うたた寝をしているアメジオを目にしてしまい、リコは思わず瞬きした。いつも凛と伸びている背筋はミーティングルームの椅子の背もたれにすっかり力を預けており、片手がだらりと下がっている。首も傾いて、前髪が顔を半分隠している。閉じられた瞼を縁取る睫毛の長さに驚いた。
(疲れてたのかな)
眠っているのを良いことに、まじまじと見てしまう。綺麗な顔だと思っていたけれど、寝顔はあどけなさすら感じられ、どこまでも手入れの行き届いた大人同然の装いとのギャップにどきりとする。穏やかな寝息が微かに聞こえるからなおさら。
(どうしよう、可愛く見える)
その考えが伝わったはずもないのに、眉根がわずかに寄った。リコは慌てて緩んでいた口を引き結ぶ。
(アメジオって、何歳なんだろう)
いつの間にか出会ってから数年、されどまだ出会って数年。様々な面を見てきたようで、ほとんど何も知らないのだと気づく。
エクスプローラーズの一員だった頃の彼なら、こんな姿は誰にも見せなかっただろう。スピネルや他の幹部たちとは反目し合っていたようだし、一分の隙も見せないように、頑なで居丈高な態度を取るようになっていったのかもしれない。写真で見た幼い頃のアメジオ――ポケモン好きな普通の男の子が、こうまで成長するのにどれほどの道を歩んできたのか。大人たちに引けを取るまいと、どれだけ必死に踵を浮かせて歩いてきたのか。
(ここでなら、気を張らないで良いんだよ)
もう少し傍で見ていたくて隣に座ると、眠気が伝わってくるようだった。もしくは、ここに来るまでにマグマッグがあくびするのを見たからかもしれない。たちまち瞼が重くなる。テーブルに突っ伏して、リコも目を閉じた。
◇
はっと目を覚ましたアメジオは、靄のかかった頭でなんとか記憶を手繰る。
ブレイブアサギ号にたまに訪問すると、船員の誰も彼もに気遣われたり休息や軽食を勧められたりとむず痒い。逃れるように人けのないミーティングルームに来て席に着いたところ、そこにいたヨルノズクがじっとこちらを見上げてきて……気づいたら今に至る。さいみんじゅつを受けたのかもしれない。
(出先で眠ってしまうなど……不覚だ)
椅子で眠ったせいで固まった背を伸ばす。ふと辺りを見ると、隣の席でリコが眠っていて面食らった。テーブルに体を預け、腕に顔を半分埋めている。細い肩が呼吸に合わせて上下している様子に、どうしてかこちらの肩の力も抜けていく。
不躾だとは思いながらも、彼女を構成する驚くほど滑らかな輪郭線に目が吸い寄せられる。年相応な、穏やかさそのものの寝顔にも。
(君はまだ、ほんの子供なのに)
トレーナー歴たった数年の彼女の道のりを思う。出会った時は気丈なだけの何も分からない少女に見えた。それがすぐに拙いながらも戦術を組み立てるようになり、いつしか相棒を奮い立たせ、支えられる強いトレーナーになって。
穏やかな学園生活を過ごすはずが、因縁めいた戦いに巻き込まれるような形で旅に出たというのに。驚くほどに真っ直ぐで、闇のなかでも輝くような意志の強さを今まで何度も見せつけられた。
(それほど背伸びしなければならなかった)
アメジオもまた、リコにそうさせていた一人なのだと、重々承知している。彼女との出会いの日を思い出す度、胸がちりりと焼け付く気がしていた。
今まで見てきた彼女の表情は戦いの中のものがほとんどで、眠る姿はその全てから遠く離れている。よく晴れた日の高い青空、風に揺れる小さな花々、そんなものを思わせる。
(そんな風に思うことすらおこがましい)
白い頬にかかる髪を除けてやろうかと、手を伸ばしたその時。
眉が動き、瞼がゆっくりと開かれる。アメジオはすんでのところで手を引っ込めた。頭を上げたリコは目をこすりながらアメジオの方を見る。
「あれ……? アメジオ、起きたんだ」
「……君こそ」
「わたしも寝ちゃってたんだね。ごめん」
「謝られるようなことはなにもない」
むしろ許可なく触れようとしていたことをアメジオは心の中で詫びた。寝姿を見られたことに思い至って、決まりの悪さに口元に手をやる。
リコは腕をぐっと突き出し肩や背を伸ばした。無防備な寝起きの仕草から、アメジオは急いで目をそらした。
「少しは休めた?」
「気遣い無用だ」
「気遣わせて。もう仲間だし、友達なんだから」
「……友達か」
覗き込むようにアメジオを見つめるリコの目には物怖じも気負いもない。口の中で転がした単語の通り、随分前から、彼女は同じ目線で接してくれていたと気づく。
「図々しいかな」
眉を下げ頬を掻くリコに、アメジオは応えたかった。椅子を立ち、心のままに言葉を返した。
「いや。仲間や友達という関係では、どこか足りない気がしただけだ」
見開かれた空色の目がきらきらと輝き、頬が淡く染まる様が、陽だまりのようにアメジオの胸を温める。
「……嬉しいな」
差し伸べた手に、そっと手が乗せられた。立ち上がったリコは満面の笑みを浮かべてこちらを見上げる。今や同じ高さの誇りを胸に抱いている彼女を、自分が背伸びさせたなどと、それこそおこがましいのかもしれない。どこか清々しい気持ちで、口角を上げた。
「行こう」
リコの歩幅に合わせて、アメジオはミーティングルームを後にした。窓から差し込んだ西日が、並んだふたつの影を長く伸ばしていた。
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