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最果て(棚樫オーハ)
2026-05-11 12:46:54
4191文字
Public
類司
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俺のスカウトマン人生が推しカプで前向きになった話
ぞぞ③のビジュイメージで書いた話。
モブスカウトマン視点。タイトルの通りの内容。
こんな逸材に出会ったのは初めてだった。
芸能事務所のスカウトを始めて、早三年。過去、テレビ出演を果たした俳優を数名スカウトした実績はあるものの、正直俺の中では納得し切れていない。まだ出会えていないのだ、内から輝ける『ホンモノ』に。
それを先輩に相談したけれど
『お前は情報収集不足だ。スカウトやってんのにまともに新聞も読まねえ雑誌も見ねえテレビも見ねえって駄目だろ。ショート動画ばっか見てんじゃねえぞ』
と言われてしまった。間違いでは無いが、今の時代、ショート動画の閲覧は理に適っていると思う。ダイヤの原石である素人がゴロゴロと顔出しをしているのだから。先輩の方こそ時代錯誤だ。
そんな風に燻っていたある日、シブヤの交差点で一人の若者とすれ違った。
彼は輝いていた。内側からほんのりと、身体の線がパールに加工されたように。黄色の髪はグラデーション掛かっていて、分けられた前髪がさらりと揺れる。瞳は大きく可愛らしいのに、眉から鼻筋はきちんと男らしい。
運命だ。
咄嗟に思った。
同時に俺は踵を返し、彼の数メートル後ろを歩くように着いていく。ゆったりしたシルエットのカーディガンを羽織っているが、全体はシックな印象すら受ける。コーディネートと言うよりは彼の持つ空気がそうさせているのだろう。
歩き方まで完璧だ、自然で、何気ない。『歩く』と言う行為は癖が出やすいが、彼にはおかしな癖が全くと言っていいほど見当たらない。こんなに自然に『歩く』人は久々に見た。見ているだけで心地良い。
俺は、彼がますます欲しくなった。
後をつける事、数百メートル。そろそろ声を掛けてもいいだろう。
歩いている間に盗撮をして画像検索を掛けたが、ヒットは無し。もしかしたら既に他の事務所へ所属している可能性もあったが、少なくとも表立った活動はしていないようだ。
彼が大通りから小道に入ったのを見て、即座に駆け寄った。
「あの
……
!」
「
……
はい? オレですか?」
一度の声掛けで返事をしてくれるのは珍しい。良い子だと思う反面、この子騙されやすそうだな、などと過ぎった。
それにしても近くで見ると一層眩い。瞳から溢れる力はもちろん、ふるりと柔らかな唇も細身のシルエットも、何もかもが完璧だ。
ただ、あまり自分に自信のないタイプなのかも知れない。数度視線を泳がせながら俺を見て、伏し目がちに地面を見ているのだから。とは言えむしろ好都合。一度自信を付けさせちまえば、勝手にのし上がるタイプに化けそうだ。
俺はすかさず名刺を出した。彼はいとも簡単に受け取ってくれて、書いてある文字にまで目を通し始めた。
「うん、キミだよ。俺、トゥダスプロって芸能事務所の者なんだけど
……
テレビ出演とか興味無い?」
「テレビ
……
? すみません、テレビ自体にあまり興味が無くて」
反応は良くないが、こうやって返事をしてくれるだけでもありがたい。無視する子よりはよほど落としやすいから。
「残念だなあ! キミみたいな逸材はなかなか巡り合えないと思って声を掛けたんだ。話だけでも聞いてくれないかい?」
「うーむ
……
そう言われましても
……
」
あれ、意外と考えてくれてる!? めちゃくちゃ優しいじゃん!?
「本当に、話を聞くだけで良いんだ。じっくり考えてくれていい!
キミならきっと社長も気にいるよ。レッスン費も貰わないし、端役ならすぐ出してあげられると思うよ!」
そこまで一気に捲し立てたけれど、彼は困ったように口を結ぶだけだ。
それにしても、ただこうやって立っているだけでも絵になる。体幹がいいのだろうか? 細身でどちらかと言うと文化系のビジュアルだが、意外にスポーツマンなのかも知れない。
「ところでキミは大学生? 成人はしてる?
もし成人してるなら手続きも簡単だし、そこのカフェでもう少し話を
……
──」
「悪いけど、他を当たってくれるかな」
……
ん?
声が違う。と言うか、どこか別の所から聞こえたような
……
。
自分に影が掛かっていると気が付いて振り返った。至近距離、デカイ男が立っている。優男のようでありながら、威圧感が半端ない。これまでの人生で“殺気”なんて感じたことはなかったけれど、この男から発せられるのは間違いなく“殺気”だった。
「え、あ、あの
……
」
それにしても彼もイケメンだ。高身長に、切れ長の目、ミステリアスな紫の髪に甘いマスク。まとめて口説き落とせたらボーナス潤いそうだな、などと呑気な思考が浮かんできた。
「お友達かな? キミは背も高いし、モデルなんてどう!?」
たぶん、半分はヤケクソだったのだろう。俺は思いつく言葉をペラペラと垂れ流した。
紫髪の彼は何も言わず、黄色髪の男の子の横へ並んだ。次の瞬間、俺など見えてないかのように肩を抱き、ぐいっと自分の方へと引き寄せる。
「うちの俳優に手を出さないでもらえます?
事務所どこですか?」
「え
……
? 俳優
……
?」
俳優? 黄色髪の子は芸能人だったのか⁉
きょとんとして黙っていた黄色髪の子が、突然目をぱちりとさせた。
「おい、類! 突然なんだ⁉」
言葉を発した瞬間空気が変わる。彼の纏うパールの輝きが、突如としてグリッターに変化した。どの方向からも眩くて、視界に入ると目が痛いほど。性格まで一瞬で変わってしまったようで
……
──俺の脳で、バラけていたパズルがカチリとハマッた。
今までずっと目の前にあった整った顔は、見たことがある顔、なんてものじゃない。『誰でも知っている』ほどの知名度では無いが、少なくとも芸能関係者で知らぬ者は居ないだろう。
今をときめく舞台俳優、ショーユニットの若き座長、演技と歌とダンスとファンサービスの神等々
……
ついたアダ名は数知れず。その人は──
「え
……
て、て、てんま
……
天馬つか──」
「おっと。あまり大声で言わないでもらえるかい」
紫髪の彼からの一言。冷たく制する言葉に、俺の身体は一瞬で凍りついた。
「あ、は、ハイ
……
すみません、で、した
……
」
おずおずと身を縮こませる。そうするしか出来ない、その選択肢しかない。
そこで更に気付く。と言う事は、その隣にいる紫髪の彼
……
まさか
……
演出家の神代類じゃないか!!
「ん? その者は誰だ? オレのことは知っているようだが
……
」
散々やり取りしていたはずの天馬司が、突然とぼけた事を言い出した。
「スカウトだそうだよ。フフフ、残念だね。司くんはもう俳優活動をしているからねえ」
「ほお、そうか。もう少し早く、オレのスター性に気付くべきだったな。だが目の付け所はなかなかではないか。なにせこのオレに注目したのだからな!」
にっと笑う。こうして気付いた後だと、どこからどう見ても天馬司にしか見えない。どうして自分が気付かなかったのかと不思議なほど。画像検索に引っかからなかったのは髪型が違うからかと気付いたのもたった今だ。
ただそこで、周囲も誰一人として天馬司に気付いてなかったのだと思い出した。シブヤのど真ん中、彼のメインファン層である若い男女ですら、誰一人として。
「あ、あの
……
」
「ん? どうした? もう行っていいのか?」
「あ、大丈夫なんですが
……
。その髪型とか格好とか、司くんらしくないな、と思って
……
いや、似合ってます、よくお似合いなんですけど、最初俺、天馬司くんだって気付かなくて」
言葉はしどろもどろだが、司くんはふんふんと聞いてくれた。相変わらず神代類の視線は冷たくて痛かった。
「ならオレの役作りは大成功だな」
「役作り? 役作りで、気配とかオーラまで変わるんですか?」
俺の疑問に司くんは答えようとしてくれたけれど、神代類が長い手を伸ばしてそれを制した。
「これ以上は企業秘密です。それに今日はこれでもプライベートでね。数少ない彼の休暇を邪魔しないでもらいたいので
……
。
さ、司くん行こう」
「すまんな」
神代類は司くんの腰にそっと腕を回して引き寄せる。司くんも何でもないように頭をコテンと預けると、寄り添い合うシルエットが遠ざかっていく。
ぼうっと後ろ姿を見つめている間、胸の高鳴りが止まらなかった。二人の間の空気は優しくて温かいのに、そのままキスをしても何ら不思議ではないほどエロティックだ。未だに薄く輝いている司くんを、類くんから放たれる奇妙なオーラが包み、隠していく。司くんもそれに望んで溶けていく。
ずっと、見ていたい。追いかけていたい。それなのに胸が痛くて仕方ない。初恋と失恋、希望と絶望。今の俺は全部を同時に味わった気分だった。
いやいやいや、そもそもあの二人は何だ⁉ ようやくその思考に行き着いたのは、二人が雑踏に紛れて見えなくなってからだ。仲睦まじく寄り添うような仕草は恋人としか思えない。俳優と演出家、高校時代の同級生、同ユニット、同性同士
……
これは大スクープだ! スカウトなんかしてる場合じゃない!
俺は急いで事務所へと戻った。もつれる足で駆けている間も二人のシルエットが脳から離れず、心臓は音を立てながら打ち続けていた。
「先輩、スクープです‼」
事務所のドアを乱暴に開けて叫ぶ。怪訝な顔の先輩が首を傾げた。
「どうした?」
「先輩! 天馬司と神代類! あいつら付き合ってますよ‼ 俺今日見掛けたんです。写真は撮り損ねましたが、追ってればその内
……
‼
この情報売れますよね⁉」
先輩は深く溜息を吐いた。
「つい最近交際宣言したよ、そいつら。並んで雑誌の取材も受けてるし、みーんな知ってる。
だからちゃんと情報収集しろって言ってるだろ」
そう怒られてしまった。
……
はあ、面倒に思う気持ちもあるけれど、情報収集ちゃんとしなきゃな。新聞とか雑誌とか、読み込めるかな
……
──そう思っていたけれど、無用な心配だった。
神代類と天馬司のカップルに夢中になってしまった俺は“推しカプ”の情報を得るために、新聞も雑誌もネットも、加えて業界で人脈を広げるのも、自発的にアンテナを張るようになったのだから。
“推しカプ”は人生に良い影響を与える、俺は身を持って体験した。
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