばらくこっちにはこれねぇかもしれねぇし、言いたいことが」
「は
……
? それ、どういうことすか。あんた、また──」
また、何処に行くんだよ。と、滑りそうになった唇を噛んで塞ぐ。ビリー曰く、パエトーン兄妹と一緒に「穹」に着いて行くらしく。意味が解らない。何時もそうだ。ただ、そのままの意味で穹に行くのであれば、こうして容易に会うことはできなくなるだろうということだけは理解できた。
置いて行かれたと思うには傲慢で、此処にいて欲しいと思うには離れている。一度目は、おとこが自由を選択した時。二度目は、数日前に過去の亡霊は屠ることを肯定された時。最早置いていかれたどころか、ライトが燻らせ続けていた過去への想いを殺されたも同然で、残酷だった。
残量が僅かになった硝子瓶をローテーブルに置く。ビリーが「ライト?」と無防備に首を傾げた。何も言わないままおとこの肩をつよく押して、ソファに押し倒す。ビリーが持っていた硝子瓶が宙を舞い、床にぶつかって。外側と中身が割れて撒き散らされた。消毒用アルコールに似た匂いがする。
「
……
あんた、何時もそうだ。置いて行くことばかりで、うしろを振り返ることをしようとはしない」
心臓に蓄積していたそれが溢れてしまって、恨み言のように滑落した。責任転嫁も甚だしい。星のひかりに手が届かないと解っていて、憐れにも願い続けている。けれど、もう願うことさえ赦されなかった。過去を拒否したおとこは、ただの兵器には戻りたくないと言ったのだ。赤いマフラーを揺らしていた、あの日には帰りたくないと言ったのだ。
それでもライトは、受け継いだこの赤いマフラーが大事だった。代わりの無い証に縋り付いた。ただ、そこにあって欲しいと言う駄々を捏ねることができていたビリーの過去さえ、いまは喪失している。照明のひかりが融けたイエローが、静謐に此方を見つめていた。
「
……
お前さ、俺に何て言って欲しいんだよ」
「何言ったところであんたには届かないだろ」
「んなことは、」
「だったら、どうして」
だったら、どうして。──それを言って何になる。
人間と機械という生が違う。感情形成の理論が違う。皮膚の下に肉と骨が埋まっている人間と、金属の下に部品が組み込まれている機械では、全てが異なっている。物理的にも精神的にも、これほどまでに離れている。
苛烈なひかりに焼かれた感情は膿み続けている。まだその残光に縋り付いて現実を受け止めきれない自分自身の愚かさに嫌になる。ビリーの願いといまの生き方とライトの願いは正反対に位置していた。それは決して交わる事が無く、平行線のままだ。
「
……
いまは、何も言わんでください。それだけでいい」
こぼれたのは、あまりにも稚拙なことばだった。停滞を選択した最低なことばだった。たった一言で。ライトのことばで。ビリーが靡くことは無いだろうが。感情のベクトルと大小と質量は相手側には比例しない。解っている。何かが、頬の皮膚に触れた。金属の手が頬に触れていた。慰撫するような手付きに、瞑目する。
「わかんねぇから話し合うんじゃねぇの、こういうのって」
「別にいいんじゃないすか、解り合えなくても」
人間同士でさえ相互理解には至らないことの方が圧倒的に多いのだ。ビリーは押し倒されたことに激情を滲ませる訳でも無く、中途半端に希望だけを宿らせる。──否、勝手に期待しているのはライトだけだ。あんたには一生解らない。解られてたまるか。心中で吐き捨てる。全てが優しくて痛くて死にたくなる。たった一言で、幾度と感情が殺されているだなんて。あんたは一生識らなくていい。──だって。
「──だって、あんたは「それ」を選んだんだろ」
最初に焦がれたのは、染み込む程のオイルと血の臭いと恐怖を纏ったビリーだった。網膜を灼く程のひかりが、まだ鮮明に心臓に残っている。残光に縋り付くことの自分自身に呆れ果てては、いまの生き方にも焦がれていることも事実で。このおとこの、そういうところが。いまを生きているところが、好きだった。笑い話にもならなくて滑稽にも程がある。拗らせた感情はそう簡単に分解等できなかった。
上から覆いかぶさるように、金属の躯に密着する。否定は無かった。あやすように背中を柔く叩く手に、余計に虚しくなる。馬鹿馬鹿しい。何時まで経ってもこのおとこの過去を諦めることができない。記憶と感情というのは酷く面倒な生命維持装置だ。
ひかりの中で生きていくおとこに、戻って欲しいと思っている。蘇生しようとする感情が膿んだまま溢れてようとしている。自問自答を、自己嫌厭を永遠に繰り返している。どうせ、また。同じように残酷に殺されることを解っていながら、無意識に甦らせた願いと共にこの身が朽ちるまで無様に生き続けていくのだ。
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