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高尾
2026-05-09 16:18:42
3581文字
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だから僕はお兄ちゃんと呼ばない【燭→福】
ゲーム内の節句台詞に因んだ燭福です。
冒頭から福ちゃんの台詞のネタバレあります。
福島さんとみっちゃんそれぞれへの独自解釈がありますので御注意ください
「ちまき? たべるたべる!」
卓袱台の上に大皿を乗せた僕のもとに、福島さんが柘榴色の美しい瞳をキラキラさせて大型犬のように駆けて来る。謙信くんや長義くん達と兜を飾っていた床の間の前から一直線に。
柏餅もあるよ、こっちはよもぎ入り、と大皿の上のお餅たちを紹介すると福島さんはうんうんと頷いて、「どれも美味しそうだ。ありがとう光忠!」などとまたもやキラキラした笑顔で言うものだから、僕は興奮のあまりダァン!と卓袱台におでこを沈めそうになる衝動を必死で抑えていた。
助けて!
僕の兄が、こんなにもかわいい
……
!!!!
透き通るような五月晴れの日。
障子を明け放した広間には陽光が射し込み、やわらかな風が通ってゆく。子供たちの健勝をねがう5月の節句の今日、本丸全体がいつもより華やいで、あちこちから明るい声が聞こえて来る。
僕達厨当番の役目は、もちろん柏餅やちまき作り。この日のために山に詳しい刀達が柏や笹の葉を集めて来てくれたり、実休さんと森家の兄弟たちがよもぎを摘んで来てくれたりした。水に浸していた小豆であんこを炊いている傍らで、お餅をついたり丸めたり葉っぱを巻いたりする作業にはたくさんの刀が集まってくれた。
そうして出来たちまきや柏餅を配って歩いていると、広間から福島さんの朗らかな声が聞こえたのだ。
「そうやって飾るのか、楽しいなぁ」
福島さんは、なんでも楽しむ刀だ。行事ごとはもちろん、戦や、趣味や、畑仕事まで。
がっしりした長身とおそろしく整った貌をした、一見近寄り難い風貌の長船の太刀なのに、顕現してからいくらも経たないうちに福ちゃん福ちゃんと呼ばれ懐かれるお兄さんとなったのは、ひとえにこの無邪気な可愛さと穏やかさ故。その朗らかさで時に本丸の嫌な空気を払拭してしまうほどの優しい刀が、僕の兄であることが本当はとても誇らしかった。
今日も朝から短刀くん達と庭に降りて蒼天を泳ぐ鯉のぼりを愛で、お花好きな細川の刀達と菖蒲の花を活けて回り、そして大きい長船の刀達と一緒に倉庫から重たい兜飾りを運んできての今だ。福島さんは何をするのも楽しんで、いろんな刀と一緒にいるけれど、僕が呼べばいつもひときわ嬉しそうに相好を崩すのだから、どんな顔をしていいかわからなくなってしまう。
だって僕は、あなたのことが好きなのだから。
うっかり顔が緩んでしまいそうで、そんなのカッコ悪いでしょう。
「光忠も一緒に食べよう。朝から厨仕事で疲れたろう、ゆっくりしていってよ」
「それなら俺がお茶を淹れよう」
「ぼくもてつだうのだぞ!」
長義くんと謙信くんがポットの方に向かい、福島さんが湯呑みを並べ始める。じゃあお言葉に甘えようかな、と僕は卓袱台の一角に腰を下ろした。お茶が入り、皆で頂きますをして、節句の日のささやかなお茶会が始まる。
僕は甘味に合わせた濃いめのお茶を頂きながら、福島さんが丁寧に笹の葉を剥いて細長いちまきを頬張る様子をそっと傍で眺めていた。
福島さんはそのスマートな見目の割に健啖家だ。なんでもたくさん豪快にたべてくれる。大口を開けてぱくぱく食べるのに食べ方はとてもきれいでいつも見惚れてしまう。
ひらいた口から覗く白い歯、咀嚼するたびに動く形のいいおとがい。嚥下に合わせて上下する喉ぼとけ。全部がかわいくて艶っぽくて、許されるならずっと見ていたい。
「どうしたの」
口のなかのものを飲み込んでから、福島さんはちょっと首を傾げて僕を見た。
「美味しそうに食べてくれるなぁと思ってね」
「うん、美味しいよ。やさしい甘さだね、笹の葉の香りが爽やかでとてもいい」
そう言って、長くて美しい指でちまきをくるくると回して物珍しそうに眺めている。
「笹の葉、こうやって巻くんだな。ひとつひとつ巻くの大変だっただろ?」
「みんなが手伝ってくれたから、大丈夫だよ」
「今度つくるときは俺も呼んでよ。お兄ちゃん、葉っぱの扱いは上手だからさ」
目を細めて柔らかくそう言う福島さんは、もう絵に描いたようなやさしいお兄ちゃんだった。
“お兄ちゃん”以外の、なにものにもならないよと。そう言われているような気がした。
こどもの日なのだけれど、お酒好きな刀にとっては呑む理由は何でも良い訳で、祝いの日となれば寄り集まって盃を重ねる彼等の楽しげなざわめきが、夜更けの広間から聞こえて来る。
呑み足りない面々へ追加のつまみを届けて厨に戻って来たとき、そこに浴衣姿で髪をほどいた福島さんの姿を見付け、僕は思わず戸口で足を止めた。
夜更けの厨でふたりきり、そんなお風呂上りそのままのしどけない姿の福島さんに遭遇するのは、とても心臓に悪いっていうかさ
…
びっくりしちゃうよね。
「あれっ、福島さん」
「光忠、まだ起きてたのか」
宴会組にチャーハン作って持って行ったところだよ、と言うと、お前ね
…
と福島さんの腕が伸びてきて、くしゃりと頭を撫でられた。
「お前はお前の時間を大事にしてもいいんだよ」
深い、やさしい声が静かな厨に溶けてゆく。本当はセットした髪が乱れるから頭に触れられるのは嫌いなのに、福島さんのてのひらと声の暖かさに、心地良くて泣きたくなった。自分の鼓動が煩くて、頬に血が上ってきて。好きなひとにそんなことされたらね、僕にも理性の限界があるんだよ??
ああ~もう
……
どうしようね本当にこのひとは。
「
……
大丈夫だよ、僕も呑んで、楽しんでいたから」
「そう? ならいいんだけど」
「福島さんはどうして厨に?」
「うん、風呂上がりに喉が渇いちゃってさ」
少し前まで肌寒かったのに、最近急に暖かくなったよな。そう言って水のグラスを口に運ぶ福島さんから瑞々しい薔薇が微かに香る。据え置きのシャンプーとは別の彼のヘアオイルの香りに、たったそれだけのことにまた胸が騒いだ。
ちゃんと髪を乾かして手入れしている福島さんは、長船らしく自分の美しさに自覚的で、なのに呆れるほど無防備だ。本丸の誰かに懸想されるなんて考えもしないのだろう。任務では息をするように色仕掛けができる刀なのに。
ちなみにその時の、妖しい表情と囁きひとつでターゲットを陥落させる様を目の当たりにしたときの僕の心情については語らないでおきたい。思い出すだけでどうにかなりそうだから。
「チャーハンいいなぁ
……
」
「えっ」
「残り香かいだらお腹空いて来ちゃった」
僕は福島さんとふたりきりの空間で胸が熱くて仕方がないのに、そんな心境をぶった斬る突然の食いしん坊コメントに思わず笑ってしまった。笑いながらほっとした。思わず福島さんの髪に手を伸ばしてしまうところだった。
「広間に持って行ったばかりだから、宴席に行ったらまだあると思うけど
…
食べるかな?」
「いや、いいよ。呑んでるとこに行ったらみんなから呑めって誘われるしさ、遠慮しとくよって言ったら「あぁ~」って顔されるから、水を差すの
……
悪くって」
だから俺は顔を出さない方がいいんだよ。そう呟く福島さんのシャープな横顔がきれいだった。
「ごめんな、光忠。変な話して
……
」
テーブルの上で水のグラスを弄びながら福島さんは言った。心配かけると思ったのかな。そんなことないのに。
「僕は福島さんの話、もっと聞きたいよ」
「ほんと?嬉しいな」
「兄弟だからね」
おっ、ついにお兄ちゃんって呼んでくれる気になった? と目を輝かせる福島さんに、僕は「呼ばないよ」と笑ってみせた。
彼は、皆が宴会に盛り上がっている夜に、いつもひとりでいる。
夜が更けて誰もいない時を選んで、ひっそりとお風呂を使う。
いくつもの傷を抱えながら、それをこぼしもせずに、いつも無邪気な明るい笑顔で、本丸に落ちてるたくさんの素敵なことを大切に拾って、楽しんで、皆と過ごす時間も、皆のことも、心から慈しんでくれる福島さん。
あなたの話をもっと聞きたい。あなたのことをもっと知りたい。でもそれは、兄弟だからなんて綺麗な感情じゃないから。
だから僕は、お兄ちゃんなんて呼べない。
「チャーハン、作るよ」
「えっ、わざわざいいよ」
「僕も食べたくなっちゃった」
いつもならこんな夜更けにカロリーの高いものを食べてたら絶対に怒るのに。そう言いたげなのを飲み込んで、嬉しそうにソワソワし始めた福島さん。僕は中華鍋を温めながら、やっぱりその可愛さにふふっと笑ってしまう。
甘い薔薇の香りごと、この腕に抱き締めて福島さんのなかを僕でいっぱいにしたい。
でも今は、僕のつくるもので福島さんのおなかをいっぱいにすることで我慢しておくね。
子供の日の、健やかなあなたに免じて。
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