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最果て(棚樫オーハ)
2026-05-09 18:06:53
3832文字
Public
類司
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2LDKは静寂で
ちょい未来、同棲軸。あまり曇らない司くんが、急に寂しくなっちゃう話。
えっちはしないけど、R15くらいかもしれん。
2LDKのアパートは今日も静かなまま。司はリビングのソファに座り、テレビも点けず、奥には誰もいない部屋へと続くドアをじとりと見つめていた。
プロとして働き始めて早三年。類と司のプロとしての道のりは、ようやく綺麗に舗装されてきたと思う。まだまだ街路樹はボサボサだし、雑草も生えている、時にマンホールの蓋が外されている事などもあるが、それすらも楽しんで乗り越えて、更なる高みへと向かっている、そんな気がしている。
充実した毎日だ。
そう分かってはいるものの、時折どうしようもない木枯らしが吹く。それが今だ。
司はソファの上で膝を抱えた。またドアを見る。時計の針がチッチッと無情な音を降らせた。
ここ数週間、一緒に住んでいるはずの類とまともに顔を合わせていない。数週間と言ったものの、実際には二週間だったが、司の中では数週間の認識だった。
仕事が充実しているのは良い事だ。司もそれを嬉しく思うし、笑顔で送り出しているし。仕事場で類の噂を聞けば思わず笑顔が溢れてしまうほど、類の活躍は嬉しい。
だからこそ時々なのだ。時々、急に寂しくなる。抱きしめてキスをして、身も心も溶け合ってめちゃくちゃになりたいなんて、途方もない願望に胸の奥がざわざわと苛つく。
自分だって何日も帰れない事もあるのに、なんてわがままなのだろうと嫌気が差してきた。
筋トレでもするか。明後日から舞台稽古が始まるのだから。
よっとソファから降りて、クローゼットに立て掛けてあるトレーニングマットを出してから広げた。
まずはストレッチだ。ぐーんと筋を伸ばす。先程まで丸まっていた背も、無理矢理ではあるが伸ばされていく。やはり背筋は伸ばしていなければ。うんうんと、特段意味もなく頷いた。
うっすらと汗をかいた。ひと目でも類の顔を見たくて未練がましく起きていたが、それすらようやく薄らいできた。
あいつは頑張っているんだ、オレが応援してやらなくてどうする、などと言い訳が浮かぶのは、ひと目会ってから眠りたいという気持ちを完全には断ち切れていないからだろう。
それならシャワーでも軽く浴びて、ベッドに入ればいい。司は立ち上り、最後にクールダウンの深呼吸をした。あとはマットを拭いて、しまって
……
そう思っていた所に、玄関からカチャリという金属音が響いてきた。
ドクン──心臓が跳ねる。同棲を始めて数年。毎朝毎晩ほとんど顔を合わせているし、今までだって数日会えなかった事などいくらでもあった。
何故こんなに感情が昂るのか分からない。特段大きな出来事があった訳でもない。ただ会いたい、それだけなのだ。
「ただいま」
ドアの向こうで聞きたかった声がした。
「おかえり、類‼」
咄嗟に返してしまったが、夜更けに大きな声を出してしまった事に焦る。
リビングのドアが開き、服装のくたびれた類が姿を現した。全身から疲労は漂うものの、表情は普段通りだ。むしろ司の顔を見て、パッと嬉しそうに目を開いた。
「寝ていても良かったのに」
その裏に『寝ないでいてくれて嬉しい』が透けて見える。こういう所は可愛らしい。トレーニングマットの近くまで、すすすと近付いてきた。
「起きていたかったんだ」
素直に吐露した。抱き着こうかと手を伸ばすが、汗をかいているのを思い出して、脇腹付近まで戻す。
けれども次の瞬間、その身は類の腕に包まれていた。
「ただいま、司くん。待っていてくれてありがとう」
「おかえり、類。
……
手、まだ洗ってないだろ」
「フフフ」
そうやって誤魔化そうとする。まあ、今くらい誤魔化されてやろうか──司は類の腰に手を回した。
類の匂いに包まれて、脳が蕩けて思考がぼやけていく。汗をかいているのに抱き締め合うのは忍びない、そう過ぎったが、すぐに腕の中の心地良さに溶けていった。
微睡みのようにぼやける中、顔を上げたら唇が触れた。それすらも夢なのか現実なのかよく分からない。もしかしたら筋トレ後に寝てしまって、夢の中で類を感じているのかも知れない。
呆けた思考の中、不意に下腹部に現実的な弾力が当たる。
「
……
」
「
……
」
明らかに類から齎される熱。どうしていいものか
……
そう思っているはずなのに、司は自身の腰部にも違和感を覚えた。逃げ出そうにも身体はすっぽりと包まれていて、類の匂いに縛り付けられている。下腹部から立ち上る感覚を誤魔化しようもない。
「司くん、勃ってる」
「
……
類が先だろう」
二人から出た言葉は、決して嫌味な口調ではなく、甘えるようなニュアンスだった。互いにそれを理解している。数日、数週会わなくとも、互いが唯一だと知っている。
司は瞼を閉じた。キスをするだろうと予測して。
数秒暗闇の世界は何の変化もなかったため、痺れを切らして瞼をそっと開く。その瞬間唇が重なるのだから意地が悪い。もっとも類からすれば意地悪などでは無いのだろう。愛おしくてたまらない気持ちをぶつけているのだろうから。
「汗、かいたから
……
シャワー行くぞ」
なんともたどたどしい台詞だ。事実を並べただけであるはずなのに、違うニュアンスを含んでいるように感じられる。一つは『手を洗え』だろう。もう一つは『お誘い』のようであるからたちが悪い。
「筋トレしてたのかい」
「軽く、な。汗をかくほどやるつもりは無かったんだが」
「僕が遅かったから
……
。随分待たせてしまったね」
そういう訳ではない──言いかけたものの、実際には“そう”なのだ。久々にまともに顔を合わせて、匂いを感じて、更には寂しさを言い当てられたのが気恥ずかしい。
ギュッと抱き直す。もうかいた汗など気にしていられない。ただもっと近くに感じていたい。
「
……
オレが会いたかったんだ」
その呟きは、抱き締められた強い力に消える。
数度、キスをした。触れた唇は柔らかく、溶け合う吐息は熱い。身体の奥が深さを求めて燻る。
もどかしくなって腕を伸ばし、類の首に巻き付いた。身体が密着して熱を持った互いの下腹部を押し当て合い、舌を絡ませながら擦り付ける。
耳の奥に水音が響いた。下半身も濡れているような気がする。先ほどかいた汗なのか、起こされた興奮に反応した先走りなのか。どちらだって構わない。司は腰を更に寄せて、火照った弾力を捩りながら押し付けた。
欲しい、類が欲しい──自ら積極的に舌を差し入れて、類のぬめった肉厚を味わった。類はいとも簡単に、何度も受け入れた。普段司がそうしているように。
「
……
司くん」
名残惜しく離した口。類の名前を呼ぶ声は随分湿っぽい。
「どうした?」
「僕のお願い、聞いてくれるかい?」
至近距離に迫る、細めた目。それだけでもムラムラとした情動が湧き起こる。この視線を浴びながら、身体の芯に触れられたい。類を受け入れて、手を握って、腰を動かして、快楽で彩った愛を注いで欲しい。果てのない欲望は司の声に甘さを添えた。
「いいぞ。何でも聞いてやる」
「ありがとう。では
……
」
類は少しだけ身を離した。
腰に添えていた手で背を撫で、自然な動きで頬まで上げる。司の頬をふにふにと指で押し、薄い笑みを浮かべた。
「司くん、僕にうんと甘えて。
こんなワガママ言っても良いのかと思うくらい、ワガママを言って」
「
……
はあ?」
「それが僕のお願いだよ」
「いや、それでは『オレのお願い』になってしまうだろう」
瞼を下ろし、ジトっと見つめる。類はそれでも笑みを浮かべたままだ。
「ねえ
……
お願い聞いてくれるって言ってた、よね?」
どうやら譲る気はないらしい。司は再度、はあと息を吐いた。
「分かった。それなら
……
うーむ
……
も、もっと、キスしたい
……
」
次の瞬間には唇が重なっていた。
すぐに離れて「あとは?」の声がする。
「むむ
……
? じゃあ
……
え
……
えっちを、したい
……
」
「今?」
「シャワーのあとで、だ‼」
今度は類が、わざとらしく呆れたように溜息を吐いた。司が「何だ?」と返すと、類は細めた目で司を捉えた。
「そうじゃ無いって分かるだろう?
いつもは言わないワガママが聞きたいんだけれどねえ」
「な、何だそれは
……
随分無茶ぶりをするのだな
……
」
うーん
……
唸って数秒。
「例えば
……
」
痺れを切らせたのは類の方だ。このままでは司は思いつかないと判断したのだろう。
「明日一日、僕を独り占めしたい、とか」
「無理だろう」
即答したが、フフフの笑いが飲み込んでいく。
「明日は休みなんだよ。
司くんとの時間を作りたくてね。この一週間、少し力を入れてしまったよ」
「おお!
……
ってお前、だからわざわざオレにワガママを言わせようと
……
」
瞼を薄く閉じた類がもう一度近付く。呼応して目を伏せて、唇を数度合わせた。
唇を離して、視線を絡めて。名残惜しそうに密着した身体を解いてから、手を繋いで浴室に向かう。
「
……
ならば今夜は、オレが類をたっくさん労ってやろう」
「おや、それは楽しみだねえ」
パタン。浴室へ続くドアは、二人を飲み込んで閉じられた。
浴室でもベッドでも、労うはずの司がとろとろに蕩けさせられてしまったのは予想通りで。
彼らの熱は一晩中、冷める事はなかった。
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