風花莉亜
2026-05-10 21:49:55
4061文字
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夢か現実か、どっちかにしてくれ。

第40回とどち版ワンドロワンライ参加作品。藤堂くん視点。だいぶ良くわからない話ですが、シリアスではない事はお伝えしておきます。いつも通り何でも大丈夫な方向け


「その武器をしまってください」

顔を歪めながら、千早は言った。
今にも泣き出しそうだ、そう思った瞬間、頬を一筋の雫が流れていき、ポタリと地面に落ちる。
それを皮切りにポタリ、ポタリ、堰を切ったように流れる涙に驚きを隠せないでいる。
千早の泣く顔なんて、初めて見た。


「千早、泣くなよぉ」
……画面に向かって何言ってるんですか? 普通に引くんですけど」
……………………

大画面に映し出された顔と同じ顔が、隣でドン引きしている。
横並びで座るソファーの上、部屋着に身を包んだソイツは、今日も絶好調に毒舌だ。
手を伸ばせば触れられる実態のある身体が、俺から人一人分遠ざかる。
何もそんなに引くこたねェだろ、そんな目を向けてから再び画面へと視線を戻すと、画面の中の千早は未だに涙を流していた。
儚げとでも表現すれば良いのだろうか、触れたら壊れてしまいそうな脆さがあり、その涙に揺れる瞳に映るのが俺だったのなら良かったのに、なんて事を考える。
俺だったらそんな顔はさせないのに、と。
物語の設定上、誰が演じたとて内容は変わらないと知りつつも、無性に守ってやりたくなるのだ、この画面の中の男は。
因みに隣にいる男は「守ってもらわなくても結構です、自分で何とかしますので」とか言うタイプ。
可愛くない。
大人しく守られるような奴ではないのは知っているけど、頼る事はして欲しいと常々思っている。
俺はそんなに頼りないかよ。

「この偽物のどこが良いんです?」

本人からしたら偽物なんだろうけど、とりあえずお前は画面に集中しろ。
全くもって興味がないのか知らないが、千早は少しも大人しく出来ないらしく、数分おきにこちらへと声をかけてくる。
本人を横に出演作品を観るとか、本来ならば贅沢だろうに、邪魔しかしてこないのなんなの?
お陰でなかなか没入する事が出来ず、一緒に観るのは失敗だったと悟った。

「お前さァ、観る気ないンか?」
「ある訳ないじゃないですか」
「お前の出てる作品だろーが」
「だからこそ、ですよ。藤堂くんが出てたら観ますけど」
「いや俺が出る訳な、っ、ちょっと千早さん何してるんですか?」

よいしょ、なんて言いながら画面から俺の意識を逸らそうとする為なのか、隣から俺の膝の上へと移動してくる千早に動揺する。
その表れが色濃く出た敬語に、クスクス笑う姿は可愛らしいのだが、この格好は一体どうしたら良いのだろう。
首の後ろに腕を回されて近付く距離にドギマギする。
好きな奴に膝に乗っかられて、あまつさえもう少しで唇が触れてしまいそうな距離まで近付かれて、何もしないという選択肢を少なくとも俺は持ち合わせていない。
腰に腕を回してホールドすれば、千早の口元が弧を描く。
確信犯。
こうなるとわかってての行動かよ。
俺達の関係は今の所仲の良い友達といった所だが、それも今日で終わりになりそうだ。
千早の手のひらの上なのは多少気に入らないが、乗っかってやろうじゃねーの。
頬へと手を伸ばして触れると、待てないとばかりに千早の方から顔を寄せられ、唇と唇が触れそうになっ『ピピッピピッピピッピピッピピッ』ならなかった。
そんな予感はしていた。
だって明らかに内容がおかしかったし。
現実を受け入れたくはなかったけれど、恐る恐る目を開くと見慣れた天井が目に入る。
カーテンの隙間からは太陽の光が差し込み、今日も天気が良い事を知らせていた。

「くっそう、もうちょいだったのに……

腕で目元を覆ってみても現実は現実で、あれはただの夢だったのだと思い知る。
でも、それはそうなのだ。
俺も千早もただの野球大好きな高校生であって、あんな風にテレビの中で活躍するような人間ではない。
しかもあれって多分ってか、絶対に大人だったよな?
つーかなに、千早は俳優設定だったんか?
確かに顔いいし、何となく演技とかも上手そうな気はするけど、だからってなんだあの夢。
放送されていたのがどういうシーンなのかも全くわからなかったし、正に夢!! という感じではあったけど。
ひとつ言えるのは、最後のあのキスしそうになる展開だけは、惜しいと思ってしまう内容だったって事。
夢の中の俺達の関係は友達だったらしいが、なんでそこは現実とリンクしてんだよって、妙な所でリアル持ち出してくるのが憎い。
せめて付き合っておけよ。
そんな風にひとりごちてしまうのは、現実の俺達の関係も友達止まりだから。
千早が俺の事を好きな素振りは微塵もないし、あんな風な展開になる事だけは間違いなくないと言える仲だ。
だからこそ、どうせ夢ならそのままキスさせてくれたっていいだろうに、もう少しという所でお決まりのようにアラームに起こされるって、ベタすぎんだろが。
いらないんだよ、そんなお決まりは。

「あー……キスしてェ」

一人きりの空間でポツリ、と呟く。
叶わないと知っているからこそ、切望してしまうってもので。
まぁ、キスよりもまずはお付き合いに漕ぎ着ける所から始めなきゃならンのだが、それがまた難関なんだよなァ。
うだうだと考えながら布団の上でゴロンゴロンしていると、襖がスパーンッッ!! と音を立てて開かれる。

「早く起きろ」

突然の事にびっくりしていると、仁王立ちのお姉様が静かに言った。
怒鳴るより怖いやつじゃん。

「ハイ……

逆らう姉に祟りなし。
大人しく従うように教育されてきたこの十七年間、染み付いたものは伊達ではない。
ノロノロと起き上がって布団を畳み、顔を洗うべく部屋を後にした。



*****


「えーっと……この状況、なに?」
「俺が藤堂くんの上に乗っている、ですかね?」
「ですかね? じゃねーよ!!」
「耳元で騒がないでください」
「それはすまん。けど、この状況は納得してない」
「えぇー」

何でお前の方が納得いかないって顔してンの?
おかしい、何がおかしいって全部だけど強いて言えばこの状況が。
千早の家で映画を観る事になった所までは良かったんだけど、いざ見始めて気付いたらこの状況になってて。
あ、うん、意味わからんよな?
安心しろ、俺も言っててわかってない。
ただひとつわかるのは、あの夢が微妙に正夢になってるって事。
画面に映るのは千早じゃないし、俺達はまだ高校生で球児だし、あの夢とは違う点が多々あるものの、この構図はどう頑張ってもあの夢と同じ。
と言うことは、だ。
夢の続きが出来るかもしれない、なんて邪な考えが浮上してきた訳だ。
え、本当に?
夢じゃない?
頬へと手を伸ばして抓ってみると、しっかりとした痛みをじんじんと頬へと伝えてくる。

「え、普通に痛い」
「怖いんですけど。なんなんですかその奇行」

ドン引く千早の顔は、夢の中で見た千早と同じだった。
これは、もしかしてもしかするんじゃないか、そんな期待に胸を膨らませる。
ドン引いてる癖に俺の上に乗っかったままな千早の腰へと手を添えると、ピクリと反応を示すが逃げる素振りひとつ見せない。
なるほど、これはセーフ。
どこまで許されるのか試したくなるが、やり過ぎて出来るであろうキスまでお預けされたらたまったものではないので、このチャレンジはまた次回に持ち越す事にした。
いや待て、まだキス出来ると確定した訳ではないんだっけ。
あまりにも正夢だったからつい出来ると確信してたわ、あぶねーあぶねー。
でも、これ、いけるんじゃね?
いけそうな気がしたので、試しに顔を近付けてみたが、やっぱり逃げる様子はない。
大きな目がじっ、と見つめてくるので、逆にこちらが目を逸らしてしまいそうになるのを何とか堪え、もう少し顔を近付けて今度は額を合わせてみる。
やっぱり逃げない所か瞬きひとつしない。
……目を閉じたら負けだとでも思ってるンか?
千早が何を考えているのかはさっぱりだが、そちらがその態度ならこちらも遠慮なんてしてやらん。
今からキスするぞ、とは口に出さずとも雰囲気を作る為に、頬を撫でてから首の後ろへと手を添えた。
少しだけ力を込めて引き寄せ、自分も顔を寄せる。
吐息さえ感じられる距離で見つめ合った。
ここまできたら、どんな鈍感野郎でも何をしようとしているのかわかるだろう。

……目閉じろよ」
「そちらこそ」

この距離まできてお互い目は開けたまま。
変な負けず嫌いが発動して、二人とも目を瞑る事を良しとしない。
ムードがどっかへ行ってしまったこの状態で迎えるファーストキスの行方は如何に?
いや、するけどな?

「俺も閉じるからお前も閉じてくれ」
「なんか必死ですね?」
「茶化すなよ。本気なんだってのこっちは」

熱の籠った目を向ければ、笑っていた口元がきゅっと引き結ばれる。
真剣な態度を向ければ、同じように返されるのを知っている。
いざと言う時は茶化したりしないのを知っている。

「千早」
「なんですか」
「好きだ」

何だかんだとずっと言えずにいた気持ちを告げれば、千早はキョトンとした顔をして、それから「知ってます」と笑った。
何を今更、みたいな態度は気に入らないけれど、拒否られなかったからいいかと思う事にした。
そもそも、今からキスしようとしているのに告白拒否られたりなんかしたら、どんなギャグだよって話だが。
気を取り直して千早の後頭部に手を添えて引き寄せる。
目閉じて夢にまでみた千早とのキスまであと……『ピピッピピッピピッピピッピピッピピッ』……うそだろぉ。
渋々目を開けると、見慣れた天井。
それは紛うことなき、自分の家の俺の部屋のソレでしかなく、俺の身体は布団へと横たわっていた。

「くっそぉ!!」

朝だと言うのに思いっきり叫んでしまい、その声を聞きつけた姉貴にどやされたのは言うまでもない。
二重の夢とか、どんなトラップだよ。


こうして俺のファーストキスはお預けとなったのだった。



END