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カレット
2026-05-07 21:26:01
4070文字
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流星の落ちたあとに
136話のラクアを飛び立ったブレイブアサギ号の上の無自覚アメリコ/パゴゴとの別れに泣くリコちゃん
夕闇がラクアを包み始める。沈みかけた陽によって、ブレイブアサギ号の周りに佇む人とポケモンの様々な影が長く伸びている。
最後の戦いに集った仲間たちに別れの挨拶をしようと前に出たアメジオに、フリードが当然のように声をかけた。
「アメジオも乗ってくだろ?」
「いや、俺たちは
……
」
「食べきれないほどご馳走作ってあるってマードックが言ってたんだ! アメジオも食べようよ! 話もしたいし!」
「もう仲間だろ。一緒に帰ろうぜ」
面食らい、一拍遅れた隙に、ロイとウルトの後押しを受ける。父の元へ早く戻り良い知らせを伝えたい思いと同じほど、アメジオも仲間たちともう少し時間を共にしたい思いがあった。振り返れば、ジルとコニアも頷いた。夕陽に照らされる身体の内側まで、その温かな色が差し込む気がした。
「では、パルデアまでよろしく頼む」
そうしてラクアを発ったブレイブアサギ号の上で、慰労会が開かれた。ミーティングルームは華やかに飾り付けされ、マードックが腕を振るった料理とデザート、ダイアナが淹れたお茶が運び込まれた。テーブルを囲んで皆が談笑し労い合い、ポケモンたちも楽しそうに戯れ合い、食事に舌鼓を打つ。あっという間に時間が過ぎた。
やがて夜も更け、ずっと前線に立っていたロイ、ドット、ウルトが疲れから船を漕ぎ始めた。ネモとボタンとアンの学生組が付き添い、子供たちが揃ってパーティー会場を後にする。それを見送った大人組はいそいそと酒を取り出してきた。
「アメジオはもうお酒飲める?」
「いや、俺は
……
」
オリオに気さくに尋ねられ、辞退しようとしてアメジオは気づく。ロイたちが出ていく少し前からリコの姿が見えなかったと。
「
……
リコはどこに?」
「そう言えば、外の空気吸ってくるってしばらく前に言ってたきりかも。そのまま部屋に戻ってるかな?」
何の挨拶もなく会場を辞したのかと、違和感がアメジオの胸を過ぎった。
「それなら、俺も休ませてもらう」
そっか、お疲れ様、おやすみ、と手を振る大人たちに小さく頷きを返し、アメジオは足早にミーティングルームを出た。
リコのことが気がかりだとはいえ、船内については以前に簡易な説明を受けたのみで、皆が寝静まる船室を探し回るわけにもいかない。ただ、もしまだ外に居るなら体を冷やす前に連れ戻してやりたい。船外に出てアーマーガアの背に乗り、ブレイブアサギ号の周りを旋回しながら上昇するよう指示を出す。勇壮な飛行船の外観にリコの姿を探しながら、ウイングデッキまでゆっくりと飛ぶ。すれ違う夜風が身体から余分な熱を奪っていく。緊迫した戦いと和気あいあいとしたパーティーの余韻が徐々に抜け、思考が澄んでいく。思えば初めに彼女を追っていた時も、このような時間に同じように飛んでいた。
天辺から船体を見下ろせる高さに来て、ようやく見つけた。展望室の前の階段に、黒髪を夜闇に溶かすようにして彼女は居た。
「リコ!」
名を呼ぶと、リコはこちらに顔を向けた。暗がりな上、下ろした髪が風になびいて表情を読み取れない。
アーマーガアがアメジオの意を汲んでウイングデッキに降り立つ。その背から降り、労りを込めて撫でてやりボールで休ませた。アメジオはリコの元に歩み寄る。階段の一番下の段に腰掛けた彼女は、ひどく小さく見えた。
「こんな所にひとりで居たのか」
「
……
アメジオ」
こちらに向いた目線はどこか合わない。風の音にかき消されるようなか細い声に、異常を悟る。
乾杯の音頭を取り、仲間と笑い合っていた彼女が、いつからか賑やかな輪を抜けて、パートナーたちも側に置かず、誰にも知られずひとりで展望室の前に居たのが不思議ですらあった。膝を抱えて座り、顔を髪で隠すようにして。
「どうした?」
努めて優しく聞こえるように声をかけるも、帰ってきたのは、どこか硬い声と笑顔。
「大丈夫。何でもないよ。アメジオはどうしてここに? 景色見に来たなら、場所譲るね」
「それには及ばない。君を探しに来た」
アメジオの言葉を受けたリコの顔から表情が抜け落ち、次の瞬間くしゃりと歪んだ。
「
……
見つかっちゃったね」
涙が滲んだ震える声に、心臓がどくりと跳ねると同時。リコの目から、雫がこぼれ落ちていった。
一滴が落ちれば、あとは雨の降り出すように止まらない。ひくりと喉を震わせるリコの頬を幾筋も涙が伝っていく。それを隠すように背中を丸め声を殺して泣く姿が痛々しく、寄り添ってやらねばと思うのに、アメジオはどうしていいか分からずに立ち尽くす。
人の涙など初めて見たのではないか。自分が涙を流したのだって幼い頃のことで覚えていないというのに。
泣くほどの出来事は確かにあった。そしてそれは、己にも覚えがあった。
「別れが、辛いのか」
肩を震わせるリコは、頷きだけを返した。
古の冒険者に連れ添ったポケモンたちのラクアに留まる決断を、夕暮れの空の下にテラパゴスが映し出して見せた。かの地が元の姿を取り戻すまで、力を尽くしたいのだと。
ロイは力強く頷いてレックウザを激励した。アメジオは暫く道を共にしたジガルデとの別れを名残惜しく思ったが、ギベオンの遺志の残る地を見守りたい思いを汲んだ。
では、旅立ちの日からずっとテラパゴスと共に居たリコは。別れの時は笑顔を見せていた。ポケモンの意思を尊重し慈しむ心を瞳に乗せて。だとしても、ポケモンへの万感の思いを熱を込めて語ったリコは、テラパゴスのことだって大好きであるはずだ。ラクアを目指すきっかけの一匹、大切な仲間との別れに、身体の一部が欠けたような、心に穴が空いたような思いでいることだろう。
ならば、ここですべきことは決まっている。
リコの隣に腰を下ろした。驚きからかこちらに泣き濡れた顔が向いた。懐からハンカチを取り出して差し出すと、潤んだ瞳が見開かれた。
「使うと良い」
おずおずとハンカチを受け取り、両手に握りしめるリコを見下ろす。ありがとう、と強張った笑みを浮かべ、光る目を伏せ、リコはとつとつと話した。
「
……
泣いてちゃだめだって、わかってるの。ラクアでは笑ってお別れできたのにな。パーティーも、楽しかったのに、そこにパゴゴが居ないって思っちゃうと、どうしても、さみしくて
……
」
「ずっと傍に居たい相手と別れた時の気持ちは俺にも分かる。泣いてはいけないなどと誰も言わない」
「
……
っ、ふう、うぅ
……
!」
嗚咽が夜気を震わせた。今に至るまで何度も目にしてきた空色の双眸から、今また大粒の雫が落ちる。天気雨。真昼の流星。そんな想像が頭を占める。何もかもが夜闇に染まるこの場で、リコの涙は光を帯びているかのようで、目が離せない。
気丈で、強情で、時に格上相手に食らいつき、時に自らポケモンの前に立つ。挫折を味わい曇っても、アメジオの言葉ひとつで光を取り戻し。力を振り絞る相棒を、絶望の深淵を見つめていた己を、憎き敵すらも照らしていく。そんなリコが今、泣いている。戦いの中で身につけ厚くしていった鎧がほろほろと砕けて剥がれ落ちるように。それを目にしているのが己だけであるということに、アメジオは奇妙な充足感を覚えていた。
本当は、その涙を手ずから拭いたい。抱き寄せて、この胸に頭を預けさせてやりたい思いに駆られる。けれどそれは過ぎた願いだ。代わりに髪を撫で、小さな背中に手を添えた。肌寒い空気の中で、悲しみに震えるその背は熱を持っていた。星の光のような滴を落とす彼女は星そのものなのかもしれない。道を失った己を立ち上がらせてくれたしるべ。報いるために今できるのは、星の瞬きを隠す雲になることだ。ままならない思いから目を背けるように、そんな柄にもないことをアメジオは考えていた。
「ありがとう、アメジオ
……
」
「礼には及ばない」
ようやく落ち着いたリコは微笑んだ。今宵の星空のような穏やかな表情にアメジオは安堵する。
「もう大丈夫なのか」
「うん。いつまでも泣いてたらパゴゴも安心できないだろうし」
テラパゴスを思って遠ざかるラクアの方角を見つめるリコの、赤く腫らした目元に、指を伸ばそうとして押し留め、拳を握り込む。夜風がそこを冷やしてくれると良い、とアメジオは思った。リコが涙したことを他の誰も知らなければ良いと。
行き場のない思いを胸の隅に追いやり、アメジオもジガルデと過ごした時間を思い返す。手入れのため体に触れるのを許してくれたのは己がギベオンの孫だからというだけではなかったはずだ。戦いの中ではこちらへ向かう確かな信頼を感じとれた。メガシンカを成すほどの強い絆を結べた一匹との別れに、胸に寂寥感は過ぎる。それでも。
「また、会いに行ける」
「そう、だよね。またラクアに行けばきっと」
「俺もまたジガルデに会いたい」
うん、と頷くリコに、強い思いを乗せて言う。
「いつか共に会いに行こう」
はっとこちらを見た空色は、もう一度だけきらりと潤んで、瞬きの後にやわらかく晴れた。
「うん。一緒に会いに行こう」
約束を聞き届けるような流れ星が、視界の端に光った気がした。
黒髪が風をはらんで翻る。闇の中でも鮮やかな天色はリコの強い心根の色だ。彼女はもう表情を隠しはしなかった。アメジオの差し出したハンカチを、宝物のように胸に抱きしめて。
「ハンカチ、洗って返すね」
「そのまま持っていていい」
「返すよ! また、会いたいから」
ふたたび、心臓が跳ねた。喜びの湧く心を諌めるように、アメジオは嘯いた。
「
……
グレンアルマがソウブレイズに会いたがるだろうしな」
「そうだね。でもわたしだって、これからも何度でもアメジオに会いたいよ」
ゆっくりと細まった目元の、赤みが強いと感じたのは、きっと己の思い上がりだ。
「それは光栄だ」
短く返した声は、我ながら驚くほど親しげな響きだった。気恥ずかしさに、指を組んだアメジオは夜の地平に視線を投げた。
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