A4
2026-05-12 08:28:24
3843文字
Public 助手2号のお兄ちゃんのイトアキ
 

ふたりで尾行を/ 助手2号のお兄ちゃんのイトアキ

今さら、シーズン2の初期の話。ホロウの中に入る妹をお兄ちゃんはチャンピオンをさそって尾行する。

「はい、ライトさん、これに着替えて」
澄輝坪は雲嶽山が拠点、適当観に赴いたところ、彼を呼びつけてきたもう一人のプロキシが黒の背広を渡してきた。白いシャツ、黒いネクタイ、黒い帽子も押しつけられる。
アキラの突飛な行動には未だ慣れない。
いや、カリュドーンの子でも面食らうような扱いを受けることがあるので、アキラの行動もそこまで変ではない……と、一応、心の中でフォローを入れようとしたが、やはり、唐突だったし真意が見えなかった。
しかし、アキラの部屋に入ると、彼はすでに、背広を着ていた。そして、黒いスクエアフレームのサングラスも着用していた。
なんの仮装かと尋ねたところ「尾行するにはこの格好じゃないと」とわけのわからない返しをされた。おそらく、映画にこういうシチュエーションがあるのだろう。
袖を通してみたが、ぶかぶかだった。足も裾が余ってしまう。白いシャツだけはややきつく、胸の前のボタンがはじけ飛びそうだった。
「まるで道化だな」
ぼやくと、アキラが口元をにやりと吊り上げる。
「潘さんから借りたからライトさんには大きかったようだね」
「シャツはぱつぱつだぞ」
胸元を手で押さえると、アキラは「うわ」と、やや引いた声を出す。
「なんだ」
「ライトさんて、裸でシャツをそのまま着る派なのかい。乳首が透けて見えるじゃないか」
「普段は気にならねえだろ」
……郊外じゃふつうなのかもしれないけど、ここじゃ、わりと、わいせつだと思う」
人の身体をそのように称する人間には出会ったことがなかった。しかも、相手はアキラである。ライトは面食らって言葉を失った。
「前は閉めておいたほうがいいね」
と言って、アキラは背広の前をボタンで留めた。
「さあ、出発だ」
「どこへ行くんだ」
「言っただろう、尾行だよ」



数十分後、ライトとアキラは澄輝坪からラマニアン・ホロウに入った。ロープウェイの係員は怪訝な顔をしていたが、片割れが雲嶽山の弟子であることに気づき、何も言わなかった。
「あんた、ホロウに入って大丈夫なのか」
「ちょっとだけならね」
「一体、誰を尾行するんだ」
ロープウェイの籠の中で確認すると、アキラはサングラスを外した。沈痛な面持ちでライトを見つめる。
「ここのところ、リンには新しい友人ができた」
「いいことじゃないか」
「もちろん、いいことだ。柚葉にアリス……そして、真斗くん」
アキラの目は据わっていた。
「柚葉もアリスもいい子だ。そして、真斗くんも」
「ふむ」
「でも、近すぎるんじゃないかと思う」
つまり、妹に悪い虫がつきそうなので、調査に乗り出したということらしい。
「あんたの妹も立派な成人だろ? 放っておいてもいいんじゃないか。リンなら分別もついているし、あんたがとやかく口を出していいことのようには思えんがな」
「僕だって妹の意志を尊重したい。彼女が選んだ道なら応援する。でも、それと僕の納得は別の問題だ」
アキラは鼻を鳴らし、ライトから視線を外すと、窓の外の風景をじっとりとした目で眺めた。
「交友関係には何も言うつもりはない。知らないところで何かが起こっているのが嫌なんだ」
「過保護は嫌われるぞ」
「なんとでも言ってくれ」
「自分が仲間はずれになってるから焦ってるってことか?」
「違う」
アキラは低い声でぴしゃりと言った。
その鋭さに、ライトは、図星だからじゃないかと思うのだった。



さて、かつての航空宇宙開発局跡地に足を踏み入れると、わいわいと騒ぐ声がして、そちらへ向かえば、リン、柚葉、アリス、そして真斗の四人とイアスがエーテリアスをボコボコにしていた。
ライトとアキラはドラム缶の影からそれを見守った。
図体のでかい犬のシリオンがいて、名前からして、彼が真斗だろう。大剣を使っていて、一見鈍重に見えるが動きは素早く、また、少女たちとの連携も抜群で、戦闘のセンスはあるようだった。
「真斗くん、危ない!」
リンが叫び、目が青く光る。不思議の力が働いて、真斗を背後から襲おうとしていたエーテリアスの足元が崩れた。真斗は振り返りざまに大剣を振ってエーテリアスの体躯を粉砕する。
辺りに静けさが戻り、四人と一匹が集まった。
「リンちゃん、助かったっす」
「ふふん、それほどでもあるでしょ?」
どこかはにかみながら真斗がリンに言い、リンはえっへんと胸を張る。
ライトがアキラの横顔を確認すると、サングラスの隙間から彼の目が険しくなっているのがわかった。ぎゅっと強い力でライトの腕が掴まれる。
「『リンちゃん?』」
「え?」
「慣れ慣れしいと思わないかい」
「名前を呼んだだけだろ」
「今まで僕らのことを名前で呼んできたひとはいない」
「俺は……
「ライトさんたちだって最初はプロキシを警戒して職業名でしか呼ばなかったじゃないか」
……学生だからじゃないのか」
「ああっ、ちょっと、近すぎる、どうしてあんなにくっつく必要が? アリスと柚葉とは適切な距離を保っているのに」
アキラははらはらと四人と一匹を見守る……いや、のぞき見していた。
ライトは同じように同じ物を見ているつもりだったが、どうも、捉え方は違うらしい。
真斗という犬のシリオンは確かに他の二人よりリンの側にいたが、それは彼女の足元に瓦礫があり、何かあって転びそうになったとしても、いつでも支えられるようにしているようだった。そして、先ほどの戦闘を見れば、ウサギのシリオンの少女も、元気に傘を振り回してアライグマと走り回る少女も、どこにも危なげなことはなく、彼が二人を信頼しているからこその距離感に思えた。
が、視野が狭くなっている人間に何を言っても通じまい。ライトは黙ってアキラがブツブツ言うのを聞いていた。
四人と一匹は目的を果たしたようで「ティーミルクが飲みたい」とか「飲茶仙で点心食べよう」と、若者らしい会話で盛り上がっている。
アキラが無言で立ち上がったので、ライトもそれに続いた。何やら、スーツ姿の背中から哀愁を漂わせている。
「戻ろう、ライトさん」
「いいのか」
「リンたちもホロウから間もなく出るだろう。僕たちがつけてきたと知ったら後で何を言われるか」
つけたのはアキラだけだろうと言いたかったが、ライトはそこでも賢明に口を開かなかった。



澄輝坪の上層に戻ってきて、ライトとアキラは「尾行するための装備」を脱いで元の服に着替え、飲茶仙に入った。女将の紅豆は個室を案内してくれようとしたが、アキラはそれを固辞して、店の前のテラスがいいと言った。
「すぐに持ってくるね」
紅豆自らオーダーを取り、しゃなりしゃなりと歩いて店の中に入る。
安っぽいプラスチックの椅子はライトには不安定だった。なんだか、尻の下でミシミシ音を立てている気がする。重心を支えるのに苦労していると、アキラが大げさにため息をついた。
「ああ……。リンはどんどん遠い存在になっていく」
「そうか」
「世界で一番魅力的なのに、最近は引きこもらずに外に出ることが多い。そりゃあ、いろんな人が群がってくるはずだ」
「そうだな」
「彼女と二人でビデオ屋を営むのが僕のささやかな夢なのに……
「そりゃあいい」
「む。ライトさん、真面目に聞いてくれ」
「いや、椅子が……
「椅子なんてどうだっていいだろう。……すみません、この人の大きい身体だと椅子がかわいそうなので、頑丈なものを持ってきてくれませんか」
アキラが手を上げて給仕を呼び、給仕は慌ててしっかりした椅子を持ってきた。プラスチックの椅子は破壊される前に回収された。
そこへ、到着したロープウェイからリンたちが出てくる。リンはすぐにアキラとライトに気づき、イアスを抱えて駆け寄ってきた。
「おにいちゃん、ただいま!」
「おかえり、リン。ホロウでの体調は?」
「ぜーんぜん、なんともないよ。ばっちり!」
「それならいいのだけれど」
先ほどまでうじうじしていた青年はどこへやら、今は落ち着きを取り戻し、穏やかに妹を柔らかな眼差しで見つめている。
犬のシリオンとウサギのシリオン、人間の少女がやってきた。足元にはアライグマだか狸だかもついてきている。
「アキラくん……と、そちらは?」
犬のシリオンの「真斗くん」は明るい表情でアキラの名を呼んだが、隣にいたライトには警戒した。正しい状況判断だ、と内心は高評価だったが、面白くないものがあった。
「こちらは郊外の無敗のチャンピオンのライトさんだ」
「カリュドーンの子のライトだ」
「へえ!」
真斗は顔を輝かせた。どうやら、郊外の走り屋の勇名は澄輝坪にも届いているようで、彼も年相応にアウトローに憧れているらしく、しばらくライトは真斗の質問に受け答えした。
点心が運ばれてきて、四人と一匹はそれぞれの家に戻っていった。アリスは何やら報告書を書かねばならず、真斗と柚葉は家の手伝いがあるという。学生の身分でホロウ探索をしていながら、しっかり地に足の付いた生活をしているのである。リンとイアスは二人に挨拶をして適当観に向かった。
その背を見送るアキラに、ライトはぼそりと言う。
「『アキラくん』?」
…………
アキラは明後日の方向を見て何も答えなかった。



その後、真斗がアキラと同じ部屋で寝たとか、アキラに懐く姿を見ることになるのだが、その後の二人の会話はまた別の機会に明らかになることもあるだろう。