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千代里
2026-05-12 20:52:16
15143文字
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君ふれ短編
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君ふれ・クガネ編・18話
東アルデナード商会。
本拠地であるウルダハだけでなく、その名はエオルゼアを飛び出して、近東のラザハン、はてにはひんがしの国にまで広く轟いている。
ウルダハでかの商会の名を聞いたものの反応は、主に二つに分かれる。
一代で東アルデナード商会を築き上げた百億ギルの男・ロロリトへの憧憬と羨望の眼差しを向けるか。
はたまた、彼に睨まれたらたまったものではないと、恐れ慄き、青ざめて許しを乞うか。
商会の主人であるロロリト本人こそいないものの、クガネにも東アルデナード商会の手は伸びている。その証拠に、ガレマール帝国やラザハンの大使館といった諸外国の建物に混じって、堂々と君臨している商館は、東アルデナード商会のものだ。
ここまで大規模な商館を設立できるのは、かの商会くらいであり、ウルダハの他の商人たちの挙動をクガネにおいても目を光らせて監視していると、もっぱらの噂だった。
そんな伏魔殿の代名詞のような商館に乗り込むのだから、ウルダハで個人的な商いをしているに過ぎないザックが、緊張のあまり、二十分近く商館の周りをうろうろしているのも仕方ないというものである。
「よ、よし。覚悟は決めた! 行くぞ!」
「やっとかよ。ついでに言うなら、てめえがそれ言ったのはもう五回目だからな」
「今度こそ、本当の本当だ! あー
……
背中がゾワゾワする
……
俺、生きて帰れるかな
……
」
意気込むと同時に早速挫けそうになるザック。その後ろに控えているのは、彼の護衛を昨日から引き続き引き受けているミィハだ。
だが、彼が今日行動を共にしているのはケイではない。ミィハの隣には、仏頂面のシェーダー族ことフェリキシーが立っていた。
「この件は君に直接関わりのあるものではない。無理に君が矢面に立つ必要はないのだから、僕が行ってもいいぞ」
ミィハにそう言われても、ザックはぶるぶると首を横に振った。
「いや、俺だってウルダハの商人の一人として、この件は何とかしたいって思ってるんだ。ミィハに全部押し付けるような真似はしたくない。なにしろ、俺はこういうことの専門家なわけだから」
冒険者のミィハでは、商人同士の細かな機微などはわからない。だが、小さいとはいえ商いを営んできたザックには、その手の嗅覚が備わっている。せめて自分ができることはやらねばと、彼も覚悟を決めたようだ。
「何にしろ、早く行かねえと日ぃ暮れるぞ。そもそも、約束もしてねえのに入れんのかよ」
「それもそうだ。
……
よし、当たって砕けろだ!」
「砕けるのは、まずいんじゃないか?」
ミィハの的確な指摘を聞かなかったフリをして、ザックは商館の門を警備している衛兵に声をかける。
自分でも言ったように、今回ばかりは腹を括ったらしく、声を震わせながらも懸命に来訪の理由を伝えるザック。それに対して、衛兵は真摯に応対してくれているようだった。
立ち話もなんだからと、意外にもあっさりと三人は館内に通された。
建物の中は、名うての商会の拠点という割には存外あっさりとした作りになっている。要所要所に置かれた飾り物ーークガネ風の壺や絵画ーーは、派手すぎず、かといって質素すぎない程度の丁度良さで室内を飾っている。
おかげで、ミィハもフェリキシーも、ついでに言うならザックも、調度品に圧倒されて萎縮するということはなかった。
噂通り、現在クガネの商館を管理している者はいないらしい。案内されたザックから要件を聞き出しているのは、商館の受付をしているヒューラン族の女性だった。
「
……
ところで、フェリキシー」
ザックが身振り手振りで此度の来訪の目的を伝えているのを横目に、ミィハは傍らの男に話しかける。
「ユキハネの親戚は、どんな人たちだったんだ」
壁に背を預ける二人の間に、静かな緊張が走る。
「
……
てめえが心配してたような、小狡い奴らじゃなかった。むしろ、その逆だな。あいつの姿を見たら、まるで、自分の娘が帰ってきたみたいに大騒ぎしてたぞ」
「そうか。
……
それは、少なくともユキハネにとっては悪いことではなかったんだろうな」
「随分ともったいぶった言い回しをするな、おめえは」
「そうか? 僕はいつもこういう話し方のつもりだが」
フェリキシーとミィハは、普段から和やかにお喋りするような間柄ではない。ケイと話すときに比べれば、ミィハの声音は固くなりがちだ。
だが、それはフェリキシーに心を許していないからではない。
「ユキハネは、その親戚に対してどんな様子だった?」
「すぐに馴染むとはいかなかったみてえだが、そのうち何とかなるだろうよ」
フェリキシーの物言いに、ミィハは小さく嘆息する。
ミィハの声音が固くなる理由。それは、フェリキシーに対しては下手な誤魔化しや遠慮を取り払い、真っ向から会話した方がいいと知っているからだ。彼が迂遠な言い回しや気遣いを求めていないと知っている分、ミィハもありのままの自分を曝け出して話せているとも言える。
「ユキハネが、君の言うところの『そのうち』に耐えられればいいが」
「あいつも、いつまでもガキじゃねえんだ。どっちがマシかってぐらい、優劣はつけられる」
「そんな理由で、君は彼女を実家に置いてきたのか?」
「てめえには、前にも言っただろ。冒険者業なんて、いつまでも続けられるもんじゃねえんだ」
フェリキシーの現実的な発言に、ミィハは黙るしかなかった。
ケイがここにいたなら、感情的な反論をしていたかもしれないが、ミィハはどうしても理屈と現実を優先して物事を見てしまう。冒険者という職業が、おそろしく不安定な土台の上に辛うじて成立している職だということは、彼も自覚していた。
「ユキハネの家は、織物を作る職人の家なんだとよ。手に職をつけられる家が実家っていうのは、それだけで一つの財産だろ」
「否定はしない。技術はいつだって自分を助けるものだと、僕もこっちに来て痛感している」
ミィハは、治癒魔法の才があったからこそ、エオルゼアに一人渡っても冒険者として活動することができた。
ユキハネには魔法の才があるが、その上で職人としての技術も得られれば、より堅実な道を歩むことができる。
武力の才も、己の道を切り開くために有用ではあるが、どうしても荒事から切り離せない。それに比べて物作りの才は、いくらか平穏な生活を約束してくれる。フェリキシーが「財産」と称するのも、さもありなんである。
「だが、ユキハネの気持ちはどうなるんだ。君は
――
」
「ええぇ!? 今は出張でエウレカ島に行ってるだって!?」
ミィハの言葉を上塗りする大音声のザックの叫び声。我関せずを貫いていた二人も、流石にこれには壁から背を離した。
「はい。エウレカ島の調査の支援は、ロウェナ商会が一手に引き受けてくれていますが、東アルデナード商会に話を持ち込む冒険者も多数いるのが現状なのです。それに、我が商会としても、ロウェナ商会に全てを任せるのは如何なものかという声もあがっておりました」
「だからって、番台さん直々にエウレカ島に行かなくてもいいんじゃないですかねえ
……
」
よほどのことなのか、ザックが不満げに呟く。だが、受付はどこ吹く風だ。
「すまない。少し聞いてもいいだろうか。その
……
エウレカ島というのは何なんだ? 聞いた限り、冒険者たちが調査に手を貸さねばならないような所らしいが」
「ミィハにはまだ話してなかったっけ。エウレカ島っていうのは、クガネの近くで最近出てきた島なんだ」
「なにぶん、出現が最近であるので、詳しいことはまだ分かっていないのです」
「出てきた? 見つかった、のではなくて?」
未開の島を探検家が見つける例は今でもたまにあるが、ザックや受付の口ぶりから察するに、その島は文字通り『出現した』らしい。
「今のところ、分かっているのは、その島の正体が北方のシャーレアンに存在するバル島らしい、ということです。何らかの魔法的な現象で、バル島がクガネの近くに転移してきた、と」
「バル島が!?」
シャーレアンといえば、ミィハの故郷だ。バル島の名前も、勿論ミィハは聞き覚えがある。
「バル島で、一体何が起きてそんなことに
……
」
「それを調査するために、冒険者の手を借りてるってことか」
動揺しているミィハの代わりに、フェリキシーが尋ねる。
「はい。島の環境は本来のバル島とかけ離れており、エーテルの乱れも激しいとのこと。魔物の凶暴化も著しく、調査団の安全を確保するためにも冒険者の協力は必要不可欠と聞いております」
「
……
にわかには信じがたいな。バル島には、バルデシオン委員会という、その島を拠点としている組織があったはずだ。彼らは無事なのか?」
今まで立て板に水の如く語っていた受付の女性は、その時だけ明確に口を噤んだ。即ち、それが答えということである。
ミィハにとってバルデシオン委員会もバル島の住民も、親しい知り合いがいたわけではないが、シャーレアンに生きる者として顔ぐらい合わせたことはある。顔を覚えておらずとも、確かにあった縁を思い、ミィハの顔が歪んだ。
だが、今は彼らの安否を気にしていられる状況ではない。何度かかぶりを振って、哀悼の気持ちを一度鎮める。
「話を戻すんだが、東アルデナード商会の一番偉い人
……
番台のハンコック氏は本当にエウレカ島に行ってしまってるんだな?」
沈痛な面持ちのミィハを気遣い、ザックが再び質問をするついでに、話をまとめてくれた。
「ええ。冒険者の皆様が現地で安全に動けるように、調査団の後援をロウェナ商会が引き受けてくださっているのは、先ほど話したとおりです。ですが、商会同士の折衝は門外漢なのでしょう。我々東アルデナード商会に、調査結果を持ち込んだり、商会を経由して隊商をまるまる雇って現地に赴く冒険者さんもいらっしゃるのが現状でして、このままでは商会同士の軋轢を生んでしまう恐れがありましt」
「商会同士の細かい約束ができていなくて、混乱しているってことか。それで、わざわざ現地まで?」
「利益を引き出すためには、実際に冒険者たちが求めていることや、現状足りない部分、冒険者が得られるものを確かめるが肝要ですから」
受付はさらりと言ってみせたが、それが簡単なことではないことぐらい、ミィハたちにも分かった。
ハンコックという人物は、商会の支部を任せられるほどに、利益に対して貪欲かつ明敏な感性を持っているのだろう。
「現地では、英雄として名高い光の戦士様も調査に加わっています。ハンコック氏はかの御仁と顔見知りなので、彼女が不自由しないように協力したいのでしょう」
受付の言葉を額面通り受け取るなら、ハンコック氏は名高い英雄に協力する高潔な人物のように思える。
だが、抜け目ない商人を何度も見てきたフェリキシーには、顔も知らない男の裏の顔が既にうっすらと透けて見えた気がした。
(要するに、光の戦士の威を借りて、他の商会との折衝を楽にしたいってことじゃねえのか)
もっとも、ハンコックが何を考えていようと今のフェリキシーには関係ない。今回、彼に会いたいと言ってきているのは、ザックとミィハなのだから。
「ザカリアス様は、我が商会の番台にお伝えしたいことがあるとのことですが
……
。戻ってからとなりますが、伝言を預からせていただきましたら、必ずお伝えします」
「戻ってからじゃ、間に合わないかもしれないんだよ。最初に言ったけども、最近、クガネの織物を低価格で買い占めようとしてる動きがあるのは、そっちも把握してるだろ」
「存じてはおりますが、適切な交渉の範囲内であると窺っております。もとより、我々が全ての商会への指示権を持っているわけではありませんから」
受付の回答は模範解答ではあるが、今のザックが求めているものではない。とはいえ、ザックとて、未だ推測の域を出ていない内容を吹聴していいものかと悩んでいるようだった。
献上品に値する織物を、ホーネット商会の名を借りて得ようとしている商会がいる。あわよくば、職人ごと手に入れようとしている。
このことが事実ならば、流石に東アルデナード商会も黙ってはいないだろう。だが、現状、事実だと言える証拠はどこにもない。あくまで、ホーネット商会を買収したジジルたちがそう言っているだけという状況だ。
「ザック、どうするつもりなんだ」
「流石に、不確定な情報でハンコック氏を呼び戻してくれ
……
っていうのはな
……
」
「万が一、東アルデナード商会にとって取るに足りない情報だと判断された場合、君へのペナルティは相当なものになるだろうな」
うーんと唸るザック。
彼の不安の種は、ミィハが既に言ったとおりだ。大商会の主がわざわざ赴くほどの重大な調査を擲って、こちらに協力してくれというには、影響が未知数すぎる。
かといって、このままではいつ戻ってくるか分からない状態で、いたずらに時間をかけるだけになる。
「
……
とりあえず、状況は分かった。どうするかは、この後考えることにする。ありがとう、色々と教えてくれて」
「それが私どもの役目ですから。また何かありましたら、当商会にご連絡ください」
形式通りの挨拶をして、頭を下げる女性。
そこで話が終わりかと思いきや、きびすを返したザックとミィハとは逆に、フェリキシーが受付へと一歩前に出る。
「おい、ちょっといいか。そのエウレカ島って所では、商会がいくつも首を突っ込むほどの何かがあんのか」
「ええ。詳しくは冒険者ギルドに問い合わせた方が良いかと思いますが、エウレカ島の中には通常では観測できない植物や鉱石が多数発見されているのです。魔物ですらも、通常とは異なる個体のため、討伐後に採取された革や牙なども、貴重な錬金術用の素材として、高値で取引きされているようです」
受付の話を聞いて、フェリキシーの口角がつり上がる。その瞳は、獲物を見つけた狩人そのものだった。
「そういうことなら、丁度いい。まさか、こんなところで旨い金儲けの話があるとはな」
「フェリキシー。君、そんなに金に困っているのか?」
戻ってきたミィハは、傍らの腐れ縁に怪訝そうな顔を向ける。
すると、フェリキシーは、何やら苛立ちが混じった視線で、ミィハを睨んだ。だが、それはミィハに対してではなく、今から言おうとしている事柄に対して生じた苛立ちだった。
「
……
ユキハネの親戚が、やらかしたんだよ。あいつらは今、結構な額の借金をしてるんだ。ハチベエって男が作った、詐欺みてえな証文にサインしちまったんだとよ」
「なんだって!? だったら、尚更ユキハネを彼らに預けているのは、まずいんじゃないのか」
「このままなら放っておくなら、な。だが、借金取りの糞野郎の好きにさせるつもりはねえ。相手が巨額の返済を求めてるなら、正々堂々と返せばいいだけの話だ」
何を言われたのか分からず、ミィハはぱちぱちを瞬きを繰り返した。やがて、そこに先ほどのフェリキシーと受付のやりとりが結びつき、ようやく彼は「そういうことか」と呟いた。
「エウレカ島から得られるものなら、借金返済に使えるのではないかということか。ユキハネと君の実力なら、確かに不可能ではないかもしれない」
「
……
今のところ、一つの案に過ぎねえけどな」
冒険者ならば、冒険者らしい稼ぎ方をすればいい。なるほど、それはミィハでは思いつかないやり方だった。
「あの
……
お話の最中で聞こえたのですが、今、ハチベエとおっしゃいましたか」
「ああ。糸みたいに目が細ぇやつだったな。おまけに、妙な訛りで喋るヒューラン族の男だ。何か知ってんのか」
おずおずと話に割って入ってきた受付に、フェリキシーが問いかける。彼女は暫し思案の様子を見せていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「あの男は、色々ときな臭い噂を抱えている者です。花街の近くにある通りに拠点を置いて、本業は仲介人と嘯いていますが、近頃は女衒の真似事もしているとか。他にも、自分が利益を得るために、あれこれと手を回すのが得意な人物だと聞いております」
ザックが、ウルダハ絡みの商人だと自己紹介したからだろうか。同郷の仲間を心配してか、受付は本来伝えなくてもいい情報を三人へと教えてくれた。
「詐欺まがいの方法で金を集めるだけでなく、得た金で自身の足固めを進め、今ではちょっとした組織のようになっているとか。ご友人が借金に巻き込まれているようですが、恐らく単なる金貸し以外にも何か企んでいるでしょう」
「おおかた、お前が言うように女衒の真似ごとだろうよ。ユキハネの叔母たちには娘がいるらしいが、そいつに何か『仕事』をさせたいとか言ってたからな」
だが、受付はフェリキシーの発言を聞いても渋面を崩さなかった。彼女は、まだ何か裏があると危ぶんでいるようだ。
「そいつの動きが見えねえうちから、あれこれ悩んでても仕方ねえ。今の段階でできることを、やっていくしかねえだろ」
今度こそ、背を向けてフェリキシーは去って行く。ミィハは受付に一度頭を軽く下げてから、彼の後を追った。
「フェリキシー。このまま、冒険者ギルドに行くつもりか?」
「いや。そっちの商人が許してくれるなら、行きたいところが一つできた」
そうだろうな、とミィハも頷き、先に行って待っててくれていたザックの元へと走る。降り注ぐクガネの日差しに、僅かに黒い雲が差し込んでいた。
***
うっすらと日を覆っていた雲は時が経つごとに益々増え、日差しは雲の群れに囲われて、すっかり見えなくなってしまった。
どんよりとした灰色の空気の中を、ミィハは先頭を行くフェリキシーの後を追って歩いている。
彼が東アルデナード商会の商館を出る前に言っていた『行きたいところ』。ザックの許しを得て向かった先にあったのは、クガネでは幾度か見かけていた商店が並ぶ通りだった。
ただし、その近くにあるのは居住区でもなければ、奉行所のような公の施設でもない。夜になれば極彩色の花のように色とりどりの提灯を並べ、道行く者を甘く誘う町
――
花街だ。そのためか、通りを行くものたちも、商店に並ぶ品々も、どこか派手なものが多い。
「なあ、ミィハ。フェリキシーさんが用があるのって、やっぱり知り合いの家に押しかけてきた借金取りの人なのか?」
「本人に会いに行くつもりはないだろうが、その人物について調べておきたいんだろう。ユキハネの実家に詐欺を働いている人間が、どのような立場の者か把握しておかないと、足元を掬われかねない」
「敵を知り己を知れば百戦危うからず、ってやつか。怖い顔してるけど、仲間思いの人なんだな」
感心したと頷くザック。だが、ミィハの眉間には消えない皺が刻まれていた。
(借金に関しては確かにそうかもしれないが
……
。ユキハネを実家に置いていくことは、本当に仲間思いと言えるのか
……
?)
フェリキシーが『己を知った』上で出した答えがそうなのだとしたら、ミィハは再び彼と問答を繰り返さねばならなくなる。
ユキハネにとって、フェリキシーはただの師匠以上の存在だ。傍から見ているミィハにすら、それが分かるというのに、何故当の本人ばかりが気づかないのか。
(あるいは、気づいていないフリをしているのか
……
。彼がそこまで器用な性格をしているとは思えないが)
フェリキシーに対して、実に失礼なことをさらりと考えていたミィハだったが、フェリキシーの足が止まったので一度思考を中断する。彼はこれまで何度か店先に顔を出していたが、すぐに戻ってくるということを繰り返していた。
「どうしたんだ?」
「おい、ミィハ。てめえ、ちょっとその辺の店のやつに話しかけてこい。俺がいきなり言っても、店のやつらが怖がって碌に話も聞けやしねえ」
「商売は顔が命だからなあ。たしかに、フェリキシーさんよりミィハの方がその辺はうってつけじゃないか?」
「そういうおめえでもいいんだぞ、ザック。俺は、てめえの護衛でも何でもねえんだからな」
使えるものは使うと宣言したも同然だが、ザックは嫌がるような気配もない。今日は東アルデナード商館に乗り込むという一大イベントを終えた後なので、反動で気が大きくなっているようだ。
「それなら、どうせなら布や織物を売っている所に行こうか。ジジルたちが話していた織物の件、気になるからな。ミィハ、付き添いよろしく」
「わかった」
フェリキシーへの繋ぎとして店を覗くとしても、ついでに例のホーネット商会を使った企みに近づけるなら悪い話ではない。
店選びはザックの目利きに任せていると、数分もしないうちに、彼は一際派手な布を扱う店先へと近寄っていった。
「へい、いらっしゃい。外つ国の商人さんかい? ごらんよ、この極上の絹織物を! この模様、全部織りで表現しているんだぜ。意中のあの子も、間違いなく一目惚れする逸品さ」
威勢のよい売り子の男は、手元にあった布をザックへと広げてみせる。
売り子が言うように、淡い薄紅色の織物には、クガネで時折見かける華やかな花が何輪も咲き誇っていた。花の名前を聞くと、売り子は「牡丹だ」とすぐ教えてくれた。
「そこの、みこって族のお兄さんも、一枚どうだい? ごらん、こっちの黒いのも絹織物としては極上さ。夜闇を飛ぶ蝶の織りが美しいだろう?」
「その意見には同意するが、これは女性ものじゃないか? あいにく、僕には送る相手がいない」
「おや、お客さんはまだあっちの店には行っていないのかい」
売り手の男がちらりと視線を向けた先は、今はまるで住人全員が眠りについたかのように静まりかえった花街の通りだ。薄々予想はしていたが、これらの織物は花街で働く娘たちへの贈り物なのだろう。
「あそこの花たちは、嫋やかで繊細で美しくて、見ているだけでも極楽の気分になれるってもんだ。だが、足を踏み入れるなら、やはり贈り物は欠かせない。手土産の一つもない男は、甲斐性無しって自分で言ってるようなもの。ってわけで、お一つどうだい」
「どうせなら、俺は献上するならお殿様や大名様に献上できるような品がいいなあ」
いくつか織物を手にとっていたザックが、売り子にそれなとなく、例の献上品の話を持ちかける。あくまで世間話の延長をとっているのは、商人らしい上手いやり方だ。
「聞いた話じゃ、その昔、お殿様に献上する絹織物を織った職人さんがいるそうじゃないか。たしか、紅白の絹織物だとか?」
相手の反応を慎重に窺ってみるも、ミィハの目から見ても売り子の顔色が変わる気配はない。首を捻ってはいるが、思い当たる節はないようだ。
「うーん、お殿様への献上品ってなると、そいつを織った職人は相当の腕前を持ってんだろうなあ。そんな職人、本当にいるならうちの旦那がすぐに囲い込みに行きそうだ」
「やはり、献上品を織った者は誰かに囲い込まれるものなのか?」
「あたぼうよ。義務があるわけじゃねえが、品物に箔がつきゃ、それだけ厄介な連中に絡まれる。そんくらいなら、適当な店の下にいた方が楽ってもんさ。うちにも、似たような腕利きの職人がいるんでね」
その腕利きの作品を再び押しつけようとしたので、そろそろ切り上げ時だと、ミィハは少し離れた所にいるフェリキシーへと視線で合図を送る。
彼は、売り子との押し問答をしている店先にやってくると、
「おい。ちょっといいか。おまえは、ハチベエって男のこと、何か知ってるか?」
新たな客が来たと視線を切り替えた男は、その名を聞いた瞬間、顔から血の気が引いた。顔に浮かべていた商人用の笑顔が拭い去られ、代わりに恐怖がありありと浮かび上がる。
「な、な、なにを言ってるんだ? そんなやつの名前、き、聞いたこともねえよ」
「そんな下手くそな嘘のつき方があるかよ。俺の知り合いが、ちょっとそいつに借金しちまったみてえでな。耳揃えて返すにしても、あいつがどこの誰かぐらいは知っておきてえんだよ」
既に関係を持ってしまっていることを敢えて提示し、その上でハチベエとの関係はありふれた賃借に由来するものであると強調する。穏便に解決する予定であることも示唆すれば、いくらか売り子の顔色がましになった。
「そ、そういうことなら
……
。ただ、あまり、でかい声であの人の名前を出すんじゃねえよ。心臓に悪いだろうが」
全神経を集中させないと聞こえないほどに声を潜めて、男は言う。
「あ、あの人は
……
色々な商いをしている人らしいってことしか、俺も知らねえんだ。ここで商いを始めたばっかりのときは、仲介業をしていたみたいで、今もそっちが本業だって聞いてるが
……
」
そう言いながらも、男の視線はちらちらと花街に送られている。商館の受付が言っていた女衒の真似事、という話も、恐らく真実だろう。この様子なら、遊郭の経営にまで口を挟んでいるのやもしれない。
「そうか。今はそれだけ知れれば十分だ。
……
おい。そこの飾り物、髪につけるやつか?」
「え? あ、ああ。はい、そうでさぁ」
フェリキシーが指さしたのは、織物に添えるように売られていた髪留めや簪だった。本業ではないものの、織物と抱き合わせで売っているのだろう。
その中の一つーー紫の硝子で作られた玉飾りに、雪の結晶をのような銀細工が垂れ下がったものを手にとり、
「こいつを貰う。いくらだ」
「お、おう。それならええと
……
外つ国の金なら一万ギルだ」
言われた値を支払うと、フェリキシーは店先から顔を引っ込めた。突然の買い物に売り手は面食らっていたが、フェリキシーから金を渡され、それが情報料代わりの買い物だと遅まきながら気がついたらしい。
薄紙に包んで渡された簪を懐に入れて、フェリキシーは踵を返して店を後にする。ミィハたちも売り子に丁寧に頭を下げ、先に出ていった彼の後を追った。
「情報としては、今一つだったか」
「いや。あいつの反応を見て分かった。この辺の連中に奴の名前を出すと、どいつも似たような顔をしたのは、俺のツラのせいっていうよりも、ハチベエのことを聞いたからみてえだな。ってことは、誰に聞いても、そこまで変わらなかっただろうよ」
「あの様子を見る限り、相当怖がられているよなあ。そのハチベエって人。奉行所は、彼のことを知っていて放ってるのかね」
ザックがぼやいたように、クガネには治安維持のための組織が存在する。おかげで、ミィハもエオルゼアの主要三都市よりは犯罪も少なく、治安がいいと感じていた。
だが、ハチベエの存在は、安穏とした空気を曇らせる不穏そのものだ。彼が悪事を働いているなら、なぜ奉行所は放っているのか。
「仲介業って言ってただろ。どうせ、その辺は上手く抱き込んでるんだろうよ」
フェリキシーの頭には、既に癒着や横領といった不穏を肯定する単語が並んでいた。ウルダハでは日常茶飯事の光景だ。このクガネとて、組織しているのが人である以上、避けられまい。
「どうせなら、もうちょっと詳しいことを知りたかったがな。ハチベエの住み処や仲間、同行を知る者などがいれば、彼の策の一端でも掴めたのだろうが」
「ハ、ハチベエさんのこと、なら
……
私、少し、だけですが
……
知って、ますよ」
背後から、囁くようなつっかえつっかえの声に、ミィハたちは足を止め、振り返る。その先にいたのは、
「セゴレーヌか。君は、こんなところで何をしているんだ。それに、ハチベエのことを知っていると、今言ったか?」
質問しながらも、これは好機だとミィハは内心で口角をつり上げる。
セゴレーヌは、師に叱られるほどのうっかり屋だ。今は師のジジルもそばにいない。上手くいけば、更なる情報を引き出せるかもしれない。
フェリキシーには、既にジジルたちの企みについては幾らか説明している。彼も同意見なのか、数歩下がって様子見に徹していた。
「き、今日は、買い付けの下見に
……
来て、いました。あと、ハチベエさんは、色々と情報通の方で
……
クガネの中でも最上級の布を探している、私たちに
……
献上品、の話を教えてくれました」
「情報の出所は彼だったのか。それで、君たちはその献上品を見つけられたのか?」
昨日今日では簡単に手に入るまいと予想はしていたが、予想通りセゴレーヌは首を横に振った。
「お殿様に献上した、その人は
……
綺麗な、アウラ族のお嬢さん、だったらしい
……
って。職人の子孫は、クガネに来ているって噂
……
だったけれど。お話も、断片的なものばかり、で
……
アウラ族の職人さんというだけでも、クガネにはたくさん、ですから」
「それはそうだよなあ。女性の職人に絞っても、クガネにだけでもごまんといるぞ」
ザックの同意に、セゴレーヌはうんうんと頷く。商人同士、何やら通じるものがあったらしい。
続けて、更に何か聞けないと思ったが、ざくざくと湿った土を踏みしめながら近づく足音がミィハの期待を拒絶した。
「おや、あんたたち。またセゴレーヌからあれこれ聞きだそうとしてるのかい。性懲りもない連中だねえ」
一同の前に立ち塞がるように姿を見せたのは、セゴレーヌの師匠であるジジルだ。皺のよった目でミィハたちをじろりと見渡したが、今日はケイがいないからか、この前ほど激しくこちらを糾弾する素振りは見せていない。
「先ほど彼女から聞いたが、ハチベエから献上品の話を聞いたのは本当か?」
「ああ、本当さ。郷に入っては郷に従えってのが、この国の諺にあるが、まさにそうさね。異国で手当たり次第に捜し物をするより、事情通にちょいとばかし金をちらつかせればいい」
「彼が、黒い噂のある人物だとは知っているのか」
ミィハとしては、ジジルがハチベエの話を聞いて考え直してくれることを期待していた。あるいは、そのような噂を知らずに彼に協力を求めていたと、方針を検討し直してくれたらいい、と。
「それがどうしたっていうんだい。腹の底まで真っ白な人間ほど、信用できないもんはない。あたしは、腹の底まで真っ黒な人間の方が好みだね」
ばっさりと、ジジルは言い切る。その指針の潔さに、ミィハは言葉を無くす。
同時に、ジジルがケイを嫌う理由が分かったような気がした。ケイは彼女が嫌う、腹の底まで真っ白な人間
――
或いは、それに近しいものだからだ。
「み、みなさん、も
……
献上品の織物、探してくれて、いるんですか?」
セゴレーヌが、いつものおどおどした口調で尋ねる。ここまで話していて否と言うわけにもいかず、互いの間に気まずい沈黙が広がる。それが、もはや答えのようなものだった。
「あなた方が何を企んでいるかは分かりませんが、ホーネット商会の名を汚すような真似に繋がるというのなら、件の織物をあなた方に渡すわけにはいかない」
ミィハなりの精一杯の宣戦布告に、セゴレーヌはゆっくりと瞬きをする。ちゃんと言葉の意味が伝わっているのかと、危ぶみたくなるような静寂が一同の間に生まれる。
やがて、セゴレーヌは、ふわっと笑みを浮かべた。
まるで、花が綻ぶような純粋な笑顔は、この場のやり取りにはあまりに、似つかわしくない。
「それは、ありがとうございます。とても
……
たすかり、ます」
「
……
話を聞いていたのか。僕らは、君たちが探しているものを横取りすると言ったつもりだが」
「いまは、どこにあるかも、分からないもの、です。でも、横取りする、というのは、そこに、ある
……
ということ、でしょう? それなら、私たちが、手に入れることも、できます」
大きな身の丈を優雅に二つに折る姿は、淑女らしい佇まいのはずだ。なのに、口にする言葉はどこまで傲慢なものであった。
「ですから、どうか、がんばって
……
探して、くださいね。私たち、応援して
……
ます、から」
悪意を微塵も感じさせずに、堂々とセゴレーヌは言う。ミィハたちの調査すら、自分たちの成果とすると。
全く悪びれずに、いつものおどおどした口調すらそのままに言う姿に、ただただミィハは圧倒されてしまった。
「はっ。盗人もそこまで開き直ってりゃ、大したもんだ。エレゼン族の商人なんて、商売ができるのかと思ったが、てめえなら寧ろ天職だろ」
「私もそう、思います。シェーダー族の、お兄さん」
これ以上会話をしていても、寧ろこちらが足下を掬われる。そう判断したフェリキシーは、ジジルたちに圧倒されている二人を小突くようにして、その場を後にする。
残された二人の視線には、敵愾心すらない。彼女らを出し抜くのは厄介そうだと、フェリキシーは傍らの二人の敵の手強さに小さく舌を打った。
道を行く一向の足元に、ぽつりぽつりと黒いシミが落ちる。誰かが「雨だ」と呟くと同時に、重く垂れ込んだ灰色の空から、幾つもの雨雫が地上へと降り注いだ。
***
「またお前は、あの連中たちにぺらぺらと余計なことを」
「す、すみません。でも、あのお二人
……
織物を探すのを、手伝ってくれるようです、から」
セゴレーヌの発言をもしここでミィハたちが聞いていたら、手伝うとは言っていないと真っ先に否定していただろう。だが、セゴレーヌの中では既にそのような形で決着はついてしまっている。
(ま、この子のこういうところをあたしは買ったわけだから、文句は言えないね)
ふん、とジジルは鼻を鳴らすだけに留めた。
セゴレーヌは、グリダニアからやってきたエレゼン族の女性だ。閉鎖的なグリダニアに暮らすエレゼン族には高慢で排他的な気質の者が多いと聞くが、セゴレーヌにはそのような一面は全く見られなかった。
代わりに、彼女は自分が持つ独特の考えを、周りに何を言われようと維持するという、一風変わった気質を備えていた。
彼女の言動に悪意はない。ただ、そうしたらいいなという願いを、勝手に自身の中で決定事項のように受け止めているだけだ。だが、悪意がなくとも、利己的とも言える振る舞いに、眉を顰める者は少なくなかったようだ。
周りと協調をとりながら暮らすグリダニアでは、爪弾きとされていた彼女の性格を、ジジルは商人向けだと見抜いた。その上で、今は彼女を弟子として鍛えている。いつか、その傲慢とも言える態度が彼女を大商人の道にのし上げると信じて。
「あいつらに手伝わせるのは、悪くない案だけどね。あたしらの方でも、探す手を休めるつもりはないよ。それで、手がかりになりそうな話は蒐集できたのかい」
「それに関しちゃ、ちょっと耳寄りな情報があるんやけど。ええかな?」
答えたのはセゴレーヌではない。通りがかる途中であった、路地の隙間。その暗がりから切り込むように、男の声が響く。
「ハチベエ、あんたかい。その耳寄りな情報っていうのは、あたしたちが聞くだけの価値のあるもんなんだろうね?」
片手に持っていた煙管を、さながら短刀の如く突きつけるジジル。対する男
――
糸のように細い目をつり上げた青年ことハチベエは、全く気圧されることなく、ジジルたちへと歩み寄る。
「もちろん! そりゃあ、ジジルさんに是非聞いてもらいましょって思って、わざわざ待っていたんやで?」
「あたしたちがここを通るってことを、よく知っていたね。鼠でも張り巡らせてるのかい?」
自分たちを見張っているのかと問われても、ハチベエはにこにこと笑顔を振りまくばかりだった。もとより、ここはクガネでありジジルは外様の者だ。彼が子飼いの者を町中に放っていても不思議ではないと、ジジルもそれ以上は詮索しなかった。
折よく、ポツポツと雨が降り始める。ハチベエは片手に持っていた番傘をパッと開いた。灰色に覆われた道端に、鮮やかな朱色が咲き誇る。
一方セゴレーヌも、ジジルが持たせていた番傘を開く。こちらは雨によく馴染む紫色だ。ぱたぱたと傘が石畳を打つ音が響き、三人の声を雨音の中に隠していく。
「さて、と。そこまであんたが言うんだから、その耳寄りの話とやらを聞かせてもらおうじゃないか。とはいえ、この雨だからね。あんた好みの茶屋にでも行くかい?」
「そうしたいんは山々なんやけど、今回はその情報の持ち主はんが、あんたらに直に会いたい言うてはりましてなあ」
ひょいひょいと、軽やかな足取りで、ハチベエはジジルたちの先導を始める。ついてこいという彼の無言の指示を受けて、ジジルらも後を追う。
「その持ち主っていうのは、クガネの奴なのかい」
「ええ、そりゃ勿論。それなりに繁盛してはる大店やさかい、ジジルはんも聞いたことがあるかもしれへんなあ」
「へえ。同業者なら、多少耳にしたことがあるかもしれないね。それで、そいつの名前は?」
自分が向かう先が敵か味方か。判断材料は一つでも多い方がいい。ジジルの思惑を知ってか知らずか、ハチベエはあっけらかんとした様子で答える。
「
――
ツムジ屋っていうんです。うちも、仲良うさせてもろたんは、昨日からなんやけど。あちらさんも、まあまあ食えないお方でしたわ」
からからと笑い声をあげながら、男は先を行く。
さながらちょっとした遊戯を楽しむかの如く、雨水を跳ねさせて、軽やかな足取りがクガネの雑踏の中へと消えていった。
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