フリンズさんが『館』に依頼してきた話


「あ、そうそう。この前一緒に集めた材料なんだけどさ、今日取りに来るはずだから、よろしくな!」
「はい先輩、分かりました!」

 『秘聞の館』のカウンター席に私が座るのを確認して、ヤフォダ先輩は次の仕事に必要な荷物を担いだ。私は猫のアシュルと共に留守番で、先輩は外回りの仕事らしい。まだまだ私は見習いなので、先輩と一緒に仕事へ向かうか、このカウンター席が定位置となっている。
「夕方には戻れると思うけど、あたいが居ない間もしっかり留守番しとけよな」
「大丈夫です。気をつけて行ってきてくださいね」
 私がヤフォダ先輩に手を振ると、彼女も手を振り返して店の出口から消えていった。

 カウンター席の椅子に座り直し、トテトテと近寄ってきたアシュルを撫でる。気持ちよかったのか、アシュルが私の手に擦り寄ってきた、可愛いね。
「あぁ……私も、今日は外回りの仕事行きたかったなぁ」
 ぽそりと独り言が漏れる。先日、久々に先輩と二人で猫探しの依頼をこなしたのだが、依頼の途中で私が密かに憧れている旅人さんとパイモンちゃんに会えた。さらに、街の誰もが知っているライトキーパーのフリンズさんやイルーガくんにも会えたし、色んな人に関われるほうが楽しくて好きなんだよね。
 カウンターの上に伸ばして乗せていた腕にアシュルが寄りかかり、クルリと丸くなって目を閉じた。……可愛いし、温かいね。眠る体勢を取った猫の丸い背を優しく撫でていると、私も、なんだか、眠くて……


 ――あれ?
 し……しまった、今は店番の時間だったはずなのに、少し寝てしまったかも。今何時…………ろ、んん?

――お目覚めですね?」
「へぇ?!」

 うつ伏せの状態から顔を持ち上げると、眼前に綺麗な美人の顔が広がっていた。――フリンズさん?!
 思わずガバッと起き上がり、目をパチパチと瞬かせる。寝てしまっていた私の顔を、フリンズさんが覗き込んでいたらしい。そのまま店内を見渡したが、アシュルの姿は見えなかった。もう一度ゆっくりと、フリンズさんの方へと顔を向ける。
「い、いらっしゃい……ませ?」
「ふふっ、お待ちしてましたよ」
 そう言った彼は覗き込む体勢をやめて、背筋を伸ばした。彼と目を合わせるためには見上げなければならなくなった。……いや、というか、お客様が来たんだから座って接客するものじゃなかった……

 慌てて立ちあがろうとしたため机についた手が滑ってしまい、危うく体を打ちつけそうになる。しかし来るはずの痛みは襲ってこなった。
「大丈夫ですよ、落ち着いてくださいね」
「は、はい。すみません……いえ、ありがとうございます」
 体勢を崩した瞬間に、フリンズさんが私の腕を掴んでくれたようだ。び、びっくりしたぁ……
 私が体勢を整えたのを確認し、フリンズさんは掴んでいた腕を離し、掴んだ箇所をそっと撫でてから離れた。別に痛くなるほどの力で掴まれた訳ではないが、おそらく彼は気にしたのだろう。
 
「ええと、それでは改めまして。今日はどんなご用件で?」
「おや、聞いてませんか?」
……えっ?」
「先日、僕が依頼した材料について採取完了したとのことで、受け取りに来ました」
…………ぇえー?!」

 先輩が言ってた依頼主って、フリンズさんなの?!
「その様子では、聞いていなかったのでしょうか」
 はいそうです、その通りです。でも心の中を読まないで欲しいです。
 いそいそと取り出した依頼書を確認すると、本当だ……フリンズさんのお名前がありました。
「フリンズさんって、字まで綺麗なんですね」
「おや、お褒めいただきありがとうございます。ただ――
 ん? 手元の書類を眺めていた私は、フリンズさんの言い淀んだ内容が気に掛かり、彼へと目線を向ける。

「字まで、とは――他にも何か、あるのでしょうか?」

 そう言った彼は、私の方を向いたまま目を細めてニコリと笑う。私の方は、余計な事を言ってしまった……!と、目を丸くした。は、恥ずかしい……まだ頭は寝ぼけているようだ。
「な、なな何でもないです。き……聞き間違い、では?」
「おやおや、僕の耳は良い方なのですが――そうでしたか」
 口元に手を添えてクスクスと笑うフリンズさん。私の取ってつけたような誤魔化しに乗ってくれるようだ。


……はい、こちらでご依頼の品をお揃いでしょうか?」
「えぇ問題ありません。相変わらず素晴らしいですね。感謝します」
「確認ありがとうございます。ではここに、サインを」
 紙袋に詰めた依頼品を手渡してから、依頼書の受け取り欄を指し示す。フリンズさんは近くに置いてあるペンを取り、指定した箇所へ署名してくれた。この時のサインも、とっても綺麗だった。

「それでは、また何かあれば依頼させていただきますね」
「はい! ご依頼ありがとうございました‼︎」
 出口の扉は向かうフリンズさんを見守る。彼が扉を開けて、私の方へ振り向いて会釈をし、扉をくぐり抜けて閉じる所まで眺め続けた。

……ふぅ、焦ったぁ」
 深い息を吐き出しなら、カウンター席の椅子に座り込む。とはいえ、フリンズさんと沢山会話できたのは何だか楽しかったかも。そんな事を考えていると、どこからともなくアシュルが出てきた。
……どこに行ってたんです? もう、今更出てきて……私を笑うために戻ってきたんですか?」
 通じる訳はないと知りつつも、アシュルへ軽い愚痴を投げかける。カウンター机の上に飛び乗ったアシュルは、にゃあと小さく鳴いて、まるで慰めてくれるかのように私の腕に擦り寄ってくれた。……意外とフリンズさんが苦手で、隠れてたとか?



 その後、仕事から戻ってきたヤフォダ先輩に報告したところ「しっかりしろよぉ、あたいまで怒られちまうだろ⁈」と叱られた。そして翌日には、オーナーであるネフェル姐さんへの報告はまだなのに、先輩の予想通り二人とも叱られた。
 なんでも、カウンター机に置いてある受付ボード――連絡掲示板に、こう書かれていたらしい。
 
『秘聞の館の仕事は、相変わらず素晴らしいですね。可愛らしい寝顔も拝見できますし』
 
 ……フリンズさん、いつのまに書き込んでたんですか。っていうか、この内容……絶対わざと書きましたよね?



『僕とした事がついうっかり、真実を書いてしまいまして』