hkszsu_a091
2026-05-10 21:55:58
3951文字
Public
 

SXワンライ/遠距離恋愛



『せっかくだから遠距離恋愛らしいことをしてみないか』

 スピーカー越しの提案に、へぇ、と相槌をひとつ。もう叶えようとも思わなくなった片思いを始めて、数えようとすれば三千と数百年。幼馴染、親友、相棒などが並ぶ関係性に、めでたく恋人が追加したのだった。
 ゼノに利益があるからと受けた仕事が続くこと、早一年。現状を〝遠距離恋愛〟と例えたその声には、思いつきが滲んでいた。その遠距離恋愛とやらの定義を聞くに、そんなもん軍に所属してた頃と変わんねぇじゃんという感想しか出ない。俺が一度目の石化から目覚めて、それから月へ向かうまで。その間くらいじゃねぇの、遠距離じゃなかったのなんてさ。無論、その頃にはまだ絶賛片思い中だったのだから恋愛がどうだと意見する気はないが。
 明日腕を通すブラウスとジャケットをハンガーにかけ、その隣にはスラックスを。煙草の残量を確認しながら、その〝らしいこと〟について思考を巡らせる。テレフォンセックスくらしい浮かばねぇよ。

…… ……

 そんなシモの話しかしないとなれば嫌な顔をするだろうか。いや、逆にその手の話に敢えて触れない方が不自然だろ。思考を切り替えて、行き過ぎず丁度良い案をいくつか頭に浮かべて。正直にそんな丁度良い案など思い当たるわけもない。ゼノの機嫌次第で全てがエレガントにも変わり、全てが溜息にも変わる。機嫌を取ろうという方が愚かなのだ。
 煙草の残量は問題なし、次は銃の整備か。

「ゼノ大先生のエロい自撮りでも送ってくれんの?」
『おや、テレフォンセックスをしようと言うのかと思ったよ』

 オーケー、言って良かったってワケ。
 一応気遣って避けたつもりだったが、それすら杞憂だったらしい。銃を分解しながら、「ま。悪くねぇな、それも」と簡単に返事をする。悪くないも何も、願ったり叶ったりだ。
 あと一時間半もすればあんたの就寝時間じゃん。今からあんま盛らせてくれんなよ。特にスイッチも入れていない頭で遊びで言葉を転がし、手だけを丁寧に動かして。ここでミスがあれば、明日以降何かあった時にワンチャン死ぬ。生きて帰る理由ができてしまったのだから、今まで以上に慎重に。
 ふふ、と楽しげな笑い声がスピーカーの向こうで漏れる。楽しそうで何より。こっちも楽しいよ。

『せっかくだから君の案を試してみよう。では、まずはスタン。君の思う〝エロい自撮り〟を送ってくれ』
「俺からかよ」
『不満かい?』
……いんの」
『いるよ』
「そ」

 もうそれ以上に返す言葉などない。つか、「君の思う」って、その言い方わざとだろ。知らねぇよ。
 それじゃあ待ってるよと一方的に通話を切られ、強制的に静かな空間へと戻される。銃の整備をしていた手は、止まってしまった。

…… ……

 何を持ってエロい自撮りと定義するのか。小難しいことを考えるつもりはないが、世間一般の感覚で良いのだろうか。適当に写真を送った結果、意外と普通だねと笑われる可能性もある。あんたが楽しいなら何でも構わないという気持ちもあるが、それはそれとして笑うためのものではないのだ。できればそれを見てセックスしたくなるような、そんな感想を抱かせたいとも思うわけで。
 考えたところでそれらしいポーズは浮かばず。ゼノはたまにわけの分からないタイミングでスイッチが入るが、それが今回も発動してくれるとも限らない。もう上裸とかじゃだめかね。
 そこまで考えたところで、ふといつかの出来事を思い出す。トレーニングを終え、シャワーを浴びる前。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出そうとした時、背後から扉を閉められ、振り向くと欲情しきった目が迫っていた。そうだ、あの時は確か……
 いつまでも悩んだところでうんざりするだけだ。こういうのはさっさと終わらせてゼノのターンに切り替えるべき。洗面台へ向かい、鏡を囲うように設置されたライトを点ける。ぱっと明るくなったそこには、丁度臍の下あたりまでが写し出されていて。
 一歩分後ろへ下がり、それからシャツを雑にたくしあげる。それが落ちないように先を咥え、臍の元へ片手を添えて。端末を操作してシャッターを切ったところで、口からシャツを離した。よし、こんなもんでいいだろう。出来が悪かろうがリテイクはなしだ。
 メッセージアプリを起動させ、一番上にある名前をタップ。写真だけを送れば、ずっとトーク画面を開いていたのか、一瞬で既読マークがついた。

「任務完了」

 その場に独り言を落とし、デスクへ向かう。一度手を止めた銃の整備を再開し、数分。最後にセットしていよいよ暇になろうとしたタイミングで、端末が通知を知らせた。
 さて、あのゼノ先生の思うエロい自撮りってやつで抜かせてもらうとするかね。見る前からのんびり思考を切り替えて手を伸ばし、画面をタップする。予想通り一枚の写真が送られてきており、それを表示したところでは思わず息を止めた。正しくは、止まったのだ。

…… ……、」

 写っているのは、送ったものとは真逆に、下半身がメインのもの。控えめにブラウスを持ち上げる両手は臍の上のあたりに。露になった太ももとチラリと見える片側の尻のラインから、下着を履いていないことが伺える。その中心部こそ見えていないが、内股から伝うそれは、本当に汗だけなのか。それとも。
 両手使ってんじゃん、どうやって撮ったんだよ。もしかして一人でシた後?その汗、何。既に下半身に熱が集まるのを感じながら食い入るように写真を見ていると、ふとシワの多いそのブラウスに思わず口が開いた。

……俺のじゃん」

 前回帰った時は、挨拶もそこそこにベッドへ傾れ込んだのだった。その時に脱いだものだろう。確か「洗濯はしておくから、今は僕を構うべきだ」と可愛いお誘いに乗り、そしてその言葉に甘えさせてもらったのだ。……まさか、こんなことに使われるとは。

……、」

 所謂、彼シャツというやつなのだろう。身長の変わらない自分たちがやったところで、面白みもないと思っていたが。撤回しよう。これだけで一年はオカズに困らない。
 目元を叩き、大きな溜息をひとつ。何が遠距離恋愛らしいことをしようだ。何が写真を送り合おうだ。先日最後にキスをした翌日は、恐らくこの写真は撮られていた。全て、ゼノの手のひらの上だったというわけだ。大した先生だよ、あんた。
 普段通り憎まれ口を返す気にもならず、ベッドに腰を掛けて。せっかくなので早速オカズになってもらおうとベルトに手をかけたところで、部屋の扉がノックされた。

……あ?」

 こんなタイミングに、どこのどいつだ。無視するという選択肢も頭に過ったが、何故かそうしようとは思わなかった。緊急の用件にしてはノックが穏やか過ぎるし、名を呼ぶ声の一つもない。殺気も感じられない。それでは、誰が、何の用で。
 下半身はすっかり落ち着き、頭の中も切り替わる。最悪を想定して銃を片手に扉を開けたところで、鼻腔を通る香りに思わず目を見開いて。

……は、」

 開けた扉の先には、緩く後ろへ撫でつけられただけのプラチナブロンドに、漆黒の瞳。悪戯が成功したような笑みを浮かべるその口元が、赤い舌を覗かせた。

「おお作戦は大成功のようだね。このサプライズもまた、今だからこそできることだとも。恐らくスタン、君は僕の送った写真でマス……っむぐ、」
「ストップだ、続きは部屋で聞く」

 大変満足気な表情のまま得意に話そうとするその口を容赦なく押さえつけて。こんな廊下で話されてたまるかよ。
 連れ込むようにして部屋に入れれば、ここで撮影したんだねと洗面台を物色し始めた。普段セットして作り上げているポンパドールとは違う、その緩やかなカーブを描く髪が、ふわりと揺れる。

「あんた仕事は」

 何故滞在先のホテルを知っているのかや、移動手段に関しては問わない。この男の手にかかれば、その程度どうにでもなることを知っているからだ。煙草を取り出し、壁に寄りかかりながらその横顔を眺める。

「丁度機材点検で三日程休みが取れそうだったからね」
「そんであのメッセってわけか」
「今の僕たちには実に刺激的な遊びじゃあないか」

 悪戯に、そして誘うような伏目がちなその顔が、ぴりりと甘い痺れを走らせる。吸い始めたばかりの煙草を灰皿に押し付け、きっちりと衣服を身に纏ったままの身体を背後から抱き締めた。暫くぶりのゼノの香りに、どくどくと血管が活発になっていく感覚。
 ぴたりと首元を覆う薄地のニットに鼻先を突っ込みながら、その中に吐息を送り込む。なんだ、香水つけてんじゃん。それ、俺のな。

「んじゃ、分かってんだ。その刺激的な遊びの後だぜ、今」
「まさか顔を見るだけで帰るとも思ってないだろう」
「帰んの明日?」
「明日の午後イチ……っん、」
「オーケー、今日は夜更かしコースだ」

 気分も乗ってきたとこだぜ、丁度な。せっかくだ、直で見せな。写真じゃなくてさ。 
 視界の端、明日腕を通す予定だったブラウスを捉えて。どうやら気分になっているのはお互いのようで、熱を孕み赤く染まる耳にも口付ける。随分と久しぶりに、実に二ヶ月ぶりに触れるその体温にくらりと眩暈すら起きかけている。
 は、と余裕なく乱れるもそのままにその肌を唇で辿れば、ゆっくりと振り向いたゼノが首の後ろに腕を回した。ああ、これはもうお許しなんてものじゃない。誘われている、熱烈に。就寝予定時刻も、健康のための睡眠も知ったものか。どくどくとうるさい心音をBGMに、離れていた時間を埋めるように唇を押し付け合った。