あさかわ
2026-05-10 21:33:43
3583文字
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初めてに似た味

鬼水/ゲタ水週ドロライお題【成長if、お弁当、肩を並べる、さようなら、ピクニック】 鬼水
成長した👹がいる鬼水が依頼兼ピクニックに出かける話


 鬼太郎は保冷バッグの紐を肩にかけ直し水木の横に並んだ。目線より少し低い位置にある水木の横顔に声をかける。
「水木さん、そっちのお弁当も半分持ちましょうか」
 水木が抱えている風呂敷に手を伸ばす。右手におかずと供え物、左手に握り飯の重を持っている水木はしばらく悩んでから左の重を渡した。
「すまん、助かる」
 鬼太郎は小さく頷いて風呂敷を掴む。もうずっと昔から鬼太郎の方が水木より力がある。鬼太郎の背丈が水木でも彼を抱えて走るのに苦労はなかったし、大人三人がかりの重量も簡単に持ち上げられる。それでも水木は自分の胸までの背しかない鬼太郎に荷物を持たせることを渋った。
 大丈夫なのだと何度も説明し、すっかり大人になったのだと説得し、恋人になってくれと口説き落として、愛する人に頼られるのが嬉しいと懐柔した。水木は小指一本分の譲歩を何度がしてくれたが頼られぬ日々は歯がゆかった。しかし鬼太郎の背が伸び目線も横並びになってから、水木は頼ることを悩まなくなった気がする。視覚と認識のずれは人間にとって、いかんともしがたいようだ。



 小高い丘の上にやってくると木の下で敷物を広げる。眼下にはぽつりぽつりと古い家が建っており、誰も耕さなくなった畑に野草が芽吹き始めている。
「晴れてよかったですね。天気の良い日にみんなで楽しくやった方がきっと喜びますから」
 鬼太郎は丘の隅の小さな社に目をやった。少子高齢化の波は交通の便が悪い場所から順に打ち付ける。ここは若者が山を下り、年寄りも暮らしを続けられず惜しみながら去った土地だ。その土地に祀られた天狐は集落の終わりを粛々と受け入れた。妖怪ポストに依頼があったのは先週のことだ。集落最後の住人が夢を見た。白い狐が別れを告げに来た。自分はもう山に登ることは出来ないが、どうか最後に供え物を届けて欲しい。鬼太郎は依頼を受け、水木と共に山を登った。

「よし、準備できたぞ」
 水木が社の前に神酒と稲荷寿司を供え、鬼太郎を振り返った。稲荷寿司はたっぷりと汁を吸い込み旨そうに光っている。酒も香りだけで分かる上物だ。鬼太郎は水木と並んで柏手を打った。
「俺たちは使いで来た者ですが、ここに暮らした人たちはこの土地がきっと大好きでした。見守ってくださり、本当にありがとうございました」
 水木が腰を折り深々と頭を下げた。鬼太郎も水木にならいお辞儀をする。どれほどの時間頭を下げていただろうか。一陣の風が鬼太郎の額をやわらかく撫でていった。それを合図に目線を戻すと供え物がすっかり消えていた。

「じゃあ、僕たちもご相伴に預かりましょうか」
 供え物が終わったら次は祭りと決まっている。ようは丘でピクニックをするのだ。この後目玉の父や酒に釣られた子泣きじじいが合流する予定だ。ねこ娘とまなは一緒に向かっているが、山道で難儀するだろう。
 集落まで己の足で登っていく。それがきっと一番の贈り物になると言ったのはまなだ。水木もそれに同意して、二人は登山用品を買いに行っていた。目玉の父は小さな身体での登山に難色を示したが、水木に散々煽られて挑戦を決意した。子泣きじじいは鬼太郎が依頼人から貰った上酒を見てよだれを垂らし参加を表明した。

「みんなが来るまでお酒はよしましょう」
 鬼太郎は酒瓶を保冷バッグにしまった。これを先に飲んでしまったら子泣きじじいが泣くだろう。水木は敷物の上で風呂敷を解いていく。紙皿に握り飯とおかずを載せて水木が鬼太郎に手を差し出した。
「そうだな。俺は帰りのことを考えて飲酒はやめておく。鬼太郎、ノンアル出してくれ」
 鬼太郎は頷いてノンアルコールビールを手渡す。自分の分はサイダーを選び水木と乾杯した。水木がビールをうまそうに飲み下すのを眺めながらサイダーを口に含む。炭酸の泡が口内ではじけるのを楽しいながらちびちびと飲むと水木がじっとこちらを見ていた。

「お前、それ好きだよな」
 水木が鬼太郎の手元を指さした。
「サイダーに限らずだが、炭酸が入ったものが好きだよな。酒を飲む時は日本酒だがノンアルコールなら炭酸ばかりだ」
「よく気がつきましたね」
「昔の癖で相手が何を飲むかつい見ちまうんだよ。子供の頃は菓子も甘い飲料も子供が好みそうなものが特段好きでもなかったろ」
「はあ……食うに困らなければ十分だと思っていましたから」
 鬼太郎は、食の好みというものにあまり頓着しない性質だ。十年以上母の胎内で守られていたからか、とにかく生き延びらるだけ食べ物があればよい身体なのかもしれない。でも、今は違う。鬼太郎は水木の前で右手の人差し指を立てた。

「おばあちゃんや水木さんが買い与えてくれた水飴は今でも好きですよ」
 お菓子をねだらない鬼太郎のためにと手渡してくれた水飴。駄菓子屋で見かけると恋しくなり、つい買ってしまう。
「父さんと集める朝露も好きですし、カエルの目玉も。二十歳のお祝いに父さんと水木さんが日本酒を用意してくれたでしょう。二人に褒められて飲んだものだから嬉しくってあれからずっと辛口が好きです。思い出と一緒に好きな味が出来たんですよ」
 好物をあげて指を立てていく。水木は嬉しそうに目を細めて肘で鬼太郎をつついた。
「まったくお前はかわいい奴だな」
 ビールを一口飲んでから、水木はにやにやと笑った。
「じゃあサイダーは大人になってからの思い出の味ってことだな。きっかけは何だ」
鬼太郎は五本目の指を立てた。

「あなたと初めて口付けした時です」
 水木が取り落としたビール缶を鬼太郎は素早く拾う。中身はほとんど空だ。
……は?」
 鬼太郎は水木の半開きの口の端をちろりと舐めた。
「ぎゃっ!」
 水木が太い悲鳴を上げて後ろに下がった。色気のない声が大変心地よく顔が緩んでしまう。
「初めて唇を触れ合わせた時、唇が痺れて、心臓が跳ね回って頭が砂糖にまぶされたみたいでたまらなく幸せだった。それに似ていたのが炭酸飲料だったんです。特にサイダーは別格でつい選んでしまう」
 鬼太郎は水木の飲みかけのビールを拝借した。爽やかな喉ごしは心地よいが、ほろ苦い味が思い出と少し違う。
 恋人になって初めて口付けをねだった日、水木は目を閉じて背が低い鬼太郎のために膝を折ってくれた。触れ合った皮膚の温度、息遣い、震える睫一本一本の動き。何もかもが鬼太郎の大切な思い出であり、跳ね回る喜びはサイダーが一番似ている。
 水木は拳を握って鬼太郎の手のサイダーを睨み付けた。
「そんなスケベ心でサイダーを飲む奴があるか! 没収だ、没収!」
 鬼太郎は笑い声を上げてサイダーに口を付ける。水木からの罵倒と一緒に中身を飲み干す。シュワシュワ弾けて跳ね回って甘くて優しい。
「はいどうぞ」
「いらん!」
 空になったペットボトルを水木がゴミ袋につっこんだ。鬼太郎が宥めるように水木の好きなキンカンの甘露煮を取り分けた。



「おおい、鬼太郎!」
 甲高い声が風に乗って届いた。鬼太郎が立ち上がって眼下を確認する。小さな目玉の父がふきの傘を振り回しながら坂を登ってきている。その後ろを子泣きじじいがふらふらしながら付いてくる。
「鬼太郎ぉ〜、儂の背中を押してくれぇ」
「何を泣き言を言っておる!この坂道を上りきれば美酒にありつけるのじゃ。自分の足で最後まで歩いてこその美味さじゃろうに」
「親父殿は口は出すが手を貸してくれん。薄情じゃ」
「この背丈で子泣きじじいの背中を押せるわけなかろう!」
 目玉の父に叱咤されながら子泣きじじいが上ってくる。きっと道中同じようなやりとりを繰り返しながら来たのだろう。鬼太郎が目を凝らすと林道の出口にまなとねこ娘の姿も見えた。

「ほら、水木さん。みんなもうすぐ着きますよ。いつまで拗ねてるんです」
 水木は鬼太郎と距離を取ったままむくれている。
「誰のせいだと……
 鬼太郎は己を指差し微笑んだ。
「僕です」
……その嫌味ったらし笑顔はどこで覚えたんだ」
「あなたです」
 鬼太郎に嫌味を言う子供と親にそれは見事な笑顔でやり返していたのを覚えている。水木は押し黙りやおら立ち上がる。
「生意気言うようになりやがって」
「言っても大丈夫だと教えて貰ったので」
 血が繋がらなくても家族でいられること、死に別れても繋がっていること、愛の形が変わっても生きていけること。水木は困ったように眉を寄せてわざとらしくため息をつく。鬼太郎の肩を叩いて坂を上ってくる目玉と子泣きじじいに声援を送る。
「もう少しだ! 頑張れよ!」
 この声に何度励まされたか分からない。水木の声は心地よく鬼太郎の脳髄から骨の芯まで深くしみた。鬼太郎は水木と肩を並べ、丘を目指す仲間に声援を送った。