かづき
2026-05-10 22:29:57
3706文字
Public gnsn
 

5/10(イルンズ)

メイドの日なので一応それっぽいものをと思って書きました。

「なんだか不可思議な格好をしていますね、イルーガ坊ちゃま」
「ふ、フリンズさん!? どうしてここに……!?」
 声をかけた瞬間、慌てた様子で振り返るイルーガは、いつもの制服――もとい、実質普段着に成り果てている衣服を身につけていなかった。
 今の彼がその身に纏っているのは、一言で表すなら珍妙な衣装である。黒に近い紺色のワンピースに、過剰なまでにフリルが施された白いエプロン。頭にはエプロンのフリルと同じ素材を使ったであろう飾りがついている。確か、ヘッドドレスという名称だっただろうか。
 フリンズが宮廷を離れる直前に目にするようになった衣服と似ているが、決定的に違う部分がある。
 スカートの長さだ。スネージナヤは寒い地域なので、また足を露出させるのははしたないという認識だったために、嘗て見たものは最低でも膝を隠す程度には長く、更に足を露出しないようタイツを身につけていた。
 なのに今、目の前の少年めいた容貌の青年が身に纏っているスカートの丈は太腿の中程までと短く、そこから覗く足は何も纏っていない。正確には、足首の辺りまでを隠す靴下らしき存在はある。だが、太腿から足首の辺りまでは、戦闘で出来た細かな傷が残っている足がむき出しになっていた。
 下着が見えにくいようにするためなのか、はたまたただの飾りなのか。フリンズには判別がつかなかったが、スカートの裾からエプロンやヘッドドレスのフリルとは材質が違う生地で出来た、ふわふわとした白いレースが垣間見えているが、何かを守るにはあまりにも頼りないように見える。
「聡明な分隊長様から報告書の提出を忘れないよう申しつけられていたので、届けに来ました。……それで、どうして坊ちゃまはそのような格好を?」
 どこをどう見てもおかしいとしか言い様がない格好だ。何より、こういった衣服は女性用だったはずである。それなのに何故、男性であるイルーガが身に纏っているのだろうか。
 明らかな異常事態だ。彼が着ている使用人の衣服を模した衣装は決して悪い素材で出来てはいない。寧ろ、なかなかに良い生地で作られている。だからこそ、冗談で済ませられないような危険な匂いが漂っていた。
「これは、その……今度、ナシャタウンでイベントをすることになったんです。先日の定例会で決まって、僕たちライトキーパーは実際に使っているランプ等の装備を展示することと、普段の食事を体験してもらおうという話になったのですが……はっきり言って地味じゃないですか」
「確かに、派手ではないですね」
 ここまでの話に不審な点は見当たらない。あるとしたら、この先だろう。
 定例会で出た話は、既にネフェルやラウマから聞いている。事前にこういうのはどうだろう、という打診があった、という方が正しいだろうか。友人が世間話として口にした程度の話題であったが、彼女たちは見事形にしたらしい。
 連合会を発足し、それまでお互いにあまり干渉せず、ばらばらに活動していた組織が一堂に会する機会を得るようになった。
 しかし、顔を合わせるのは、あくまでそれぞれの組織の代表だけである。定例会を重ねていくうちに各々の活動への知識や理解が深まってきたからこそ、もっと大がかりに、一部ではなく組織に属する大勢の人間が交流する舞台を作るべきではないか。一部だけが知り合いというにはもしものときの繋がりが薄いままだが、それが幾重にも重なれば違ってくる。
 これまでと異なる行動に出れば、危険性が生まれる可能性はある。しかし、同時に得るものもあるだろう。そしておそらく、後者の方が比重が大きい。
 取り敢えず一度、交流会と銘打つと硬すぎるので、もっと気楽に参加出来るような催しを――それぞれの組織らしさをわかりやすく伝えるイベントを開催するべきではないか。そんな結論に辿り着き、実行に移してみることになった、という流れだけは、フリンズは先んじて耳にしていた。
「なので、人目を引く必要性があると、少し前からピラミダに来るようになった商人の方がアドバイスをくれて。それで、フォンテーヌで人気らしい衣装を融通してくれたんです」
「それをどうしてあなたが? どう見ても女性用ですよね?」
 わかりやすく異質な情報が出てきた。最近訪れるようになった商人、と頭の中にしっかりと焼き付けるように留めながら、先を促す。
「ちょうど今、このサイズを着られる女性たちが近くにいなかったので、代わりに僕が着てサイズを確かめてほしいと言われたんです。……僕が着るのはどうかと思ったんですが、買うかどうか早く決めてほしい。そのためにはまず試着を、と言われて」
「着てみた、と」
「そんな感じです」
 小さな溜息が口から零れ落ちる。人の良いイルーガのことだ。最初は女性の格好はちょっと、なんて言ってやんわりと断ったのだろうが、商人というのは総じて口が上手い人間がなるものである。熱意を見せられたか、今ここで買わないともう手に入らないと焦りを誘発されたか、それとも泣き落としか。
 いずれにしても、この純朴な青年を騙したことには変わりない。それも、フリンズが――妖精フェイが気に入っている人間を、である。
 第一、同じ身長でも男女は骨格が違う。肉付きもだ。サイズを確かめてほしいと言いながら、女性が着るものを男性に着せるはずがない。明らかに何か違う意図がある。それも良からぬ方向のだ。
 イルーガが美しい青年だということはフリンズも知っている。成人しても尚少年めいた容貌が、妙な人間を惹きつけることも。
 今回もおそらくその類だろう。ナド・クライは無法地帯ゆえに、他国から蹴り出されたような人間が多数集まるのだ。
……ところで坊ちゃま。つかぬことをお聞きしますが、その商人は今どちらに?」
「えっ、確か、ここを離れてナシャタウンに向かうと言っていましたけど……
「どのような風貌の方か教えていただいても?」
 右手を胸元に当てて、少しだけ微笑む。腰元のランプの中で蒼い炎が不満げに蠢く様を見られないようにだけ、注意を払いながら。
……ええと、服装としてはフォンテーヌの人だと思います。護衛にマシナリーを持ってきたかったけど難しかった、みたいな話をしていたり、写真機も持ち歩いていましたし。あとは話し方がフォンテーヌの方の訛りがあったので、たぶん間違っていないとは思いますが……。年齢は四十代から五十代くらいでしょうか。恰幅のいい……と、言っても義父さんよりも背が低くて、その…………あまり戦いに向いていなさそうな男性でした」
……なるほど。流石はイルーガ坊ちゃま。よく観察していますね」
「このところ見かけるようになった人だからですよ」
 フリンズの疑問に対して、特に驚かずに答えたのはイルーガも薄々何かがおかしいと察しているのだろう。
 写真機、とわざわざ口にしたところを見るに、何かを――この珍妙な衣装を身に纏った姿でも撮られたのかもしれない。
 だとするなら、全く許しがたい所業だ。この可愛らしい人の子を騙した商人など見逃すわけにはいかない。妖精のものに手を出したのだから、報復を受けて然るべきである。
 あとでニキータに言いつけてから、こっそり燃やしに行こう。流石に全て燃やし尽くせば怒られてしまうだろうが、軽く火炙りにするくらいなら血の繋がらない息子を大切にしているニキータも許してくれるはずだ。そのあとはこの辺りを哨戒するライトキーパーに、不審人物として突き出してしまえばいい。
「ところで、その格好はいつまで続ける予定でしょうか?」
 ライトキーパーには人の顔や名前を覚えるのが得意な者が複数いるので、彼らに聞けば目当ての人物を見つけることは難しくないだろう。
 これからの算段は立った。あとは実行に移すだけだ、とまで考えてから、今も珍妙な衣装――メイド服のような格好をしたままのイルーガをそのままにしておけないという事実に気づく。良からぬ考えを持つ人間が、一人だけとは限らないから余計にだ。
「君が来なかったら、もうとっくに着替えてたつもりですよ」
「それはそれは……邪魔をしてしまったようですね」
「別に構わないですよ、これくらい。それよりも、……報告書はもう提出しましたか?」
「はい。先程、ニキータ様に手渡してきましたよ」
 両手を開いて、何も持っていないとわかりやすく見せる。先程、胸に手を当てていたのだから、イルーガはとうの昔にフリンズが報告書を手放していることに気づいていたはずだ。
 わかっていて尚疑問という形で口にしたのには、何か意味があるのだろう。そして、それが何なのか思い当たらないわけがない。
……今日の予定とか、ありますか?」
「夜警の時間には戻らないといけないですが、それまでなら特にないですね」
……それなら、僕の家に来ませんか? その、この前新しいカードゲームのルールを学んだので!」
 気遣うような声色から、一瞬で期待に満ちた上擦った声へと変化する。その様子を可愛らしく思いながら、フリンズは頷いた。