夕食時のブルーベリー学園学生食堂は、常ならぬざわめきに満たされていた。わたしはその渦中で内心冷や汗を垂らしつつ、隣を見上げる。
「アメジオどれにする? 食べられないものある?」
「何でも食べられる。君のおすすめが良い」
「ええー、難しいなあ……」
数多の視線が注がれているのに気づかないほどに鈍感ではない。知らない人ばかりではなく、ロイやドット、ウルトにアンにも見られているのは分かっている。食べても味がわからないかもしれないと危ぶみながら、一番リピートしている定食をふたつと皆のポケモンフーズをオーダーし、スマホで決済した。
「ご馳走になって良かったのか」
「もちろん。でも恩返しのつもりだけじゃないよ。学園のポイントせっかく貯めたけどずっとここにいるわけじゃないし、余ったらもったいないから」
「なるほど。では厚意に甘えるとしよう」
ほどなくして提供された食事を受け取り、席を探した。隅の席がちょうど空いたところだったので、そこを確保しようと歩幅を大きくする。目的の席にトレーを置くことができてほっとしていると、アメジオに奥側の席を手で示された。軽く頷いてそちらに座ると、アメジオは対面の椅子を引いて腰かけた。
「わあ、スマート……」
「男子たちに見習ってほしいね」
そんな声が聞こえてようやく、レディーファーストに思い至る。急に頬が熱を持つ。
流石はアメジオだと思うけれど、これだと周りからアメジオの顔が見えない分じろじろ見られやすくなっている気がする。だったらわたしが通路側の方が良かったんじゃない? いや、でも、アメジオが顔を見られまくる方が気の毒かもしれない。
「かっこいいけど、絶対あの子と付き合ってるよね」
やはりそう見えてしまうのかと思うと、さらに顔が熱くなる気がした。
「リコはポケモンたちを出さないのか?」
「あっ、そうだね……! みんな、ご飯食べよう」
気づけば既にソウブレイズとアーマーガアはテーブルの脇に控えている。囁き声が聞こえていないはずがないのに、表情ひとつ変えないアメジオに促され、やっとボールを取り出した。今日も沢山助けてくれたみんなを呼び出す。マスカーニャとブリムオンはわたしを挟むように席に着いた。そしてカルボウは、アメジオの隣の席によじ登って熱心に何か主張していた。なんて言っているのかな。シンクロしていたせいか、カルボウの言うことが分かるような気がした。それを半目で見つめるソウブレイズの言いたそうなことも。『貴方と食卓を囲めて嬉しい』『我が主に対して図々しいぞ』……ってところ?
いつの間にか頬が緩んでいたのを、アメジオに見られていたことを目が合って知る。心臓が跳ねた。そんなに柔らかい眼差しを向けないで欲しい。ドキドキがぶり返して、困る。
「さあ、頂こう」
「いただきます」
なんとか平静を装っても、アメジオの一挙手一投足につぶらなひとみやないしょばなしが周りから放たれるものだから、食器を扱うのも覚束なくなる。何か話を振ろうにも、聞き耳の多さを考えてつい口を噤んでしまう。フーズを摘むマスカーニャが煩わしそうに、フーズの山に剣を入れたソウブレイズが牽制するように、周囲を睨むとひとたび収まるものの、結局焼け石に水……むしろセキタンザンにみずでっぽう。
わたしたちライジングボルテッカーズも、学園では最初のうちこそ少し目立ったけれど、すぐに気にされることは無くなった。多分制服を着たアンや、上級生のゼイユ、ブルベリーグ四天王の皆さんと一緒にいたからすぐに馴染んだんだと思う。
それなのに今、アメジオと一緒なだけでこんなにも目を集めてしまっている。すらりとした長身、見るからに仕立ての良いスーツと靴、そして迫力さえある綺麗な顔のせいだけではないのだろう。きっとここがもしセキエイ学園でも、他の場所でも同じように皆の視線を集めるに違いない。連れているポケモンを見ればすぐわかる、強くて素敵なトレーナーなのだから。
「美味しいな」
「う、うん」
正面からの声にはっとする。しっかりしなきゃ。気を散らしていないで、食事とポケモンたちに集中しないと。アメジオにも失礼だ。危惧していた通り、自分の皿を見ていつの間にここまで食べ進めたのかと思う始末だった。
不意に、何かが視界に入った。それがアメジオの指だと気づいたときには、わたしの口元を拭って引っ込んでいった後で。
「ついていた」
指で浚った欠片を、アメジオはぱくりと口に入れてしまった。あまりのことに、ひゃ、なんて悲鳴じみた声が喉の奥から出た。それなのに、容赦ない彼の追撃がくる。
「何を言われようと、俺の方を見ていれば良い」
そんなこと言われるまでもなく、最早そうするしかできない。確かに周りの音はすっかり分からなくなった。真っ白になった頭に、貴方のことしか映らない。
「そう、します……」
「ああ。修行の話を聞かせてくれないか」
アメジオの穏やかな表情と美しい所作を見ながら、ようやく意識して食事を口に運ぶ。食べ慣れた安心する味に、余分な力が抜けて、気持ちが透明になっていく。
睨みを効かせることに躍起になっていたマスカーニャは、アメジオに後れを取って不服そうだった。ブリムオンは意味ありげな微笑みを浮かべ、カルボウはホッとしたような顔。ソウブレイズとアーマーガアは自分の食事に集中しているようだった。
テブリムが進化した時の話をしようと、わたしは顔を上げアメジオと目を合わせた。
(ブリムオンが頭痛を起こすサイコパワーを放たずに済んで良かった。流石はアメジオどの)
カルボウがそっと胸を撫で下ろしていたのは、誰も知らない話。
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