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haruka037
2026-05-11 18:13:20
19746文字
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許されない恋
立花 明日香が会社の上司に恋する話。
R18。
人物紹介。
立花 明日香
入社3年目で高橋の所に配属された。
厳しいと有名な高橋に最初こそ緊張していたが、ふと見せる不器用な優しさに次第に惹かれて行く。
高橋 司
立花の会社の上司。
仕事には厳しいが時折優しい面も見せる。
左手の薬指に指輪がある。
入社3年目にして突然辞令が下った。
人事異動だ。
同じ本社ではあるものの、来期から働く課が変わる。
しかもそこは有名な課長のいる課だった。
「うわ、高橋課長のとこじゃん。ご愁傷様」
辞令を見て固まった私の手元を覗き込んだ同期の茜が、気の毒そうに呟いた。
高橋課長はある意味で有名人だ。
実績はあるが仕事に厳しく、時には部下を叱り飛ばす事もあるのだとか。
入社したての部下に声を荒げている場面を他の課の人が見かけたらしい。
それだけを聞くと怖い人物なのだと思う。
けれども聞いた話では、高橋課長の下で働く人達からの信頼は厚いらしい。
結束力も半端ではないのだとか。
ただ怖いだけの人ならそんな風に部下に信頼されたりなんてしないだろう。
だからきっと人としての魅力がある人なのかも知れない。
「どんな人なんだろう
……
」
高橋課長に思いを馳せつつキーボードを叩く。
「良い人だったら良いな
……
」
ぽつりと呟いた言葉は、職場の喧騒に紛れて消えた。
異動の日、当日。
私はいつもより大分早く職場に来ていた。
気合が入っていたからではない。
緊張から眠りが浅く、いつもより三十分早く目が覚めたのだ。
スーツに身を包んで新しく配属された部署に赴く。
始業時間より大分早いからか、人影は殆どない。
広い部屋の一番奥にある机の前に、誰かがいた。
パソコンに向かっているその人影に声をかける。
「おはようございます。高橋課長でしょうか
……
?」
おずおずと問いかければ相手が口を開く。
「ああ、そうだが君は
……
?」
高橋課長を初めて見た印象は、冷たそうな人だなと言うものだった。
目付きが鋭く、見つめられると睨まれているかのように感じてしまう。
「今日から異動になりました、立花 明日香です。よろしくお願いします」
頭を下げると課長が頷いた。
「ああ、話は聞いている。今日からよろしく頼む。朝礼で皆に君を紹介する」
「はい
……
」
何か続きがあるだろうかと待っていると、パソコンから私に視線を戻した課長が短く「話は以上だ」と返した。
どこか素っ気ないその態度を冷たいと感じてしまう自分がいる。
やっぱり苦手だなぁ
……
。
そう思いながら自分のデスクに座った。
以前、荷物を持って来た時には愛想の良い人達ばかりだったから、高橋課長も噂に聞く程には怖くないのではないかと思っていたけれども、どうやら噂通りの人なのかも知れない。
まだ業務時間までには余裕があるから鞄から携帯を取り出した。
チラリと盗み見た高橋課長の表情はどこか固く、とっつきにくい印象を感じる。
ここでちゃんとやって行けるかな
……
。
一抹の不安を感じながら、そっとため息を吐くのだった。
朝礼を終えて自分のデスクで仕事をする。
チラリと高橋課長に視線をやれば、彼は真っすぐにパソコンを見つめている。
その目はやはりどこか冷たい色を浮かべているようで、どこか苦手に感じてしまう。
ふと、高橋課長と目が合った。
慌てて視線を外すと、カタンと音がする。
振り返ると高橋課長が立ち上がっていた。
課長は真っ直ぐにこちらに向かって歩いて来る。
どうしよう。怒られるかな。
「立花」
「は、はい
……
」
声をかけられてオドオドしながら顔を上げる。
そこには冷たい目をした課長の顔があった。
「私が怖いか?」
真っすぐに問われて言葉に詰まる。
「えっと
……
、あの、そんな事は
……
」
課長の目付きが鋭くなる。
「嘘を付くな。君は私が怖いのだろう?」
バッサリと否定されて表情が硬くなる。
「私、は
……
」
怖いに決まっている。
そんな風に睨まれたら誰だって怖い。
泣きそうになっていると場違いに明るい声が割って入って来た。
「課長~。新人いびりですか?やめてくださいよ~。職場の雰囲気が最悪です」
それに高橋課長が溜め息を吐いた。
「別にいびってはいない」
「そうですか?虐めてるように見えましたけど?」
「煩いぞ坂本。仕事に戻れ」
「は~い。了解しました~」
高橋課長が眉間の皺を揉みながら自分の席に戻って行く。
「大丈夫?今日は課長、虫 の居所が悪いみたいだから気を付けなよ」
「ありがとうございます。坂本さん
……
」
胸元にある名札を見つめながらそう言えば、彼はニッと笑った。
「美人には優しくしないとね」
じゃあね。
そう言って坂本さんは自分のデスクに戻って行く。
その日は高橋課長の方を見ないように気を付けながら仕事をしたのだった。
それから1週間後、私はピンチに陥っていた。
まだ新しい仕事に慣れておらず残業になってしまったのだ。
しかも苦手な課長がまだ残っている。
早く終わらせて帰らないと。
焦りながら仕事をしていると、ふと視界が翳った。
顔を上げると高橋課長が立っている。
「まだ終わらないのか?」
声をかけられて思わず表情が引き攣る。
「すみません。なるべく早く終わらせます
……
!」
そう応じると、課長が私のデスクを指差した。
「今日の分はこれだけか?」
デスクの上には書類が積まれている。
「はい。そうです」
震えそうになるのを堪えながら返事をすると、課長が無言で手を伸ばした。
「えっ
……
?」
驚いて声が上がる。
私の書類の半分以上を取り上げた課長は「手伝ってやる」とだけ言って背中を向けた。
ポカンとその背中を見つめて慌てて口を開く。
「ありがとうございます」
課長はその言葉に振り返る事はしなかった。
「早く仕事を覚えろ。毎回仕事を押し付けられてはたまったものではない」
そんな返事が返って来る。
仕事を持って行ったのは課長なのにと思っていると、さっさとデスクに戻ってしまった。
仕事に慣れていない私を放っておけなかったのだろうか?
口は悪いけれどそんなに怖い人ではないのかも知れない。
そんな事を思った。
それから課長と接するうちに、少しづつ恐怖が薄れて行った。
課長は口では厳しい事を言うけれど、態度は優しい。
困っていたりすると、どこからともなく現れて助けてくれる。
その時にチクリと嫌味を言われるのだけれど、それに慣れてさえしまえば前程に苦手意識は感じなかった。
人望が厚いのも分かる気がする。
なんだかんだで高橋課長は優しいのだ。
絶対に部下を一人にはしない。
困っていたり悩んでいたりする人がいれば、必ず気付いて声をかけている。
人に全く興味がないようでいてよく人を見ている。
それが高橋課長だった。
私も何度も助けて貰った。
「高橋課長って、恋人とかいるんですかね
……
?」
ぽつりと呟くと隣にいた坂本さんが激しく噎せた。
「ゲホッ、ゴホッ、なに
……
、もしかして高橋課長に惚れたのか?」
相手は上司だぞと呆れた顔をする坂本さんに笑ってみせる。
「まさか。ただ、いつも仏頂面の課長が恋人の前ではどんな顔をするんだろうって、気になっただけですよ」
「へぇ~。それは君を口説いてる男の前で言う台詞かな?」
坂本さんをじっと見詰める。
そうしてニコリと笑った。
「大丈夫です。社交辞令だってちゃんと分かってますから」
今、私は坂本さんとバーに来ている。
彼の名前は坂本龍也さん。
なんでもお父さんが坂本龍馬の大ファンで、息子が生まれたからには『龍馬』と付けたかったらしいのだけど、奥さんに大反対されて今の名前に決まったそうだ。
私がそんな事を知っているのは初めて誘われたデートで、聞いてもいないのにペラペラと彼が語ったからだった。
『坂本は愛想が良いけど、女たらしだから気を付けろよ』
会社の同僚にそう耳打ちされてからは、坂本さんの口説き文句を話半分に聞き流している。
それでも毎回坂本さんの『デート』にほいほい着いて行くのは、単純に話していると楽しいからと、代金を全て彼が払ってくれるからに過ぎない。
「冷たいな。俺は本気で君を口説いてるのに
……
」
熱っぽい視線を向けられて苦笑する。
「はいはい。坂本さんは綺麗な女性にはいつだって真剣なんですよね」
「そりゃそうさ。美人を見たら口説くのが礼儀だろう?」
「そんな礼儀、聞いたことありませんけど?」
「俺が決めた礼儀だから」
にっこりと笑われて苦笑する。
悪い人ではないのだけれど、きっと付き合えば痛い目を見るのだろう事は明白だった。
「明日香ちゃん、俺と付き合ってよ。大事にするからさ」
「はいはい。でも、私と同じくらい他の女性も大事にするんですよね」
「そりゃあもちもん」
悪びれもせずに胸を張って見せる坂本さんに笑ってしまう。
ここまでハッキリ言い切られてしまうと逆に清々しい。
その辺りの所を割り切れるのなら坂本さんと付き合っても楽しいのだろうけれど、私は自分だけを真っすぐに愛してくれる人と結ばれたい。
「私は坂本さんみたいに軽薄な男性とは付き合いません」
「言ってくれるねぇ。じゃあ何でいつも俺とデートしてくれるのかな?」
「単純にタダ酒が飲みたいだけです」
「ひでぇ」と笑う坂本さんは、それでもどこか楽しそうだ。
「まあ、良いさ。タダ酒目当てでも俺と会ってくれるんなら嬉しいよ」
私の手を取ってチュッと手の甲にキスをする。
私はそれに苦笑した。
「本当に、女慣れしてるんですね」
「おいおい。そこはときめくとこだろ」
坂本さんもまた苦笑する。
その時カランカランと入り口のドアが開いた。
何気なく入り口に視線を移してハッとする。
入って来たのは見知った人物だった。
「高橋課長
……
!」
坂本さんが驚いた声を上げる。
坂本さんが握っていた私の手を離して立ち上がる。
「お疲れ様です。どうされたんですか?」
愛想笑いを浮かべる坂本さんを、高橋課長はギロリと舐め付けた。
「坂本
……
。お前、また性懲りもなく女性を口説いているのか?この間恋人が出来たと言っていなかったか?少しは自重しろ」
冷たい声が降って来る。
坂本さんの笑顔が引き攣った。
「やだなぁ。その恋人とはとっくに別れましたよ」
「その変わりに今度は立花に手を出すつもりか?」
鋭い目付きで睨まれて、流石の坂本さんも分が悪いと判断したのか、机の上に一万円札を置くと「お釣りはあげるよ。俺は退散する」と早口で耳打ちして逃げて行ってしまった。
パタンと締まったドアを唖然と見つめていると、当然のように課長が私の隣に座る。
「今日は飲みたい気分だ。良ければ付き合ってくれ」
そう言ってマスターにお酒を注文する。
「課長も私を口説くんですか?」
冗談のつもりでそう言って笑えば、思いの外真剣な目と視線が絡む。
「そうだ、と言ったらどうする?」
「えっ
……
?」
驚いて目を開いた私の手に、課長がそっと触れる。
「君さえ良ければ、その隣にいる権利をくれないだろうか
……
?」
熱っぽい目が私を射抜く。
坂本さんに触れられた時とは違う。
温かいその手にもっと触れて欲しいと思う。
心臓が早鐘を打っている。
課長の目から視線を逸らせない。
ああ、そうだ。
今更ながらに気付く。
きっと私は課長が好きなんだ。
いつも自然とその姿を目で追っていた。
課長と話す時はいつも胸が高鳴っていた。
「はい
……
。喜んで」
返したその声は震えていた。
嬉しそうに微笑んだ課長の左手の薬指には、銀色の指輪が鈍く光っていた。
◆◇◆
初対面の印象は、気が弱そうな女性だなというものだった。
どこかオドオドした様子でこちらを見つめて来る。
不安そうに見つめられて、またかと思った。
私が他部署でよく思われていないのは知っている。
頭ごなしに部下を怒鳴り散らす上司だと思われていると言うことも分かっていた。
あの日はたまたま虫の居所が悪かったのもあり、仕事で三日も寝ていないと自慢気に同僚と話していた部下を叱り飛ばしてしまった。
その部下には一週間後の休暇を与えたのだが、たまたま他部署の人間がその場面を見ていたらしく、噂は瞬く間に広がった。
その噂のせいで必要以上に恐れられている。
だが、それを何とも思った事はなかった。
他人の評価など気にしても意味がない。
それで仕事に支障が出ている訳ではないのだから問題ない。
そう思っていたのに、何故だか立花に怯えられるのだけは許せなかった。
どこか探るように恐々こちらを見てくるその様子に神経を逆撫でされた。
私はそんな人間ではないと声を大にして叫びたかった。
何故無性に腹が立つのか、その時は分からなかった。
気付いたのは暫く経ってからだった。
不思議と立花ばかりに目が行く。
彼女の事が気になって仕方がないのだ。
やたらと立花を気にかけて、困っているようならすぐに声をかけた。
そうすれば彼女は笑うのだ。
ホッとしたように。
その笑顔に自然と惹かれて行った。
立花の事が好きなのだと気付くきっかけになったのは、とあるバーでの出来事だった。
偶然選んだバーに立花の姿があった。
一人ではない。
側に坂本が座っている。
二人は何やら親密そうに話をしていた。
坂本の手が立花に触れているのが見えて一気に頭に血が上った。
普段より数段冷たい態度で坂本を追い払って、当然のように立花の隣に座る。
「課長も私を口説くんですか?」
冗談めかした立花の声が聞こえた。
その瞬間に全てを理解した。
私は初めて会ったあの日から、立花に惹かれていたのだと言う事に
……
。
「そうだ、と言ったらどうする?」
私の返事に、立花が驚いたように目を見開く。
「えっ
……
?」
どうか拒まないでくれと願いながら彼女の手に触れた。
「君さえ良ければ、その隣にいる権利をくれないだろうか
……
?」
その言葉に、彼女は柔らかく微笑んだ。
「はい
……
。喜んで」
その言葉に指を絡めて立花を見つめる。
「名前を呼んでも良いか?」
「はい
……
」
「明日香」
もう片方の手で彼女の頬に、そっと触れる。
明日香はうっとりと目を閉じて、私の手に自分の手を重ねた。
「好きです。課長」
「そこは君も名前で呼ぶ所だろう」
「呼んで良いんですか?」
驚いた顔をする明日香に苦笑する。
「名前で呼んでくれ。君はもう私の恋人だろう」
「恋人
……
。そうか、そうですよね
……
」
彼女の瞳が揺れる。
どこか不安げなそれに違和感を覚えたが、すぐに明日香は笑って見せた。
「今日からよろしくお願いします。司さん」
◇◆◇
勢いで課長と付き合う事になってしまった。
家に帰ってから、司さんの柔らかい表情を思い出して嬉しくなるのと同時に苦しくなった。
彼の左手の薬指には指輪が光っていた。
きっと既婚者なのだろう。
それなら私は遊ばれているのだろうか?
でも、司さんの目は真剣そのものだった。
それを冗談や嘘だと決め付けたくはなかった。
「本気なんですか?なんて聞けないよね
……
」
司さんの事を疑うような事をしたくなかった。
でも
……
。
さっきまで一緒にいた彼の事を思い出す。
司さんは私を家まで送ってくれた。
一人で帰れると言った私に、「心配だから送らせてくれ」と言った司さんは道中、ずっと私の手を繋いで柔らかく微笑んでいた。
初対面の時の冷たい態度はどこへやら。
まるで別人のように穏やかな表情をしている。
課長は恋人にどんな顔をするのだろうと話していたけれど、まさかそれを自分が見れる日が来るとは思わなかった。
しかもその穏やかな顔は自分に向けられているのだ。
ドキドキしない筈がない。
頬を染めていると、フッと笑った司さんが握っていた手に指を絡めて来た。
「どうして赤くなってるんだ?」
スリッと手の甲を撫でて顔を覗き込まれてますます顔が赤くなる。
「照れてるのか?可愛いな
……
」
司さんが空いている方の手で私の頬を優しく撫でて来る。
愛おしげに目を細められて足が止まった。
司さんも足を止める。
「司さん
……
」
名前を呼ぶと、唇をそっと撫でられた。
「キスしても良いか?」
熱の籠もった声で問われて頷くと、司さんの顔が近付いて来る。
チュッと唇が重なってすぐに離れた。
フッと笑う気配がして顔を上げると、司さんが苦笑している。
「柄にもなく緊張するな
……
」
そう言った司さんの顔も、少しだけ赤らんで見えた。
街灯に照らされたその顔をそっと撫でる。
黙って見つめていると、また自然と顔が近付いて口付けていた。
司さんの手が私の腰を抱き寄せる。
「好きだ
……
」
その言葉に胸が高鳴った。
「私も好きです
……
」
そっと司さんの頬を撫でる。
「帰りたくないです
……
」
ポツリと呟くと、彼は苦笑した。
「誘惑しないでくれ。返したくなくなる
……
」
彼の目にじわりと欲望の色が浮かぶ。
けれども司さんは苦笑して身体を離した。
「そういう事はもう少しお互いを知ってからだな」
温かい手が私の手を包み込む。
「帰ろう」
そう言って司さんが歩き出す。
この時間がずっと続けばいいのにと思っていたけれど、話しているうちにあっという間に家の前まで来てしまった。
「また明日、会社でな」
そう言った司さんが私から手を離す。
温もりが離れて行って寂しくなったけれども笑って見せた。
「はい。また明日」
おやすみなさい。
そう言ってから鍵を開けて部屋の中に入る。
司さんは私がドアを閉めるまでそこに立っていた。
カチャン。
ドアを閉めると溜め息が漏れる。
きっと司さんは奥さんがいる家に帰るのだろう。
私はここで一人だ。
それが酷く惨めで寂しいものに思えた。
翌朝、いつものように仕事に出かけると司さんはもう職場に来ていた。
早めに来ている同僚達に挨拶してから司さんにも挨拶する。
「おはようございます、課長。今日もよろしくお願いします」
手元の書類から顔を上げた司さんが私を見て柔らかい笑みを浮かべる。
「ああ、よろしく頼む」
その優しい笑顔に思わず司さんに抱き着きたくなってしまったけれど、理性を総動員してどうにか耐えた。
自分のデスクに戻るとラインの通知音が来た。
見てみると司さんからだった。
『今日の夜、仕事が終わってから二人で食事に行かないか?』
その文面に嬉しくなる。
思わず司さんを見れば優しい目で見つめられた。
『はい。行きます』
そう返事をすると、司さんは嬉しそうに笑って携帯の画面を撫でた。
司さんと一緒に夕飯が食べられる。
それだけで嬉しくて頬が緩んでしまう。
その日はソワソワしながら仕事をした。
そのせいでちょっとしたミスをしてしまったけれど、私が浮き足立っている原因を知っている司さんは苦笑しながら軽く注意しただけだった。
高橋課長の表情が柔らかくなったと、その日は皆驚いていた。
その理由を知っている私は、一人でこっそり笑ったのだった。
仕事を早めに切り上げて司さんとレストランに向かう。
仕事をしている間に司さんが予約してくれていたらしい。
一度家に帰って服を着替えて来たかったのだけれど、少しでも長く一緒にいたいと言われてしまえばそれも出来なかった。
「我が儘を言ってすまないな」
そんな事を言う司さんは、私の手に指を絡めて離そうとはしない。
「いえ。私も司さんと一緒にいたいので大丈夫ですよ」
笑って見せれば司さんもまた微笑んでくれる。
その優しい顔が好きだった。
奥さんにもこんな風に笑うのかな?
そう考えるとズキリと胸が痛んだ。
表情が曇った私を見て、司さんが心配そうに覗き込んで来る。
「どうかしたか?」
「いいえ。何でもないです」
笑って見せれば司さんは「本当か?」と真っすぐに私を見つめて来た。
「君は優しすぎる所があるからな。何かあったら我慢せずに言ってくれ」
「分かりました。そうします」
そう返して無理にでも笑顔を作る。
司さんを心配させないようにしなきゃ。
本当は聞いてしまいたい。
私は貴方の何なんですかと。
どうして奥さんがいるのに私と付き合っているんですかと問いかけたかった。
でも、出来なかった。
私の事は遊びなのだと言われたら、生きては行けない気がした。
こんなに誰かを好きになったのは初めてだった。
だから側にいたかった。
たとえ遊ばれているのだとしても
……
。
歩いて行く私達の後ろ姿を、誰かに見られている事にも私は気付かなかった。
それから何度か仕事帰りに司さんとデートをした。
優しい顔で私を抱き締めてくれる司さんの事が好きだった。
何度目かのデートの帰りに、ラブホテルが立ち並ぶ一角に誘われた。
「司さん
……
」
「そろそろ、良いか?」
何を、とは聞かなかった。
私は少しだけ迷ってから頷いた。
「はい」
それに司さんは緊張した面持ちになる。
二人でラブホテルに入ろうとしたその時、ラインの通知音が鳴った。
携帯を取り出して開いてみると、坂本さんからのラインで、そこにはたった一行『高橋課長は既婚者だぞ』と言う一文があった。
辺りに視線を巡らせても人通りがそれなりにあって坂本さんがどこにいるのか分からない。
これが警告なのも分かっている。
それでも彼に触れて欲しいと言う欲は留まる事を知らなかった。
「どうした?」
「いいえ。何でもないです。行きましょう」
微笑んで見せれば彼もまた笑ってくれる。
そうして二人でラブホテルに入ったのだった。
二人で部屋を選んでエレベーターに乗る。
ドキドキする。
それと同時に罪悪感も感じた。
司さんは結婚しているのだ。
今から許されない行為に及ぼうとしている。
その自覚がありながらも止める事が出来なかった。
彼が愛しいのだ。
心から愛している。
だから触れて欲しかった。
抱いて欲しかった。
これが罪であるのは分かっている。
でも、もう止まれなかった。
ベッドの縁に座ると、司さんがそっと肩を押して来る。
「あっ
……
、先にシャワーを浴びないと
……
」
「必要ない」
のしかかって来た司さんを見上げる。
「明日香、愛している」
そう言って司さんが口付けて来る。
『嘘つき
……
』
心の中で呟いた。
『愛しているのは奥さんだけの癖に
……
』
瞳から涙が溢れた。
それに気付いた司さんが心配そうに頬を撫でて来る。
「どうした?気が進まないか?それなら
……
」
「いいえ。抱いてください司さん」
無理矢理に笑みを作って微笑んだ。
「貴方を愛してます
……
」
その言葉に司さんが深いキスを仕掛けて来る。
鼻にかかった声が漏れた。
「ふっ
……
、ん
……
、はふ
……
、んぅ
……
、ふぁ
……
」
キスをしながら胸を揉まれて甘い声が上がる。
「ふぁん
……
、つかさ、さ
……
、ふ
……
、んぁっ
……
!」
手早く服を脱がされて手慣れた動作でブラジャーのホックを外すと、直接胸に吸い付かれる。
舌先で乳首を転がしながら左手でもう片方の乳首を押し潰されて声が止まらない。
「ああっ、きもちいいっ
……
、あっ、んっ
……
、つかささんっ
……
!」
甘えるように司さんの頭を撫でる。
熱の籠もった視線が私を射抜いた。
それにゾクリとする。
無意識のうちに太腿を擦り合わせていた。
それを見た司さんが意地悪く笑う。
「何だ。もう欲しくなったのか?」
「欲しいです
……
。司さんをください」
そう言えば司さんの目付きが鋭くなる。
捕食者を前にした肉食獣の目で司さんが荒々しく私の唇に喰らいついてくる。
激しくキスをしながら司さんが下着の中に指を差し入れて来る。
舌を絡めながらクリクリとクリトリスを虐められてくぐもった悲鳴が上がった。
私の悲鳴を飲み込んだ司さんはクリトリスを押し潰してから顔を離して笑った。
「いやらしい顔だな。明日香
……
」
動きが激しくなって一気に攻め立てられる。
「あっ
……
!ああっ
……
!だめぇ、イクっ、イッちゃう、あ~~~~~~~っ!!」
目の前が真っ白になって身体から力が抜けた。
肩で息をしていると、下着が取り払われる。
視線を下ろすとコンドームを付けた司さんのペニスが見えて息を飲んだ。
「おっきい
……
」
「嬉しいことを言ってくれる。入れるぞ」
司さんのペニスがゆっくりと中に入って来る。
「ああっ
……
、つかささんっ
……
、きすしてっ
……
、ふっ、んっ
……
」
キスをしながら司さんがそれを中に収めた。
司さんと一つになれた。
それが嬉しくて目に涙が浮かぶ。
「泣くな」
チュッと目元にキスされた。
「うれしいんですよ
……
」
貴方と一つになれて。
そう言えば司さんが優しく微笑んで私にキスを落とした。
「君を愛している」
その言葉と共に律動が始まる。
新しく流れた涙は、喜びからか、奥さんを裏切らせた罪悪感から来るものなのか、私にも分からなかった。
それから何度か司さんと身体を重ねたけれど、その度に罪悪感が酷くなって行った。
そんなある日の事、坂本さんに呼び出された。
今日はデートではないだろう。
要件は他にある。
俯きながら待ち合わせの喫茶店に向かう。
案の定、坂本さんは厳しい表情をしていた。
向かいの席に座ると坂本さんが口を開く。
「立花、君は自分が何をしてるのか分かってるのか?」
硬い声だ。
「分かっているつもりです
……
」
「高橋課長は既婚者だ。奥さんがいるのにそう言う事をする人だとは思わなかったが、君は利用されているんだ」
ズキリと胸が痛む。
「そうかも知れませんね
……
」
「それが分かってるならどうして
……
!」
「それでも、彼を愛してしまったから
……
」
力なく微笑むと坂本さんが息を呑む。
「君、今酷い顔をしているよ」
「そうでしょうね
……
。苦しくて堪らないんです。課長には奥さんがいるのに、私なんかと付き合ってて良いはずないのに、それでも離れられない
……
。好きなんです。愛してるんです。あの人の事
……
」
ぽろぽろと涙が溢れる。
胸が引き裂かれそうに苦しい。
そんな私を見て坂本さんが困ったように息を吐いた。
「とにかく、会社の近くでは二人きりで会わない方が良い」
意外な忠告に顔を上げると、坂本さんは苦笑した。
「君の恋を応援は出来ないが、責めるつもりもない。俺だって好き勝手に生きてるからさ。でも
……
」
そこで言葉を切ってから坂本さんは言った。
「君には幸せになって欲しいと思ってるよ」
そう言って坂本さんはそっと私の手に触れた。
「何かあったら頼っておいで。涙くらいは拭いてあげるよ」
「ありがとう、ございます
……
」
頭が上がらなかった。
坂本さんを心配させてしまっている。
「私の心の整理が付いたら、ちゃんと別れるつもりでいます」
「そうか
……
。まあ、無理しないでゆっくりやりなよ」
「はい
……
」
涙が収まる頃には坂本さんは笑って私の背中を叩いた。
「色々あるだろうけど頑張れよ」
「はい。ありがとうございます」
漸く少しだけ笑う事が出来た。
その表情を見て坂本さんも安堵したような表情になる。
「いつか心から笑える日が来ると良いな」
私はそれに黙って頷いたのだった。
それからも司さんとの関係は続いた。
私は苦しいのを我慢してずっと無理に笑顔を作り続けていた。
けれどもそれも、段々苦しくなって行った。
浮かない表情をする私に、司さんは心配そうな顔で声をかけてくる。
「どうした?浮かない顔だな」
その台詞にいつもの「大丈夫です」が出なかった。
「もう、終わりにしたいんです
……
」
そう口にした途端、司さんの表情が硬くなった。
「
……
私が嫌になったか?」
その問いかけに首を振る。
目から涙が滲んだ。
「こんな関係、良くないと思うんです
……
。だって司さんには帰る場所があるんですから
……
」
「明日香
……
」
そっと腕を撫でられた。
その手から距離を取る。
優しくなんてしないで欲しい。
決意が揺らぐから。
「私と、別れてください」
「嫌だ」
「お願いですから、私を解放して
……
」
ギュウッと強く強く抱き締められた。
「嫌だ。それだけは出来ない。許してくれ」
「どうしてなんですか
……
?どうして奥さんがいるのに私と付き合ったりしたんです
……
?」
その言葉に司さんが驚いたような顔で私を見た。
「坂本さんに聞きました。貴方は結婚してるんだって
……
」
ぶわりと涙が溢れ出る。
「結婚してるのにどうして私と付き合ったりしたんですか。不誠実すぎます
……
!」
「違うんだ。聞いてくれ。妻は
……
」
「聞きたくない!」
大声を上げれば驚いた顔で司さんが私を見た。
「奥さんの悪口とか言い訳とか聞きたくないです!もう貴方とは二人きりで会いません!」
そう叫んでその場を逃げ出す。
「明日香!」
私を呼び止める彼の声がしたが、振り返らなかった。
走って走って息が続かなくなるまで足を動かした。
涙が次から次に溢れて止まらない。
苦しくなって立ち止まると携帯が震えた。
携帯を取り出すと画面には『司さん』の文字がある。
とてもではないが話す気にならなくて携帯の電源を切った。
今日は家に帰ってもう寝よう。
何も考えたくない。
その時また携帯が震えた。
画面を見ると『坂本さん』とある。
ボタンを押してのろのろとした動作で携帯を耳に当てた。
『もしもし。最近元気なさそうだから心配になってさ。今日も課長と会ってるのか?』
「課長、とは
……
」
別れました。
その言葉に坂本さんが息を呑むのが分かった。
『タイミングが良すぎてビビってるよ。話聞くから今からうちに来るか?』
普段の私なら絶対に頷かないだろう台詞に、私は頷いてしまっていた。
「行きます。迎えに来てください」
『分かった。今から行くから電話繋いどけよ』
それから坂本さんが来るまで何気ない話をし続けた。
そのお陰で気が紛れて、坂本さんが来る頃には涙も乾いていた。
「酷い顔だな。大丈夫か?」
「大丈夫、ではないです」
掠れた声で応えれば、坂本さんは苦笑してこちらに手を差し伸べた。
「じゃあ、行こうか」
「手を繋ぐ意味ってあるんですか?」
思わず苦笑すると坂本さんは真面目な顔で言った。
「何言ってんだ。人肌は落ち着くだろ」
そう言ってグイと更に手を差し伸べて来た。
私はおずおずとその手を取る。
坂本さんは笑ってゆっくりと歩き出した。
坂本さんの家は歩いて十五分の場所にあった。
今更ながら男性の家に来ても大丈夫だろうかと不安になる。
「どうかしたか?」
立ち止まった私を坂本さんが振り返る。
「やっぱり私、帰ります
……
」
手を離そうとすると、グッと力を込めて握り込まれた。
「警戒するなって。弱みに付け込んでどうこうしようとは思ってないよ」
「それが本心だという証拠はありますか?」
「ない。でも俺を信じてくれ」
坂本さんの目を見つめると真っすぐな視線とかち合った。
そこに嘘はなさそうに見える。
私は頷いた。
「分かりました。私に手を出そうとしたら殴りますからね」
「おお怖。でもその時は思い切り殴ってくれて良いよ」
そう言って坂本さんは笑ったのだった。
坂本さんの家は意外と片付いていた。
家の中に入ると坂本さんは手を離した。
リビングに案内すると「適当に座ってて」と言ってキッチンに消える。
ぼうっとソファーに座って待っていると、マグカップを二つ持った坂本さんがやって来た。
「はいこれ。ココアで良かったか?」
「ありがとうございます
……
」
マグカップを受け取って息を吐く。
「大丈夫か?」
静かに問われて、涙で視界がぶわりと滲む。
「限界だったんです
……
」
マグカップをテーブルの上に置いて涙を拭った。
それと坂本さんが背中を撫でてくれる。
「そうか。辛かったな
……
」
「本当に好きだったんです。好きになったらいけないと分かってたけど、それでも自分の気持ちを抑えられなかった
……
!」
「そうか
……
」
「愛してたんです。それは嘘じゃないんです」
「ああ、分かってるよ」優しい手がそっと背中を撫でてくれる。
ああ、でも私が欲しいのはこの体温じゃない。
司さんじゃないと駄目なんだ。
司さんが良いんだ。
ぼろぼろと涙が溢れて止まらない。
坂本さんに優しくされればされる程に、司さんが恋しかった。
涙は次から次に溢れて止まらなかった。
泣きじゃくる私に途方に暮れたような顔をしながらも、坂本さんはずっと側にいてくれた。
泣いて泣いて涙が枯れた頃に坂本さんは言った。
「高橋課長から俺に乗り換えるなら何時でも大歓迎だよ」
両手を広げて笑って見せた坂本さんに苦笑する。
「謹んでお断りします」
そう言えば坂本さんは「振られたか~」と言って笑ったのだった。
翌日、会社に赴くと課長が神妙な面持ちでやって来た。
「立花、話がある」
それに身を固くする。
「なんでしょうか?」
「明日は休みだろう。用事がなければ明日、妻に会って欲しい」
その言葉に息を飲む。
「どういう、意味ですか
……
?」
「会えば分かる。明日の朝9時に迎えに来る」
それだけを言うと、課長自分のデスクに戻って行った。
どういうつもりなのだろう。
奥さんに会わせるだなんて
……
。
慰謝料でも請求されるのだろうか?
逃避したい気持ちになった。
でも、逃げる訳にはいけない。
自分のした事とちゃんと向き合わなければ
……
。
翌日、準備をして待っていると課長がやって来た。
「行くぞ」
そう言った課長に黙って着いて行く。
課長の車の助手席に乗り込んだ。
ドアを閉めてシートベルトをすると車がゆっくりと滑り出す。
お互いに無言だった。
てっきり課長の自宅に行くものだと思ったのに、車は郊外へと向かう。
「どこに行くんですか?」
「行けば分かる」
短い答えが返って来る。
車内に重苦しい沈黙が下りた。
窓外に目を向けると、民家は少しづつ減って行った。
やがてたどり着いたその場所に息を飲む。
「本当に課長の奥さんがここにいるんですか?」
課長は返事をせずに歩いて行く。
慌ててその背中を追いかけた。
たどり着いたそこは墓地だった。
様々な形をした墓石が立ち並ぶ中を、迷いのない足取りで歩いて行く。
やがて一つの墓石の前で課長は立ち止まった。
そこには『高橋家の墓』と無機質な文字が書かれている。
課長は目を細めてそっとその墓石を撫でた。
「悠月。暫く会いに来なくて悪かったな」
「課長の奥さんって
……
」
課長は墓石を見つめたまま言葉を紡ぐ。
「ああ、そうだ。五年前に病気で死んだ」
その言葉に愕然とする。
「あいつが死んだ時に決めたんだ。一生独り身でいようと。指輪を外さなかったのはその為だ。あいつ意外の女性を愛する事は生涯ないと思っていた
……
」
そこで課長は苦笑する。
視線を漸く私に向けた。
「だが、君に出会ってしまった。君を愛しているんだ。心から
……
」
そっと課長が私の手を握る。
「どうか私を許して欲しい。愛しい君が手に入ってすっかり舞い上がってしまっていた。だが、それで君を深く傷付けてしまった。事情を説明する事をしなかった私の落ち度だ。すまなかった」
ぶわりと涙が滲む。
ああ、この人は私をちゃんと愛してくれていたんだ。
「課長は、私が好きですか
……
?」
「ああ、好きだ」
「私の事、愛してますか?」
「当然だろう。君を愛している」
そっと課長が私を抱き締めた。
「だからどこにも行かないでくれ。私から愛する人を二度も奪わないでくれ
……
」
私を抱き締めるその手が震えている。
この人は私を失う事を恐れているのだ。
「司さん
……
」
小さく彼の名前を呼ぶと、司さんが身体を離した。
「また私を恋人にしてくれますか?」
その言葉に司さんは嬉しそうに微笑んで私にそっとキスを落としたのだった。
「この後、時間があるか?」
車に乗り込むと司さんが問いかけて来る。
「用事はないですけど、どうかしましたか?」
「良かったらデートしないか?ゆっくり映画でも観て、その後は君に触れたい」
司さんは私の手に指を絡めて引き寄せると、手の甲にキスを落とした。
熱っぽい瞳が私を見つめて来る。
「良いですよ
……
」
期待に頬を赤く染めながら返事をすると彼は嬉しそうに笑う。
「君は一々可愛いな」
そう言って司さんが私の頭を撫でた。
胸が温かいもので満たされて行く。
幸せだと思った。
「ちょっとはしたない事を言っても良いですか?」
司さんを上目遣いで見上げる。
「何だ?」
「今すぐ貴方が欲しいです」
そう言えば司さんは微笑んで私を抱き締めた。
「正直助かる。私も今すぐ君を抱きたいと思っていた」
司さんの顔が近付いて来て目を閉じると、そっと唇が重なった。
彼の頬を撫でると唇を舌で舐め上げられた。
口を開けと促されているのだと気付いて司さんを口内に招き入れる。
生き物のように動く舌が私の口内を蹂躙する。
くぐもった声が漏れた。
「ふ
……
、んっ
……
、は、あ
……
、ふぁ
……
、んぅ
……
、はふ
……
」
くちゅくちゅと卑猥な水音がして興奮が増して行く。
服の上から身体のラインをなぞられて期待に胸が熱くなる。
『もっと触って
……
』
そんな事を思っていると、司さんの顔が離れた。
「これ以上はマズイな
……
。ホテルに行こう」
名残惜しそうにチュッと私の唇にキスをして課長が身体を離す。
「我慢出来ないです
……
」
潤んだ瞳で見つめると、司さんは苦笑した。
「今は『待て』だ」
「私は犬じゃないです」
「分かっている。私の大事な恋人だ」
私の額にキスを落として司さんがハンドルを握る。
「司さん
……
」
切ない声を上げると司さんが苦笑して左手を差し出して来た。
「ホテルに着くまで繋いでおこう」
私は嬉しくなってその手に頬ずりする。
「大好きですよ。司さん
……
」
司さんは優しく微笑んで甘い甘いキスをくれたのだった。
ホテルに着くと適当に部屋を選んだ。
部屋に着くとドアを閉めて激しくキスをする。
舌を絡めながらスカートの中に手を入れてショーツの上から割れ目をなぞられる。
「濡れてるな
……
」
顔を離した司さんが耳元で愉しげに笑った。
クリクリと突起を弄られて甘い声が上がる。
「あっ、んっ
……
、つかさ、さん
……
、直接触ってぇ
……
!」
甘えた声が上がる。
司さんは私にキスをすると軽々と抱き上げた。
ベッドにそっと下ろされて、視界が司さんでいっぱいになる。
司さんの手がゆっくりとスカートのチャックを下ろして行く。
「はやくしてぇ
……
!」
焦れる私に微笑んでスカートを下ろすと、私の足を開かせてショーツの上から秘所を舐めた。
クリトリスを虐めながら舐められて甘えた声が上がる。
「つかささんっ
……
!したぎ、ぬがせて
……
、あんっ」
ショーツの中に指を差し入れた司さんは、下着の上からクリトリスにやんわり歯を立てた。
「あっ!」
ビクンと身体が跳ねる。
それでも下着越しの愛撫は生温い。
ナカに入れられた指も、入り口の近くを出入りするばかりで、決定的な刺激をくれなかった。
それがもどかしい。
「ちょくせつさわってよぉ
……
!」
涙目で懇願すると、司さんは私のショーツを脱がせて直接秘所に舌を這わせ来る。
「あっ、あんっ、はあっ
……
、あ
……
、きもちいいっ、きもちいいよぉ
……
」
甘えるように司さんの頭を撫でると、クリトリスを舐めながら膣の中に入れた指が的確にイイトコロを攻め始めた。
「あっ、あ
……
、クる
……
、きちゃうっ
……
!つかささっ
……
、あ
……
、あ~~~~~~~~っ!!」
ビクビクと身体が痙攣する。
とろんと蕩けた顔で天井を見上げる私の舌を吸い上げて、司さんの手が私の胸を揉んだ。
服を脱がせて司さんが胸に吸い付いて来る。
チュウチュウと吸い付かれて大きな赤ちゃんみたいで可愛いと思ってしまう。
その真っ直ぐな髪を撫でていると、司さんと視線が絡む。
欲望の滲んだ男の人の顔だ。
可愛いだなんて失礼だったかな
……
。
そんな事を思っていると、服の上から熱いものを腰に擦り付けられた。
「つかささんは、ぬがないの
……
?」
「君を可愛がる方が先だ」
そう言ったかと思えば、乳首を舌先で転がしながらナカに指を差し入れてイイトコロを刺激される。
胸とナカとの2箇所を同時に刺激されて甘い悲鳴を上げて身を捩った。
「やあっ!そんなしたら、またイッちゃうっ!あっ、あ
……
、ひぁっ、んっ、あ、っ、あっ、あ
……
、
……………
!!」
声にならない悲鳴が漏れた。
陸に打ち上げられた魚のように大きく身体が跳ねた。
頭が真っ白になる。
くたりと身体をベッドに預けていると、膣の中に指とは比べ物にならない質量のものが入って来た。
私の腰を掴んだ司さんがゆっくりと律動を開始する。
「はぁ
……
、んっ
……
、つかささんっ
……
、きすしてっ
……
」
甘えた声で強請れば、ねっとりと舌を絡められる。
その背中に腕を回せば、司さんも抱き締めてくれる。
「愛している、明日香」
愛おしげに目を細めて司さんは言った。
「わたしもだよ
……
」
そう言えば嬉しそうに司さんは笑う。
「ずっと私の側にいてくれ」
私の手に指を絡めて、少しづつ律動が激しくなって行く。
司さんのペニスがイイトコロを掠める度に、私の声も甘やかさを増して行った。
やがてガツガツと貪るように激しく腰を打ちるけられる。
激しく求められている事が嬉しくて甘えた鳴き声を上げながら彼を誘った。
「んっ、はあっ
……
、きもちいいっ、きもちいいよぉ
……
♡もっと、もっとほしいっ♡」
舌足らずな言葉で彼を煽れば、その動きが更に激しさを増す。
ギシギシとベッドがきしんだ音を立てる。
愛しい人と交わるのはこんなにも幸せなのだと感じると、喜びの涙が溢れて止まらない。
司さんは私の涙を舐めてニヤリと笑った。
「明日香は激しくされるのが好きか?」
耳元で囁かれてこくこくと頷く。
「はげしいのすきぃ♡もっとぉ♡」
蕩けた顔でそう言えば司さんがギラついた目で私を見下ろす。
「私を煽った事を後悔するなよ」
そう言った司さんが上半身を起こしてピストンしながら指先でクリトリスを押し潰した。
「ああんっ!それだめぇ!またイッちゃうからぁっ!はぁん!」
「君は虐められるのが好きなんだろう?今も痛いくらいに締めつけて来る」
笑いながらぐりぐりとクリトリスを押し潰されて背中が反る。
「やめてっ、いやぁっ、あっ、ああっ!」
蕩けた顔で司さんを見上げると、耳元で囁かれた。
「虐められて感じてるのか?変態だな」
次の瞬間、身体が跳ねた。
キュウキュウとナカのペニスを締めつけてしまう。
司さんが呻いて欲望を吐き出した。
コンドーム越しに感じた熱にほうっと息を吐く。
「ねぇ
……
、つかささん、もっと♡」
恋人の頬を撫でて強請れば、ナカで司さんのペニスが大きくなるのが分かった。
司さんはペニスを引き抜いて新しいコンドームを付けるとまたナカに押し入って来る。
司さんの大きな背中に抱き着いてうっとりと彼を見上げた。
「つかささん、すき
……
」
だからもっとほしい。
耳元で甘く囁やけば、司さんが私の腰を掴んで荒々しく貫いて来る。
「明日香
……
、明日香、明日香っ
……
!」
切羽詰まった声で私の名前を呼ぶ彼が心底愛しい。
ポタポタと彼の汗が顔に落ちて来る。
ギラついた肉食獣の顔で私を見つめる彼に微笑む。
貴方にだったら、全部あげてもいい。
例えば今ここで骨まで残さず食べられてしまったとしても、きっと私は幸せだとそう思えた。
「君を愛している」
その言葉と共に感じた熱に、私はうっとりと目を細めたのだった。
「なんというか、凄かったな
……
」
行為を終えた後、彼がポツリと呟いた。
「何が凄かったんですか?」
首を傾げると、司さんは苦笑した。
「抱いている時の君の色香に圧倒された。お陰でクタクタだ」
「私も喉がカラカラですよ
……
」
あははと笑うと司さんが笑ってペットボトルを差し出して来る。
それを受け取って「ありがとうございます」と返した。
ペットボトルの水を飲んでからベッドに横になる。
「とても幸せな時間でした
……
」
うっとりと呟くと、ギシリとベッドが軋む。
司さんがベッドに片手を付いて私を見下ろしていた。
「何故敬語なんだ?」
「えっ
……
?」
「さっきはタメ口だったろう」
「えっと、あれは盛り上がってたからで
……
。普段敬語なのはもう癖みたいなものなので、気にしないで頂けると大変嬉しいんですが
……
」
司さんはにっこりと微笑んで言った。
「駄目だ。二人きりの時は敬語は禁止だ」
「そんなぁ~」
「良いだろう。俺達は恋人なんだから」
「あっ、今俺って言いました!?」
思わず大きな声を上げた私を、司さんが驚いた目で見つめる。
「ああ、昔の口癖が出たんだな。すまない。驚かせたな」
「いいえ!全く驚いてません!寧ろ萌えました!これから二人きりの時は『俺』でお願いします!」
「妙な所に喰い付くな。君は
……
」
呆れたように笑った司さんは、それでも幸せそうだ。
行き違いはあったけれど、雨降って地固まるとはこの事だろう。
なんでもないような会話をして笑い合う。
そんな事は今までになかった事だ。
諦めないといけないと思っていた。
でも、違った。
私はこれからもずっとこの人と生きていくのだ。
「ずぅっと一緒にいましょうね」
その言葉に司さんは微笑んで私に砂糖菓子のように甘いキスをくれた。
「明日香。高橋課長と結婚するって本当!?」
同期の茜が驚いた顔でそう言って来た。
誤解が解けてあれから一年半が経った。
先日、司さんにプロポーズされた。
『これから先も、ずっと俺と一緒に生きてくれないか?』
どこか緊張した面持ちで放たれた言葉に、一も二もなく頷いた。
ダイヤの付いた指輪を左手の薬指に嵌て貰った時は嬉しくて目に涙が溢れた。
泣きだした私の肩を抱いて、司さんは幸せそうに微笑んでいた。
その時の場面を思い出すと自然と笑顔になる。
私の顔を見て、茜は一人で納得したようだった。
「高橋課長に弱みでも握られたのかと思ったけど、ちゃんと恋愛結婚みたいで安心した。それならそうと言ってくれたら良かったのに、水臭い」
「ごめんね
……
。なんか照れくさくて報告が遅くなっちゃった」
「いいよ。許したげる。幸せになるんだよ」
「うん。ありがとう」
「立花」
茜にお礼を言った所で司さんの声がして振り返る。
「課長、何か御用ですか?」
「少し確認したい事があるんだが、良いか?」
「はい。勿論です。じゃあ茜、またね」
軽く手を振って茜に背を向けた。
同期の背中を見送った茜は、明日香に柔らかい眼差しを向ける高橋に「ふーん」と声を上げる。
「ちゃんと高橋課長も明日香が好きなんだ。怖い人だって噂もいつの間にかなくなっちゃったもんね」
以前は恐れられていた高橋も、今では人当たりが良くなったともっぱらの評判だ。
その原因がまさか同期の明日香にあるとは思わなかったけれど、二人が幸せそうなので言う事はなにもない。
「幸せになれよ~」
微笑み合う二人を見つめながら、茜はそっとつぶやいたのだった。
終わり
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