小話倉庫(深上)
2026-05-10 23:55:59
4781文字
Public 悠アキ/haruwise
 

お触り厳禁(午前限定)(悠アキ/haruwise)

メイドの日、滑り込み。

 扉を開ける前から、何か妙な雰囲気だな、と思った。第六感というよりは、足繁く通うからこその普段との違いを感じ取って悠真は一度足を止めてしまった。
 目の前には馴染みのビデオ屋がある。見た目は何の違和感もない。けれど周囲に流れる浮ついた空気、というかひそひそと囁くような「見れてラッキーだったね」みたいな通行人の言葉から、何やら不穏なものを感じ取る。何よりも気になるのは、扉にかかっている「臨時休業」の札。悠真は警戒しながらその扉を開けた。
「あ、すみませーん、今日はもう閉めて……なんだ、悠真か」
「えっ」
 リンの明るい接客の声が平坦なものに変わるまでの間に、アキラの焦った声が混ざる。リンは悠真の目の前、カウンターでビデオの整理をしている。ならアキラは――と店内をぐるりと見回して、ちょうど悠真の後ろ、扉の影になる位置に銀色の髪を見つけた――のだが。
「え」
 目を疑う、とはこのことだった。そこには目元に隈をこさえた青年ではなく、肌が白い美人が立っていた。しかもメイド姿の。
「な、なんで君が」
……アキラくん?」
 声を聞いて間違いないと確信したものの、それでも信じられずに上から下までまじまじと観察する。黒のロングワンピースに白フリルエプロンを重ねたクラシカルメイドスタイル。白いソックスと少しだけヒールがあるパンプスまで履いて、ご丁寧に頭にこれまた白フリルのカチューシャを着けて、唇には淡いピンクが乗っている。
 何故彼がメイド服を。いや、何故女装を。ぐるぐると疑問が渦巻く中、口を開いて出てきたのは純粋な感想だった。
「か、かわいい……
「でっしょー。私が腕によりをかけて仕上げたんだから」
 ふふんと胸を張る妹と対照的に、兄の方は無言で悠真に背を向けた。すすす、と二階に逃げようとする彼の腕を掴んで、悠真は自分の方に引き寄せる。
「なんで逃げるの?」
「君に見られるなんて想定外だ」
「えー、じゃあ僕が偶然ここに来ないと、あんたのこの姿は見られなかったわけ?」
「大丈夫だよ、悠真。ばっちり私が写真に収めてます」
「あとで頂戴」
「一枚何ディニーで買い取ってくれる?」
……二人とも、本人の目の前で闇取引をするのはやめてくれないか」
 はあ、と息を吐いた彼の身体から力が抜けた。諦めたのだろう。くるりと振り向いた彼の顔を改めてじっくりと見る。朱に染まる頬はさておき、普段なら疲れが滲んでいる目元は血色が良さそうに見える。これも化粧の力か、とリンの方をちらりと見ると、無言で親指を立ててアピールされた。
「お兄ちゃん、元はいいのにさ~、生活習慣が褒められたものじゃないから、お肌も荒れやすいんだよね」
「リン、生活習慣については君には言われたくないよ。夜中にスナックを食べたり……
「最近は控えてるもん。お兄ちゃんが太ったとかいうから」
 微笑ましい兄妹のやり取りの間も悠真の視線はアキラから外れない。すると彼は気恥ずかしそうに俯いて、あまり見ないでくれ、と小声で呟いた。
「で、なんであんたがこんなことになってんの?」
「やっと聞いてくれるのか……
 じっくり目の保養をさせてもらってからようやく本題を切り出した悠真に、アキラは呆れた溜め息を吐いた。
 最近ビデオ屋の売り上げが低迷気味で、リンが打開策を考えていたらしい。バレンタインデーやホワイトデーと言った催し物も過ぎ、春の賑やかさが通り過ぎたこの時期は、毎年客足が伸びないのだという。
 そこでリンは考えた。目立つ客引きをすればいいじゃん、と。
「それでメイド服?」
「うん……本当は、私がメイド服を着て宣伝しようかなって思ってたんだよ? ちゃんと私に合うサイズのミニスカメイド服を注文していたんだけど……Fairyがお兄ちゃんにチクっちゃったんだよね」
 工房の奥にあるモニターから『マスターの指示です』と彼らのAIアシスタントが責任の所在を投げ返している。それを横目で睨み付けながら、リンははあと息を吐く。
「発注元に連絡したら、注文は取り消せないけどサイズなら変更可能って言われて。お兄ちゃんってば、そこで私が着られないサイズに勝手に変えちゃってさあ」
「それで、アキラくんに合うサイズが届いたってことか」
「そういうこと。本当は今日一日頑張ってもらおうと思ったんだけど、ちょっと変に騒がれちゃって、早めに店は閉めちゃったけどね」
 なるほど、と頷いてアキラのメイド服を見る。肩幅もぴったりだし、これは明らかに男性用だ。うん、と頷いて、悠真は笑みを作る。
「良く似合ってるよ、アキラくん」
 それは心からの賞賛だったのだが、ぴく、と震えたアキラがゆらりと顔を上げる。彼の目が据わっているように見えて、嫌な予感がよぎる。
「実はね、悠真。同じサイズのものがもう一着あるんだ」
「え……なんで?」
「元々お兄ちゃんの分も買ってたから」
「リンちゃん、最初からお兄ちゃんにもメイド服着させようとしてたわけ……?」
「割と需要はあるよ。前も罰ゲームで女装した時、六分街中の男女のハートを射止めてたから」
「何それ。なんで僕それ見てないの」
「その頃はまだ君とは会ってなかったんだよ」
……リンちゃん」
「データ残ってたかなぁ……
「だから目の前で取引をしないでくれ……こほん。というわけで、悠真?」
 脱線していく会話を咳払いで軌道修正すると、アキラがじっと悠真を見つめてくる。話の流れとアキラの固い意思がこもった眼差しから彼がやろうとしていることを察しつつ、想像できる最悪の事態を避けるべく悠真は頭と舌を必死に動かす。
「もしかして……僕に着させようとしてる?」
「君、どうせサボりだろう。柳さんに君の所在をばらしてもいいんだよ」
「えー、でも六課の執行官にそういう格好をさせるのは、リスクが高いっていうかあ」
「最近は男女問わず、普通にスカートを履いているよね」
「スカートとメイド服はカテゴリが違うでしょ……っ、と」
 どん、と足に何かがタックルしてきて、思わずバランスを崩しそうになる。恐る恐る下を見ると、きらきらした眼差しで見上げてくるイアスと目が合った。
「ンナ? ンナナ?(きみもアキラと同じように綺麗な格好するの?)」
 ぐ、と奥歯を噛み締める。助けを求めるようにアキラを見ると「まさかうちの子の期待を無視しないよな?」という圧が感じられた。
 そうして悠真は逆らうだけの理由を見いだせないまま、綺麗なメイドさんにスタッフルームに連れ込まれ、あれよあれよという間に装備と制服を脱がされ、ソファにかけられていた服を押し付けられてしまった。


「わーー! 二人とも可愛い!」
 カシャカシャカシャ、とシャッターを連続で切る音がビデオ屋の店内に響く。
「美人のメイドさんが二人だと、圧巻だね~」
「圧巻と言うか、実際に圧をかけてると言うか……ていうかアキラくん、あんた開き直ってない?」
「ふふ……兄という生き物はね、妹のお願いには逆らえないものなんだよ」
 腕を組み、妹の要望に応えてポーズを決め込むアキラに嘘でしょと呻く。仕草まで仕込まれたのか、遠目から見ると立派なメイドそのものである。対して悠真は男らしさを拭い去ることが出来ず、足を閉じろ、手は重ねて体の前、と撮影監督のリンからポーズに対する細かい指示を受けて疲労困憊の体である。
 ちょっとサボりに来ただけのツケが大きすぎる。お揃いのごついメイドが並んでいるのは精神的にきついものがある。それでもアキラのメイド姿はやはり綺麗で、思わず見入ってしまう。
 写真撮影に満足したリンが、データを確認すると言ってうきうきと工房の方に引っ込むと、はあ、と大きく息を吐いて悠真は全身から力を抜いた。
……下がスースする」
「君は、タイツの方が良かったかな」
「そういう問題じゃないんだよねえ……
 すっかりこの状況に慣れてしまったらしいアキラを睨み付けると、彼は諦めたような息を零した。
「すまないね……自分のタイミングの悪さを呪ってくれ」
「現在進行形で呪ってるとこだよ」
「だけど、悠真もモデルみたいでよく似合ってるよ。君、小顔だから違和感がないというか」
「それが純粋な賞賛だと思ってるなら、あんた頭見てもらった方がいいよ。あとその言葉、そっくりそのまま返してあげる」
 脱力から復活すると、悠真はアキラに手を伸ばす。さら、と銀色の髪を掬い取って、耳にかけてやる。化粧をした顔に光が当たって、彼の顔立ちの良さを際立たせる。
 このメイドさん、お持ち帰りしたいなあ――なんて思いながら顔を近付けようとしたところで、チリリン、と無慈悲なドアベルの音が鳴り響いた。
……あー、なんだ。お邪魔しました、か……?」
 突然現れた郊外の傭兵は、アキラと悠真を見ると目を逸らしもせずにそんなことをほざいた。ぱ、と離れたアキラの横で、悠真はわなわなと震えながら客に人差し指を向ける。
「はっ、なっ、なんであんたがここに居るんです!?」
「なんでって、仕事の依頼を……しかしいい格好してんな。写真撮ってもいいか?」
「いいわけない!」
 対ホロウ六課の浅羽悠真のメイド姿、なんてものがインターノット上に拡散されたら社会的に終わりである。がるる、と噛み付く勢いで闖入者を威嚇していると、奥から出て来たリンが「ライトさん、いらっしゃい!」といつも通りの声のトーンで客を迎えた。
「ごめんねー、メイドさんたちの教育が全然終わってなくて」
「構わないさ。ところで店長……待ち合わせ場所はここで良かったんだよな?」
 自信なさげに尋ねるライトに、ん? と首を傾げたリンは、すぐに何かを思い出したように「……あっ」と声を上げた。
「そうだった! ごめん、お兄ちゃん。猪突猛進の運搬作業の手伝いを任されてたんだ。車、借りてっちゃうね~」
 カウンターから車のキーを取り出すと、リンはくるりとそれを回した。ライトに先に駐車場に行っているよう声を掛けつつ、ぱたぱたと慌ただしく出掛ける準備を始める。ぽかん、と成り行きを見守る悠真の耳元で、立ち止まったリンがそっと囁いた。
「お兄ちゃんの写真、後でちゃんとあげるから」
 にやー、と悪い笑みを浮かべる彼女に、悠真は真顔で深く頷いた。これだけ散々な目に遭ったのだ、ご褒美でもないとやっていられない。
 そうして嵐のように妹と客人は店を出て行き、店内に残されたのはメイド服を着た男二人と、にこにこと楽しそうに跳ねているイアス、何となく呆れたような目を向けてくる18号だけだ。どっと肩に重い何かが圧し掛かって、悠真は膝に両手を当ててはあぁ、と深い息を吐き出した。
……これ、慰謝料案件?」
「僕の写真で手を打った人間が良く言うね」
 あはは、と目を逸らしながらも報酬はしっかり貰う算段だ。それは頭の片隅に置きつつ、悠真は再度彼の姿を眺める。朝から着させられているからか、もうメイド服に対しての羞恥心などかなぐり捨てていそうな堂々とした佇まいの彼を。
……ところでアキラくん。この後のあんたの部屋、休憩所としての役割……とかあったりする?」
 おずおずと切り出した悠真の提案を、彼はすぐに正しい意味に咀嚼して、すう、とその目が細められた。
「君もなかなか貪欲だな。うちの妹に負けず劣らず」
「チャンスは逃さない性質でね」
「はあ……で、何時間のご利用で?」
 あっさりと許可が出たことに驚いて、すぐに答えられない悠真に、彼は緩く笑いながらとどめの一言を放つ。
「君もその格好、結構可愛いと思うよ」
 ——ずるい、と言いたくなるのを堪えて、悠真は真っ赤になる顔を隠しながら強く彼の手を引いた。