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A4
2026-05-09 11:52:40
2630文字
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助手2号のお兄ちゃんのイトアキ
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こたえは先に/ 助手2号のお兄ちゃんのイトアキ
空の上に行っちゃったらどうやって遠距離恋愛させたらいいの〜!ってなって、行く前の話を勝手に作りました。なにもかもがない話だ…
久しぶりに会うビデオ屋の店長の顔は、そりゃあもう、悪いなんてものではなかった。
もともと色白なのに、血色がさらに悪くなり、おまけに目の下には色濃くクマができている。かろうじて、薄い緑に不思議な虹彩の入った瞳にはまだ光があって、それを認めてようやく、安心した次第。
ライトはドアを開けた瞬間、アキラの身体を抱きしめたくなった。
そうしてやれば、何か、彼の肩にのしかかっている重さを取り除けるのではないか、思い悩むものを引き取ってやれるのではないか、そう考えたのである。
しかし、実際は、ただ黙って彼の顔を見てやることしかできなかった。
それは、かつて、自分の当たり前の世界が崩れ落ちたとき、誰にも自らの領域を侵されたくなかったことを思い出したからだった。
今、ライトがアキラを抱きしめたいのは、アキラのためではなく、ライト自身が行動したい、たったそれだけの衝動のためであるからだった。
「本当に申し訳ないんだけれど、インスタントコーヒーしかないんだ。しかも、賞味期限切れの」
アキラは力なく笑ったが、声は案外ふつうだった。
彼もまた客商売をしているので、コントロールできるのかもしれない。
「ミルクがかびてなけりゃいいさ」
「あなたはブラックが好きだろう? でも、そうだな、ミルクのポーションが化石になって、どこかに転がっていたかもしれない
……
」
アキラはライトの軽口に付き合って、笑った。それは少しだけ、先ほどよりも柔らかいものになっていた。
兄妹の仕事場であるバックヤードに通されて、ライトはソファに座る。
アキラがコーヒーを淹れたマグカップを持ってくる。香りはいつもと変わらないように思えた。感想を述べると、コーヒーショップの知能構造体には絶対にそれを言わないように、と注意された。
無言でコーヒーを飲み、一息つく。
隣に座ったアキラが、ライトにそっと寄りかかった。肩に重みを感じて、その顔を見る。伏せた睫毛が揺れていた。
「あなたが来てくれて助かったよ。僕は気が狂いそうだ」
ぽつぽつと、アキラが話し始める。
兄妹には秘密がある。それは、彼らがプロキシであるということ。そして、彼らが旧都陥落の「厄災」を起こした大罪人「カローレ・アルナ」の「悪魔の子」であること。そして、さらに、誰にも明かしていない素性があること。
ライトは別段、二人の隠していることを知りたいわけではない。知ったところで、郊外の走り屋でチャンピオンを張っているものが
——
たとえ命を賭け、名誉を重んじていようとも
——
解決できるわけもない。
そうして、その心の内をアキラもわかっているのか、必要以上のことは話さなかった。
ただ、エーテルを操ることのできるリンの身の上に起こったことは、かすれた声で話した。
「僕らは、避けていたんだ。幸い、僕らの身体はエーテル耐性がほとんどなくて、イアスと同期してホロウに入ることができた。物理的に、引き金になりそうなところからは身を引いていたんだ。だけど、インプラントをアップデートして、雲嶽山の術法を学んで、また、昔のようにエーテルを扱えると過信してしまった
……
」
アキラは手で目の前を覆った。
「僕はリンのように耐性がついたわけではなかったから、薬と師匠から学んだ術法でだましだまし、ホロウに入っていた。リンは違った。彼女と僕の状況は違うのに、僕はそれを事前に考慮して最善の道を指し示すことができなかった」
ライトに身体を預けたまま、アキラは言葉を吐き出していく。
肩に重みとぬくもりを感じて、ただ、ライトはそれを聞いていた。
「今度、空の上に行くんだ」
「なんの比喩だ?」
「比喩じゃなくて、本当に」
「
……
死ぬってわけじゃないよな?」
ライトは思わずアキラの手を掴み、顔を近づけた。
アキラは目を見開いて少し驚いた表情をしていたが、すぐににこっと笑った。
「物理的にだよ! 信じられるかい、この世界には、空の上に島があって、そこでは高度な科学技術の研究開発をしているんだよ。しかも、それは市長も知っていて、善良な我らが新エリー都市民は知らない、秘密なんだ!」
「とんだおとぎ話だ」
「まったくだ。
……
そんなものがあるなら、どうして、研究所は
……
先生はいなくなって、僕らは地上で彷徨ってるんだろうね。リンをなんだと思ってるのかな」
そのとき初めて、ライトは気づいた。
アキラは悲嘆していたが、絶望していなかった。
自らの力の不足を悔しがっていたが、最適解を探していた。
アキラは、怒っていた。
「ありがとう、聞いてくれて」
アキラの身体が離れていく。
重みがなくなり、ぬくもりもすぐに消えていく。
「あなたも来てくれたらいいのにな」
そんなことをつぶやくので、ライトは苦笑した。
「縁もない人間が行けるところか? あんたが望むなら、やってみるが」
「本当に? それは
……
うん、いいアイデアだな」
「戯れ言だぞ」
「できないわけ、ないんじゃないかな。だって、昔、鳥みたいに空を飛びたい人がいたから、飛行船ができたのだし。ナンセンスから活路が生まれるって思わないかい」
「俺は技術畑じゃないからなんとも言えん。が、あんたがそうやって心躍らせてるなら、可能なのかもな」
「うん、向こうへ行って、落ち着いたら
……
落ち着くのかどうかわからないけれど
……
なんとかして、ライトさんに会う手段を考えるよ」
絵空事のようなことを言うので、ライトはしばらく、考え込んでしまった。
まず、空の上に島があるなんてことも眉唾である。が、隣の青年が、妹の身に起こったことできちがいになってヤクをキメているようにも見えない。それに、プロキシと出会ってからというもの、ライトの身辺ではわけのわからないことがたくさん起こる。
「アキラ」
「うん」
「キスをしても?」
「なんだい、唐突に。いいけれど」
「いいのか」
ライトは笑って、アキラに口づけてみた。
これがおとぎ話なら、夢から覚めたりするものだが、現実なので、何も起こらない。ただ、ライトがアキラにキスをしたという事実だけが残る。
唇を離すと、アキラは期待に満ちた目を向けていた。
どうやら、ここに来た意味はあったようで、そのことにホッとする。
また、彼が手の届かないところに行くのは嫌だと思う。もともと離れているじゃないかと慰めもする。
触れ合うことを許されている今を覚えておこうと、ライトはアキラを腕の中におさめた。
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